第47話 信長幽閉
「三郎さま(信長)は、妙なところにいる? どこにいるっていうんだ?」
「それなんだけどね。いまから半刻(1時間)もすれば、滝川さまご自身が、こちらに来られるとのことだよ」
と、五右衛門は言った。
それなら、滝川さん自身から話を聞いたほうが早い――ということで、俺は屋敷にて、滝川さんを待つことにした。
そしてきっちり半刻後、滝川さんは確かに屋敷にやってきて、そして信長の行方についての調査結果を、この俺に向けて報告したのだ。
「調べがついたぜ。三郎信長がいま、どこにいるのか」
「三郎さまは、生きておられるんですね?」
「もちろんだ。三郎はいま、熱田にいる」
「熱田に? どうしてまた、そんなところに……」
「まあ待て。まず順を追って話そう」
滝川さんは、語り始めた。
長良川の戦いが終わった直後のことだ。
信長はみずから銃刀槍を持ち、織田軍の
そして敵を撃退した信長は、しかし疲労困憊。とにかく休みたいと思ったらしい。清州城でも那古野城でもなく、尾張の北側にある『西春』という土地に移動した。
「なぜならそこは、三郎信長の筆頭家老、林秀貞が支配している土地だからさ」
と、滝川さんは説明する。
「三郎は、林屋敷に飛び込んで、休んだ。しかし林秀貞は実のところ、ここ最近、迷っていた。……なにに迷っていたと思う?」
「……信長につくか、それとも弟の勘十郎信勝につくか、じゃないですか?」
「ご名答。さすがは山田だな」
滝川さんはニヤリと笑ったが、なに、なんのことはない。
例によって未来知識で知っていただけだ。林秀貞。織田家の重臣であるそのひとは、確かに信長の筆頭家老だが、しかしこの時期はうつけとされる信長の能力に見切りをつけ、弟の勘十郎信勝のほうに心を寄せ始めていた。――事実、林秀貞はことしの8月には、勘十郎信勝と共に信長に対して謀反をしてしまうのだ。
滝川さんは、話を続ける。
「三郎は、休憩を終わらせると、林屋敷を出ようとした。しかし林秀貞に止められて、屋敷の中に、ほとんど幽閉されたようになったんだ」
「幽閉……!」
「そう、幽閉だ。……そして、林秀貞や柴田勝家、さらに勘十郎信勝自身が集まって、ずいぶん話し合いを重ねたらしい。『三郎を捕らえた』『さあどうする』『殺すべきだ』『時期尚早では』――喧々諤々の議論が重ねられたらしいぜ。林秀貞の弟である林美作なんぞはもっとも強硬派で、絶好の機会だから今日こそ三郎さまに腹を切らせてしまいましょう、と言ったそうだ」
「……しかし、三郎さまは殺されなかった」
「そうだ。肝心の勘十郎信勝と林秀貞がビビったのさ。勘十郎は『卑怯な手段で兄を殺して国衆がついてくるだろうか』と悩み、林秀貞も『堂々とした合戦で戦うのなら知らず、恥知らずにもだまし討ちをして殺してしまうなど天罰が恐ろしい』と言って、ついに三郎は殺されなかった」
「…………」
「だが、ここで三郎を解放してしまえば、それこそ幽閉の意味がない……。ずいぶん話し合った結果、三郎は熱田に移送され、そちらで引き続き幽閉されることになったのさ」
「そこで、熱田に繋がるわけですか。なぜ、熱田なのです?」
「分からんか? 山田。……お前、すでにあの女のことを知っているんだろ?」
「あの女。……まさか」
「そう。……熱田の銭巫女さ」
滝川さんは、不敵に笑いながら言った。
「銭巫女自身が言ったらしいぜ。『西春は、美濃からも清州からも近い。ここに三郎信長を閉じ込めていては、敵が信長を奪い返しにくるかもしれない。……自分の勢力下である熱田ならば、ひとまず斎藤家や岩倉織田家、それに信長の家臣団が、信長を奪いにくる危険性は低い』とな」
「……それだけでしょうか。あの熱田の銭巫女という女、どうも性格が分かりません。もっと裏を考えて、三郎さまを熱田に移送させた可能性があるのでは」
「かもしれん。だが、そこまでは実のところ分からん。……オレが知っているのはここまでさ。三郎信長は林に捕まり、そして銭巫女によって熱田に移送された。ゆえに、いま三郎は熱田にいる。そういうことだ」
「…………」
俺は考えた。
織田信長が、熱田に幽閉されている。
これはなんとしても救出しなければならない。
先ほども少し思案したが、本来、織田信長は、ことしの8月に、弟の織田勘十郎信勝と織田家の実権を巡って戦をする。
いわゆる『稲生の戦い』だ。この戦いで勘十郎信勝は敗れ、信長は織田家中の首領という立ち位置を確実なものとする。柴田勝家と林秀貞は信長の家来となり、その後の織田家の天下布武に貢献していくことになる。
だから。
ここで信長を助けなければ、この後の歴史は大幅に狂う。
天下の平定という、俺と藤吉郎さんの大目標も達成されないことだろう。
ならば――
「滝川さん」
「おう」
「俺、三郎さまを助けます」
「……言うと思ったぜ」
滝川さんは、ちょっとだけ笑った。
しかしすぐに、険しい顔となる。
「だが山田。熱田はいま、危険だぞ。熱田の銭巫女。あの女の配下が常に、三郎信長のいる屋敷に詰めている。兵だけでなく、無数の罠もあるそうだ。そこから三郎を奪回するのは容易じゃない」
「分かっています。しかし」
俺は、目を光らせた。
「やらなきゃいけないんです。この俺が」
そんな俺のセリフを聞いて、滝川さんはまたニヤリ。口角を上げた。
「それなら、オレも手助けしよう」
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「戦国商人立志伝」のクラウドファンディング自伝は、昨日の投稿で完結しました。どうもありがとうございました! 未読の方はいまからでもチェキチェキ!
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