第222話:神託

 クンカクンカ クンカクンカ

 クンカクンカ クンカクンカ

 クンカクンカ クンカクンカ


 疲弊しきった騎士団が城壁の上で攻防する中、危機とした表情で欲求を発散してくる者がいた。

 帝国との……いや、ダークエルフとの戦争が始まり、大量のスケルトンと決死の戦いが続いてストレスを感じていたんだろう。

 再開を喜ぶ姿もなく、鼻腔に刺激を送り続ける獣人シロップさんだ。


 クンククンカの儀式を付けながら、僕は周りの状況を確認する。


 城壁をスケルトンに壊されないように、魔法が使える者は内側で魔法を使い続けている。

 その城壁の上では、よじ登って侵入を試みるスケルトンを迎撃する騎士団の姿があった。


 長期的な戦いで疲労が溜まっているのか、死んだように眠る者までいる。

 なんだったら、冒険者達は食べかけのホットドッグを持って寝ている者ばかり。


 外から見る限りは厳しそうだったけど、中は想像以上に厳しい状態だな。


 吐血をしたエステルさんについては、シロップさんと一緒に来たリリアさんとザックさんが抱えて、治療班の元へ走っていってくれた。

 空間転移で移動することをスズがやめさせようとしていたのは、こうなるとわかっていたからだろう。

 少なくとも、転移する瞬間にエステルさんが意味深なことを言っていたから、本人はわかっていたはず。


 身を犠牲にしてまで、王都の中へ入れてくれたんだ。

 フェンネル王国は深刻な状況だし、まずは騎士達をユニークスキルで回復させてあげないと持ちそうにない。


 でも、どうしよう、クンカクンカが終わらない!

 貪り食うような強引なクンカクンカを止める術はないというのに。

 シロップさんも頑張ってくれたはずだし、後5分だけ……。


「ドワーフ達はどうなった? 魔物がこれ以上増えたら、もう持たないぞ」


 カイルさんは焦っているのか、真剣な目でスズに問いかけていた。


 今まであんな顔を見せるのは、ごはんをねだってくる時以外なかったというのに。

 やっぱり今回の侵攻は、予想以上に凄まじいものだったんだろう。


 何気ないカイルさんの一言が、全てを物語っていると思う。

 ドワーフ達の侵攻を気にしているのは、ドワーフが怖いからじゃない。

 これ以上、スケルトンが増えることを恐れているんだ。


 もしドワーフの軍隊がやって来たら、スケルトンに飲み込まれて魔物化してしまうんだろう。

 すでに帝国兵が同じ目に合っているに違いない。


「ドワーフは来ない。今は帝国へ進軍して、牽制してもらっている」


「ドワーフが……味方になったのか? 閉鎖的で有名なのに、どうして……。いや、そんなことはどうでもいいな。ここに来ないのなら安心だ」


 強張っていた表情が緩んだから、本当に安心したんだろう。


 今やSランク冒険者になったカイルさんの顔は、疲労が隠しきれないほど疲れている。

 料理効果はないといっても、フェンネル王国はおいしい料理が食べられるようになったのにな。

 モチベーションを食事で保つカイルさんがここまで疲れているなんて、余程ツライ戦いを強いられているんだな。


「お父様はどこにいますか? 今後のことについて、報告をしないと」


 フィオナさんが話に割って入ると、さらにカイルさんの表情が疲弊へと向かい始めていった。


「あぁ……、オヤッサンは街を走り回っているから捕まらないぞ。状況が深刻過ぎて、何かできないかと考えたんだろうな。色んな所に足を運んで、騎士団の連中や民に声をかけている。城壁の外は、生きる希望もないような光景だからな」


「そうですか……。では、冒険者ギルドのギルドマスター、アンリーヌ様はどこにいらっしゃいますか? 彼女が指揮を執って、何とか防いでいる……ので……しょう?」


 ゾンビのように疲弊しきったカイルさんの姿を見て、フィオナさんの語尾はだんだん小さくなっていった。


「2日前の夜中、大規模の魔物が迂回して南門から攻めてきてな。アンリーヌの精霊魔法で撃退する以外に方法はなかった。今は反動で倒れて、眠ったままだ。だから、今の戦いで指揮を執っているの、なぜか俺」


