第70話:スタンピード~王都防衛戦Ⅱ~

- カイル視点 -


 精霊魔法の衝撃で起こった土煙が晴れ、視界がクリーンになっていく。


 そこには、3体のオーガキングの姿があった。

 表皮に怪我を負っているものの、倒れそうな気配は全くない。


「バカな、精霊魔法で……生き……」


 アンリーヌは意識を失ってしまう。


 まさか精霊魔法をくらって、生き残るほどの化け物だとは。

 怪我を負った魔物とはいえ、それは俺達も似たようなもの。

 この場にいる全員がスタンピードの戦闘で疲れ果てている。


 おそらく、まともに戦えるのは俺達だけだろう。

 疲れてはいるが、傷はほとんど負っていない。

 だが、1体ならともかく、強化オーガキングが3体……か。


 1番問題なのは、料理を食べ始めてから1時間が経過していることだな。


 さっき食べたクッキーでは、魔法攻撃力しか上がらない。

 リリアの魔法攻撃を主体に攻めるには、限度がある。

 精霊魔法でも怪我程度なら、ステ2倍になったリリアの攻撃で致命傷は与えられない。


 倒せる方法があるとすれば、ステ3倍のシロップによる攻撃だ。


 攻撃力100,000で傷を負うなら、攻撃力108,000のシロップなら倒せるはず。

 犠牲は多く出るだろうが、陽動を重ねてシロップが弱点の首を狙えばいい。


 どうせこのままじゃ全員が死んじまう。

 まずは、シロップにニンジンを食わせないと始まらない。


「シロップ、タツヤのところに行ってニンジンを食ってこい」


「……その間はどうするの~?」


 わかってるくせに、そんなこと聞くんじゃねえよ。

 最後くらいカッコつけさせるのが、スジってもんだろう。


「時間稼ぎになるかわからないが、誰かがやるしかないだろ。それに精霊魔法クラスの攻撃力がないと、あれは倒せない。ここにいる冒険者と騎士団を合わせても、それができるのはニンジンを食ったお前だけだ」


 俺だってこんなところで死にたくはない。

 でも、このまま逃げた方が悲惨なことになる。


 戦える者が逃げた戦場は、強者による蹂躙が始まるだけだ。

 こんな化け物が相手なら、恐ろしいスピードで壊滅するぞ。

 それなら、先陣をきって戦うしかないだろう。


 俺は最後までAランク冒険者らしく生きたいからな。


「早く行け、時間がない」


 シロップもオーガキングが生きていた時点でわかっていたはずだ。

 こうする以外に方法はないと。

 もし逆の立場だったら、シロップも同じことをしてくれたと思う。


 心に深い傷を残すことになると思うが、それは許してくれ。

 後を託せるのはお前しかいないんだ。

 ありきたりな言葉かもしれないが、俺達の分まで生きてほしい。


 お前なら絶対に仇を取ってくれると信じている。


 シロップも決心が付いたんだろう。

 涙がこぼれそうになっていた目を腕でこすり、唇をグッと噛みしめている。


 俺とシロップの目線が重なり、互いにアイコンタクトを取った後、共にうなずきあう。


 シロップが後ろを振り向き、城へ戻るためにグッと踏み込んだ時だ。

 リリアがシロップの腕をつかんで、それを妨害した。

 なぜか大きなため息を吐き、頭をポリポリとかいている。


「はぁ~、もう少しパーティに相談することを覚えなさい。良いリーダーだと思うけど、状況が悪くなると自己完結・自己犠牲の精神が身に付きすぎ。ドラゴンに襲われて、スズに助けてもらった時もそうだっただろ」


 俺は耳を疑った、リリアが流暢に話し始めたんだ。


 確かにリリアの口が動いているし、リリアの声が聞こえる。

 でも、こんなに流暢に話したところを聞いたことがないぞ。


 しかも、いつまで呑気にクッキーを食っているんだ。

 お前は非常事態ということがわかっているのか?


