第19話 織田信長、清洲城を手に入れる

 前田さんからの手紙に書かれてあったこと。

 それは、織田信長が清洲城を手に入れた、という情報だった。


 さて、ここでひとつ、尾張の現状を思い出してみたい。

 尾張国には本来、斯波義統というリーダーがいる。しかし彼には実力がない。

 そこに副リーダーとして織田信安、織田信友のふたりが出てくるのだが、彼らも尾張を掌握するには至らない。尾張で一番のリーダーは、実力のある織田信秀だった。しかし信秀は死に、息子の信長があとを継ぐ。


 その信長から、尾張の実権を取り返そうと、清洲城の織田信友は立ち上がった。こうして織田信友と織田信長の勢力争いが始まり、3年前の1552(天文21)年には『萱津かやづの戦い』という戦争まで勃発した(第一部 第五十三話「萱津の戦い 」より)。


 その後も織田信友と織田信長の争いは続いている。信長は何度も、信友の本拠地である清洲城に攻め寄せ、町を焼き払ったり、清洲勢と戦ったりしていた。その間、尾張の本来のリーダーである斯波義統は織田信友の手によって殺害されてしまい、事態はいよいよ混沌としてきたのだが――


 その織田信友の清洲城が、信長の手に落ちたのだ。


 信長との戦いで、清洲城の織田信友はその勢力を落としていた。

 そこで信友は、織田信長の叔父である織田信光おだのぶみつに声をかけ「共に力を合わせて信長を倒そう」と持ちかけた。織田信光はその誘いに応じた……。


 しかし、それは罠だった。

 織田信光は、すでに信長と通じていたのだ。


 1555(天文24年)4月19日、織田信光は清洲城に入城。

 だがその翌日には信光は、早くも清洲城主、織田信友を『尾張のリーダー・斯波義統を殺した罪』として切腹に追いやる。そして清洲城を信長に渡したのである。




「……見事な手並みじゃの」


 ――そこまで手紙を読んだ藤吉郎さんは、感嘆の息を漏らして天を仰いだ。


「あの清洲城を、こうもあっさりと手に入れるとは。やはり三郎さま(信長)は大したもんじゃ」


「まったくやね。尾張の大うつけって言われよったころが嘘のごたる」


「清洲城では、足軽から雑兵、小者にいたるまで、三郎さまのことを馬鹿にしていたものだ。その三郎さまに城が落とされるとは……」


 伊与は、静かにつぶやいた。

 雇われの身分だったとはいえ、一時は清洲で飯を食っていた伊与だ。

 彼女はわずかだが、複雑そうな表情を見せていた。


「……ふみには、俺と藤吉郎さんのことも書かれてありますよ」


 俺は、続けて言った。


「ほう、そこまではまだ読んでいなかった。なんと書いてある?」


「清洲城奪取には、俺たちの情報も役に立った、と」


 前田さんの手紙は、こうあった。


 あっさりと清洲城を手に入れたように見える信長だが、それは結果論である。

 実際のところ信長は、清洲勢の抵抗に遭い、大戦おおいくさになることも覚悟していた。

 だが大きないくさをするとなると、尾張国内の反信長勢力(もうひとりの副リーダー・織田信安や、弟の織田信勝、熱田の銭巫女など)や、今川家の動きが気になる……。


『そこで役立ったのが、お前らがくれた情報だぜ!』


 と、前田さんの手紙にはある(もちろん前田さんはこんな書き方はしていないが、つまりこういう内容が記されてあるのだ)。


『三河の松平家やその領民と、今川家の代官がイマイチうまくいっていない、という情報をくれただろ? その知らせがあったから、殿(信長)は、今川については心配なしと判断され、清洲城攻略を決断できたのさ。いまなら尾張で大戦があっても、今川家と松平家は大きく介入できないだろう、ってな!』


 さらに、と前田さんは手紙で伝えてくる。


『織田勘十郎信勝や熱田の銭巫女も、今回は動けなかったぜ。美濃の斎藤道三さまが睨みを利かしてくれたんだ。兵の一部を那古野に送ってきてくれたんだよ』


「美濃の斎藤家が……」


「あのマムシ、存外義理堅いことよの」


 藤吉郎さんは、ニヤリと笑って言った。


『――ま、そういうわけだ。お前らのおかげで殿は清洲城奪取に全力を注げたってわけさ。大したもんだぜ、お前ら。……思えば斎藤家との同盟が強化されたのも、銃刀槍を作ったりシガル衆を倒したお前らの功績だな。お前らが縁の下で励んでくれた結果がこれさ。殿もお喜びだぞ』


「殿がお喜び! そりゃ……嬉しいのう!」


「やりましたね、藤吉郎さん!」


 俺と藤吉郎さんは、顔を見合わせた。

 これでまた、信長から藤吉郎さんへの信頼度は上がったってわけだ。

 しかし、三河から送った情報が、こんな風に歴史の結果に繋がっていくとはなあ。


「ようし、これからも頑張るぞ、弥五郎。遠江や駿河の情報を殿にお伝えするんじゃ。のう、弥五郎!」


「はい!」


 俺は大きくうなずいた。

 伊与もカンナも、あかりちゃんも自称・聖徳太子も首肯した。


「では弥五郎、その文にはもう用はない。よその人間に見られぬうちに燃やしてしまえ」


「ええ、そうしましょう。……あれ、まだ最後に小さくなにか書かれてある」


「なんじゃ、まだあるのか。なんと書いてある?」


「ええと……『清兵衛印の鋏で、儲かっているそうだな。オレっちもひとついただいて、使わせてもらったぜ。なかなかいい使い心地だ。じゃ、これからも頑張れよ!』……」


「なんじゃ、ただの鋏の感想か。又左も筆の多いことよ」


「ですね。…………」


 俺はちょっと考えながら、火を起こしてその中に手紙をくべ、完全に燃やし尽くした。これについては、これでいい。問題は――


「藤吉郎さん」


「うん?」


「いまの前田さんからの文を見て、ちょっと考えついたんです」


「なにをじゃ? 弥五郎」


「五右衛門を見つけ出す方法です」




-----------------

カクヨム公式連載にて、書籍版「戦国商人立志伝」が連載開始しています。

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885333337


ぜひともこちらもチェックしてくださいませ。

そしてスマートニュース版の「戦国商人立志伝」もよろしくお願いします。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る