第22話:作り過ぎですよ

 シルバーウルフ討伐後、村長宅で朝ごはんをいただくことになった。


 運ばれてきた『白い食べ物』に目を奪われる。

 この世界には存在しないと思っていた、柔らかい食べ物。


「村長! これは豆腐ですよね?!」


「おぉ、ご存知ですか? この村以外では作られていないはずですが」


 この世界は日本と類似している点が多い。

 食材は日本と同じものが揃っているからね。

 でも、食文化が全然発展していないんだ。


 加工品や手の込んだものは諦めていたんだけど、まさか豆腐が見つかるとは。


「在庫は? 在庫はどれだけありますか?」


「それほど多くはありませんが、必要であればお作りいたしますよ」


「僕たちは寝ずに朝まで起きていたので、朝ごはんを食べたら仮眠して昼に出発する予定でした。しかし、予定変更して1泊させていただきます。なので、明日の朝まで全力で豆腐を作ってください。全て買い上げます……スズが!」


 その場にいた全員がポカンとした。


 スズは『この白いのはそんなにおいしいのか』と思ったんだろう、期待した眼差しで勢いよく食べ始める。


「 ……… 」


 止まった。完全に固まっている。

 茹でてあるだけの豆腐って微妙だよね。

 君の無表情な顔は『マズイ』と言ってるように見えるよ。


 豆腐が拡がらない原因は、調味料が少ないからだろう。

 塩がパラパラっと振ってあるだけの豆腐は食べたくはない。

 醤油だけでも存在していたら、この村はもっと発展していたに違いない。


 でも、僕はその醤油が作れる。だから買い占めたい。

 豆腐はポテンシャルが高く、何にでも合うような素晴らしい食材だ。

 揚げ出し豆腐も好きだし、冷ややっこも好き。


 この村に依頼で来たのも何かの縁。

 アイテムボックスでいっぱい持ち帰って、いつでも食べられるようにしたい。


 すると、スズが耳打ちしてくる。


「これ、おいしくない。買わなくていい」


 愚かだ、君をそんなに愚かな者に育てたつもりはないよ!

 付き人Sランク(自称)の言うことに逆らうなんて許せない。

 愚かなBランク冒険者が間違った道に進まないように、説得をしようじゃないか。


「君の冒険者のカンはそんなものだったのか? 見損なったよ。金タマネギのみそ汁をよ~く思い出してほしい。あそこに豆腐を入れると………、みそ汁は覚醒する!」


 スズの目は大きく見開き、苦しみ始めてしまった。

 私はそんなに大きな過ちを犯してしまうところだったのかと、自分の不甲斐なさに床をバンバンと何回も叩いている。


 それ以上は手が痛くなるからやめておきなさい。


 スズは勢いよく立ち上がり、凛とした表情で村長を見下ろした。


「豆腐を倍の値段で買い占める! 急いで作ってほしい! 明日の朝までに作れるだけ作って!」


 村長は『倍の値段』と聞いて、目の色を変えた。

 すぐに立ち上がって村人に、「戦争だー!」と言いながら、慌てて豆腐を作りに行った。


 このとき僕は思った。


 スズの手の上で転がされるのも悪くない。

 でも、スズを手の上で転がすのも悪くないと。


 村人も思うところはあったのだろう。

 依頼内容の誤差、スズの丁寧な対応、オーク肉と塩をわけたことなど、色々なことが重なって「あの2人のためならやろう」と、真剣に作り続けてくれた。


 どれくらいガチだったかというと、


「豆腐との戦争だー!」


「うぉぉぉぉぉぉ! 負けるかぁ!」


「1,000丁だ! 1,000丁作って打ち勝つぞぉーー!」


「豆腐の角を火猫様にぶつけるぞぉーー!」


「豆腐の聖地を奪い返すぞー!」


 意味の分からないテンションで、お祭り騒ぎになっている。

 僕たち徹夜して眠たいんだから、もうちょっと静かに作ってね。


 この日、夜になっても大人を中心にして、大騒ぎのまま豆腐は作られ続けた。



- 翌朝 -



 村人たちが本当に手作り豆腐を1,000丁も作ってしまった。

 全力で作ってほしいとは言ったのはこっちだけど、作りすぎだと思うの。

 でも、1,000丁もあると安心するよね。

 大食いのリーンベルさんがいても大丈夫だろう。


 ……大丈夫だよね?

 なぜかちょっと不安だよ、足りるよね?


 スズが律儀に2倍の値段で買い占めたこともあって、村長はニコニコだ。

 しかし、村人は疲労でズタボロだ。


 若者が5人ほど村の中で倒れていて、「豆腐が……豆腐が……」と唸っているから。


 僕たちはその若者たちを見なかったことにして、エンレイ村を出立し、予定通り街へ歩いて戻ることにした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る