第一部 黄金立志編
第1話 ある中年の孤独死
「うわー……すごいな、こりゃ」
目の前に広がる『ゴミ屋敷』ぶりを見て、俺こと
日本のどこにでもある、地方都市。
その郊外にある、古びた一戸建ての中である。
屋内は、古本やら古着やら、壺やら茶碗やらお皿やら。
所狭しと物が積み重ねられていて、まさに足の踏み場もない。
「10年ぶりに入るけど……相変わらず叔父さんらしい家だな」
俺がいまいるゴミ屋敷は、父方の叔父、
正確には、家だった、と表現するのが正しいけど。
叔父さんは先月、死んでしまったのだ。
……孤独死だった。
29歳の俺よりも、20歳年上の、49歳。死因は心臓発作だった。
ネット専門で古物を扱って生計を立てていた叔父さんは、いまから半月前に死亡していたらしい。
だが一人暮らしで友人もおらず、会社員でもなく、結婚もしていなかったため、遺体の発見が遅れてしまった。
その後、唯一の血縁者である俺に連絡がきた。俺は叔父さんの家にやってきて、役所の職員から遺骨を受け取ったあと、遺品整理に乗り出したというわけだ。
若いころは会社員をやっていたけど、上司とソリが合わずいじめられ、それで会社を辞めて店を開いたと言っていた叔父さん……。
――毎月毎月、食っていくのがやっとだよ。
――そりゃ家は一戸建てだけどさ、築何十年にもなる超ボロ家を、格安で買っただけだしな。
――この生活じゃ結婚もできないよ。まあしたくても、肝心の相手がいないんだけどな。
そんなセリフを、笑いもせずに言っていた。
社会から踏みにじられ、誰からも愛されず、ひとりぼっちで死んでいく……。
他人事とは思えなかった。
俺の末路も、こんな感じかもしれない。
だいたい不器用さは血筋なんだ。死んだ両親も、あまり人付き合いが得意なほうじゃなかったし。
俺だって、そうだ。高校を卒業してから勤めた会社はブラック企業の営業職で、朝から晩までコキ使われ、そのくせ給料は激安のまま。
心身共に疲れ果てた俺は、数か月前、ついに会社を辞めたのだった。
いまは失業手当で食っているが、これもいずれは切れてしまう。
お先真っ暗とは、このことだ。未来になんの希望ももてない。
……いつからこうなったんだろうな。
小さいころ、この家に遊びに来ていたときは、もっと人生が楽しかったのに。
――さらに家の奥まで進むと、ドアがあった。
このドアは、実は『開かずのドア』だ。開けるのにちょっとコツがいる。
俺はドアノブをつかむと、ぐっと上にドアを上げて、ノブを回した。
すると、ガチャン。
ドアが開き、部屋の中が露わになって――
「……昔のままだな」
部屋を見た瞬間、俺は思わず独りごちた。
室内には、刀、槍、弓、さらには火縄銃のような古い銃から、リボルバータイプの拳銃まで――
そのまま戦争でもできそうなほど、武器がずらずらと並べられ、かつ重ねられていたのである。
部屋の片隅には刃物の砥ぎ石もあるし、さらにその横には半端にバラされている火縄銃や、磨きかけと思われる長槍もあった。古物商とはいえ、これだけの武器を揃えているのは、法律的にも道徳的にもブラックだろう。日本刀はまだ美術品だといえるが、リボルバーなんて絶対アウトだ。
この部屋は開かずのドアだから、役所の人も発見できなかったんだろうが、もし見つかっていたら騒ぎになっていただろうな。
「……ほんと、昔のままだ」
そう、俺はこの武器の存在を知っている。
両親にさえ内緒だった、俺と叔父さんだけの秘密。
ここにある大量の武器は、そのほとんどが、叔父さんの手作りなのだ。
……もう20年以上前になるか。当時子供だった俺はこの家に遊びに来て、偶然、『開かずのドア』を開けてしまった。――剣次叔父さんは驚き、それから笑って言ったのだ。
『なあ、俊明。武器って、カッコいいと思わないか?』
『思う!』
『よし、それなら使い方とか作り方とか、手入れの仕方とか、教えてやるよ』
いまにして思えばとんでもない叔父だ。
だが当時の俺はガキだったので、喜んで、叔父と秘密の約束を交わした。
――それから10数年間。
俺は叔父さんから、武器の作り方を徹底的に教えてもらった。
ジャンルは古今東西だった。旧石器から現代まで、ありとあらゆる武具の作り方や手入れの方法まで仕込まれ、実際に刀槍や鉄砲まで作ったんだ。しまいにはミサイルの仕組みまで教えてもらった(さすがにミサイルの実物までは作らなかったけど)。
そんな叔父さんとも、俺が就職してからは疎遠になり、この家に来ることもなくなってしまった。
最後に会ったのは俺が就職した直後だったか。武器作りとはまったく関係がない仕事に就いたことを叔父さんは嘆いていたけれど、正規の教育機関で学んだわけでもない武器製造のテクニックが役立つ仕事なんてあるんだろうか。
せめて技術職に就けって意味だったかもしれないけどね。
不景気でそれもままならなかったけど。
――とはいえ、そうして疎遠になった結果が叔父さんの孤独死か。
もっとなんとかならなかったのか。いまさらながら、悔やむ。
叔父さん譲りの技術も、確かに営業の仕事ではまったく活かせなかったし……。
「だけど叔父さん。なんで武器を自作してたんだろうな?」
叔父さんは、武器を販売したりはしていなかった。
そりゃまあ、売ったら逮捕だし当然なんだけど。
要するに金儲けのためではなく、ただ純粋に武器を作っていたんだよな、あの人は。
なんで武器を作ってるのか聞いたときは、笑ってごまかされたっけな。
「趣味――だったのかな……」
何気なく、その場にあった刀を手に取る。
ぎらりと、白刃が光る。
なにか、妖気のようなものを感じた。
孤独死してしまった叔父さんの魂が、刀に沁み込んでいるんだろうか。
俺はふと、武器を作った叔父さんの気持ちが分かった気がした。
「強さに憧れがあったんだろうな」
その気持ちが、俺にはなんとなく分かるのだ。
そうだよな。強くなりたいよな、叔父さん。
……強くありさえすれば、俺だって……。
「俺だって――なんだ?」
『俺だって』の続きがなんなのか、自分自身でも分からない。
俺だって、俺だって……その言葉だけがぐるぐると、渦になって脳髄の中を駆け巡る。
そのときだった。にわかに、パラパラパラパラ、と妙な音があたりに響きはじめたのだ。
「雨……?」
天井を見上げる。それは確かに雨のようだった。
雨はすぐに勢いを増して、家屋の屋根瓦を叩きだす。
バラバラバラバラ、バラバラバラバラ……!
かと思うと、光が目の前に広がっていく。
雷……!?
何度か、まばたきをする。
その瞬間、ゴロゴロゴロ、と轟音が響く。
まぎれもない雷鳴。俺は思わず息を呑み――
その瞬間だった。
いかずちが、一戸建てを、そして俺の肉体を貫いた。
俺はいま、死んだ。
不思議なことに、それが理解できた。
顔がゆがんだ。涙も出なかった。
人生の結末なんて、案外こんなもんだよな……。
だけど絶命の瞬間にさえ、薄れゆく意識の中で思ったんだ。
――俺だって。
それが末期の思考だった。
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