第30話 和田惟政登場
どうしたもんだろう。
考える、俺。
――数秒間思考したのち、発言する。
「いっそ作るか」
「……作る?」
カンナが首をかしげた。
俺はうなずく。
「火薬1は980文だけど、自分たちで材料を買い集めて作れば、もっと安く作れるはずだ」
「そ、それはそうだが……しかし山田。火薬まで自作する気か? そんなことができるのか!?」
「不可能じゃないですよ」
俺は、さらりと言った。
「世の中にあるものすべて、自然物でなければ、誰かが作っているからこの世にあるのです」
「そりゃ理屈はそうだが」
「火薬は」
と、俺は解説を開始する。
「火薬は、硝石、炭、硫黄を一定の割合で混ぜればできるんです。――硝石は7.5割、炭を1.5割、そして硫黄は1割。これらを混ぜ合わせることで黒色火薬ができます。自作ならば手間はかかりますが、材料代だけで済むので、買うよりは安く火薬を手に入れることができますよ」
「……弥五郎ってほんと、いろいろよう知っとうよね」
「まったくだ。その年齢で、よくもまあ。いったいどこで学んだんだ……」
ふたりは感心した眼である。
なんか、ちょっと照れ臭い。
ともかく俺は話を続けた。
「つまりだ。火薬1を作るとなると、ものすごくおおざっぱに考えて、硝石0.7、炭0.2、硫黄0.1が必要になる」
「なら、火薬7を作るのに必要な材料の量は、硝石が4.9、炭が1.4、硫黄が0.7ってことやね」
カンナがやはり、すっと計算した。
「炭は、在庫の中にあるけん、買わんでよかろ?」
「硫黄と硝石だ。まずはそれを買い集めたいな」
「硫黄はともかく、硝石って売りよるかね? あれは輸入モンやん。日本ではほとんど取れんから、商人が命がけで明(中国)とかシャム(タイ)とかに買い出しにいきよるよ」
カンナの言う通りだった。
この時代、いちおう硝石の国産も行われてはいるんだけど、その数はものすごく少ない。
だから手に入るのかどうか分からなかったが――
「裏路地のほうにある火薬屋なら、扱ってるかもしれねえぞ」
滝川さんが、ふいに言った。
……火薬屋?
「津島の町の、裏の裏のそのまた裏にある店だ。俺もふだん、そこで鉄砲用の火薬を買っているんだが……まあ、いわゆる闇商人だな。たぶん硝石も扱ってるんじゃねえか? 原材料まで買ったことはないから知らんが……」
「とにかく、行ってみましょう。案内してくれますか、その裏のお店に」
というわけで、俺とカンナは滝川さんに先導されて裏路地のお店に向かう。
そのお店は、まるで妖怪が営んでいるかのように真っ暗で、老店主もちょっと怖かった。
「ひ、ひ、ひ。タキガワさん、また火薬を買いにきたネ? ひ、ひ、ひ」
発音が少しおかしい。
もしかして明(中国)の人だろうか?
男か女かも分からない。ちょっと変な笑い方をする人でもある。
「ああ、違う違う。今回は火薬じゃなくて硝石と硫黄が欲しいんだが」
「ひ、ひ、ひ」
「……あるか?」
「ひ、ひ、ひ」
どうも、ケッタイな笑い方をする人物である。
そのケッタイさんは、さらにニタニタ笑い、
「あるよ……」
と、言った。
「ほ、ほんとですか?」
俺は思わず食いついた。
ケッタイさんは、かっくん。
人形のようにうなずいた。
「少しだけ、お高いけどね。……」
そう言って彼(いや、彼女……?)は、指の先ほどの、しかし真っ白な硝石を俺たちに見せてくれた。
……これだ。間違いない。硝石だ!
