第78話:2人へのお礼

- 翌朝 -


 頭に心地いい感触が伝わり、僕は目を覚ました。

 優しい眼差しで見つめてくるフィオナさんと目が合う。


「おはようございます、目が覚めましたか?」


「いいえ、まだ寝ています」


「ふふふ、そうですか。では早く起きてくださいね、よーしよーし」


 フィオナさん、好き。


 僕はフィオナさんのお姉ちゃん属性に心を奪われ続けている。

 彼女はお姉ちゃん属性の領域を越えて、ママ属性になっている気もするけどね。

 でも、僕の中ではお姉ちゃん枠に入っているんだ。


 初代お姉ちゃん属性だったリーンベルさんは、今や怪物枠に居座っている。

 すでに、僕の心はリーンベルさんからフィオナさんへシフt……。


 リーンベルさん大丈夫かなー。

 もう1か月近くも会ってないんだよね。

 あの人は食べることが大好きだから、タマゴサンドが食べられなくて発狂していないか気になってしまう。


 毎朝20人前以上も1人で食べてたんだもん。

 それが急に1か月もなくなったら……心配で仕方がない。


 1度考えだすと、リーンベルさんの思いが溢れてくる。

 残念な姿が多くなったとはいえ、リーンベルさんの存在は大きい。


 異世界に来てから、ずっと面倒を見てくれた。

 心配して泣いてくれたこともあった。

 優しく接するだけじゃなく、叱ってくれることもあった。


 溺愛する勢いで面倒を見てくれる、フィオナさんのお姉ちゃん属性は最高だ。

 でも、リーンベルさんを忘れることはできない。


「しっかりしててもまだ子供ですね。ところどころ甘えん坊ですもの。そこがまた可愛くて、私は大好きですよ」


 リーンベルさんって誰だっけ?

 僕はずっとフィオナさんを愛していくことにs……。

 危ない、この人は僕の心を奪いすぎだぞ。


「さすがにもうそろそろ起きますよ。フィオナさんの甘い時間は好きですけど、抜け出せなくなりそうなので」


「私はまだ撫で足りませんから、いつでも甘えてくださいね。では、スズも一緒に起こしますよ」


 スズは相変わらず、足元で丸まって寝ている。

 だんだん足元で寝てもらうのが、当たり前になってきているよ。

 フリージアに戻ったら、スズはリーンベルさんの足元で寝るのかな。

 ちょっと寂しく感じる。


 フィオナさんに起こされたスズは、眠そうな顔でノソノソと起き始める。


「そういえば、フリージアの家が完成したそうですよ」


 フリージアの家?

 フィオナさんを助けた報酬にスズが要求してたやつか。

 お、お、お風呂付きのやつを。


 お城では無理だったけど、家ならお風呂イベントが発生しそうだよね。

 絶対フィオナさんは一緒に入ってくれるよ。

 僕の服を脱がせるところからやってくれそうだもん。


 早く帰りたい! 今すぐ帰りたい!

 お風呂で背中を流し合いっこしたい!


「家は1か月で作れるものなんですか? 僕のいた世界だと長期間かかりますよ」


「土魔法をベースに作りますから、1か月でもかなり長いですね。普通なら3日ほどで出来上がります。ですから、立派なお家が建っていると思いますよ」


 味噌も早い、醤油も早い、装備も早い。

 挙句の果てに家も早いのかよ。

 何でもありだな、さすが異世界だ。

 それなのに、なぜ食文化だけが未発達なんだろうか。


 おかげさまで良い思いをさせていただいてますけどね。


「そろそろフリージアに帰ろう。お姉ちゃんも心配してる」


「帰る時は私もご一緒しますね。もうお城でやるべきことはありませんから」


「僕も帰りたいと思ってますけど、あと1日だけ待ってもらってもいいですか? 帰る前にやっておきたいことがありますので」


 ドタバタしていたけど、帰る前に1つだけやり残したことがある。

 フィオナさんとスズへのお礼だ。


 2人は2週間も目覚めなかった僕の面倒をずっと見てくれていたんだ。

 最初に目が覚めた深夜3時でも、スズは手を握って傍にいてくれた。

 きっと1秒も目を離さず、2人で看病してくれたに違いない。


 それだけ大切に看病してもらえたなら、ちゃんとお礼をして、1つの区切りをつけてから帰りたいんだ。


 そ、それに、か、体も洗ってくれたし……。

 小さくてもいいと言ってくれたし……。

 ピ、ピッタリサイズで相性がいいこともわかったし……。


 べ、別に泣いてないよ!


