第48話 影の死闘
熱田に幽閉されている織田信長を助ける。
そう決めた俺たちだが、しかし救出作戦は、よほど練らねばならないと思った。
敵は多い。銭巫女は、熱田の外れにある屋敷に、100人ほどの配下を集めて、信長を幽閉しているそうだ。これを突破するのは容易ではない。
これに対して、俺たちの戦力は、というと――
本来、信長救出作戦に動くべき織田弾正忠家。
つまり丹羽さんや前田さんは、動けなかった。
美濃の斎藤義龍が、兵を出してくる気配を、見せているからだ。
弾正忠家は、これに備えなければいけない。津島の大橋さんや小六さんも同様だった。
こうなると、俺たち神砲衆が信長救助のために動くべきだが、しかし俺たちは50人しかいない。この人数で熱田に突入するのは厳しい。
そこで俺は、甲賀忍者の助けを借りることにした。
滝川さん以下、甲賀の忍び50人を金で雇うことにする。
「戦働きもするとなると、助っ人料として10000貫はいただくことになる。それでもいいか?」
滝川さんは真剣な顔で問うてきたが、俺は即座にうなずいた。
こういうときに使わねば、なんのためのお金なのか。
「本当に10000貫払うのかよ? 豪気だなあ、おい。いつの間にそんなに銭を蓄えたんだ?」
「商いやらなんやら、頑張りましたからね。……お金はいつ渡します? 先の1000貫(信長捜索費用)と合わせて、11000貫。いま支払いますか?」
「いや、そいつは後払いでいい。すべてが終わってから、成功報酬として受け取るのがスジだ。……ふん、面白くなってきたな。熱田を相手にひとつ暴れるか」
滝川さんは、ニタリと笑った。
その笑みが、頼もしかった。
こうして甲賀忍者を雇った俺たちは、作戦を改めて考える。
「人数が100対100で互角とはいえ、単に殴り込めばいいってもんじゃねえだろう。熱田は銭巫女の本拠地。地の利はあちらにあるし、罠もあるって話だからな」
「その通りです。純粋に戦えば勝てるかどうか分からない。……しかし、敵に地の利があるように、こちらにも武器がありますから」
「武器? ……ああ、なるほど、武器か」
「ええ、武器です。……文字通り」
俺は口角を上げた。
そこへ、伊与とカンナが登場した。
「弥五郎、準備は万端だぞ」
ふたりが手に持っているのは、懐かしの連装銃だ。
しばらく使っていなかったが、手入れはきちんとされている。
神の鉄砲を持つ集団、神砲衆には武器がある。文字通り、未来の武器がな。
「この銃があれば、敵と数が互角であっても負けることはありません。もともとこいつは、兵ひとりが3人分の活躍をするために作られた武器ですからね」
――青山聖之介さんの顔を思い浮かべながら、俺は言った。
「これを使い、銭巫女軍団を叩く。そして三郎さまを救出する」
俺は大方針を宣言した。
すると滝川さんは腕を組み、
「なるほど、この銃を使えば銭巫女たちには勝てるかもしれんが……しかし、それだけでうまくいくか? 作戦にはもうひとひねり、欲しいところだが……」
と言ったので、俺は小さくうなずいて、
「もちろんこれだけではうまく行きません。もう一段の策が必要です。熱田衆に対して、奇襲を成功させる策が」
「その策はあるのか?」
「……まあ考えはあります。ひとつだけですが」
「ほう、どんな考えだ? 聞かせろよ」
「――考えといいますか」
俺は首をひねりつつ、ちょっと笑みを浮かべて告げた。
「知識なんです。……ひとつの賭けになりますがね」
さて、俺と滝川さんが話し合った、わずか数日後のことだ。
美濃の斎藤義龍が軍を率いて、清洲城の方へと寄せてくる動きがあった。
予想されていた通りだ。丹羽さんや前田さんは、軍を率いて出陣し、これに対処する――
さてこのとき、ある別勢力が動いた。
織田信長の母親違いの兄、織田三郎五郎信広である。
信長の兄だが、正室の子でないため家督継承権は信長や信勝より下だった彼(第一部第四十三話「信長、抹香を投げつける」より)は、信長軍を手助けすると言って、手勢を引き連れて清城城にやってきた。
しかしこれは罠である。
このとき、織田信広はすでに斎藤義龍と通じていた。
斎藤義龍が丹羽さんたちを惹きつけ、清州城が空っぽになったところに、織田信広が入って、清洲城を奪おうという作戦だったのだ。
その事実を俺は知っていたので、前田さんにくれぐれも伝えておいた。
「三郎五郎(信広)さまの軍勢がやってきても、絶対に清洲城には入れないようにしてください」
この結果、織田信広の清洲城奪取作戦は失敗する。
弾正忠家の武士、佐脇藤右衛門は、清洲城の門を固く閉め、信広を城内に入れなかったからだ。
斎藤義龍も作戦の失敗を悟った。程なくして、軍勢を美濃へと引き上げていった。
と、清洲・美濃方面ではこんな騒ぎがあったわけだが――
しかしこの動きは、俺たちにとって無駄ではなかった。
なぜなら、清洲でそういう騒ぎがあったので、熱田の目も自然と清洲のほうに向き――
俺たち神砲衆のほうには、注意がいかなくなったからだ。分かりやすく言えば、熱田衆は油断した。
俺たちは、そこへ襲いかかった。
もう一段の策。熱田衆に対して、奇襲を成功させる策とは、まさにこれだった。
「撃てーっ!」
俺の号令一下、神砲衆はいっせいに、連装銃を撃ち放つ!
