第29話 加工貿易

 さ、佐々内蔵助成政さっさくらのすけなりまさ!?


 知ってるぞ。尾張の土豪、佐々家の三男だ。

 のちに織田信長の家来となって活躍する戦国武将じゃないか。

 その佐々成政がどうして、海老原村に?


「山田弥五郎」


 佐々成政は言った。

 え、どうして俺の名前を……。


「聞いた。……不思議な弾を使うらしいな」


「へ? 弾?」


「早合のことじゃないか?」


 滝川さんが言った。

 そうか、早合のことか。

 確かに俺は昨日の宴で、村人たちに早合を見せた。

 これでイノシシを倒したんですよー、ってな。

 そのうわさが、早くも佐々成政まで伝わって、今日ここまで来たってわけか?

 好奇心旺盛だな……。


 ――とにかく、早合を佐々成政に見せてみるか。


「……!」


 佐々成政は、早合を見た瞬間、目をわずかに見開いた。

 それから俺は早合の仕組みについて説明した。

 滝川さんのときと同じように。

 佐々成政は、二度、三度とうなずいた。


「良い発想だ。こんなものがあるとは」


「どうだ、佐々とやら。ちっとは驚いたか?」


「驚いた」


「……全然驚いたふうにゃ見えねえな、クソ」


 滝川さんは佐々成政にそう言ったが――

 しかし佐々成政は確かに驚いているようだ。

 先ほどから、妙に輝いたまなざしで早合を見ているからだ。


 そのまなざしの光は、分かる人にしか分からない。

 剣次叔父さんの目つきとちょっと似ている。

 そう、凝り性の人が自分の好きなものについて熱中するとき独特のまなこなんだ。

 滝川さんも鉄砲には詳しいようだが、佐々成政もそうとうに、鉄砲が好きなようだ。

 早合を指でつまんで、食い入るように眺めている。


「佐々さん、早合がそんなに面白いですか」


「興味深い」


「そ、そうですか」


「(こくり)」


「…………」


「これを見るために、ここまで来た」


 と、佐々さんが言う。

 その瞬間、俺はぴんときた。


「佐々さん」


「…………?」


「この早合、欲しいですか?」


「…………!」


 佐々さんは、目をこれまでにないほど見開いた。

 そして、


「(こくこくこくこく!)」


 激しく、うなずいた。

 なお、無表情のままである。


「そんなに欲しいですか?」


「(こくこくこくこく!)」


「お金を出しても?」


「(こくこくこくこく!)」


「たくさん欲しいですか?」


「(こくこくこくこくこくこくこくこく!)」


 ……決まりだ。

 俺は、ニッと笑った。


「佐々さん。この早合、じつは俺が作ったものなんです。どうでしょうか。この早合、たくさん作ったら、買い上げてくれますか?」


「た、たくさん。……どれくらいだ?」


「お望みなら、早合の海にもぐれるくらいに」


「!!(きらきらきらきら)」


 佐々さんの瞳が、キラキラと輝きはじめた。

 よっぽど早合に興味をもったんだな。


 ……直後。

 佐々さんは、かぶりを振った。


「海ほどには、いらない」


「いや、それは。まあ言葉のアヤで」


「しかし。……さしあたって、50は欲しい」


「50!」


 それだけ作れば、佐々さんは買ってくれるのか!


「じ、じゃあその早合、1発いくらで買ってくれますか?」


「…………。鉄砲は、1発撃つのに180文の費用がかかる」


 佐々さんは、そう言った。


「弾、火薬、火縄、などなどを合わせた金額がそれだ。……そして早合ならば、通常の倍の速度で鉄砲を撃てるという。ならば価格も倍。すなわち早合の価格は360文ではどうか」


「ってことは、1発360文の早合が50発で、ええと――」


「18000文。18貫やね」


 横からさらっとカンナが言った。

 計算早いな、おい。

 だが――それで驚いた。18貫か……!

 けっこうな金額だが、その金額で取引して、さて利益は出るか?

 

 俺はカンナに、ひそひそ声で相談した。

 早合を作るには、鉛弾、火薬、漆、紙が必要だということ。

 鉄砲を1発撃つ弾や火薬の代金は180文だということ。

 そこに、早合のための漆や紙の代金を加えるのだが、それで果たしてこの商売は黒字になるか、ということ。


 カンナはちょっと考えていたが、


「早合に使う分の漆や紙の量は、そんなに多くなかっちゃろ?」


「ああ」


 俺はうなずいた。

 かつて、大樹村から離れた直後、早合を作ったときのことを思い出す。

 あのときは、わずかな紙と漆に、鉛弾と火薬を用いて、早合7発を作り出せたのだ。


「なら、漆と紙の費用はそんなにはかからんよ。早合1発360文は、充分に利益が出ると思う」


「そうか! よし、決まりだ」


 俺は手を叩き、佐々さんのほうへと向き直ると、


「それではこのお仕事、お引き受けいたします」


 と答えた。そして、

 

「10日後に、またここで会うというのはいかがですか? 早合50を作ってきますので」


「……(きらきらきらきら)」


「……了解ってことですね? それじゃ、それでいきます。早合50発、作ります!」




 俺、カンナ、滝川さん、あかりちゃんの4人は、津島へと戻っていく。


 俺の胸は野望に燃えていた。

 作ってやるぞ、早合を!

 儲けてやるぞ、お金を!


 そして俺は、歩きながら、これだ、とも思っていた。

 すなわち、今後の商売のスタンスのひとつとして。

 『材料を集めて武器や道具に加工して、それを販売する』――

 一種の加工貿易。これを今後もやっていこうと考えたんだ。


 かつて、薪を炭にして高価値にしたように。

 炭と海藻を混ぜて、炭団たどんにしたように。


「だけど弥五郎、そんなに何度も使える手じゃなかよ」


 カンナが、横から言った。


「佐々さんはだいぶん鉄砲に詳しいみたいやし、早合を50買って、自分で研究して、いずれは自作してしまうかもしれん。そうしたら、もう早合は売れんばい」


「もちろん、それは分かっているさ。俺も加工の商売だけで儲けようとは思っていない。ただ儲け方のひとつとして、今回みたいに材料を集めて、もの作りして売るってのは、アリだと思ったのさ」


「山田には、確かに向いているだろうな」


 滝川さんが、大きくうなずいた。


「山田はこれから、早合を作るんだろう? それならオレにも手伝わせてくれ。どっちみちお前から早合の作り方を教わりたいからな。……その約束、覚えているか?」


「もちろん、覚えていますよ。早合作り、一緒にやりましょう。――あかりちゃん、早合作りの作業は、『もちづきや』の部屋でやってもいいかい?」


「もちろんいいですよ。宿代さえいただければ」


「ち、ちゃっかりしてるなあ! ……友達価格じゃだめ?」


「うふっ。お兄さんとはお友達ですけど。……それはそれ、これはこれ、ということで。わたしたちも生活に余裕があるわけじゃないので、ごめんなさい」


「弥五郎、見習っときーよ。商売ってのはこういうことばい」


「その通りだ。山田、お前の負けだよ!」


 げらげらと、滝川さんは大笑いした。

 あかりちゃんもカンナも、俺も笑った。

 濃尾平野の空は青い。笑い声が、溶けていくような美しさだった。




 俺たちは津島に戻ると、さっそく早合の素材を買い集めることにした。

 さすがは商都・津島。いろんなものが売られている。材料は揃えられるようだ。


 早合を作るには、鉛弾、黒色火薬、漆、紙が必要だ。

 鉛弾7、黒色火薬1、漆1、紙1。

 これで早合が7個作れる。

 で、いまの状況はこうだ……。



《山田弥五郎俊明 銭 5貫760文》

<最終目標  5000貫を貯める>

<直近目標  佐々成政に早合50を売る>

 商品  ・火縄銃   1

     ・陶器    3

     ・炭    20

     ・早合    3

     ・小型土鍋  1

     ・米    15



 さて、どうしたものか。

 考えていると、カンナが言った。


「鉛弾49、黒色火薬7、漆7、紙7を仕入れたら、早合が49個作れるばい。それと、いま弥五郎がもっとる早合1個を加えれば、早合50が揃えられるんやないと?」


「……カンナって、ほんとに計算早いな」


「えっへん。これくらいは博多商人なら朝飯前やし!」


 カンナは、大きな胸を張ってドヤ顔である。


「それじゃ、なにをどれだけ仕入れるかは分かったわけだな。よし、3人で手分けして材料を買い集めようぜ。すぐに終わるだろ」


 滝川さんが言った(なお、あかりちゃんは仕事があるので宿に戻った)。

 というわけで、材料を買い集める。

 相場は、以下の通りだった。


 鉛弾1……40文

 漆1 ……140文

 紙1 ……49文


 これで鉛弾49、漆7、紙7を購入すると、合計で3貫283文になるので――

 結果は、こうなる。



《山田弥五郎俊明 銭 2貫477文》

<最終目標  5000貫を貯める>

<直近目標  佐々成政に早合50を売る>

 商品  ・火縄銃   1

     ・陶器    3

     ・炭    20

     ・早合    3

     ・小型土鍋  1

     ・米    15

     ・鉛弾   49

     ・漆     7

     ・紙     7



 あと必要なのは、黒色火薬だが――


「山田、火薬はどうするんだ? あれは袋入りのものひとつで、980文もするぞ」


 そうなのだ。

 黒色火薬は、なかなか高いのだ。

 この時代、火薬は貴重品だから仕方ないが。

 しかし、黒色火薬1で980文かあ。


「だから黒色火薬7を揃えるには――ええと」


「6貫860文がいるばい。お金がぜーんぜん足らん」


「こら、蜂楽屋ほうらくや他人事ひとごとみたいに言うな。どういうことだ。お前なら、金が不足することくらい分かっていただろう」


「滝川さん、大丈夫大丈夫。なーんも焦ることなか」


 カンナは、ニコニコ笑いつつ言った。


「あたしらは米や炭を持っとるやん。それを売れば早合の材料費くらい、なんちゃあない。尾張とか美濃とか、とにかくこのあたり一帯の米や炭の相場を調べて、高値で取引されとるところを見つけるとよ。そこに持っていって米と炭を売却すれば、火薬の代金くらいは揃えられるくさ――」


 そのときだった。

 俺たちの背後を、商人らしき人たちが通り過ぎていったのだが――


「ここ数日で、えっらい米と炭の相場が下がりましたなあ」


「堺のほうから、ずいぶん流れてきたそうですわ。あっちのほうで売れなくて余った米と炭を、津島ここに運んできたとかどうとか」


「そりゃ相場も下がりますなあ。こりゃ、今年の冬は米と炭じゃ儲かりませんな」


 商人たちは、ペラペラとしゃべりながら通っていく。

 あとに残されたのは、俺、滝川さん。


 ……それと、ドヤ顔が引きつったカンナである。

 彼女はピクピクと顔を痙攣させたあと、


「な~~~~~~~んで~~~~~~~!?」


 アホみたいに絶叫した。

 かと思うと、なんで、なんで、なんで、なんでと駄々っ子みたいに暴れ回る。

 金髪とおっぱいが、ぶるんぶるんと激しく揺れた。……目のやり場に困るなあ、おい。

 滝川さんは、やれやれと言わんばかりに首を振った。


 ……さて。

 どうしたもんだろう。

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