第107話:スライムとは足元にいる者である
- 翌日 -
タマちゃん、クロちゃん、シロップさんの獣人組は、仲良く3人で僕達の前を歩いている。
シロップさんが国を出る前は、よく3人で遊んでいたらしい。
少しずつ歩くペースを落として、僕とスズは3人から距離を取った。
「スズは獣王様と会ったことある?」
「ない。でも、世界で1番強い戦士と聞いたことがある」
「そんな人でも勝てない魔物が後2匹もいる。もし、災害級の魔物を2匹同時に戦うことになったら、僕達でも生き残れるかわからないよ。キマイラだって運よく勝てたようなもんだし」
「……わかってる。でも、これ以上ユニークスキルを広げるのは良くない」
スズの言いたいことはよくわかる。
ニンジンの煮物で治療した記憶もあったから、タマちゃんとクロちゃんにはユニークスキルのことを話したんだ。
僕もユニークスキルのことは極力広げたくないと思っている。
でも、ダークエルフに対抗するためには、ユニークスキルの力を使うしかない。
にゃんにゃんのクンカクンカパレード……もとい、世界の命運と僕の命を天秤にかけた時、僕の方に傾いてはならない。
エルフが守ったクンカクンカという文化……もとい、世界を守るためには必要な情報開示なんだ。
「このまま生きるか死ぬかわからない戦いに挑む方が良くないと思うんだ。ユニークスキルが広がることより、負けて命を失うことの方が大変だもん。シロップさんより強い獣王様をパワーアップさせれば、勝つ可能性もグッと上がるはずだよ。他の獣人達の士気だって上がるだろうし」
「でも、戦いが終わった後に獣王が協力するかわからない。フェンネル王国の協力要請にも応じていないはず。自国がピンチになった時だけ協力を求めているのが現状。先のことを考えると、あまり見せたくはない」
そういう背景もあったのか。
でも、クンカクンカという偉大な文化を前にしては、ユニークスキルなんてちっぽけな物だろう。
「大丈夫だよ。王女様だって、自分達を犠牲にして世界を守ろうとしているんだ。助けに行く僕達が悪く扱われることはないよ」
「……うん」
前を歩いてた3人が立ち止まって、僕達と合流する。
「獣王様は変なことしないと思うよ~。恩を仇で返さないタイプだから~」
「そうだにゃ、獣王様は裏切ったりしないにゃ」
「王女様と同じで立派な方だニャ」
君達に聞かれないように距離を取って歩いてたんだけど、なんで全部聞いちゃってるのかな。
獣人の聴力をなめてたよ。
「最悪変なことが起こっても~、ニンジン食べてぶっ飛ばせば大丈夫だよ~」
意外にシロップさんって、脳筋なんだな。
知的なイメージなんて1ミリも持ってなかったけどさ。
- 警戒しながら進むこと5日 -
獣人国とフェンネル王国の国境までやって来た。
大きい建物ではないけど、入国を審査する小さな砦のような建物がある。
見張り台があって、辺りを警戒できるような作りだ。
本来なら誰かが見張っているはずだけど、今は誰もいない。
あれから普通の魔物は出てきたけど、キマイラのような魔物は出てくることはなかった。
キマイラがやられることを考えていないから、ここを通る人もいないと考えているんだろう。
「こっちから行くにゃ。王城へ直結する隠し通路があるにゃ。その先に第1王子様と王女様もいらっしゃるにゃ」
タマちゃんは街道から外れた森を指差し、歩き始めた。
誘導に従って、そのまま森へ向かって進んでいく。
道なき道を進めること、15分。
明らかに不気味な洞穴へ案内された。
「この中は闇に覆われてるニャ。壁に魔力を流せば光が付く仕組みになってるニャ」
そういったクロちゃんは、壁に手を付けた。
魔力を流したのか、壁全体がぼんやり光るように灯りが付いていく。
みんな迷うことなく歩き進めるけど、洞窟が初体験の僕としてはちょっと怖い。
薄気味悪いし、ヒンヤリしてジメジメしてそうだし、崩れて閉じ込められたらって考えると……。
あっ、待って! おいて行かないで!
そっちの方が怖いんだから!
急いで追いかけ、スズの手を握る。
こういう時に両想いのスズがいてくれて助かるよ。
1人で歩けって言われたら、ビビって漏らすレベルだもん。
僕はお化け屋敷に1人で入れないタイプだからね。
入っても入場料がもったいなくなるくらいにダッシュして駆け抜けるよ。
かつてないほどスズの手を強く握りしめ、狭いだけの1本道を進んでいく。
なんだかんだで、自分からスズの手を握ったのは初めてかもしれない。
同じようにギュッと握り返してくれるけど、興奮よりも安心感が半端ないよ。
10分も歩いていると、雰囲気が変わって通路が広くなり始めた。
「ここからはリザードマンとスライムが共存してる巣になってるにゃ。強者だけが通り切り抜けることができるにゃ」
そう言いながら、タマちゃんは抜刀した。
「スライムには捕まらない方がいいニャ。1度捕まるとしばらく身動きが取れなくなるニャ」
クロちゃんも斧を構えた。
「2人は無理しない方がいいんじゃないかな~。防具付けてないんだし~」
シロップさんの言う通りだ。
キマイラで防具を失った2人は無理しない方がいい。
でも、僕の前を歩いてくれ。
怖いからじゃない、君達の魅力的な後ろ姿を眺めたい。
毎日後ろから見守り続けているけど、健康的な太ももとプリティなお尻が大好きなんだ。
太ももと太ももの間に顔を突っ込みたい!
あのお尻に踏まれたい!
尻尾でビンタされたい!
