第79話:炭火焼き鳥
スズ、フィオナさん、サラちゃん、僕の4人で部屋を出ると、当然のようにリリアさんとシロップさんが待っていた。
2人は「早く行くよ?」みたいな顔をしている。
連れて行ってあげたいけど、今回は控えてね。
「今回はお礼を兼ねてごはんを食べに行きますから、2人は控えてください。そうしてくれないと、これからニンジンとクッキーをあげませんよ」
「脅迫……」
「わかったよ~」
2人はしゅーんと落ち込んで、トボトボと帰っていった。
落ち込む2人を見るのは心苦しいけど、許してもらいたい。
当然のようにやって来るファインさんとザックさんをかわしていくと、前から王妃様がやってきた。
彼女は強敵と言う認識があるから、うまくかわせそうにない。
以前求めていた母性はフィオナさんが補充してくれるけど、この人は母性がオーラのように溢れ出ている。
すぐに負けてしまいそうだ。
思わず立ち止まってしまう僕に、王妃様が近付いてくる。
「お城の裏庭を立ち入り禁止にしておきました。サラぐらいは大目にみてくださいね」
まさかの味方パターン。
さすが唯一まともなリアクションをしていた王妃様だ。
娘と僕の恋愛を応援してくれる素晴らしい母君。
溢れ出る母性に包まれているような感覚がするよ。
「ありがとうございます。助かります」
「どういたしまして。娘は随分あなたのことを好いていますから、傍にいてあげてくださいね」
お母さま……、その情報はすごくありがたいです。
母の目から見てもそう感じるなら、フィオナさんの愛は本物ですね。
僕は自分に自信が全くないので、心が楽になりました。
【悲しみの魔法使い】の称号は、それだけ心に重くのしかかるんだよ。
スズとフィオナさんに捨てられないように、毎晩お祈りしているからね。
王妃様に再びお礼を言って、移動していく。
途中厨房に立ち寄って、料理長に『バーベキューコンロと炭』をもらった。
こんなに良いものがあるなら、普段から使えばいいのに。
でも、ここの料理人は良い時と悪い時の差が激しいから、きっとすぐに焦がしてしまうんだろう。
自己解決した僕は厨房を後にして、裏庭へ向かった。
裏庭に着くと、早速炭火で焼き鳥を作る準備をする。
本当は焼き肉がしたいところだけど、肝心の牛肉を持ってないからね。
オーク肉とホロホロ鳥だけだと寂しいし。
まだ情報は『炭火』の2文字しかないはずなのに、フィオナさんとサラちゃんは盛大に喜んでいる。
唐突に2人で社交ダンスを踊り始めるほどに。
王族の社交ダンスは無駄にハイレベルで困るよ。
素人ではマネできないようなクオリティで、ついつい魅入ってしまうからやめてほしい。
なんとなく運動会でビデオカメラを回してしまう、お父さんの気持ちがわかってしまったよ。
一方、スズは対照的で僕をピッタリマークしていた。
バスケットで厳しいマークを受けているみたいだ。
ハッキリ言って、邪魔である。
そんなスズのマークを振り切りながら、バーベキューコンロに炭を入れて準備をする。
火を用意しようと思ったけど、マッチとかライターがないことに今更気付いた。
すると、スズが左手で脇をガードしながら、ビシッと右手で挙手をした。
「火魔法が必要な気がします、先生」
「あっ、うん。炭に火を付けてくれると助かるかな」
「お任せください、先生」
なんだろう、急に先生プレイが始まった。
男なら1度は憧れるであろう、女子高の先生になった気分だ。
生徒との禁断の愛に走ってしまう展開は嫌いじゃない。
バレンタインの日に「先生、好きです」と、ハート型のチョコレートを渡されたい。
そのまま2人きりの教室で、恋の方程式を夜遅くまで解いていくんだ。
チョコレートは溶けても、恋の方程式は解けないけどね。
うまいこと言った気がするけど、すっごい情けない答えだな。
スズが真面目に火魔法を使い始めたので、妄想をやめて下ごしらえをしていく。
1.ホロホロ鳥と寄り添うネギを切って、交互に串を刺していく
2.焼き鳥用のタレを醤油、みりん、砂糖、酒で煮詰める
3.串をあらかじめタレに付けたら、準備完了
塩で食べるのもいいけど、タレで作っていくことにしたよ。
この世界の人は元々塩で味付けする文化だったから、タレの方が魅力的に感じるだろう。
大量の焼き鳥の準備が終わると、息切れをした王女姉妹が走ってくる。
サラちゃん、そのままお兄たんの胸に飛び込んでおいで!
