第28話 人間を信じるために
「よーし! いいぞお」
「やったねえ、弥五郎!」
俺とカンナは無邪気に喜びあっていた。
なぜなら、海老原村から銭1貫と米1俵を貰ったからだ。
滝川さんと折半したため、銭は500文、米は半俵になったけど。
米は1俵で30キロほど入っていた。
これを山分けしたから、俺たちの取り分は15キロだな。
《山田弥五郎俊明 銭 5貫760文》
<目標 5000貫を貯める>
商品 ・火縄銃 1
・陶器 3
・炭 20
・早合 3
・小型土鍋 1
・米 15
「弥五郎さんとカンナさんには、謝らねばなりませんな。……最初に会うたとき、子供だと思うて馬鹿にしてしもうた。だけど、なんのなんの。イノシシを倒した弥五郎さん。あかりを助けてくれたカンナさん。おふたりにはなんとお礼を言っていいやら」
「あの。……それはわたしも」
あかりちゃんも、照れたように言った。
「その、カンナさんとどういう風に接したらいいか分からなくて。冷たくしちゃったみたいで。……これまで本当にごめんなさい」
「あかりちゃんを助けてくれたこと、オレからも礼を言うぜ。ありがとな、蜂楽屋」
「え。あ。あっと。……ええと……」
八兵衛翁とあかりちゃんと滝川さんに謝られ。
お礼まで言われたカンナは、戸惑ったように顔を赤らめ。
それから――ちょっとだけ目を潤ませて、
「……いいとよ。そんなこと、もう。……うん、あかりちゃんが無事でよかったばい!」
「はい、よかった! もうなにもかも、本当によかったです! えへへ……」
「ところでカンナさん。あんたの言葉は、そりゃどこの言葉なんじゃ?」
「オレには分かるぜ。博多のほうだろ? 昔、博多の人間と話したことがあるんだ」
「ほ、本当に!? 滝川さん、それなんて人ね? もしかしたら知り合いかもしれんっちゃが!」
カンナは嬉しそうに、ニコニコと滝川さんたちと話している。
布はもう、かぶっていない。綺麗な金髪を揺らしながら、笑っている。
その日の夜は、宴だった。
仕留められたイノシシの肉をさばき、鍋にして、村人たちも交えて、みんなで食べ、騒ぎ、歌ったのだ。――イノシシ鍋は、バツグンに美味かった!
カンナの金髪と碧眼を見た村人たちは、最初こそ驚いたものの、八兵衛翁にあかりちゃん、滝川さんの説明もあり、さらに宴のムードもあり、やがてカンナと笑顔で語り合うところまでいった。
カンナは宴を、とても楽しんでいるようだった。
――だからだろう。
その日の夜。
村の空き家に泊めてもらった俺とカンナだったが。
彼女はふと、こんなことを言い出したのだ。
「ねえ、弥五郎」
「ん?」
「あかりちゃん。いい子やね」
身体を並べて、夜の天井を見上げている俺たち。
カンナは静かに語り出した。
「滝川さんも、いいひと。八兵衛さんも、村のひとたちも」
「……そうだな」
最初、俺は彼女がなにを言おうとしているのか、よく分からなかった。
だから、うすぼんやりとした返事しかできなかったのだが。
――しかし。
彼女はふいに言った。
「あたし、世の中なんて、自分の敵しかおらんと思いよった」
「…………」
俺は、沈黙。
「お父さんが死んで、部下の人に裏切られて。襲われたり狙われたりして。……あたし、もう。……人間全部が嫌いになりよった」
「…………」
「だけど。……当たり前の話やけど、いいひともやっぱり、おるんやなあって」
「……そりゃそうさ。……そうでなくちゃ、人間なんかやってられないよ」
万感の思いをこめて、そう言った。
前世で出会った、嫌なやつらを思い出す。
さらに今生で出くわした連中。
シガル衆に、なまず屋長兵衛、カンナを襲ったならず者たち――
だけど。
実の両親や剣次叔父さん。
父ちゃんや母ちゃんや伊与。大樹村の人たち。
それに藤吉郎さんにカンナに、滝川さん、あかりちゃん、八兵衛翁――
いろんな人たちの顔が、浮かんでは消え、浮かんでは消えた。
「ねえ、弥五郎。……弥五郎は、悪いやつらを倒す、天下を平和にする。そんな商人になりたいって言いよったよね」
「こそばゆい響きだけどな」
「そんなことなかよ。……弥五郎。あたしもそうなりたい」
「え……」
「あたしは、あたしが大好きなひとたちのために戦えるような商人になりたい。そう思う。……だから、弥五郎」
カンナが、気持ち高めの声を出す。
横を見て、その顔を見ると、彼女はわずかに目を細めていた。
「あたし、これからも頑張るけん。……人間をもっと信じたいから」
その目には、確かに光が灯っていた。
俺は、大きくうなずいた。
翌日。
目を覚ますと、もう昼だった。
イノシシとの戦いで、けっこう疲れていたのかもしれない。
俺は、大きくあくびをしながら上体を起こした。
……ん? なんか家の外が騒がしいな。
はてなと思って、家を出てみると――げっ!?
10数人もの人たちが、わいわいと集まっている!?
な、なんだこれ。
村人たちが集まっているのか?
「おう、山田。やっと起きたか」
「や、弥五郎~……」
そこには、カンナと滝川さんもいた。
「た、滝川さん。なんですか、この騒ぎは」
「なんですか、じゃないぜ。みんな、お前と蜂楽屋を見たくて集まってきたんだ」
「俺とカンナを……?」
「ああ。昨晩から今朝にかけて、近隣の村まで一気にうわさが広まったらしいぞ。イノシシを銃で倒した少年が、金色髪の娘を連れて、海老原村にいるらしい、ってな」
「そ、そんなことでみんな、集まったんですか?」
「そりゃ田舎は娯楽が少ないからな。金色髪の子を連れている鉄砲使いのガキがいるってだけで、話題としては面白い。集まりもするさ」
集まった人たちは、確かにカンナを見て目を見開かせている。
「――あれが金色髪か」
「きれいな髪じゃのう」
「なんか細工しとるんでねえか?」
「しかし、えらいべっぴんな子じゃのう」
「ありがたや、ありがたや」
カンナを拝んでいるおばあさんまでいる。
金髪を不気味がって、妖怪だの鬼娘だの追いまわしていた人間もいたというのに。えらい立ち位置の変わりようだ。
まあ今回の場合、海老原村の人たちがすでにカンナを受け入れているのが大きいんだろうけど。
――いや、しかし。これ、いいのかな?
「どうする、カンナ?」
俺はひそひそ声で、カンナに話しかけた。
「え?」
「いや、だって。……なんか見世物みたいで嫌だろ、これ」
「ん……」
カンナはちょっと考えてから、
「大丈夫よ、あたしは」
と、答えた。
「前だったら、もう逃げていたと思うけど。……この人たちだって、悪意をもって見ているわけじゃないのは分かるけんね。だから大丈夫。……最初は見世物かもしれんよ? でも話していけば、仲良くなっていけば、ちゃんと髪の色だけじゃない、あたしのことも見てくれると思う。そう思えるようになったから」
「カンナ……」
そのセリフから、強さが伝わってきた。
カンナの感情の中にある、もっとも熱い部分に触れた気がした。
心の温度、とでも表現するべきか。とてもあたたかな、しかし、もはや揺るがない信念のようなものを、理屈ではなく気持ちで、俺は理解することができた。
俺も、もっと強くならなきゃ。
……そう思った。
「――お、おい、なんだ、お前!?」
そのとき、突如。
滝川さんの声が聞こえた。
はてなと思って振り返る。
すると、ひとりの少年が、集まった村人たちを強引にかき分けて、俺たちの前までやってきたのだ。
「…………」
そして、沈黙。
男だ。いや、少年というべきか。
15歳くらいの、目元が涼しげな人物。
口をへの字に結んだまま、ただじっと、俺のことを見ている。……なんだ、いったい?
「お前、無礼なやつだな」
滝川さんが、少年に声をかける。
「いきなり来やがって、なんだ。なにか用か?」
「…………」
「無視かよ、おい! いけ好かねえ野郎だな!」
滝川さんは、激しく吼える。
それでも少年は、微動だにしない。
滝川さんの声音にもビビらないなんて、肝に毛が生えてるな。
「…………」
「ちっ、黙ってないでなんとか言いやがれ!」
「ナントカ」
「な……! ――斬新だな、その返し……」
ざ、斬新か?
どっちかといえば古典的な気が……。
いや戦国時代では斬新なんだろうか。
なんとか言いやがれ→ナントカ。
滝川さんは、ヘンに感心してしまっている。
って、そんなことはどうでもいい。
このままじゃ話が進まない。
俺は少年に、問うた。
「あの。……どちら様でしょうか?」
すると少年は、名乗った。
「佐々内蔵助成政」
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