第18話 前田利家からの手紙
「どうして買ってくれないんだ、梅五郎!」
「陶器と硯で、利益を出す未来が見えないからです」
と、俺は言った。
まあもうひとつ言えば、いま商品を仕入れる金がないってのもあるが、これは大きな問題じゃない。近いうちに、岡崎城の鳥居さんからアイロン900の売上が入る予定だからだ。嘉兵衛さんと取引をしない理由は別にあった。
「俺の出身地、尾張には瀬戸という土地があります。質が良い陶器を出す場所です。いえ、品質だけじゃなく価格も安い。30文から陶器が手に入るほどです。そんな尾張に陶器を持っていても、売れるでしょうか」
「……で、では硯はなぜだ。硯はなぜ買ってくれない?」
「重たいのですわ」
今度は藤吉郎さんが言った。
「言うまでもなく、硯は石を用いて作っておりますんで、非常に重たい。運ぶのがたいへん手間になりますで。我らのような連雀商人にはそれがとても辛い」
「それに硯は大量にさばけるものじゃないでしょう。木綿針や、あるいは味噌や酢や塩は日用品で、常に人々が求めていますが、硯は――要らないとはいいませんが、一度買ったらそうそう買い替えるものではありません」
「そもそも字を読み書きする者も、限られておるしのう。やはりさほど売れるとは思えぬ」
「……なるほど。言われてみればいちいちもっともだ。そうか……」
嘉兵衛さんは、ションボリ顔を見せた。
かと思うと、キッと目を鋭くし、
「しかし梅五郎。そこをなんとか頼む。……松下の土地を栄えさせるために、某はなんとしても銭を稼ぎたいのだ!」
「そう言われても。……我々としても売れないものを仕入れて、在庫を抱えてお陀仏、ということにはなりたくないので……」
俺は困り顔を見せる。
こちらも商売だ。労力に見合う儲けが得られない取引をするわけにはいかない。
そう思っていた。……のだが。そこで藤吉郎さんが口を開く。
「では松下さま。こういうのはどうですかの。……わしらが松下さまの代わりに商いをやり、その分、売上を折半する、というのは」
「うん? どういうことだい?」
「つまり、わしらが松下さまの陶器と硯を預かり、尾張なり美濃なりに運んで売る。売上が1000文だったとする。その場合、500文ずつわしらと松下様で分ける。こういうやり方ですわ」
「……へえ?」
「……ふむ……」
嘉兵衛さんはちょっと首をかしげる。まだ、話がよく分かっていないらしい。
だが、俺はもちろん藤吉郎さんの話を理解できていた。商売の代行か、なるほど。
「どうじゃ、梅五郎」
藤吉郎さんは、ドヤ顔で俺のほうを見てくる。
わしの提案は、悪くないじゃろ? と言いたげだ。
俺は内心ちょっと苦笑したが――まあ実際、この話は悪くなかった。
これなら、仕入れたものが売れずに赤字を出す、ということはない。
売れた分の売上だけを分けるのだから必ず儲かる。俺たちにとっては非常にうまみのあるやり方だ。もっとも、手間と人件費は必ずかかるのだから、まったくノーリスクってわけじゃないが。
しかし、やってみる価値はあるかもしれない。交易以外の商いをやってみたいし、せっかく知り合った嘉兵衛さんとのつながりがここで切れるのも惜しいしな。――陶器は尾張や美濃ではなく別の国に運ばせればもう少し儲かるかもしれない。硯だって、腐るものじゃないし、一度運んで少しずつ売っていけばそこそこ稼いでいけるんじゃないか。
「ああ、そういうことか。なるほど、分かった分かった!」
嘉兵衛さんは、ぽんと手を叩いた。
藤吉郎さんの話をやっと理解したらしい。
「某としても、異論はないよ。とにかくこのままじゃ、陶器も硯も銭にならないんだ。それなら、そなたたちと折半するとしても銭を手に入れたい」
「では、このやり方でいいですか?」
「もちろん!」
嘉兵衛さんが、ニコニコ顔でうなずいた。
……よし。これで話は成立した。さてどれだけの儲けになるか、やってみないと分からないが、とにかく仕事をしてみよう。
それから俺たちはさらに話を進める。松下領のはずれに空き家があるので、しばらくそこに滞在するということ。硯と陶器はまず300個、俺たちが預かって、それを津島まで運んで売りに出すということ。帳簿は明確にして、一か月に一回、必ず松下嘉兵衛と梅五郎(山田弥五郎)、もしくは与助(木下藤吉郎)が確認しあうこと。これらのことを、地元の坊さんを呼んで立ち合いまでしてもらった上で誓い合った。
「ひとまず夜露がしのげるところができて、よかったですねえ」
食事の支度をしながら、明るい声を出したのはあかりちゃんだった。
すると、カンナもニコニコ顔で答える。
「ほんとほんと。一時はどうなることかと思ったけんね」
「しかし、あの松下嘉兵衛という人物……。遠くから見ただけだが、スキのない物腰をしていたな」
と、伊与は腕組みをしたまま嘉兵衛さんのことを評する。
「えー、そうかいな? むしろなんか頼りなげに見えたばい?」