「お兄たん、お腹空いたー!」
失速した。
「踊り疲れたので、たくさん食べられそうです」
そんな理由で踊っていたんですか。
通りでテンションが高いと思っていましたよ。
社交ダンスにしては、ダイナミックな動きでキレキレだったもん。
息遣いが荒くなって、薄っすら汗ばんでいるフィオナさんは最高だ。
お姉ちゃんと踊るのが楽しかったのか、満面の笑みでキラキラ輝いているサラちゃんも最高だ。
炭火と真剣に向き合っているスズさんは職人だ。
「先生、炭火の準備ができました」
あっ、まだ先生プレイが続いていた。
ちょうど王女姉妹が近くにいるから、本格的に女子高の遠足気分になってきたよ。
教え子に良いところを見せようと、無駄に張り切って焼き鳥を焼いていく。
さりげなく近くのテーブルにパンを置くことも忘れない。
スズが炭火をしっかりと調整してくれたので、肉を置いた瞬間から「じゅ~」という音と共に、辺り一面に幸せな香りが広がった。
ポタポタと垂れる醤油ベースのタレが、熱々の炭で蒸発して、香ばしい匂いになるんだ。
そこに炭火で焼かれたホロホロ鳥の香りが、後を追かけるようにやってくる。
焼く時に拡がる香りはバーベキューの醍醐味だろう。
少しぐらい生でもいいから、食べてしまいたい。
僕がこんなことを思ってるなら、彼女達は我慢できないほどツライだろう。
焼き鳥から目を離して、みんなの顔を確認する。
「サラちゃん、もう少し時間がかかるから、よだれは垂らしちゃダメだよ。フィオナさん、お姉ちゃんなんですから、よだれを垂らさないでください。スズ、鼻水も垂らしちゃダメ、ちゃんとティッシュでかんで」
「お兄たん、早く早くぅ~!」
すでにサラちゃんは、香りをおかずにしてパンを食べていた。
「香りがずるいです、なぜ香りがパンと合うんでしょうか」
フィオナさんも一緒にパンを食べていた。
香りをおかずにしてもパンの味は変わらないよ。
「とっそん……とっそん……」
なに?! スズがついに新しいやつ出してきたぞ?!
なんだよ『とっそん』って……。
今までとはちょっと違う喜び方だ。
微妙に嬉しくないから『とっそん』は封印してほしい。
よだれ3姉妹に見守られたまま、焼き鳥を焼き続けていく。
いい感じに焼けてきた物を1度炭から離して、もう一度タレに付ける。
そして、再度炭火で焼いていく。
よだれ3姉妹は、わかりやすく絶望した。
やっと食べられると思った焼き鳥が、また炭火に戻されたからだ。
そして、また醤油の良い香りが広がっていく。
「ま、まま、ま、また焼くのですか?! どれだけ焦らすおつもりなのですか?!」
「先生、焦らしプレイはやめてください! 焼き鳥さんの香りに勝てません」
サラちゃんの前で『焦らす』って言葉はやめてほしい。
教育に悪い気がする。
あ、あと、フィオナさんは意外に焦らされるのがお好きですか?