老人は言った。
硝石はひとつ260文、袋に入った硫黄1が35文だと。
俺はそれを、必要な分――すなわち、硝石5と硫黄1を購入したのである。
《山田弥五郎俊明 銭 1貫142文》
<最終目標 5000貫を貯める>
<直近目標 佐々成政に早合50を売る>
商品 ・火縄銃 1
・陶器 3
・炭 20
・早合 3
・小型土鍋 1
・米 15
・鉛弾 49
・漆 7
・紙 7
・硝石 5
・硫黄 1
買い物を終えた俺たちは、『もちづきや』に戻った。
「いろいろ買ったが、硝石がいちばん高かったな」
滝川さんが言うと、カンナが横から、
「火薬の原料やけん。もっとも、あれでもずいぶん安売りされとると思うばい。……滝川さんこそ、変わったひととお知り合いやねえ」
「まあ、オレもオレでいろいろ経験しているからな」
「そういえば滝川さんって、銃とか忍術ってどこで勉強したん? 独学やなかよね?」
「ん? うん、まあ。……なんていうか、若いころにかじっただけさ」
滝川さんは、目をそらしながら言った。
うーん、やっぱり滝川さんって過去になにかあったのかな。
あまり触れられたくなさそうな空気だったので、俺はその話題を口にしなかった。
カンナも、もう尋ねない。
……そんな雰囲気を変えるためではないけれど、
「それじゃ、火薬を作ろう」
と、俺は言った。
小型土鍋を、床の上に置く。
その中に、硝石と炭と硫黄を置いて、すりつぶし、丁寧に混ぜ合わせていく。
「基本はこれで完成だ。で、こうして作った火薬に火をつけると――」
俺はわずかな分量の火薬をつまんで、石の上に載せる。
火打石を使って火を作る。
そして、その少量の火薬に火をつけたのだ。
ぼっ、と火が点いた。
「わ!」
「おお」
カンナと滝川さんが、それぞれ声をあげる。
「まず硫黄が燃えて、熱を発する。次にその熱が硝石を分解して酸素が広がり、最後に炭がその酸素と高温のために激しく燃えあがって、炎を起こすんだ」
「す、すごかーっ! すごいばい、弥五郎!」
「ああ、サンソとかどうとかよく分からねえが、大したもんだぜ……!」
おっと、そうか。
まだこの時代には酸素って言葉はなかったな。
確か江戸時代末期に始めて訳された単語だったっけ。
ま、それはともかく。ふたりの笑顔がまぶしかった。
よし、これでいい!
《山田弥五郎俊明 銭 1貫142文》
<最終目標 5000貫を貯める>
<直近目標 佐々成政に早合50を売る>
商品 ・火縄銃 1
・陶器 3
・炭 18
・早合 3
・小型土鍋 1
・米 15
・鉛弾 49
・漆 7
・紙 7
・黒色火薬 7
素材を消費して、黒色火薬7を作った。
ごくわずかに余った、1にも満たない量の火薬は、ひとまず袋に入れた。
鉄砲を撃つときなどに使うこともあるだろう。これは商品じゃなくて装備にしよう。
そして、本番はここから。そう、早合作りだ。
俺は滝川さんに早合作りを教えつつ、自分の分も作っていく。
「早合の欠点は、湿気に弱いことです。紙が湿ったらそれで終わりですから」
「そうだな、火薬も湿ったら台無しになるからな。……そうか、紙に漆を塗っているのは湿気を防ぐためなのか」
「さすがは滝川さん、その通りです。だから早合は水や湿気を防ぐ容器に入れなければなりません」
滝川さんは、さすがに手先も器用で飲み込みが早く、すぐに早合の作り方をマスターした。
さらにカンナも、俺たちの仕事を手伝いながら、鉄砲の扱いを覚えていった。
そんな日々が、10日続き――
俺たちは、早合50を完成させた。
《山田弥五郎俊明 銭 742文》
<最終目標 5000貫を貯める>
<直近目標 佐々成政に早合50を売る>
商品 ・火縄銃 1
・陶器 3
・炭 18
・早合 52
・小型土鍋 1
・米 15
10日分の宿泊費が、400文かかった。
残りのお金があまりない。ちょっと不安にはなる。
とはいえ、早合50が完成したのはよかった!