「確かに顔立ちはおとなしそうだった。しかし動きを見ていると、ひとつひとつに無駄がなかったぞ」
「ふーん。伊与が言うなら、そうなんかねえ」
カンナは首をかしげているが、伊与の評価は正しい。
松下嘉兵衛……。彼は21世紀では、豊臣秀吉最初の主君としてのみ有名な人物だが、しかしなかなかどうして、やはり戦国時代の人間だ。嘉兵衛さんは槍や兵法に通じていたという話もあるのだ。
「ま、なんにせよ、わしはあの人がなんとなく好きだよ。いつもニコニコ笑っていて、ええじゃないか」
「藤吉郎さん、適当やねえ。笑ってるだけで人を好きになるん?」
「なにを言うか。笑いはすべての基本なんじゃぞ。数ある生き物の中で笑うことができるのは人間だけじゃ。すなわち人間最大の魅力と武器は笑顔なんじゃ。どんな状況でも笑顔を忘れぬ心の強い人間こそが、最後は必ず勝利するんじゃ。わしはそう思って生きておる」
「笑顔……笑顔か……。……確かにカンナはよく笑っていてあけすけで可愛いな……。そういうほうが弥五郎も……いや、しかし……」
「伊与、なにをブツブツ言ってるんだ?」
「い、いや。なんでもない、なんでも……」
伊与は慌てて手を振った。なんなんだ、いったい。
――さて、ところで今日は、すでに嘉兵衛さんと会ってから数日が経っている。
あれから俺は、嘉兵衛さんから預かった硯300と陶器300を複数の馬に載せ、次郎兵衛に託し、津島へと向かわせている。
津島にて待機している神砲衆のメンバーに、俺たちの現在位置を知らせることも命じている。
こうすれば、いずれ神砲衆の誰かがここにやってくるはずだが……。
と、思っていると、
「あ、弥五郎。あれ、聖徳太子やない? おーい、ここばーい!」
言っているそばから、部下が浜松にやってきた。
自称・聖徳太子と、神砲衆のメンバー数人である。
馬に荷物を載せて、ゆっくりとこちらにやってくる。
「御大将、お待たせしました。万事手抜かりなくすすめていますよ」
と、自称・聖徳太子は言った。
硯300は、津島で売りに出し、陶器300もひとまず伊勢まで運んで売りさばく手はずにしているとのことだ。すべて俺の指示通りだ。
さらに、
「ここに来る途中、岡崎城に寄ってきました。【陶器製アイロン 150文】を900個、しっかりと届けて、その売上135貫も鳥居さまから戴いてきましたよ」
「おう、ありがとう!」
《山田弥五郎俊明 銭 135貫0文》
<最終目標 30000貫を貯めて、銭巫女を倒す>
<直近目標 今川領に潜入し、情勢を探る>
商品 ・火縄銃 1
やれやれ、これでひとまず一文無しの状態から回復したな。
この金を元手に、また交易のひとつでもしたいところだが……。
三河の味噌とかをまた仕入れて、尾張のほうで売りさばくか?
「ところで御大将。それと木下さま」
「ん?」
「なんじゃい?」
「荒子城の前田様から、文を預かってまいりました」
「前田さんから?」
自称・聖徳太子はふところから手紙を取り出した。
そして差し出した文には、厳重に封がなされてある。
俺はその手紙を受け取った。開いてみると、あて先は『梅五郎』と『与助』になっており、差出人は『犬』と書かれてあった。前田さんの幼名、犬千代のことだろう。
「弥五郎、又左からの文には、なんと書かれてあるんじゃ」
藤吉郎さんが俺の隣にやってきて、手紙を覗き込む。
すると彼は、途端に目を見開き、
「ほほう……」
と、小さなうめき声をあげたのだ――
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さて、またもお知らせです。
書籍版「戦国商人立志伝」が、3月19日(月)よりカクヨム内で公式連載されることになりました。こちらのバージョンと、カクヨム内公式連載版。はたしてどう変わったのか、チェックしてみるのも面白いと思います。なお書籍版のために特別に書き下ろした短編は収録されませんので、そこはあしからずご了承くださいませ。
そしてさらに。
書籍版「戦国商人立志伝」は、ニュースアプリ「スマートニュース」(https://www.smartnews.com/ja/)での公式連載も同時に開始されることになりました。こちらも3月19日(月)より連載開始されます。アプリをダウンロードして、その中で「読書」のチャンネルを追加することで、月曜日から書籍版「戦国商人立志伝」を読むことができます。
一気に動きだした「戦国商人立志伝」プラン。
皆様、ぜひとも楽しんでいただきたいと思います!
https://prime-edit.kadokawa.co.jp/news/entry-62.html
↑プライム書籍編集部の公式サイトも合わせて参考にしてください。
よろしくお願いいたします。
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