第187話:チーズフォンデュ
チーズフォンデュの見本を見せるため、僕はチーズホットドッグを作っていく。
まずは、パンにレタスとウィンナーを置いてホットドッグの原型を作る。
そこへ、上にドッサリと熱々のチーズを乗せる、ただそれだけ。
伸びるチーズを贅沢に使った、全く新しい味付けである。
あまりの衝撃的な絵面に、ホットドッグへ視線が集まってしまうのも無理はない。
隣のテーブルにいるはずの冒険者達が、僕を取り囲むように集まるのも仕方がないこと。
「お、おい、タツヤ。お前、ホットドッグは黄金比と言ってなかったか?」
ザックさんが大きく頷く中、僕はチーズホットドッグを口にした。
「カイルさん、黄金比じゃないと食べてはいけない、と言った覚えはありませんよ。ホットドッグとハンバーガーはチーズによって進化する、そういう料理なんです。もしかして……それくらいのポテンシャルを持つ料理だと、今まで見抜けなかったんですか?」
謎の煽り発言をする僕の言葉に、彼の心は打ちのめされてしまっただろう。
ただコロッケを食べに来ただけなのに、新作のピザ風トーストで衝撃を受けたばかり。
受け入れがたい真実を聞いたいま、絶望的な表情をしていた。
おそらく、うますぎて倒れてしまうパターンのやつ、と理解してしまったんだろう。
だが、もう引き返すことはできない。
チーズホットドッグを目の当たりにして、逃げるなんて選択肢などあり得ないから。
誰もが未知のチーズパワーと、既存料理のポテンシャルの高さに驚く中、突破口を開いたのはフィオナさんだ。
チーズにハマってしまった王女様は、早くも濃厚なチーズの虜になっている。
僕と同じ要領でホットドッグを準備して、熱々のチーズをドッサリと上からかけていく。
マグマのようにデローンと流れるチーズを前にして、誰もが作業工程に見とれていた。
そして、フィオナさんは大きな口で被り付くところまで、しっかりと見届ける。
口からパンを放す時、チーズが糸を引くようにビヨーンと伸びている姿を見て、全員が唾をゴクリッと飲んだ。
「………」
何も言わずに黙々食べるフィオナさんは、今まで見たことのないリアクションだった。
必死に笑みがこぼれるのを我慢して、みんなに見られながらも食べ続けていく。
見られるのは恥ずかしい。
でも、チーズホットドッグが止まらない。
きっと、そういう感情をいただいているだろう。
「フィオ、ちゃん? おいしい?」
沈黙を破ったのは、リーンベルさんだ。
誰よりもホットドッグを食べ尽くしたこともあって、気になって仕方がないはず。
「私はチーズホットドッグの方が好きです。従来の黄金比が悪いわけではありません。まだまだお子様の口なのでしょうか、濃厚な味わいを求めてしまうのです。濃すぎるのにしつこくないという、斬新な味を出されてしまっては……」
フィオナさんの答えが全てだろう。
チーズは人によって好き嫌いが分かれる料理だからね。
年を重ねると胃もたれをするかもしれないけど、まだフィオナさんは15歳。
もっと濃厚な味を食べたいと思い、ホットドッグに追いチーズをかけるのも当然のこと。
「ま、待ってほしい。濃厚なチーズをそんなにかけたら、くどくなるはず。どうしてチーズを追加する?」
スズの言うことは正しい。
誰がどう考えても、濃厚なチーズをかけ過ぎると、チーズの味しかしなくなってしまう。
でも、チーズ好きには通じない。
濃厚なチーズが大好きな人は、バランスなど関係ないんだ。
必要以上にチーズを乗せて食べたくなってしまうような食材であり、チーズが多いほどおいしく感じてしまう。
味が濃いなんて関係ない、トロトロのチーズがいっぱいあることが正義でしかない!
「そうですか? 私は足りませんでしたので。チーズにはバランスという概念が存在しない、と言った方が正しいのでしょうか。少なくとも、いっぱいかけてもホットドッグは成立していますよ」
冷静にチーズを楽しめる余裕があるフィオナさんだから、そんなセリフが言えるだけだ。
自分好みにチーズを追加して、ホットドッグをカスタマイズできる余裕なんて、この世界の人間が持っているはずもない。
虚ろな瞳で自分達のテーブルに戻っていった冒険者達より、一足早くアカネさんがハンバーガーを作り始める。
パンの上にハンバーグを乗せ、チーズを乗せた後にパンを挟んだ、恐ろしく単純なチーズバーガー。
迷うことなく一口食べると、当然のようにチーズが伸びて糸を引く。
なぜかアカネさんとチーズという組み合わせは、へっぴり腰になってしまう。
「なるほど、理解したわ。以前にハンバーガーを食べていなかったら、完全に倒れていたわね。マールは気を付けた方がいいと思うわよ」
ハンバーガーはまだ発売していないけど、昼ごはんで渡してあげたことがあるからね。
「いえ、ボクは余裕ですね。最近はタツヤと行動してたので、おいしい料理に耐性ができましたから」
そう言ったマールさんがチーズハンバーガーを作り、口の中に入れていく。
バタッ
見事にフラグを回収したマールさんは、油断しすぎたんだろう。
砂漠にいた頃、ハンバーガーもいっぱい食べたはずなんだけど。
アカネさんが大きな溜息を吐きながら、チーズハンバーガーをおいしそうに食べていく。
反対側のテーブルでは、スズが「むひょおーーー!」と叫ぶ反面、早くもリリアさんが倒れていた。
意外にリリアさんも弱いんだよね。
冒険者テーブルに気を取られている間に、受付嬢テーブルでは早くも横着なことをしようとする者がいた。
大食いの天使、リーンベルさんだ。
パンにハンバーグを乗せてチーズを挟むという工程を、いきなり2段でやっているんだ。
通称、ダブルチーズバーガーである。
僕と目が合った瞬間、少し恥ずかしそうに会釈をする辺りが可愛い。
食欲を抑えきれず、我慢できなくて豪快なハンバーガーにしてしまったんだろう。
残すようなら問題はあるけど、彼女は絶対に残さないから大目に見ようかな。
幸せそうな笑顔でハンバーガーに被り付いたリーンベルさんを見れば、感想を聞かなくてもわかる。
早くも鼻歌まじりで食べているから、相当気にいったに違いない。
一方、冒険者テーブルでは、チーズホットドッグを一口食べたカイルさんが「うわぁぁぁぁ!」と、叫んでいた。
カルチャーショックを受けている横で倒れているのは、ザックさんである。
彼もまた、おいしい料理に弱すぎる人間と言えよう。
チーズのおいしさにやられて叫ぶスズとカイルさんは、完全に近所迷惑な2人である。
苦情が来ると困るから、もう少し静かにしてほしい。
せっかく英雄のイメージがあるのに、近所迷惑をしたらイメージダウンになっちゃうよ。
2人は走り回って叫びながら食べているため、冒険者テーブルではシロップさんが1人で座ってチーズバーガーを食べているだけだった。
なんとなく寂しそうな気がして、僕はそっと近付いて隣に座る。
そして、念のためニンジンを渡してあげた。
「本来はパンとか肉をチーズにくぐらせて食べる料理なんです。ニンジンで食べたことはありませんけど、よろしければどうぞ」
セルフサービスの料理コーナーみたいになっているけど、本来はチーズフォンデュをイメージしていたんだ。
日本でこんなオシャレ料理をやったことがなかったため、変な形になっているけど。
だって、普通に家でチーズフォンデュをする機会って、滅多にないからね。
パーティとか外食じゃないと食べられないよ。
誰よりもチーズのニオイに興奮していたシロップさんは、すぐにニンジンをチーズにくぐらせていく。
オレンジ色のニンジンに、クリーム色のチーズが纏わりつく光景は綺麗な色合いを見せる。
目がキラキラと輝くシロップさんは、何の迷いもなく口へ入れた。
食べた瞬間、誰もがおいしいと理解しただろう。
垂れたうさ耳がピーンッと真上に上がり、普通のうさ耳のようになっているんだ。
なんだかんだでシロップさんと関わるのは久しぶりだから、喜んでもらえて嬉しい限りだよ。
今は食べることに夢中になっているけど、後日、狂ったようなクンカクンカが期待できるかもしれない。
追加のニンジンはドッサリと置いておくから、満足するまで食べてね。
楽しそうにチーズフォンデュをするシロップさんと別れ、受付嬢テーブルに戻ってくると、フィオナさんがエステルさんのチーズバーガーを作ってあげていた。
どうやら不器用なようで、自分で作れないみたいだ。
世話好きなフィオナさんらしい光景である。
なお、これがフェンネル王国の第一王女と、ネメシア帝国の第四王女の奇跡的な交流であることは、僕しか気づいていないだろう。
ちなみに、エステルさんの話し相手はアカネさんが担当している。
大人のアカネさんに任せておけば、トラブルになることもなくて安心だ。
静かになったなーと思ったら、カイルさんがコロッケで倒れている程度だ。
彼が倒れることは誰もがわかりきっていたことだから、何の問題もないよ。
いつもと同じ平和な光景だ。
結局、全員が目覚めて再びごはんを食べ始めた後、リリアさんがアイスでもう1度倒れて解散になった。
遅くなったので、アカネさんとマールさんは
エステルさんが悪さをして、暴れることはないと思う。
だって、「なぜ帝国に産まれてきたんだろうか、フェンネル王国に産まれてくれば……」とブツブツ呟いていたから。
あれだけ、世界の秩序を正す国、と言っていたのに、チーズバーガーが衝撃的過ぎたらしい。
形ばかりとはいえ、第4王女が移住するのは大きな問題になるからね。
フェンネル王国と帝国が、もっと仲良くしてくれればいいんだけど。
ニンジンのチーズフォンデュでシロップさんが幸せになり過ぎたこともあり、「えへへ~、えへへ~」と、酔っ払いのように部屋へ帰っていった。
ちょうど都合もいいと思い、僕はスズとリーンベルさん、フィオナさんを部屋に呼ぶことにした。
古代竜のことで相談したいと思っていたから。
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