耐えきれずにガタガタ震えてるスズに対して、フィオナさんは大興奮しているんだ。
サラちゃんはちょっと半泣きだけど。
「もうちょっとだけ待ってください。これが伝説の奥義『2度焼き』ですから」
「「「2度……焼き……」」」
ちょっと中二病が出てしまったね。
完全にドヤ顔をしたまま、勝手に奥義へ認定しちゃったよ。
次々に焼けた焼き鳥をタレに突っ込んで、焼き直していく。
3人の目は焼き鳥にくぎ付けだ。
もっと焦らしたい気持ちを抑えつつ、出来上がったものを渡していく。
「熱いですから、気を付けて食べてくださいね。サラちゃん、火傷しちゃダメだよ。お母さんに怒られちゃうからね」
サラちゃんは僕の忠告を無視して、誰よりも早く食いついた。
「お兄たん! おいしい! お兄たんがおいしい!」
お兄たんを食べちゃったの?
もう少し大きくなってからなら、お兄たんを食べt……。
ダメだ、義理の妹に手を出すのはよくない。
人として失う何かがあると思うから。
「焦らされた甲斐がありましたね。炭火で焼かれた肉が香ばしく、タレもさらに香ばしい。ベルちゃんではありませんが、無限に食べられそうなほどおいしいです。寄り添うネギが間に入っているのもたまりません」
そうなんだよね、ネギマを考えた人って天才だよね。
どうして間にネギを挟んで、飽きない工夫をしてしまったんだろうか。
そのせいで、余分についつい食べてしまうんだ。
酒飲みじゃなくても、焼き鳥って至高の一品だと思うよ。
「むっほりーにである。焼き鳥には、むっほりーにを授けよう」
ごめん、意味がわからない。
今日の君とは合わない気がするよ。
焼けている焼き鳥を皿に上げていくと、サラちゃんは熱さを気にすることなく食べ進めていった。
かぶり付く様子はオッサン顔負けの食いっぷりだ。
口の周りはソースでベタベタになっても、全く気にせず食べている。
将来は酒豪になる気かもしれない。
逆にフィオナさんとスズは、ふーふーしながら食べている。
そのふーふーしている仕草が可愛くて好き。
- 2時間後 -
サラちゃんはお腹いっぱいで昼寝をしている。
お兄たんは優しいからアイテムボックスに入ってる毛布を掛けてあげるよ。
風邪を引いたら大変だもんねー。
かけた瞬間にどけるのはやめて。
お兄たんの毛布は臭いのかな?
サラちゃんの寝顔を脳内保存した後、焼き鳥を焼く作業に戻っていく。
人数が増えると大変だけど、2人ぐらいなら僕も一緒に食べれて楽なんだよね。
それにしても、焼き鳥ってこんなに長く食べ続けるものだっけ?
もう2時間も食べっぱなしだよ。
2人がリーンベルさん化しちゃってないかな。
確かに炭火で焼く焼き鳥はおいしいと思う。
でも、ノンストップで2時間も普通は食べないよね。
途中で何個かパンも食べてるし。
「あの~、もうそろそろ2時間経つんですけど、あとどれくらい食べますか?」
「タツヤさん、私はすでにお腹いっぱいです。でも食べたいです、食べられます、食べさせてください」
「私も同じ。食べる食べないかの問題じゃない。焼き鳥があれば食べるだけ」
お腹いっぱいで食べてたのかよ。
どれだけ炭火焼き鳥にハマったんだ。
めちゃくちゃおいしそうに食べてくれるから、まだお腹空いているのかと思ったよ。
「あと3本ずつにしてくださいね。ちょうど残り6本で準備したやつが無くなりますから」
この後、昼寝していたサラちゃんを起こして、ゆっくり歩いて部屋へ戻った。
途中、すれ違う兵士さんやメイドさん達が、「飯テロ……飯テロ……」と呟いていたけど気にしない。
僕は3人をそれぞれの部屋に送った後、1人で王妃様にお礼を言いに向かう。
コンコン
案内してくれたメイドさんが「失礼し飯テロ」と、よくわからない挨拶で部屋のドアを開けて入った。
王妃様は具合が悪かったのか、ベッドの上で横になっていた。
僕が近付いていくと、王妃様は顔をこっちに傾けてくれる。
「具合が悪いんですか?」
「いいえ、焼き鳥の匂いにやられただけです。今晩のメニューは、から揚げでお願いしますね」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます