第125話:別れ

 スズが大量のポテチを揚げ終えたので、みんなでバリバリ食べながら話していく。


「シロップはよく覚えてるじゃな~い。獣人とエルフが仲良くなったのも、じゃがいものおかげなのだわ~ん。2,000年経った今でも、いも祭りをやっちゃうほど友好的よ~ん。表向きは中立の立場を取り続けてたけどね~ん」


 伝統的に守り続けるほど、獣人達はエルフに感謝しているんだろう。

 フェンネル王国に力を示せといったのも、エルフに配慮した可能性がある。

 エルフに対して友好的なフェンネル王国だったとしても、隣国のネメシア帝国にバレたら洒落にならないからね。


「女の子が世界樹と呼ばれていたのは本当なんですか? 人であるなら、もう死んでると思いますけど」


「そこがハッキリとしないのよね~ん。2,000年も前のことだから、セリーヌって呼ばれていたとも伝わってるのよ~ん。他に世界樹って言葉が出てくる話は、この国には存在しないわ~ん」


 参考になったのか、参考になっていないのか、よくわからない話だな。

 少なくとも、エルフと世界樹は密接に関係しているのは明らか。

 エルフを探し出して、直接聞いた方が早いかもしれない。


 きっと敵対する者に見つかりかけて、近辺から離れたんだろう。

 エルフが滅亡したと言われているから、ずっと隠れて過ごしているはず。

 見付かるようなミスはしないだろうし、もし見つかっていたら大事件になっていると思う。


 問題は、どうやって隠れたエルフを見付けるかだな。


「ちょっと探せば~、友達のエルフだったら捕まると思うよ~。大体活動範囲は知ってるし~」


 一体シロップさんは何者なんだ。


 最初からシロップさんに導いてもらえば、色んな事が解決していたんじゃないだろうか。

 ちょっと探して見付かるような相手じゃないはずなんだけど。

 きっとクンカクンカのしすぎでニオイに敏感になり、エルフの位置がわかっちゃうんだな。


「じゃあ獣人国を出たら、エルフを探しに行きましょうか」


「待って『バリバリ』ほしい。私とシロップだけで『バリバリ』行ってくる。今となっては、タツヤは『バリバリ』人族と獣人族を結ぶ『バリバリ』懸け橋。エルフを探すより、ダーク『バリバリ』エルフ対策の方が重要」


 食べながらしゃべるんじゃない。

 大事なことを言ってても、説得力が欠けてしまうじゃないか。


 えっと、人族と獣人国を結ぶ懸け橋である僕は残って、2人でエルフを探しに行くっていうんだね。

 まぁ、スズの言うことも一理あるな。


 薄々気付いていたんだけど、獣人国は僕を中心に動いているといっても過言ではないから。


 獣人族の猛者達は、お好み焼きとカツ丼パワーのおかげで助かったことを1番よく理解している。

 王族であるアルフレッド王子と獣王も同じだ。

 獣人国全体がカツ丼様に逆らうことを知らず、宣教師である僕に立てつく様子も見られない。


 ましてや、獣王ですら倒せなかった相手を倒したことで、獣人達から獣王よりも強い存在と思われているはず。

 強さが全てと思いがちな獣人達にとっては、憧れを抱く対象になるんだ。


 王女であるメイプルちゃんが逐一現状を知らせてくれるのも、それだけ信頼を得ているからだろう。


 いも祭りの主催者になったことで、戦闘に参加しなかった獣人達まで親分と呼んでくるくらいだし。

 そんな獣人達から尊敬の眼差しで見られることに、悪い気はしない。



 でも、偉い立場になってしまうとクンカクンカパレードができないんだよ。



 尻尾と耳をモフモフして、モフモフな毛並みに癒されたい。

 タマちゃんやクロちゃんのような、健康的な獣人達の太ももやプリンッとしたお尻を観察したい。

 たわわに実った獣人のおっぱいだって眺めたい。


 それなのに!!


 みんなが頼ってくるから対処しなきゃいけないし、変なことを言えない空気になっているんだ。

 だって、「さすが親分だにゃ」とかにゃんにゃん達が褒めてくれてるのに、「じゃあお礼にクンカクンカして?」とは、口が滑っても言えないよ。

 屈強な体付きをした男の獣人達も異様に頼ってくるから、『兄貴ポジション』にいる気がして何食わぬ顔をしてしまう。



 いったい、僕はなんのために獣人国へやって来たんだろうか。

 エルフが愛して止まなかった、幻のクンカクンカパレードが夢に終わってしまうなんて……。



 挙句の果てには、人族と獣人族の懸け橋と言われる始末だ。

 めちゃくちゃ重要な役目であり、超カッコイイ役職だと思う。


 フェンネル王国の王族からは、ハイエルフということで特別視されている。

 王女であるフィオナさんまで、お嫁さんにもらっているほどだ。

 探し求めていたハイエルフである僕に、逆らうことはないと思う。


 カツ丼教が国教になった獣人国でも、宣教師である僕に逆らう者はいない。

 逆に導いてほしいと思われているくらいだろう。

 実際に王女のメイプルちゃんへ指示を出しているのは獣王じゃない、僕だ。


 つまり、今や醤油戦士が陰で2国を支配するという、前代未聞の珍事が起きている。

 異世界国トップ会談に参加するなら、シロップさんのクンカクンカが必要だから、エルフは後回しにしよう。

 

「じゃあ、獣人国とフェンネル王国で話し合いが終わってから、エルフを探そうか」


「カツ丼様の指令なら、最優先で取り組む」


 な、なんだと?!