「よし、それじゃ海老原村にいこう!」
「おう!」
「うん!」
俺のセリフに、滝川さんとカンナが威勢よく首肯した。
「来たか」
約束通り、佐々成政さんは村で待っていた。
隣には馬もいて、荷駄がくくりつけられていた。
「早合50。用意してきたか?」
「ええ、この通りですよ」
俺は馬に載せていた袋から、早合を取り出し、佐々さんに見せる。
佐々さんは早合をしげしげと眺め、やがてそのうちのひとつを手に取った。
俺は改めて、佐々さんに使い方を説明する。
彼は何度もうなずいた。そして佐々さんは馬に載せていた荷物の中から火縄銃を取り出すと、それを用いて、実際に発射したのである。
――ぱぁぁあん!
銃声が、村中に響く。
彼方の木々がざわめいて、森の中からバサバサバサ――鳥たちがいっせいに飛びたった。
「……なるほど。これでいい」
佐々さんは、わずかに口許をゆるめた。
「いい品物だ、山田弥五郎」
「ありがとうございます」
「満足だ。……代金は18貫だったな。……支払おう」
佐々さんは馬に載せていた荷物の中から、袋を取り出して俺にくれた。
中には――おお、銭がたくさん入っているぞ!
約束の18貫だ!!
《山田弥五郎俊明 銭 18貫742文》
<最終目標 5000貫を貯める>
商品 ・火縄銃 1
・陶器 3
・炭 18
・早合 2
・小型土鍋 1
・米 15
「ひゃー、きたきたきた! 永楽銭ばい、弥五郎!
カンナは銭を見て大はしゃぎである。俺は苦笑した。
「…………(きらきらきらきら)」
佐々さんは、輝くような目で早合数十発を眺めている。
オモチャを手に入れた子供のようだ。
滝川さんは、そんな佐々さんを見て笑った。
「ずいぶんと楽しそうだなあ、佐々」
「…………(こくり)」
「その早合50の中には、オレが作ったやつも入ってるからな。大事に使えよ」
「…………(眉毛八の字)」
「って、おい。なんだその残念そうな顔は! 山田がちゃんと太鼓判を押した早合だ。品の質に問題はねえよ!」
「…………(安堵の顔)」
「……ったく、なんなんだよ、おめえは。口があるんだから、話しかけられたらなんかしゃべれよ」
「ナンカ」
「! ま、また斬新な返し……!」
……だから、それ。そんなに斬新ですか?
「世話になった」
佐々さんは、そう言った。
「早合は大事に使わせてもらう。……それでは、おれはそろそろ帰る」
「はい、それでは。……あ、そうだ、佐々さん」
「?」
「山田弥五郎は、津島の『もちづきや』にいます。また早合がご入用なときは、なにとぞお声がけください」
「……承知した。覚えておこう」
佐々さんはそれだけ言うと、馬を引っ張って歩きかけ――
すぐに振り返って、言った。
「佐々内蔵助は比良城にいる。山田もなにかあったときは来るといい」
そして今度こそ、去っていった。
俺は胸に充実感を覚えていた。佐々成政。有名な戦国武将と知り合いになれた。金も手に入った。ひとまず俺は、成り上がりの第一歩を歩み出せたと思う。
だが、まだここからだ。ここからガンガンのしあがっていくぞ……!
「しかし、あの佐々ってやつは、妙な野郎だったな」
海老原村から帰る途中、滝川さんは言った。
「若いくせに、やたら無口でよ。……まあいいけどな。オレはもう、会うこともなさそうだし」
「はは……」
俺は愛想笑いを返す。
会うこともなさそうどころか、史実だったら同じ織田家の同僚になるんだよな。
それにしても、滝川一益と佐々成政。織田家の有名武将ふたりと知り合いになるとはなあ。
それから1時間後。
俺たちは津島に戻った。
「じゃあまたな、山田」
「はい、それじゃまた」
『もちづきや』の前で、俺とカンナは滝川さんと別れる――
と、そのときであった。
「見つけたぞ、滝川久助」
重々しい声が聞こえてきた。
俺たち3人は、振り向く。
そこには。
きれいな月代を剃ったひとりの男が立っている。
スキのない物腰をした、きりっと締まった侍だった。
滝川さんは、彼を見て驚愕の表情を作った。
「お、お前は、まさか――和田伝右衛門惟政!? どうしてここに!?」
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