 そういえば、手を繋いでも手汗が出にくくなったんだ。

 看病の時にずっと握ってくれてたから、どうやら体が慣れたみたい。

 手を絡めるようにして弄ばれるとダメだけどね。


 今もこうやって手を握ってもらってるけど……、


「タツヤさん……タツヤさん……」


「えっ、あっ、ごめんなさい。考え事をしてました」


「もうー。何を考えてたのですか?」


 言えないですよ。

 お礼といえばサプライズが基本じゃないですか。

 そんなことはやったことないですけど。


「……内緒ではダメですか?」


「スズ、タツヤさんが隠し事をしているみたいですから、一緒に暴きませんか?」


「賛成する、隠し事はよくない」


 そう言った2人は、僕の手を取り、優しく指を絡ませてきた。

 フィオナさんが僕の右手を支配して、スズが僕の左手を支配する。


 ま、待って、まだそういう本格的な攻めは弱いから。

 両手同時攻めなんて、耐えられるわけがないじゃん。


 2人とも手を絡ませる速度が違うから、2つの刺激が襲ってくるんだ。

 しかも、至近距離から僕の顔を見つめてくるオプションは卑怯だよ。

 まだ2秒も経ってないけど、手に力が入らなくなってる。


「言います、言います。だから、もうやめてぇ~~~」


 結局5秒持たずに、彼女達の両手から解放されることになった。

 あまりの強烈な刺激に、膝から崩れ落ちて座り込んでしまう。


「ふふふ、本当に可愛いですね。久しぶりに膝の上に座りませんか?」


「……えっと、すいません。刺激が強すぎて立てなくなりました」


 なんて情けないんだろうか。

 手を弄ばれただけで、興奮しすぎて腰を抜かしてしまった。

 体の一部は元気に立t(自重


 哀れに思ったのか、スズが僕の両脇に手を突っ込んで、フィオナさんの膝の上に運んでくれた。


 スズはこういうので全然嫉妬しないよね。

 嫉妬されてたら、大変なことになっていると思うけど。


 膝の上に座ると、フィオナさんがギュッと抱きしめてくれる。


「相変わらず、心臓が速いですね。スズの気持ちがわかるようになりました。私もこの速すぎる心臓が、逆に落ち着くようになってしまいました」


「僕にとっては刺激が強すぎるんですよ。もう少し優しい刺激でお願いします、倒れてしまいますから。今も体に力が入りませんし。……積極的なのは、大好きですけど」


 僕の言葉を聞いたスズが、突然動き出した。

 きっと『私も積極的にいこう』と思い、行動してくれたに違いない。


 でも、それはマズイだろう。

 向き合うような形で、僕の膝の上にまたがるように座ろうとしているんだ。


 積極的すぎるアプローチに、僕は完全にパニック状態に陥った。


 後ろからはいい、でも前からはダメなんだよ。

 僕のピッタリサイズがダイレクトに当たってしまうじゃないか。

 もう心臓だって限界なのに。


 でも、スズはお構いなしだった。

 フィオナさんの膝の上に座っている、僕の膝の上にまたがってくる。

 すると、突然僕の目の前にスズの顔が現れてしまう。


 き、キ、キスができるような距離だ!!



「アァーーーーーーーーーーー!!」



- 2時間後 -



 目が覚めたら、なぜか僕はベッドで寝かされていた。

 また頭がぼーっとするよ

 最近こういう系が多くなった気がする。


「ごめん、やりすぎた」


「手汗も減ってきましたから大丈夫だと思いましたが、まだ色々早いようですね。フリージアに着いたら、いっぱい特訓しましょうね」


 フィオナさんと特訓! 愛の特訓!

