第20話 職人の刻印
俺は津島から神砲衆のメンバーを30人、遠江まで呼び寄せた。
これだけの人数を呼ぶのは初めてのことだ。
それだけに、俺の前に現れたメンバーたちは一様に、怪訝そうな顔を見せる。
「御大将、今回はどんなお仕事ですかい?」
「まさかシガル衆のときのように、戦いですか?」
質問が連続で飛んでくる。
俺は腕を組み、答えた。
「場合によってはそうなるかもしれない。だが、とりあえずみんなにやってもらうのは別の仕事だ。――清兵衛さんの
「へい」
自称・平将門が鋏を差し出した。
鍛冶屋清兵衛さんお手製の鋏だ。よく切れる。
だが今回は切れ味は問題じゃない。問題は、
「みんな、この刻印をよく見ろ」
と、鋏の取っ手部分をメンバーに見せた。
そこには『清』の一文字が刻まれている。
清兵衛さんが作ったという証だ。
この時代、職人は、自分が作った製品に、なんらかのマークを残すことが多い。
それは自分の名前の一字であったり家紋だったり、あるいは生国の姓名であったりするが、とにかく『自分がこの仕事をした』という証を残すのだ。
それは商業用の理由でもあったし(それがすばらしい製品だったら、人々の間で「どこそこの誰々は良い職人だ」とうわさが広まり、次の仕事につながるかもしれないから)、また職人としての自己顕示欲であったりもしたが、とにかく職人は製品にその証を刻むことが多かったのだ。清兵衛さんの場合は『清』の一文字であった。
「この印だ。字が読めない者でも、この印を覚えることはできるな? ……いいか、いまから遠江中の市場を駆け巡り、鋏が売られていたら、その取っ手を確かめるんだ。取っ手に『清』の一文字があったら、それは清兵衛さんの鋏ということになる……」
俺は、続けて言った。
「清兵衛さんの鋏を、俺はまだ遠江で一度も売っていない。それなのに市場にあるということは、それは俺の鋏を盗んだ泥棒の仕業という可能性が高い。俺たちの鋏を盗んだヤツが、市場で売りさばいたに違いないんだ。……分かるか、みんな。とにかく鋏の印を確認してくれ。そして清兵衛さんの鋏が市場にあったら、俺に知らせてくれ。そこに必ず盗人の手がかりがある!」
俺の命令に従い、神砲衆は遠江の各地に飛んだ。
石川五右衛門は、鋏を盗んだあと、どこかの市場で金か米にでも交換したに違いない。
金や食べ物なら知らず、鋏なんて、盗人が大量に持っていても仕方がないんだから。
「そこから必ず、足がつくはずだ……」
俺は浜松の外れの空き屋敷、その一室にて火縄銃の手入れをしながらつぶやく。
遠江は敵領だ。ここで誰かと戦うときに、リボルバーを使うのは避けたい。目立ちすぎる。
尾張の神砲衆の山田弥五郎だと白状するようなものだ。
この土地で戦うことになった場合は、できる限り、この火縄銃で戦闘したいところだが……。
「弥五郎」
そのとき背後から、声をかけられた。
振り向くと、カンナだった。長い金髪を指先でいじりながら、なんだかモジモジしている。
キラキラしてるな、カンナの金髪。初めて会ったときから綺麗だったけど、最近はいっそう美しくなった気がする。
もう満年齢換算で16歳になる彼女だし、そりゃ美しくなっていくのも当然か……。
「……弥五郎? どうしたん?」
「え? あ、い、いや……」
って、いかんいかん。
なに考えてるんだ、俺は。
カンナに対して変な意識もちすぎだ。落ち着け、俺。
「ごめん、ちょっとボーっとしていた。……なんだい、カンナ」
「あの、五右衛門のことやけどさ。……もし五右衛門の居場所が見つかったら、どうするん?」
「どうって、そりゃ捕まえにいくさ。名の知れた大泥棒だし。それに俺たちの金を盗んだ犯人の疑いが強い。それも取り返したい」
「…………」
「どうしたんだよ、カンナ。盗人を捕まえたらいけないのか?」
「う、ううん! そうやないよ。それは全然悪くない。……ただ」
「ただ?」
「弥五郎が自分で行く必要はないんやないかな、って」
「……え?」
俺は首をひねった。
「五右衛門を捕まえるのは、ここの領主の松下嘉兵衛さまとか、それじゃなくても藤吉郎さんでも伊与でもいいやん。弥五郎が危険を冒してまで、五右衛門を捕まえに行く必要があるとかいな、ってこと」