「シロップだけが3倍って、そんな間違った情報を誰が言ったの?」


 こいつは何を言いやがるんだ。

 このタイミングで、とんでもない爆弾発言を投下してきやがった。


 そもそも、普通に話せるなら話してこいよ。

 お前とパーティを組んで8年目だぞ。

 なんでそんなことを誰も知らないんだ。


 シロップとザックも驚きすぎて、白目を向いてるじゃねえか!


 なぜ普通に話せることを隠す必要があったんだよ!

 どんなキャラ位置を目指していたんだ!

 クールな無口キャラに憧れを抱いていたのか?


 あと、いい加減クッキーを食べるのやめてくれ。


 いや、こいつはあれか。

 クッキーで3倍になるタイプなのか。

 だとすれば、こいつシロップよりも先に3倍になってるじゃねえか。


 混乱する俺達とは違い、リリアは気にする様子がなかった。


「ザック、あんたなんでそんなに子供が好きなの? どうせなら、着ぐるみ被って孤児院に行きなさい。いつも顔が怖くて逃げられてるじゃない。お金もほとんど寄付してるし、もう少し将来のために溜め込みなさいよ」


 なんでそんなことを知っているんだ?

 ザックと1番付き合いの長い俺でも知らないぞ。

 普通パーティメンバーの貯金額なんて知らないだろう。


「シロップ、あなたは良い年なんだから結婚を考えなさい。自分で子供を産んで可愛がればいいの。喜んでいるのはタツヤぐらいよ、あの子と結婚でもすればいい。他の子は近寄りもしないだろ」


 やっぱり、あいつは喜んでるよな。

 シロップの膝の上に座ることを拒まないどころか、この前は座りに行ったし。


 あいつの性癖は絶対にヤバイぞ。


 料理の腕が良すぎて印象が薄いけど、極度の変態だ。

 30分以上シロップのニオイ嗅ぎを耐えるどころか、安心するような顔をしている。

 なんであれでホッとするのか、俺にはさっぱりわからねえ。


「3倍とは言っても、あいつらは災害級に該当する。まぁ、この魔法は見なかったことにしておいてくれ。……その必要もないかもしれないけど」


 頭が混乱しすぎて、こいつの言うことが頭に入ってこねえ。

 なんで8年間も無言キャラを貫いてきたのか、今すぐ聞いてみてえ。


 今こっちはオーガキングどころじゃねえんだ。

 お前のキャラが完全崩壊して、ついていくのに必死だぞ。


 しかも、まだ隠しているような魔法があるのかよ。


「無茶はダメだよ~? 何かいけないことをするつもりじゃない~?」


 混乱する俺とは違い、シロップは何かを悟ったようだった。

 ザックは白目を向いたまま返ってこない。


「シロップ、あの時の約束は守ってくれ。最後になるかもしれないけど、よろしく頼むよ」


 おいおい、しかもシロップと謎の約束までしt……最後?

 最後ってどういう意味だ?


 お前は何をしようとしている。

 8年もパーティ組んでたくせに、いったいどれだけ隠し事をしているんだ。

 なぜこんなに不安な気持ちになるんだよ。


「良いパーティに入れてよかった。まさか人を守るために行動するとはな。私も変わるもんだ」


 リリアはゆっくり歩き進め、俺の横を通り過ぎていく。


「おい、何をする気だ? お前はいま何を考えている? なんで今まで普通に話さなかったんだよ。後でみっちり聞いてやるからな」


 俺の言葉を鼻で笑いながら、そのまま歩いて行った。

 そして、3mほど離れた場所で立ち止まる。


 すると、今まで見たことのない現象が起こった。


 リリアの魔力が体の外に漏れ始めたんだ。

 まるで水蒸気が体から沸き出るように、青色の魔力が漏れ出ている。


 魔力を高濃度に練りすぎているのか?

 こんな高濃度の魔力を操れるはずがないだろう。

 精霊魔法でもこんなことには……。


 こいつまさか、精霊魔法よりも強力な魔法を知っているのか?!


 もしそうだったら、最後と言ったのにも納得ができる。

 そもそも、ここまで魔力が目で見えること自体がおかしいんだ。

 精霊魔法以上の反動が、体に返ってくるような強大な魔法……。


 俺に自己犠牲がって言いやがったくせに、お前は自分を犠牲にしようとしているじゃないのか?