 僕の意識は一気に覚醒して、失った記憶を取り戻す。


 前方のスズと後方のフィオナさんにサンドウィッチされたのか。

 それは耐えられる話じゃない。

 倒れるのも当然だろう。


 だってさ、サンドウィッチは人でするものではない、パンでするものだよ。

 無駄に名言っぽくなっちゃったね。

 でも、女の子に挟まれるサンドウィッチの方が好きだよ。


「それで、何を内緒にされてたのですか?」


「隠し事、ダメ」


「えっと、悪いことじゃないんですよ。長い期間看病してくれた2人に、お礼がしたいなって思って」


「私もスズも好きでやったことです。お礼は必要ありませんよ」


「フィオナの言う通り」


「お断りします、2人のために何か作りたいんです。このまま帰るのは嫌ですよ。簡単な物でもいいから作らせてください。厨房に炭もありましたから、炭火y「「それにする(しましょう)」」」


 待って、まだ炭火までしか言っていない。


 牛肉がないから、炭火で焼き鳥を作ろうかと思ってたんだけど。

 炭火で焼くだけだと簡単すぎるからどうしようか悩んでたのに、なんで2人とも早くもよだれ垂らしてるの?


 スズは前からそうだし、動物チックだから諦めてる。

 けど、お姉ちゃんポジションにいるフィオナさんはやめてほしい。


「私の王女のカンが言っています。お礼を受け入れるべきだと。お願いしてでも食べるべきだと」


「私の冒険者のカンも言っている。災害級のイベントが発生すると。香りがすでにおいしいと言っている」


 1回でいいから、この世界のカンのシステムを教えてよ。

 全員が鋭すぎるからね。

 なんで『炭火』という言葉だけで、香りまでわかっちゃうわけ?


 バンッ


 勢いよく扉が開いたと思ったら、興奮した国王とカイルさんが部屋に入ってきた。


「おい! 今コッソリとヤバイ料理をしようと思わなかったか!?」


「ワシも感じた。王としてのカンが働いたぞ」


 何も聞いていない君達がどうしてわかったんだよ。

 電波を受信するのはやめてほしい。

 それに、あなた達の分はありませんよ。


 トコトコトコトコ


「サラも食べたい。サラも炭火で食べたい」


 サ、サラちゃんまで……。

 君は遠くから歩いてきたのに、なぜ炭火でやることまで知っているの?


 ママの優秀な血を引き継いでるね。

 それじゃあ、お兄ちゃん達と一緒にごはn……ダメだ!

 今日は2人へお礼がしたいんだよ。


 サラちゃんでも、ちゃんと断らないと。


「お兄たん、おねが~い」


 ドクンッ ドクンッ


 僕の中で何かが目覚めた気がする。

 封印すべき感情で、心が動かされ始めている。


 それでも、僕は揺るがない。

 2人へお礼がしたいんだ。


 朝から晩までずっと看病してくれたお礼なんだ。

 それに僕はロリコンじゃない。

 いくら義理の妹だからって、甘やかすつもりはないよ。

 時には心を鬼にすることも必要だからね。


 しっかりしろ! サラちゃんのためにも心を鬼にするんだ!


「サラちゃんだけ受け入れます! でも、2人はダメです。大人なんですから、恋のイベントに首を突っ込まないでくださいよ」


 ズバッと言ってやったよ。

 僕も言う時は言う男だよね。


 カイルさんと国王は、落胆した様子でしぶしぶ帰っていった。

 サラちゃんはフィオナさんに抱きついて喜んでいる。


 そこはお兄たんに抱きつくところじゃないかな?

 お兄たんの方においで、ギュッてしてあげるから。


 ……ねぇ、スズ、そんな顔で見ないで。


「ロリコンなの?」


「僕はロリコン属性を1ミリも持っていないよ。だって、年上のお姉ちゃんに甘やかされたいタイプだからね。そうじゃないと、ナデナデで喜ばないし。これは単純に義理の妹を喜ばせたいという兄心だよ、信じてほしい。それにさ、こんな小さい女の子のお願いをスズは断れるの? 鬼なの? スズは鬼なの?」


「うぅ、ロリコンじゃないならいい」


 スズはロリコンが嫌いなんだろうか。


 シロップさんにクンカクンカされても怒らない。

 フィオナさんの膝の上で愛でられても怒らない。

 リーンベルさんとの恋仲を応援してくれる。


 でも、サラちゃんだけはNG。


 スズの嫉妬の基準がわからない。

 まぁどっちでもいいけどね、僕はロリコンじゃないから。

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