 ……心中をお察しいたします。

 あなたが疲れているのは、いきなり国の存亡を任せられてしまったからですね。

 通りでゾンビのように疲れているはずです。


 Sランク冒険者でフェンネル王国を守った英雄、というだけで全体の指揮を任されたんだろう。

 ドワーフの里へ向かう時、レモン騒動でスズが騎士団長のファインさんを簡単に倒したことが影響したのかもしれない。

 Aランク冒険者のスズにあっさりと負けた騎士団長より、スズと肩を並べてレモンの木を守った不死鳥フェニックスの方が頼りになる、と。


 なんとなく責任を感じたため、さりげなくクッキーとトリュフを差し出してあげる。

 疲れた時には、甘い物がいいって言いますからね。


「パッと見た限りスケルトンしかいませんでしたけど、やっぱり強いんですか?」


「スケルトンだけだが、異常なレベルだろうな。昼間はCランク程度のモンスターで、夜間は凶暴化してAランクモンスターまで化ける。休む暇もなく攻めてくるし、中途半端な攻撃では再生する。かなりのスケルトンを粉々にしたんだが……このありさまだ。特に……アレがなくなってからは防戦一方だぞ」


 アレ……? あぁ、作り置きにしていた料理のことか。


「限度がありましたからね。料理長がコントロールできる範囲で作っておいたんですけど」


「助かったのは事実だけどな。アレがなかったら、2日も持たなかったと思う」


 ボリボリとクッキーを食べるカイルさんは、少しずつ疲労が取れているような感じがする。

 カツ丼とか雑炊を出してあげたいけど、周りの目が気になって出せない。

 ただでさえフィオナさんが戻って来て、注目を集めているから。


 僕とカイルさんの話を真剣な顔で聞いていた……もとい、トリュフが食べたくて仕方がないスズは、僕の手の平をジッと見ていた。

 猫さんのトリュフがないからか、なかなか食べようとしない。


 仕方ない、出してあげよう……と思った、その時だ。

 スーッと流れるようにネコババすると、トリュフを持ったまま駆け出していく。


 不審に思ったカイルさんと目が合い、一緒に首を傾げた。

 城壁を上っていくスズは、1番見えやすい場所まで走っていく。

 マジックバッグからマントを取り出して装着すると、ゴホンッと咳払いをした。


「皆の者、よく聞くがいい! かつて帝国が世界を滅ぼすため、エルフを洗脳していた事実を知っている者はいるだろうか」


 周囲で休んでいた騎士達がザワザワとする中、空気の読めないスケルトンが城壁を上ってくるため、槍で粉砕するような音が鳴り響いている。


「悪魔の力を埋め込まれたエルフ達は、心も体も魔物化してダークエルフと進化した。過去の大戦で討伐したはずのダークエルフが蘇り、いま再び暴れ出している。全ての罪をエルフになすりつけ、我が友であるエルフ達を追いつめた帝国の罪は大きい」


 火猫ブランドが浸透している王都で、スズの言葉を疑う人はいない。

 急にエルフが友である設定になったとしても、2,000年前に生きていた人はいないため、なんとなく味方だったと錯覚を起こしていく。


 恐ろしいほど帝国が悪者にされているけど、もう帝国という国は存在しない可能性が高い。


「しかし! 生き残ったエルフ族は世界を思いやり、帝国を許すことに決めた。その証拠に、暴れ馬である帝国のエステル王女がエルフと和解し、我々の手助けをしてくれている」


 レモン騒動で協力している姿を見た民もいるだろうし、和解したかどうかは別にして、吐血するまで頑張ってくれたのは事実。

 普段はこんなに話さないスズにしては、よくフォローできていると思う。


 なんでいきなり演説しているのかわからないけど。


 でも、あのマントを装着して演説する姿はどこかで見たことがある。

 あれは確か……、獣人国で中二病全開にして『カツ丼教』を広めたときだ。

 いつの間にかシロップさんと打ち合わせをして、こうやって力説していたはず。


 ………なんか、嫌な予感がするな。

 ちょうど手には、トリュフを持っている。


 僕の嫌な予感が確信に変わるように、スズはトリュフを天高く掲げた。


「エルフ族を守り続ける偉大な神、トリュフ神が降臨された! 世界を平和に導くカツ丼様の妹分であり、我々に力を与えてくださることになった! 全ての過ちを正し、エルフ族と共に人族が生き残れる未来のために」