「……そりゃ、俺が行く必要はないかもしれないけど。……確かに嘉兵衛さんがやるべき仕事かもしれないけど」
そう言うと、カンナはホッとしたような笑みを浮かべる。
しかし、俺はまじめな顔で言った。
「でも、俺はいくよ」
「えっ。な、なして?」
「盗人なんて、許しちゃおけない。シガル衆のときと同じさ。ああいう悪をひとりでも多く倒すために、俺は力を欲したんだ」
火縄銃を見つめながら、強い口調で告げる。
「それに伊与も藤吉郎さんも大事な仲間だ。ふたりに任せて俺だけここでノンビリなんてできないよ」
「…………そう、よね。弥五郎ならそう言うと思っとった。……でも…………」
カンナはまたモジモジし始めた。
どうしたっていうんだ。今日のカンナは変だ。
いや、今日だけじゃない。思えば津島を出たときから、ずっとカンナは……それと伊与は――
「なあ、カンナ……」
と、俺が言ったそのときだ。
カンナは突如、不自然にニッコリと笑って、
「分かった。ごめんね、変なことば言うて。……でも弥五郎、命だけは大切にしてね。……本当に……!」
それだけ言うと、背中を見せてその場から早足で立ち去っていった。
あとには俺だけが残される。
「……なんなんだ、いったい……」
俺は自分でも分かるほど、ぽかんとした声でつぶやいた。
さて。
さらにそれから、しばらく時間が経って。
神砲衆のメンバーが情報を持ってきた。俺と藤吉郎さんは空き屋敷の一室でその情報を聞く。
「遠江の北方に山村がありやす。その村で開かれていた小さな市に、『清』印の鋏が大量に売られていやした」
メンバーは、そう言った。
「その売っていた商人は、どんなやつだった?」
「そいつ自体は、甲斐のほうから流れてきた旅の商人ってことでした。甲斐なまりもありやしたし、村人の証言もありましたから、、まず間違いないでしょう。……ただ」
「ただ?」
「その商人は、二俣の近くの六斎市で、人相の悪い男たちから鋏を仕入れた、と言っておりやした。そしてその悪人面、名を尋ねたら『五の字だ』とだけ答えたと――」
「五右衛門だ!」
「うむ、間違いないの!」
俺と藤吉郎さんは顔を見合わせた。
「やつら、二俣のあたりが本拠なのか?」
「可能性はあるの。よし、弥五郎。松下さまに相談しよう」
というわけで俺と藤吉郎さんは、松下嘉兵衛さんのところへと急いだ。
嘉兵衛さんは、すぐに俺たちと会ってくれた。そして二俣の近くに石川五右衛門の本拠がある可能性を告げると、驚いた顔を見せた。
「梅五郎、与助。それは本当かい!?」
「俺の仲間がもたらしてくれた情報です。間違いはないかと」
「神出鬼没の石川五右衛門。そのシッポをようやくつかんだか!」
嘉兵衛さんは、厳しい顔を見せた。
その迫力はなかなかのものだ。のんびりしているようで、やはり嘉兵衛さんも戦国武将なのだと思った。
スキのない物腰をしていると評した伊与の直感も、どうやら当たっていたようだな。
「よし、梅五郎、与助。二俣に参ろう。遠江近隣を荒らしまわっている石川五右衛門。この機に一気に捕らえてみせる!」
「「合点!!」」
俺と藤吉郎さんは同時に叫んだ。
遠江の泥棒、石川五右衛門。何人の部下がいるのか知らないが……。
甲賀国のとき以来の集団戦をするかもしれない。俺はわずかに武者震いをした。
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ようやく書籍化作業がひと段落ついてきたので、ここからどんどん第二部を投稿していきます。よろしくお願いします。
また、今回書籍化とクラウドファンディングをするにあたって須崎正太郎が経験した一部始終……。書籍化の声がかかってから、クラウドファンディングを開始するまでの流れを、自叙伝として公開することにいたしました。
ラノベ作家ですが自作が書籍化すると思ったら、クラウドファンディングもすることになりました
https://kakuyomu.jp/works/1177354054885445119
全10話予定の短編。よかったら読んでみてくださいませ。よろしくお願いします。
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