「だめだよ~! 変なこと考えないで~! 制御できるような魔法じゃないよ~」


 シロップは膝から崩れ落ちた。

 俺はそれを見て、確信する。

 やっぱりこいつは自分の身を犠牲にして、大魔法を放つつもりだ。




 だが、それがわかったところでどうしたらいい?




「みんなに買ってもらったこの杖、嬉しかったよ。とんでもなくダサいけど。少しくらいオシャレのセンスを磨いてほしいわ。……でも、あんた達といた8年間が1番幸せだった。毎日楽しかったよ、いい思い出になった」


 命をかけて俺達を守ろうとしてくれている。

 そんなリリアの決意を無駄にはできない。


 それに、こいつじゃないと、この戦いを終わらせることはできないだろう。

 これが最善の判断だということはよくわかる。



 ……お前が死ぬことを受け入れたくないだけであって。



「カイル、ありがとう。シロップ、ありがとう。ザック、ありがとう」


 漏れ出ていた青い魔力が、リリアを包み込み始めた。

 安定していなかった高濃度の魔力が、今は完璧に制御されている。


 俺はもう1度声をかけようと思ったが、声をかけることができなかった。

 後戻りができないと、わかってしまったから。


「もし生きていたら、また仲間に誘ってよ。今度はおしゃれな杖で旅したいけどな」


 リリアが話し終えた瞬間、空から見たこともない青い雷がオーガキングに降り注ぐ。

 精霊魔法に匹敵するほどの、雷鳴による轟音が辺りに鳴り響いた。

 同じ精霊魔法だったのか、それとも特殊魔法だったのかわからない。


 神罰といっても過言ではないほどの、強力な大魔法。


 雷に打たれたオーガキングは、全く反応ができなかった。

 神秘的な青い炎に包まれ、僅か数秒のうちに跡形もなく燃え尽きてしまう。


 それを見届けるように、リリアの包んでいた青い魔力は大気に解放されていく。

 リリアは力尽きるように膝から崩れ落ち、地面に倒れこんだ。


「リリア!」


「リリアちゃん!」


 俺達は慌てて駆け寄ったが、すでに意識はなかった。


 なんで笑ってやがるんだよ。

 普段全く笑わないくせに。

 こっちは聞きたいことが山ほどできたんだぞ。


 頼むから……死なないでくれ。


 俺とシロップは、力尽きたリリアに悲しむことしかできなかった。

 そこにザックがスッと現れて、リリアを担ぎ上げる。

 真剣な表情したザックは『まだ諦めるな』と言っているようだった。


 そうだ、まだリリアが死んだとは決まっていない。

 回復魔法を使える奴は、この場にいるはずだ。


 そばで倒れているアンリーヌを抱え、急いで門の方へ戻っていく。


「ヒーラーはいないか! 治療班は残っていないか! 回復魔法を使えるものはいないか! レベルが低くてもいい、誰か助けてくれ」


 無我夢中に助けてほしいと思っている俺は、冒険者と騎士達に向かって大声で叫んでいた。


 応えるように、回復魔法を使えるやつが何人も走って来てくれる。

 ヒーラー達にすぐ2人を預けた。


 だが、それ以上は何もしてやることができない。

 回復魔法がかけられる光景を、ただ見守ることしか……。


 すると、シロップが膝をついて、両手を重ねて祈り始めた。

 その光景を見た女冒険者達から、次々と祈り始めていく。


 気が付けば、回復魔法が使える者以外全員が天に祈り、彼女達の無事を願ってくれていた。


 恐ろしいスタンピードを治めてくれた2人の英雄が、これで最後にならないように。

 身を犠牲にして守ってくれた2人が、助かるようにと。


 俺も祈りを捧げるために膝をつくと、ポロッとクッキーが1つ地面に転がった。

 それを両手で握りしめ、リリアを助けてくれるように願い続けた。

 血生臭い戦場で、甘いクッキーの香りを感じながら。

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