 ここに来て、カツ丼様が障害になりやがった。


 今までスズと離れて過ごしたことはない。

 かけがえのない両想いの存在であり、冒険者としてのパートナーだぞ。

 別行動するなんてあり得ないだろう。


 毎日クッキーで餌付けする時に、黙々と食べるスズを見ながらおっぱいをチラ見するというイベントがなくなるじゃないか。

 家で過ごしている時の薄着姿で、下着の色を確認することが楽しみだったんだぞ。

 君は2週間に1回ぐらいのペースで、黒や紫を選ぶことも知っている。


 何か特別なことが起こるんじゃないかと期待して、毎回楽しみにしてるのに何も起こらないけど。


「カツ丼様が心配してるなら~、早く知らせた方がいいと思うの~」


 必要以上にニオイを嗅ぎ続けてきた日々を捨て、シロップさんまでカツ丼様という空想の存在を選んだというのか。

 狂っているほど子供好きなシロップさんにまで捨てられる……なんて。


 背中おっぱいと至高の太ももという、最高の贅沢を楽しめるマイチェアーが。

 普通の椅子に座ると、クンカクンカもスリスリもなくて物足りなさを感じて、ウズウズしてしまう体になったというのに。

 いつグレードアップして、さらなるオプションが追加されるか楽しみだったはずが。


 まさか……しばらく座れないなんて。


「じゃあ決まりね~ん。親分はフェンネル王国に連絡を取って、仲介を頼むわ~ん」


 お、おい。なぜいきなり獣王が決めてしまうんだ。


「ワンワン、通信用の魔石が残ってた気がするワン。明日までに使えるようにしておくワン」


 献身的なメイプルちゃんは、そのままワンワン吠えながら部屋を出ていった。


 なんだ、この逆らえないような話の流れは。

 認めないぞ、僕はスズとシロップさんと離れないからな。


「じゃがいも食べて元気になっちゃったし~、早速向かおうか~」


「そうしよう。早いに越したことはない」


 え?! ちょ、ちょっと待ってくださいよ。

 シロップさんはともかく、スズさんは両想いですよね?


 遠距離になったら寂しくなっちゃう、みたいな心は持ってないんですか。

 別れを惜しまなくて出ていったら、32万のクソメンタルが傷付きますよ。


 僕の思いも虚しく、スズとシロップさんが部屋を出るために歩き始めてしまう。


 マジかよ、本当に別行動を取ろうとしてるじゃないか。

 子供を1人にしたらいけないって、学校の先生が言ってたよ。

 1人にするとすぐ醤油出しちゃうから。


 複雑な思いで2人の背中を見送り、スズが扉に手をかけた、その時だ。

 ゆっくりと振り返って、スズが僕の方に近付いて来る。


 どうやらスズも寂しい気持ちがあったみたいだ。

 当然だよね、なんといっても両想いだからね!


 本当はお互いに別れたくはない。

 それでも、みんなそれぞれ役目を果たすために、いったん別々の道を歩むんだ。


 このパターンは、再会した時に燃え上がるような恋が待ち構えていること間違いなし。




 そして、別れ際のキスが起こることも間違いなし。




 慌てふためくような自分から、一気にビシッと背筋を伸ばして、スズと向かい合う。

 目の前までやって来たスズと見つめ合うと、言葉を聞かなくて言いたいことが伝わってくる。


 『キスがしたいから目を閉じてほしい』


 以心伝心の僕には、そう伝わってきたよ。

 ありがとう、リードは任せるね。


 そっと目を閉じて、口を少し尖らせる。

 息を止めることも忘れない。


 スズみたいな強引なタイプだと、最初は歯が当たるほど勢いよくキスしてくるかもしれない。

 いや、王都で磨き上げてきた小悪魔テクニックで、いきなりディープキスをかましてくる可能性もある。

 欲望に身を任せて、みんなが見てる中で最後までやり抜くことも考えるべきだろう。


 何が起こったとしても、今日が初体験に変わりはない。


 優しく右手首を握ってきたスズは、僕の手を弄ぶように軽く手を広げてきた。


 早速、小悪魔テクニックの1つである焦らしプレイを披露してくるとは。

 まずは敏感に感じやすい手の平を攻めるなんて、やはりスズは大人の遊びを知っているな。


 広げた手の平に何か冷たい感触がする物が置かれ、ズッシーンと強烈な重みを感じ……、お、重っ、なにこれ。

 え、ちょ、ちょっと待って、両手で持たないと手首が持っていかれる。


 パッと目を開け、両手を使って何かを支える。

 誰がどう見ても、僕の手には謎の袋が置かれていた。


「お小遣い」


 それだけ言うと、スズはシロップさんと一緒に去っていった。

 1度も振り返ることなく、別れの言葉もなく……。


「さぁ、カツ丼様の身心のままに、獣人と人族がうまくいく方法を考えよう。獣人国が拒否していたんだから、フェンネル王国に寄り添っていくべきだ。具体的な案を朝まで話し合おうじゃないか」


「やだ~ん、息子と朝まで話し合うなんて久しぶりだわ~ん。胸が高鳴っちゃう~ん」


 スズが何を考えているのかわからないと呆然とする僕は、イケメン王子とオカマに挟まれ、夜遅くまで話し合いをすることになった。


 実は、腐った牛乳でスズに嫌われたんじゃないかと思いながら……。

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