第47話:親睦会1 ~ホロホロ鳥のから揚げ、襲来~

 戦場となる裏庭は、すでに異様な光景だった。


 不死鳥フェニックスの4人は、空腹で白目を向いて椅子に座っている。

 スズとリーンベルさんは震えが止まらず、なんとか自分を落ち着けようと必死だ。

 その光景に、騎士団長と王女様は驚きを隠せない。


 全員が椅子に座ったところで、戦いの知らせを伝える。


「全員、揃いましたね」


「タツヤさん、皆様の様子がおかしいのですが……」


「大丈夫です、みんな親睦会のためにお腹を空かせて来ただけですから。では、今から親睦会を開催しますが、ルールを説明しますね」


「ルール、ですか?」


 戦いにはルールが必要なんですよ。

 揚げ物で一気に決着が付いたら、面白みがありません。

 少しくらい……僕にも楽しませてくださいよ。


「今日はたくさんの料理を用意しました。一気に出してしまうとパニックになりますから、ルールが必要なんです」


 王女様と騎士団長はよくわかっていない様子だ。

 だが、他の参加者は違う。

 いつもとは違う初めてのルールに身を引き締め始める。


「あの~、少々大袈裟ではありませんか?」


 バンッ


 カイルさんが両手で机を叩いて立ち上がる。


「フィオナ! タツヤの潜在能力を甘く見るな! 今のこいつはSランクを超え、災害級レベルだ。本来戦っていいような相手ではない。侮れば……飲み込まれるぞ!」


 王女様の呼び捨てはやめよう?

 君が王女様を侮ってるんじゃないかな。


「カイルの言う通り。フィオナもファインもタツヤの料理を知らない。舐めていい相手ではない。格上と戦う気持ちでいるべき」


 さすがスズさんですね。

 いいですよ、その心構え。

 倒し甲斐が出てきたじゃありませんか。


 もう王女様が呼び捨てなのは無視しましょう。



 今回の親睦会のルールは簡単だ。

 一気に料理を出さずに1品ずつ出していく。


 1.5分に1度新しい料理が追加される

 2.1度出された料理は好きにおかわりをしてもいい


 新しい料理を5分ごとに出すことで、待つ楽しみを作り出す。

 焦らすことで、料理を出す時に注目して緊張感が起こるんだ。

 そこでアイテムボックスから瞬間的に取り出すことで、参加者は料理の魅力に引きずり込まれてしまう。


 それが、未知の料理だったとしたら……くくくっ。


 僕は勝利を確信しているよ。

 この世界の人間には耐えられるはずもない。


 今日は全員ぶっ倒してやるんだ!


「ガツガツ食べ過ぎると、後半の料理が食べられなくなるので気を付けてくださいね。シロップさん用にニンジンの煮物は別で出しますから、欲しくなったら言ってください」


 気が付けば、スズとリーンベルさんの震えが治まっていた。


 どうやら親睦会に挑む覚悟が決まったみたいですね。

 だが、それはスタートラインに立っただけに過ぎない。

 果たして……耐え抜くことができるかな。


「出てくる料理の順番を発表しておきます」


 注目を浴びる中、僕は料理名と調味料のオプションを発表していく。

 見たことも聞いたこともない料理もあるため、なかなかイメージはできないと思うけど。


 1番『野菜たっぷりの豚汁』

 2番『ホロホロ鳥のから揚げ』マヨネーズのオプションあり

 3番『ホットドッグ』

 4番『ポテトサラダ』ソースのオプションあり

 5番『オーク豚の角煮』

 6番『タマゴサンドとポテトサラダのサンドウィッチ』

 7番『オークエリートのとんかつ』4種類のソースオプションあり、カツサンドもOK


「この後はしばらく食べ放題として、最後にデザートの『トリュフチョコレート』を用意しました」


「「異議あり!」」


 スズとリーンベルさんが勢いよく手を挙げ、異議を申し立てる。


「から揚げという怪物が2番目なのはおかしい!」


「スズに同じです! マヨネーズのオプションまで付いたら、予想が付かずに被害が拡がると思います」


 君達はから揚げを食べるとき、感極まって泣いてたからね。

 そう言いたくなる気持ちもわかる。


 でも、却下だ!


