第72話:ふーふー。あ~ん

 部屋に入ってきた料理長は、ゆっくりと土鍋を持ったまま近付いてきた。


 持ってきた土鍋をテーブルにそっと置いて、ニヤリッと微笑む。

 フィオナさんには見えないように、僕だけを見て……。


 そして、一言も声を発することなく、部屋を出ていった。


 どうしよう、僕の食事を作ってくれたと思うんだけど、その料理が恐ろしく怖い。

 弱っている僕を確実に仕留めるため、毒が入ってるかもしれないんだ。


 まさか手下のように動いていた料理長が、反旗をひるがえしたというのだろうか。


 師匠のようなことは何一つしていないとはいえ、あんなにも「師匠」と懐いていたじゃないか。

 もしかしたら、出会った頃に避難したスポンジハンバーグのことを根に持ち続けていたのかもしれない。


「病人食の雑炊を料理長に作ってもらいました」


 料理長の企みを知らないフィオナさんが、優しく声をかけてくれた。


 せっかく看病して繋ぎとめてくれた命を、料理長の復讐で散らすわけにはいかない。

 お願いだから気付いてほしい。

 それには毒が入ってる可能性が高いんだ。


 料理長の不気味な笑顔と、最後に僕を見て微笑んだ記憶が蘇る。


 でもフィオナさんは気付かない。

 寝たまま起きようとしない僕の体を優しく起こしてくれる。

 なお、すでに下半身は起きt(自重


 そして、禁断の土鍋のフタをフィオナさんは開けてしまう。


「「 ……… 」」


 料理長、疑ってごめんね。

 あの笑顔はそういう意味だったんだね。

 けっして僕を殺そうとしていたわけじゃなかったんだ。

 でも、僕はそっち系の趣味は持ってないよ。



 だから、おかゆにケチャップでハートを書くのはやめよう。



 良い年したオッサンの料理長が、32歳のオッサンの僕にハートを送らないでほしい。

 弱ったところでポイントを上げる作戦を実行しないでよ。

 このハートで心に響かないんだから。


 むしろ、今までそんな目で見られてたかと思うとちょっと怖いよ。


 このおかゆハートをどういう気持ちでフィオナさんが見ているのか、料理長には考えてもらいたい。

 公式に発表されていないとはいえ、彼女は付きっきりで看病しているんだ。


 いくら鈍感な人間でも、普通は気付くだろう。


 なぜ彼は『まだ間に合う』と思って攻めてきたのかな。

 いくら待つ専門の僕でも、異性からしか受け付けていないよ。


 あと、おかゆにケチャップを入れるのもダメ。


 フィオナさんは1回も瞬きすることなく、真顔でケチャップだけを取り除いていった。

 2人の気持ちは1つになっただろう。



 ケチャップはなかったことにした。



 そのまま何事もなかったかのように、雑炊という名のおかゆを食べることになった。

 体をうまく動かせない僕は、恥ずかしいけど『あ~ん』をしてもらう。

 なんとか自分で食べようと思ったんだけど、フィオナさんがスプーンを渡してくれないから。


 幼児退行プレイ好き疑惑が浮上している僕でも、こういうのは苦手だよ。

 めちゃくちゃ恥ずかしいから、本当にやめてもらいたい。


「自分、食べる」


「認めません、ちゃんと冷ましてあげますから」


 そういう問題じゃないんです。

 猫舌は心配してませんから。

 本当に恥ずかしくて、やめてほしいんですよ。


「私はこういうの嫌いではありませんよ。あ~んをして食べてもらえる姿を眺めていたいですから。早く食べられるようにならないかと、楽しみにしていましたし」


 あっ、フィオナさんは幼児退行プレイが好きなのか。

 じゃあ、僕も受け入れるよ。

 フィオナさんが楽しんでくれるなら、ほとんどのことは受け入れちゃうからね。

 お尻ペンペンだって喜んでされちゃうよ。


