第9話:オーク襲来

 ウルフの群れ討伐事件から1週間が経った。


 僕は毎朝、冒険者ギルドへ顔を出している。

 F・Eランク任務の依頼を受けるためだ。

 できるような依頼はほとんどないんだけどね。


 力仕事だったり、身長が足らなかったり、魔法が必要だったりして受けることができない。

 唯一できるのは引っ越しの依頼ぐらいだ。

 アイテムボックスあればすぐ終わるから。


 ちなみに依頼掲示板は見に行かないよ、リーンベルさんに全てお任せさ。


 受ける依頼がない時はゴブリンハンターをして過ごしている。

 ウルフを1匹倒すぐらいならリーンベルさんは怒らない。

 2匹になるとジト目で見られる。


 だから3匹は絶対倒さないようにしている。

 本当にリーンベルさんは怖いからね……。


 ステータスはこんな感じ。


----------------------


 名前:タツヤ

 年齢:10歳

 性別:男性

 種族:ハイエルフ

 状態:普通


 Lv:1 (MAX)

 HP:100/100

 MP:0/0


 物理攻撃力:100

 魔法攻撃力:100


 腕力:50

 体力:50

 知力:90

 精神:320000

 敏捷:70

 運:100(MAX)


【スキル】

 アイテムボックス、異世界言語


【ユニークスキル】

 調味料作成:Lv.3 1up new!

(料理調味料:Lv.3 1up new!・お菓子調味料Lv.3 1up new!)


【称号】

 悲しみの魔法使い、初心な心


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調味料作成:Lv.3

 思い描くように料理調味料お菓子調味料を作成することができる。

 生成した調味料で料理を作ると、素材の味を引き出し、あらゆる効果を産み出す。


料理調味料:Lv.3

・醤油  ・ソース

・香辛料 ・卵

・塩   ・味噌


お菓子調味料:Lv.3

・砂糖

・チョコレート

・牛乳


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 スキル【調味料作成】のレベルが3にあがったんだ。

 さすがに『塩、味噌、牛乳』は、戦闘に使えないと思う。

 やっぱり香りがいい醤油と、攻撃的なハバネロソースが使いやすく感じる。


 本来の正しい使い方からはだいぶ反れているけど。



 最近はこんな感じで異世界生活にもだいぶ慣れてきた。

 お金は『宿、食事、服』に使ったぐらいで、金貨8枚(8万円)溜まったよ。

 金貨10枚(10万円)溜まったら、オーブンを借りてクッキーを焼こうと思ってる。


 いつもお世話になってるリーンベルさんにお礼がしたいんだ。

 甘味が売ってるところって見当たらないから、喜んでくれると思うんだよね。


 だから1日も休まずに、今日もゴブリンを倒すために草原へ来ている。

 時間はお昼前で、もうそろそろ休憩しようかなって思っているところだ。


 大草原に独りぼっちで昼休憩が日課だよ。

 いまだに冒険者仲間ができないからね、ちょっと寂しい。

 ギルドへ戻れば、リーンベルさんが癒してくれるから問題はないけど。


 さて、ゴブリンも近くにいないから昼休憩にするよ。

 お昼ごはんは街のパン屋さんのパンを買って持ってきている。普通においしい。

 日本みたいなふわふわのパンもあるし、フランスパンみたいな固めのパンもある。

 最近は固めのパンがお気に入りだ。



 お昼を食べ終わると、座ってる地面が振動していることに気付いた。

 いつもと座り心地が違うから、地震が起こってるのかもしれない。


 ん? ドドドドって音もしてるかな?

 動物が走ってるのかな。

 魔物が走ってるのかもしれないね。


 ……え、それってヤバくない?


 音がする方をバッと振り向いてみると、ギルマス並みの巨体を持った人が走って近づいてくるのが見えた。


 冒険者かなって思ったけど、なんだか違和感を覚える。

 肌の色もおかしいから人っぽくない。


 もしかして、あれってオーク?

 ……え、オーク!?

 まさかのオーク襲来?!