「から揚げにマヨネーズは好みが分かれますから、被害は少ないです。気持ちもわかりますが、とんかつも同じ揚げ物ジャンル。だから、から揚げを早めに出さないと、とんかつがおいしく食べられません」


 2人はまだ見ぬ『とんかつ』のことを考えてしまい、頭を抱えて混乱している。

 なんとか正気を保とうと必死だった。


 その異常な光景に、ファインさんと王女様もようやく身を引き締めていく。




 そして、戦いが始まった……。




- 戦いを知らせる『豚汁』 -




「では早速、豚汁から出しますね。空腹のお腹には、優しいスープから入れたいですし」


 最初は野菜から食べて、血糖値の上昇を抑えたいからね。


 みんなの前に豚汁を置いていく。

 もちろん、王女様とファインさんは得体のしれないスープに驚いている。


「あの……初めて見るんですが?」


「フィオナ、心してかかるべき。私は豚汁を最初に食べた時、泣いた」


「え?」


 スズの予想外の警告に、王女様は戸惑いを隠せていない。

 さらに混乱してしまったようだ。

 挙動不審になった王女様は、みんなの顔色をうかがっている。


 周りにいる経験者達は、誰も油断などしていない。

 全員がビシッと背筋を伸ばし、食べたことのある豚汁でさえ、警戒をしていた。


 今までのようにガツガツと食べず、ゆっくりと味わいながら食べている。


 だが、それでいい。

 戦場で気を緩めるほど、愚かなことはないのだから。


 ここでファインさんが、勇気を持って豚汁を飲み始める。


「なっ?! なんだ、このうまいスープは! わからない……色々な味が複雑に絡み合って、うまいとしか言えない!」


 わかるよ、その気持ち。

 色々な野菜から出汁が出るもんね。


 複雑だけど喧嘩せずにおいしさを引き出し合う。

 それが最強と名高いみそ汁、豚汁だ!


 おっと、ファインさん。君は早くもおかわりかい?

 意外にちょろそうな男だね。

 騎士団を代表して参加しているんだ。

 みすぼらしいところは見せないでくださいよ。


 ファインさんの姿を見て、王女様も飲み始める。


「な……なんておいしい。こんなおいしいスープがこの世にあったなんて」


「体も温まりますし栄養たっぷりですから、ゆっくり食べてくださいね」


「はい、ありがとうございます」


 気品のある方に褒められると、舞い上がりそうになっちゃうよ。

 すごく上品に食べるから、豚汁が高級料理に見えてくる。

 こんな人が王女だったら、国民も嬉しくなっちゃうね。



 でも、ここは戦場です。

 けっして、油断はしないでくださいね。



- ホロホロ鳥のから揚げ、襲来 -



「では、5分経ちましたので、ホロホロ鳥のから揚げを出しますね」


 ホロホロ鳥のから揚げを順番に手渡していく。

 ここで冷静だったのは、経験者の2人だけ。

 スズとリーンベルさんは「また出会えましたね」と、一粒の涙をこぼし感謝していた。


 初めてから揚げを見た不死鳥フェニックスは、これはヤバいと悟ったんだろう。

 から揚げを見つめたまま、固まって動けなくなってしまう。


 以前スズから聞いていた、から揚げという料理の予想外な見た目に戸惑っている雰囲気。

 それもそのはず、彼らにとっては初めての揚げ物だ。

 王女様もまた、初めて見る未知の料理に驚き、固まって動けずにいた。


 しかし、1人だけ判断を誤ってしまった者がいた。

 騎士団長のファインさんだ。

 から揚げのおいしそうな見た目に魅了され、勢いよく口に運んでしまう。


「「ファイン、ダメ(だ)!」」


 スズとカイルさんが声をかけるが……もう遅い。

 から揚げを口に入れてしまった彼に、後戻りという選択肢はない。

 まるで2人の声が聞こえなかったように、から揚げを食べ始める。


 噛めばサクサクッとした音が響き渡り、中からジュワ~っとした肉汁がスタンピードを引き起こす。(スズ談)


 から揚げの潜在能力を見抜くことすらできない人間が、この国の騎士団長とは。

 こんなチョロい男は、から揚げの旨さに耐えられるはずもありませんね。


 バタッ


 フッフッフ、早くも1人。

 から揚げを甘く見るとは許せない暴挙ですよ。

 万人に愛される定番おかずのパワーを、心と体に刻むといい。


 騎士団長さん、敵の情報も収集せずに戦いを挑むなんて、団長失格ですよ?