 フィオナさんは本当に楽しみだったんだろう。

 鼻歌を口ずさみながら、スプーンでおかゆをすくった。


「ふーふー。はい、あ~ん」


 フィオナさんの「あ~ん」という言葉に、早くも興奮を覚えてしまう。

 優しい幼児プレイの言葉責めも悪くない。


 そんなことを思っていたら、このプレイの恐ろしさに気付いてしまった。

 フィオナさんが僕の口元をずっと見つめてくるんだ。


 こぼさないようにゆっくりと運ぶフィオナさんは、僕の口元に照準を合わせるように狙いを定めてくる。

 じっと僕の口元だけを見つめ続け、口にスプーンが入っても目を離すことはない。

 口に入れられたスプーンが離れる最後の最後まで、じっくりと見つめられてしまうんだ。


 そんなに口元ばかり見ないでよ……。

 食べるところを見られるのって、案外恥ずかしいんだからね。


 でも、もっと見てほしいという謎の欲求も生まれてくる。

 フィオナさんの視線を独り占めすることに快感を覚えているんだ。

 本当に幼児プレイが好きなのか、妖艶な笑顔で微笑んでくるし。


 いったい僕はどうしたらいいの?


 1回あ~んをしてもらっただけなのに、早くも虜になってしまったよ。

 このおかゆがめっちゃ塩辛いけど、そんなのほとんど気にならない。


「ふーふー。はい、あ~ん」


 や、やめて、そんなに僕の口元ばかり見ないで。

 ご、ごめんね、うそだから、もっと僕を見てほしい。

 でも僕の口元を見ながら、ふーふーしないで。

 あっ、だめ、そんな舌なめずりして見られたら。




 あぁぁぁぁぁぁ、すごくいい。




 その後も、フィオナさんはとても嬉しそうな顔でおかゆを運んでくれた。

 食事が終わっても、まだ『あ~ん』をされたくて仕方がない。

 どうやら苦手だった分野を、フィオナさんの手で開拓されてしまったみたいだ。


 今度ごはんを食べる時も、積極的に甘えたいと思う。


 やっとごはんを食べられるようになったとはいえ、まだ起きて1時間程度しか経っていない。

 このままリハビリをして、体を動かしていきたい。


 そう思っていたら、フィオナさんの手による蹂躙が再び始まり、仰向けに寝かせられてしまった。

 寝かしつけサービスが始まると思った時には、もう遅かった。

 すぐに頭が撫でられ始め、2秒で意識が遠くなってしまう。




 次に目を覚ました時には、翌日のお昼になっていた。

 近くにはフィオナさんがいてくれたから、リハビリをすることを伝える。

 「まだ早いです」と反対してるけど、そうも言ってられない。


 自分でも不思議に思うんだけど、起きてからまだ1度もトイレに行ってないんだよね。

 おかゆを食べた以上は、これから嫌でもトイレに用事がでてくる。

 下の世話をさせたくないから、早めに歩くトレーニングをしたいんだ。


 フィオナさんに無理やりお願いを聞いてもらって、歩くトレーニングを始めていく。

 だが、予想外だった。

 ヨチヨチ歩きもできないほど、体が思うように動かない。


 焦ってこけそうになると、フィオナさんがパッと支えてくれる。

 その度にギュッと抱きしめられるから、おっぱいが当たってドキッとする。

 これじゃあ、集中して練習できないよ。


「手を支えて、歩く」


「わかりました」


 手を握ってもらって、ゆっくりでもいいから確実に歩こうと思った。

 でも、これも予想外だった。


 僕は両手を前に出して、フィオナさんと向かい合う形で握ってもらっている。

 すると、フィオナさんが前かがみになっているから、おっぱいが丸見えなんだ。

 背中で感じ続けていたことがあるとはいえ、王女のおっぱいを間近で見続けていいのだろうか。


 あ、あと……今日は勝負の日でしたか?