どおん、どぉん、どぉぉんと爆音が響き、熱田の屋敷の周囲を警護していたものたちは、次から次へと倒れていく。
「な、なんだなんだ!?」
「敵が来たぞ! ……どこの敵だ!?」
「弾正忠の軍団か!? 美濃に行ったんじゃないのかよ!」
熱田衆は大混乱である。
敵が来るとは、夢にも思っていなかったのだろう。
俺たちはそこを砲撃しまくり、一気に突き崩した。
俺、伊与、カンナ、次郎兵衛ら――あかりちゃんを除いた神砲衆、約50人。
滝川さんが率いる甲賀忍者、こちらも50人。
そして織田弾正忠家からは、唯一の助っ人として藤吉郎さんが参加している。
合計100人の軍団は、しかしこの人数だからこそ、敵にバレずに少しずつ――
2、3人ずつ熱田に移動していき、そして夕方に集合し、100人の集団となって、熱田の屋敷を攻めたのだ。
「相変わらずの鬼謀だな。三郎五郎(信広)の動きを読んで、熱田に攻めかかるなんざ、どういう頭をしているんだか」
「まったくじゃ。この藤吉郎をもってしても、三郎五郎さまの動きは読めなんだぞ」
滝川さんと藤吉郎さんが、俺を褒めてくるが……。
鬼謀とか読みじゃなく、知識ってだけなんだよな。あまりいばることじゃない。
1556年6月に織田信広が謀反を起こすのは知っていた。
だから、それに合わせて襲撃しようと考えた。それだけのことだ。
もっとも、織田信広の反乱は、10月だという説もあったから、確実に信広が謀反をするかどうかは分からなかった。
普通に考えれば、8月にはすでに織田信勝の反乱(稲生の戦い)が終わっているのだから、10月に信広が反乱する可能性は低いと思うんだが……。なにせ人の心と歴史の流れはなかなか読めない。だから、俺は、ひとつの賭けだといったんだ。
「ま、なんだかんだで賭けには勝ったが……」
「弥五郎、なんをブツブツ言いよるとね?」
「いや、なんでもない。――それよりも――滝川さん、敵が混乱しているいまこそ好機です。忍びを連れて屋敷に突入してください。外の敵は、俺たち神砲衆が引き受けます!」
「分かった――と言いたいところだが、オレは三郎信長の顔を知らんぞ」
「それならわしがいくでよ、滝川さま。わしなら三郎さまのお顔が分かる!」
「お前かよ。……まあいい。よし、それじゃオレたち甲賀衆と木下で、屋敷に突入する。山田、ここは任せたぞ!」
「任されました!」
屋敷の外の敵兵たちを引き付けつつ、銃で次々と撃ち倒す。
その隙に、藤吉郎さんと滝川さん、そして甲賀忍者たちが屋敷の中へと飛び込んでいった。
この作戦は早さが鍵だ。
敵が、信長を人質にでもして、こちらの降参を要求でもしてきたら厄介だぞ。
熱田の銭巫女。あれはそういう卑怯な作戦でも、おそらく平気でする女だ……。
そのとき、伊与がやってきて叫んだ。
「弥五郎。幸運だ。どうやらこの屋敷に銭巫女はいないようだぞ」
「本当か!?」
「先ほど敵兵が話しているのを聞いた。間違いない」
「よし! 銭巫女本人がこの場にいないのは幸いだ。親玉のいない集団なら、一気に崩せるはず! 神砲衆! 敵を揉み潰せ!」
と、俺はひときわ大きなおたけびをあげた。
そのときだ。……足元が突如、大きく崩れた。
お、落とし穴だと!?
俺を含め、神砲衆の人間数人が落下する。
ここで俺は思い出した。信長が幽閉されている屋敷には、罠が仕掛けられているという話を。
「弥五郎――」
どこかでカンナの声が聞こえた気がした。
しかし俺の意識は、なにやら遠くなっていき――
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