「なぜ、から揚げを侮った……」


「お前ほどの男が何故気付けなかったんだ!」


 スズとカイルさんは、仲間を失ったことに悲しみの声を漏らしてしまう。

 その空気のせいで、料理を食べられない雰囲気になってしまった。


 そんな状態を主催者としては許せない。

 僕は魔法の言葉を唱えることにする。


「揚げたてを出してますから、一番おいしい熱いうちに食べてくださいね」


 その言葉に、参加者たちは戦いの意思を取り戻した。

 そして、それぞれ戦場へと立ち向かっていく。


 1番手はリリアさん、「……神の料理!!」

 あなたほどリアクションが薄い方に褒め称えられるのは、嬉しい限りですよ。


 2番手はシロップさん、「おいしい~~~!」

 シロップさんの笑顔に癒される。

 うさぎさんが喜ぶ姿って最高だ!


 3番手は同時でスズとリーンベルさん、「「……ありがとう」」

 また泣いている。

 この2人は本当にホロホロ鳥が大好きだな。


 5番手はカイルさん、「ぐあっ! 肉汁の……暴力だ!」

 肉汁から暴力を受けた人は、あなたが世界初ですね。


 6番手は王女様、「お、おいしすぎます……」

 あまりの衝撃に小声でしか話せないような状態だった。

 その言葉を耳元で囁かれたい。


 7番手のザックさんは、なかなか食べられずにいた。

 みんながガツガツ食べ始めているのに、1人だけ食べるのを戸惑っている。


 周りのおかわりが続く姿を見て、ようやく勇気を持って口に放り込む。

 すると、体がフラッと揺れてやられかけたが、なんとか踏みとどまり、ギリギリで生き残った。



 チッ、惜しかった。



 一応フォローしておくが、みんなおいしくて喜んで食べている。

 王女様だって、「おかわりをお願いします」と言ってくれるほどに。

 もちろん、他の人は早くも食べ過ぎだよ。


 ちなみに、男性陣はマヨネーズ派。

 リーンベルさんはどっちも派。

 他はそのまま派だった。


 僕の予定では、から揚げで早々に男性陣を打ちのめすつもりだったのに。

 いきなり予想外の展開になってしまうとは。


 どちらにしても、彼らのレベルなら最後まで残るはずもない。

 まだ戦いは始まったばかりなんだ。

 焦る必要なんてないか。



- 黄金比のホットドッグ -



「では、5分経ちましたので、3品目のホットドッグですね」


 リーンベルさんとスズは思わずハイタッチをする。

 カイルさんとザックさんはガッツポーズだ。

 そんな姿を見た王女様は、再び混乱している。


 僕は順番にホットドッグを配っていく。

 王女様は初めてみるホットドッグに興奮し、満面の笑みを見せてくれた。


「おいしいです! 食べていないのにおいしいです!」


 立ち上がるほど喜んでもらえるなんて、嬉しい限りですよ。


 王女様なのに味覚が庶民的だから、すごい親近感が沸いちゃう。

 彼女いない歴32年にもなると、『親近感=恋』ってなるんだね。好き。


「黄金比。ホットドッグは黄金比。黄金比だからおいしい」


 相変わらずスズは黄金比という言葉が気に入っている。


「初めて聞く言葉ですが、なぜか相応しいと感じます。謹んでいただきたいと思います」


 王女様が両手で手に取り、僕のホットドッグを食べ始める。

 べ、別に変な意味じゃないよ?


 ホットドックのウィンナーが王女様の口に……。

 別に変な意味じゃないよ?


「これが黄金比なのですね、素晴らしいです。タツヤさんのホットドッグはとてもおいしいです。毎日夜ごはんに食べたいです」


 それは変な意味で捉えたい思う。

 ありがたい言葉を胸に刻み込んだよ。


 ホットドッグで倒すつもりはなかったけど、予想外の活躍をしてくれた。

 敬意を払いたいと思う。


 1度食べたことのあるホットドッグに、参加者達は和気あいあいと過ごしていた。

 倒れたファインさんなんて、最初からいなかったのように感じる。

 

「ホットドッグは黄金比だね~」


「絶妙なバランスです」


「私は無限に食べれちゃうよ」


 それはやめてください。

 冗談じゃないところが怖いんですよ。


 また肉屋のオジサンにウィンナー頼んでおかないと。

 1,000本を1週間で食べ尽くすとか、どんな化け物の集まりだよ。


 それにしても、「タツヤさんのホットドッグを毎日食べたい」とは、実にいい言葉だ。

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