……スズの手を握りながら考えることじゃないな。
冒険者のカンで感情が伝わってしまいそうな気がする、いったん手を放そう。
「大丈夫にゃ、リザードマンが増えすぎないように毎年討伐へ来てるにゃ。スライムに注意すれば大丈夫にゃ」
「そうニャ、油断しなければ危険など存在しないニャ。防具がなくても庭みたいなものだニャ」
程よく膨らんだ胸を張って、自信満々にアピールをしてきた。
双子だけあって、同じ行動をとっている。
可愛い女の子っぽさと、猫耳によるペット的な可愛さを持つ2人は卑怯だ。
でも、さっきから気になっていることがあるから、2人に聞いてみよう。
「スライムってどんなやつなの?」
「スライムは青くてヌルヌルしたやつだにゃ」
「さっきからタマちゃんとクロちゃんの足元にくっついてるやつ?」
「にゃ? そうにゃ、これがスライムだにゃ。これだけ足首までベッタリくっついてると、1時間は拘束されてしまうにゃ」
「こうなったらリザードマンの攻撃も避けれなくなるニャ。絶対に捕まらないように気を付けるニャ」
「それじゃあ、タマとクロで先陣をきるにゃ!」
「行くニャ、気合いを入れて進むニャ! 他に質問はあるかニャ?」
「「「 ……… 」」」
僕達が言いたいことは伝わっていないだろう。
でも、言わなくてもすぐにわかるはずだ。
「無さそうだから早速出発だにゃ。あれ? 足が動かないにゃ。」
「何してるニャ、スライムに捕まったわけでもあるまいs……」
「「 捕まってるにゃーーー!! 」」
君達の足元にスライムが集まってるからね。
こっちには全然寄って来ないから、簡単に捕まえられそうな2人に狙いを定めてるんだと思う。
試しにスズが火魔法でスライムを燃やそうとすると、火魔法が反射して跳ね返ってきた。
「ダメにゃ、スライムは攻撃力がない代わりに、ありとあらゆる攻撃を受け付けないんだにゃ。時間で解除されるまで待つ必要があるにゃ」
「スライムは人肌が恋しい生き物ニャ。満足すれば、自然と離れていくニャ。そ、それまでは……ちょっと守ってほしいニャ?」
にゃんにゃん達が恥じらいながらお願いしてきた。
もし僕が強者だったら、最高にカッコつけて2人を守ろうとしただろう。
だが、醤油戦士に守れる術など存在しない。
僕はいつでも守られる側だからね。
「そういうドジなところは~、昔と全然変わらないよね~」
と、懐かしむように2人を見守るシロップさん。
一方、スズは1匹のスライムを突いて遊んでいた。
「……ゼリーの勝ち」
あっ、プルプル具合を確認してたんだね。
相変わらず君はマイペースだな。
そのままシロップさんとスズが前に出て、武器を構える。
対峙するのは、気が付けばノソノソと現れ始めたリザードマン達だ。
「そこだにゃ、もっと拳を強く握りしめて、防具を砕いてしまうにゃ! あっ、次もポテサラサンドがいいにゃ」
「防具を砕くよりも顎を強打するべきだニャ。脳震盪を起こして、一撃で戦闘不能にするニャ。あっ、同じくポテサラサンドで」
リザードマンの群れと戦うスズとシロップさんを応援しながら、2人はポテサラサンドを食べ続けている。
双子だけあって、食生活の好みは同じみたい。
初日に食べたポテサラの衝撃が忘れられないらしい。
「スズはタマ達より猫っぽい戦い方で不思議だにゃ。あっ、コーヒー牛乳おかわりで」
「シロップ姉さんもニンジン食べてから恐ろしいパワーだニャ。これが噂に聞く、獣人でも選ばれた者のみが到達できる境地、覚醒というやつだニャ。あっ、同じくコーヒー牛乳おかわりで」
僕がいうのもなんだけど、君達は守ってもらっているんだよ。
ちょっとくらい遠慮してほしいと思う。
2人の行動が気になってきたのか、リザードマンを無視していったんスズが戻ってきた。
「今日はトンカツが食べたい」
あっ、夜ごはんの注文ですか。
「キャベツもちゃんと食べるんだよ?」
スズはうんうんと2度頷いて、戦闘へ戻っていった。
すると、交代と言わんばかりにシロップさんが戻ってくる。
「もうそろそろ新作が食べたいな~」
わざわざ戦闘中に言いに来なくても……。
「飽きてきたんですか?」
「違うよ~、なんとなくまだ隠してる気がするから~」
隠してるわけじゃないんですよ。
ハンバーガーとタマゴサンドばかり毎日ねだってくるし、新作を出したら出したで、しばらくそればかりを食べることにからね。
タイミングを見計らってるだけですよ。
「今日はトンカツにするので、明日以降でもいいですか?」
「大丈夫~、私はソースと味噌で~」
それだけ言うと、リザードマンの討伐へ戻っていった。
「トンカツって何にゃ?」
「角煮よりおいしいニャ?」
「う~ん、人によると思うよ。角煮とはジャンルが違うから何とも言えないね」
トンカツに興味が移った2人に、スズがサッとやって来た。
「トンカツとは、揚げ物界の帝王である」
ニヤリッと笑って、またリザードマンの方へ戻っていった。
その言葉を聞いて、僕は悟った。
また先輩風を吹かせたくなったから、わざわざ注文しに来たんだなって。
「は、早くスライムの拘束外れろにゃ!」
「そうニャ、お腹を空かせないとトンカツが食べられないニャ。トンカツというメロディがすでに美味しそうだニャ」
にゃんにゃん達には効果的だったようだ。
自分達で取れないから気を付けろって言っていたのに、必死でもがき苦しんでいるよ。
「「 にゃー! 食べ過ぎてお腹がいっぱいだにゃー!! 」」
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