 黒のレースなんて付けられたら、魅入ってしまいますよ。


 フィオナさんの前かがみおっぱいに洗脳されてしまった僕は、目の前にニンジンをぶら下げられる馬のように、自然と体が前へ進んでいく。


 おっぱいに近付きたい、

 おっぱいが逃げる、

 おっぱいをもっと近くで見たい。


 おっぱいという聖なる力(変態パワー)で、みるみると上達していく。


 僕が少しふらつきながら歩くと、フィオナさんが支えようと思って、おっぱいが揺れるんだ。

 ただ2つの大きな物体が揺れているだけなのに、ものすごく興奮するんだよ。


 どれだけ揺れてしまっても、絶対に元の位置に返ってくる。

 それが見たくて、一点を見つめたままアグレッシブに歩き続けた。



 なんて神秘的な光景なんだろうか。



- 3時間後 -



 おっぱいの魅力がすごすぎて、ぶっ続けでトレーニングをしてしまった。

 その結果、トイレに行きたくなった。


 ふ、普通に用を足すだけだよ。

 べ、べべ、べ、別に変なことはしないから。


 僕はフィオナさんに付き添ってもらいながら、トイレへ向かって歩いていく。


 おっぱいトレーニングの成果は凄まじい。

 ゆっくりなら普通に歩くことができている。


 そのままフィオナさんの誘導に従ってトイレに行くと、明らかに女子トイレへ入ってしまった。


「違う、男子トイレ、行く」


「男子トイレでは私が付き添えませんから、女子トイレでお願いします」


 そういうなら女子トイレに行きますけどね。

 禁断の女子トイレで用を足すという背徳感を味わうのも、悪くないですし。


 フィオナさんの後ろについていき、女子トイレに入っていく。

 1人のメイドさんがちょうど女子トイレから出てきて、チラッと僕を見ていった。

 さすがに気まずいけど、フィオナさんはお構いなし。


 誘導に従い続けて、1番手前の個室に入っていく。

 当然、用を足すためにドアを閉める。

 が、なぜかフィオナさんも一緒に入ってくる。


 トイレを見守るのは本当にやめてください。


「早くしましょう」


「自分でやる、外に出て」


 言うことを聞いてくれないフィオナさんは、しゃがみこんで僕のズボンに手をかけてくる。

 それだけはお願いだからやめてほしいと、必死にズボンを上げて抵抗。


 女子トイレの中で、僕のズボンを下ろす攻防戦が始まった。


「遠慮はいりません、早くシーシーしましょう」


「やめて、1人、できる」


 フィオナさんはいつからそんなパワープレイに走るようになったんだ。

 そういうのはベッドの上でお願いしたいよ。

 まさかこんなところまで幼児退行プレイの影響が出るとは。


「お世話がしたいのです」


「トイレ、ダメ」


「少しだけでも構いません」


「お願い、外出て!」


 それから5分ほどの攻防戦を何とか制して、ギリギリ漏れずに済んだ。

 フィオナさんは王妃様のにじみ溢れる母性を受け継いでいるんだろう。

 すごく好きなんだけど、トイレだけはやめてほしい。

 

 僕は用を足してトイレのドアを開けると、フィオナさんの姿はなく、3人のメイドさんと女子トイレ内でバッタリ会ってしまった。

 お互いに目線が合って、固まってしまう。


 当然だろう、いくら子供と言っても女子トイレに1人でいるんだ。

 完全に変態である。


 なんとなく『ど、どうも~』みたいな形でやり過ごし、微妙な空気が流れていく。


 女子トイレの外に出ると、フィオナさんが待ってくれていた。

 確かに「外に出て」と言ったのは僕だから、何も言うことはできない。


 フィオナさんはトイレを見届けることができず、落ち込んでいる様子だ。

 僕はメイドさん達に『女子トイレに入ってくる変態』と思われてしまい、落ち込んでいるけど。


 この日から、メイドさんの視線が厳しくなってしまったことを、僕は一生忘れないと思う。

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