 どうしてこうなった。

 嘘の塊であるカツ丼教の影響が、スズの心を動かしてしまったのだろうか。


 いや、スズの心には本当にカツ丼様がいらっしゃるのかもしれない。

 スズとシロップさんは、ニンジンの言葉がわかるくらいだからな

 敬愛すべきカツ丼の言葉が聞こえ、神が見え始めても納得できる


 つまり、ドワーフの里で猫さんトリュフを作ったことで、スズの中で本当にトリュフ神が誕生してしまったんだろう。

 真剣なスズの表情は、嘘を付くような感じが見られない。

 自分の思い浮かべる理想の神の言葉を代弁しているんだ。


 衝撃的なスズの発言に休んでいた騎士達を固まってしまう。

 スケルトンを追い返している騎士達にも動揺が広がっていく。


 そんな中、手に持っていたトリュフをパクリッと食べたスズがクルッと振り返り、左手を前に突き出した。

 すると、城壁の沿うような形でフレイムウォールが展開され、スケルトンの侵入を阻む。


「トリュフ神はおっしゃった。互いに支え合い、助け合うことは人にしかできないと。魔物に襲われた絶望的な時でも、前を向いて生き続けろと。破壊の限りをつくし、無惨な殺しあいのをするのは魔物だけでいい。厳しい現実と人々の温かい心を知っている人間だからこそ、トリュフのように甘く幸せな思いを繋いでほしいと」


 右手を突き出したスズが腰を落とすと、真紅のオーラに包まれていく。

 最大限に魔力をこめているんだろう。

 髪の毛が宙を舞うように逆立ち始める。


「トリュフ神は希望の女神ッ! 絶望の中にいるからこそ、希望という光は輝いて見える! 魔物如きに人族はやられやしない! ”エクスプロージョンッッッ!”」


 ボゴォォォォォンッ! という恐ろしい爆発音が聞こえると共に、地面が大きく揺れた。

 城壁はフレイムウォールで守られていたため、こちらに被害はない。

 ましてや、外からはスケルトンが動くような音は聞こえてこない。


 騎士達は何が起こったのか理解できていないんだろう。

 誰も声を出さずにスズを見つめているし、城壁でスケルトンを対処していた騎士達は外を眺めたまま動けなくなっていた。


 張り切り過ぎて魔力を込めすぎたスズの足がプルプルと震えていることに、僕だけが気付いていると思う。

 雪の都でエステルさんにエクスプロージョンを撃った時は、膝から崩れ落ちてたからね。

 せっかくカッコよく決まったところだし、このまま最後までカッコいいスズで終わらせないと。


 任せてくれよ、優秀な付き人にな。

 新しいトリュフとクッキーを配達しますね。


 そう思った時、不自然なほど動かないフィオナさんに目を奪われる。

 冷や汗を滝のように流している姿を見て、僕は全てを悟った。


 ノリと勢いだけで突っ走ったスズの嘘がバレないか怖くて、周りの騎士達の反応が気になっているんだ。

 黒目だけをキョロキョロと動かして、様子を伺っている。


 当然、エルフの里でダークエルフのことについて聞いているカイルさんも同じこと。

 大きく目と口を開けて、手を震わせ……、か、カイルさん?


「マジかよっ!! トリュフ神すげぇ!!」


 英雄であるカイルさんの言葉がこだますると、賛同するように騎士達が大きな歓声が上がる。

 心から安堵するようなフィオナさんと目が合い、僕達は以心伝心するように頷いた。


 カイルさんが素直な人ばかで良かった、と。


 大きな歓声で注目されていることを意識したからか、スズの足の震えが増し、ガクガクとなり始めた。

 これ以上は持たないと思い、急いで城壁へ………。


 ヤバイッ! シロップさんが話を聞いてないほどクンカクンカに集中している!

 いったんやめて、スズの足がもう持たないんだから。


 付き人の仕事を全うしないと、スズに嫌われちゃうから!

 後で好きにしていいから、ちょっとだけ離れてよー!

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