 オークは2足歩行した大きな豚(身長2m体重100キロ越え)のDランクモンスター。

 僕が戦って勝てるような相手じゃない強力な魔物だ。


 これはヤバイ、すぐに来た道を戻って逃げよう。

 はぐれオークなのかな、運が悪いじゃすまされないよ。

 ステータスの運は100でMAXなのに。


 急いで走り出した僕に、ウルフ5匹に囲まれたとき以来の『死の恐怖』が纏わりつく。


 100mほど全力で走って振り向えると、オークとの距離が開くどころか縮まっていた。

 今の僕は10歳の子供、魔物に追いかけられて逃げられるはずもなかった。


 完全にロックオンされてしまったんだろう、一直線で僕を追いかけてくる。


 このまま走り続けても追いつかれるだけだ。

 体力がなくなれば戦うどころじゃなくなってしまう。


 ちょっと怖いけど、体力のある状態でオークと戦った方が生き残る可能性が高いと思う。


 間違いなくオークは格上の相手。

 体だって僕より遥かに大きい。

 それでも、生き残るために戦うことを選択してオークと向き合おうと思う。


 オークはボロボロの斧を持って、僕に近づいてくる。

 ドシン、ドシン、ドシンと大きな音を立てて走り、距離が約10mになるところで足を止めてニヤリと笑った。

 魔物の気持ちなんて知りたくないけど、「ご馳走だ」と言わんばかりによだれが垂れている。


 こんな化け物と戦うのに、様子を見て分析する暇はない。

 出し惜しみをしてたら、すぐにやられる。

 守らずに攻め抜くことだけを考えよう。


 こいつを倒してリーンベルさんの元へ帰るんだ。

 Eランクのウルフでさえリーンベルさんは激オコだった。

 Dランクのオークを倒したら、恐ろしいほどの剣幕で怒って来るだろう。


 早く帰ってリーンベルさんに罵倒されよう!


 僕はオークに向かって走り出し、距離をつめた。

 オークが斧を構え切る前に、準備していた『醤油ビーム』を解き放つ。


 ブシューーーッ


 ドン


 オークにしっかりと命中したけど、巨体を押し倒すような力は生まれない。

 まだまだ余裕がありそうだから、醤油ビームでは倒すことが難しいな。


 無理だと判断して、すかさず戦法を変える。

 腐った卵を2つ取り出し、オークの顔面に時間差で投げつけた。


 オークは飛んできた卵を斧で払いのけたが、時間差で投げられた2つ目の卵には無防備だった。

 顔面に当たって卵がペキャッと割れると、腐った緑色の黄身をした卵がオークの顔に纏わりついた。


 その瞬間、オークは持っていた斧を投げ捨て、あまりの臭さに「ブヒィーーーーー!」と叫びだした。


 鳴き叫ぶオークを見て、僕は動きを止めてしまう。

 オークを倒そうと思っていたのに動けない。

 今が絶好のチャンスなのに。


 攻めるなら今しかない、逃げ出すチャンスも今しかない。

 でもオークの叫び声を聞いた瞬間、体を動かすことができなかった。



 オークの怒りの咆哮に『威圧』されてしまったのかもしれない。



 卵を顔から払いのけたオークは、完全に怒り狂っていた。

 鼻息は荒く、歯を食いしばり、ドシーン! と、地面を強く踏みしめながら歩いてくる。


 ドシーン!

 ドシーン!!

 ドシーン!!!


 怒り狂ったオークがゆっくりと近付いてくる姿に、今まで感じたことのない恐怖が襲い掛かる。

 自分よりも格上の強者による殺意をまともに浴びてしまったんだろう。

 怖すぎて何も考えることができず、手足はガタガタと震えている。


 一歩また一歩と近づいてくるオークは、僅か2mまで距離を詰めて立ち止まった。


 怒り狂ったオークはもう1度大きな口を開き、「ブヒィーーーーー!」と、僕に向かって吠えた。

 しかし、先ほどのような威圧感を感じることはない。


 逆に僕は変なことを考えていた。

 恐怖が強すぎて、思考が狂ってしまったんだろう。


 大きな口を開けたオークが「ハバネロをくれー!」と、言っている気がしたんだ。

 すぐにオークの口へ向けて「ヘイ、お待ち」と、ハバネロソースを発射する。


 ブヒィーーーーー!


 顔面に当たったハバネロソースが口に入り、衝撃的な辛さでオークはのたうち回る。

 鼻と目からも入り込んだハバネロソースは、オークに今まで感じたことのない『辛さによる痛み』を与えている。


 僕はもう、アホみたいなことしか考えられなくなっていた。


 苦しんで喉をかきむしっているオークは、あまりの辛さに地面を転がり悶え苦しんでいる。

 大きな口を開けて「ブヒィーーーーー!」と、悲痛な思いを叫び続けていた。

 でも、それが「ハバネロおかわり!」に言っているようにしか感じなくて、どんどん顔面にハバネロソースをぶつけていった。



 欲しがりなオークに終わらない激辛地獄が続いていく。



 さすがに何度も食べているせいか、「お腹いっぱいでもう食べられません」と息絶えた。

 無心でハバネロソースをスタンバイしている僕は、うまく現状を整理することができなかった。


 自分が何をやっているのかわからない。

 しばらく何も考えることができずにボーっと佇んでいた。


 5分もそのまま過ごしていれば、一時的におかしくなったテンションが戻って、現状を理解してしまう。

 倒れているオークを見て何が起こったのか理解すると、自然と足から力が抜け落ちて座り込んだ。


 オークから受けた『死の恐怖』が頭の中で再生されるように思いだされる。


 怒りの咆哮で動けなかった自分。

 目の前で叫んだオークの顔。

 圧倒的強者からの殺気。



 平和な日本で過ごしてきた僕の心をへし折るには、充分すぎる恐怖だった。

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