第108話:料理を自慢する喜び

「なんにゃ?! このダイナミックボディは!」


「衣というアーマーを装着するだけで、オーク肉は戦闘力が跳ね上がるんだニャ」


 スライムの拘束が取れたにゃんにゃん達は、恐ろしいスピードでリザードマンをなぎ倒していった。

 元々料理を食べなくても討伐してたぐらいだから、料理効果で無双状態だったよ。

 お腹空かせたくて、フルパワーでやってたのもあると思うけどね。


 おかげで、リザードマンは僕達に怯えて近づかなくなったよ。


「ソースちょうだ~い」


「私はケチャップ」


 先輩風を吹かせたい2人は、あえて違う種類の調味料を頼んだに違いない。

 トンカツを見ることなく、にゃんにゃん達をじっと見つめながらソースとケチャップをかけていく。

 こぼさず適量かけるのはさすがだよ。


「にゃ、にゃぜ2人とも違うものをかけてるにゃ?!」


「ソース大魔王だけではないのかニャ。ケチャップという魔女まで存在してるのかニャ?」


 自分達の手元にあるトンカツを見ずに、にゃんにゃんは2人の姿を見守っている。

 食べ慣れている2人は何の躊躇もなく、見せつけるようにトンカツをサクッと口へ入れ、ご飯をかきこんでいく。


 その姿を見たにゃんにゃん達は、2人をマネするようにエアーでご飯をかきこんでいる。


 よかった、2人にご飯を渡さなくて。

 またおかずを食べずに、ご飯だけで食べるところだったよ。


「2人も食べていいんだよ。でも、ご飯とおかずで一緒に食べてね」


 2人にご飯を渡してあげると、ありがたそうにご飯を受け取った。

 タマちゃんはシロップさんをマネしてソースを、クロちゃんはスズをマネしてケチャップを選んだ。

 そして、トンカツを眺めてご飯をかきこんだ。


 おかずと一緒に食えと言いたい!


「「 おかわりにゃ! 」」


 ご飯をよそって「トンカツと一緒に食べてね」と渡してあげる。


「しまったにゃ、罠にかかったにゃ」


「巧妙な罠だったニャ」


 いや、わざわざご飯を食べないように後で渡したんだよ。

 誰も罠なんてかけてないし、どこにも罠は存在していないからね。


 2人がアホなことをしている隙にも、スズとシロップさんは先輩風を吹かし続けていく。


「にゃにゃ?! なぜケチャップとソースを合わせてるにゃ?!」


 そう言いながら初めてのトンカツ食べて、「にゃはー」と幸せそうな顔をするタマちゃん。


「そうニャ、魔王と魔女を混ぜたら大変な戦争が起こるニャ」


 同じくトンカツを口に入れて、「ニャふー」と満面の笑みがこぼれるクロちゃん。


 スズとシロップさんは「ふっ」と鼻で笑い、キャベツと一緒にトンカツを食べ始める。

 最近スズはキャベツを残してトンカツをおかわりしてくるから、よく見ておかないと。


 僕の厳しい目線に気付いたスズは、急いでキャベツだけ先に処理をした。

 シロップさんは好き嫌いなく食べてくれるから、放っておいてもいいけどね。


 早速マネするにゃんにゃん達は、ソースとケチャップをトンカツにかけて楽しみ、「にゃっひー!」とか「ニャるるー」とか叫びまくっている。

 おいしそうにご飯もキャベツも食べてくれて嬉しいよ。


 洞窟だから、君達が叫ぶとよく反響してしまうけど、魔物は一切近寄って来ないね。

 どれだけリザードマンに恐れられたんだろうか。


 幸せそうなにゃんにゃん達を見守るスズとシロップさんは、当然のように「ふっ」と鼻で笑った。

 かつて自分達がビックリしたことを思いだし、懐かしい気持ちになっているのかもしれない。


「「 味噌 」」


 その言葉に、にゃんにゃん達は手が震え始める。


「にゃ、にゃん……だと」


「新たな刺客が現れるというのかニャ?!」


「帝王を舐めてはいけない」


「帝王だからね~」


 何も言わずにスッと味噌を差し出すと、スズとシロップさんはサッと味噌を付け、目をグッと見開いてトンカツにかぶりついた。


 2人とも味が濃い食べ物が好きだからね。

 おいしそうに食べてくれるなら、どんどん先輩風を吹かしてほしい。


 多分、2人は料理を自慢する喜びに目覚めたはずだから。


 影響の受けやすい素直なにゃんにゃん達は急いで味噌を付けて、目をグッと見開いてトンカツにかぶりついた。

 変なところはマネしなくてもいいと思う。


「にゃんということでしょうにゃ。この世にこんな革命的な料理が誕生してもよかったのでしょうかにゃ」


「いいえ、ダメですニャ。魔王・魔女とやって来て、最後にカリスマが襲ってきたニャ。1日に何度も口の中で革命を起こさないでほしいニャ」


 良い意味で否定しだすにゃんにゃん。

 わかるわかると頷くスズとシロップさん。




 そこに颯爽と現れ、先輩風をさらに吹かせたい僕が登場する。




 コッソリ作っておいた『カツ丼』を取り出し、無言のまま豪快にかきこんでいく。


 カラッとした揚げ物とはまた一味違う見た目に、みんなのメンタルは崩壊寸前だ。

 信じられない物を見ているような驚きの表情を浮かべる4人は、カツ丼を眺めながら頭を抱え込む。


 なにこれ、先輩風を吹かすのって最高に気持ちいいじゃん。

 もっとカツ丼を食べる僕を見てくれ。


「食べる、待つ。それ、知らない」


 思わずスズが片言になった。


「親子丼をトンカツでやったら~、それは重罪だと思うの~」


 シロップさんに罪人認定されてしまった。


「信じれる物を失ったにゃ」


「最後の晩餐……かニャ」


 なぜ絶望してしまうんだ。


「カツ丼にしただけですけど、食べるならあげますよ?」


 うんうんうんうんと、首がもげそうになる勢いで高速に頷くので、4人のカツ丼も取り出してあげた。

 こうなるなんて予想済みだったからね、準備は怠らないよ。


 受け取ってすぐ食べ始めるのは、いつだってスズだ。


「トンカツのサクサク感を殺している、いや……活かしている! サクサクした衣の食感を犠牲にすることで、醤油とみりんの絶妙な味付けを染み込ませた。口に入れた瞬間のフニャッとだらしなくなった衣の後に、ガツンッとした肉の存在感が圧巻の一言。下味に付けていたスパイシーな胡椒が顔を出したと思ったら、ふわっと優しく包み込んでくれる卵の優しさ。そこを邪魔しないように、ご飯がコンビネーション技を仕掛けてくる。いったいなんだというんだ、この新境地」


 スズが恐ろしく饒舌になってしまうほどの衝撃だったのか。

 親子丼を食べたことがあるから、どうせむほると思ってたのに。


「カツ丼にしたことで~、見た目のインパクトも危険度も上がったよね~。トンカツが卵の海に幸せに溺れてるんだも~ん。白身がプルプルと輝きを放ってるところが~、またおいしそうで何とも言えないよ~。コッソリ覗かせてるご飯が~、早く食べてって言ってる気がする~」


 揚げ物と丼ものの見た目は、誰もが愛してしまうよね。

 だいたい卵で閉じたらおいしそうに見えちゃうし。


 1度口にしても暴走することなく、落ち着いた表情で食べていく。

 今までのように取り乱さずに受け入れているのは、成長した証だろう。


 ……なんの成長だって話だけどね。


 一方、にゃんにゃん達はどうだろうか。

 初めて食べるトンカツが味変のオンパレードなんだ。


 涙を流すのも無理はない。


「懺悔をしたくなってきたにゃ。悪いことをした奴にカツ丼を食べさせたら、1発で自供しちゃうにゃ」


 刑事さんの取り調べにカツ丼は必須だからね。

 警察署の周りでトンカツ屋さんを経営したら、繁盛すること間違いなしだ。


「この戦いが終わったら、カツ丼屋さんを開きたいニャ。この世にカツ丼屋さんがニャいから、戦いが起こってしまったんだニャ」


 君は何のフラグを立てたいんだ?

 それは「戦いが終わったら結婚しよう」といって死ぬパターンのやつじゃないか。

 カツ丼屋さんでフラグを立てて、有効判定されるのかわからないよ。


 スズの中でカツ丼は衝撃的な料理だったらしく、食べ終わった後に自分のマジックバッグから紙とペンを取り出した。

 何をしてるんだろうと覗いてみると、さっき言った自分の感想とともに、カツ丼の考察を書いていた。

 反対側のページには、ハンバーガーの絵と考察、感想がすでに書かれている。


 まさかスズの料理に対する情熱が、ここまですごいとは思わなかった。

 醤油をリスペクトする辺りからおかしいとは思ってたけどさ。


 一体何なんだよ、『パンに挟まれし英雄 ハンバーガー伯爵』って。

 いつもどんな気持ちでハンバーガーを食べていたんだよ。


 人の日記(?)は見てはいけないと思って、それ以上は見ることをやめる。


 カツ丼屋さんを始めようとするクロちゃん。

 食べる専門で料理研究をしているスズ。


 この戦いが終わったら、作れるか作れないかは別にして、2人と一緒に料理を作ってみようかな。


 あっ、今のは死亡フラグじゃないからね!

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