第21話 山田弥五郎VS石川五右衛門
数日後。
頭陀寺城の前に、五右衛門討伐のための兵が集まった。
その数、おおよそ50。松下家に仕えているもののふ達が結集したのだ。
「もちろん、兵はこれだけではないよ」
と、嘉兵衛さんは言った。
「石川五右衛門は数十人の配下を抱えていると聞く。
だから、嘉兵衛さんはさらに味方を要請したという。
というわけで翌日、その援軍がやってきた。
きらびやかな軍装の兵が、おおよそ300。
その軍団はひげ面の、いかにもな武将が率いていた。
「この浜松の領主、
嘉兵衛さんは、俺と藤吉郎さんに説明するように言った。
そして俺たちは、その飯尾豊前守の前に平伏する。
飯尾豊前守は、尊大そうにうなずいた。
今川家に仕える侍で、浜松一帯を支配している人物だ。
松下嘉兵衛さんは、この飯尾家の下で働いている。
だから松下嘉兵衛さんは、今川家から見れば
今川義元の家来の、飯尾豊前守連龍の家来の、松下嘉兵衛……って流れだな。
「嘉兵衛、ついに五右衛門の根城を見つけたか」
「はい。こちらにいる針商人、梅五郎が、仲間と共に発見してくれました」
「ふむ。……手柄である」
飯尾豊前守はちらりと俺を見て、そう言った。
俺に対して、さほど興味もなさそうだ。まあ旅の商人なんて、扱いはそんなものだろうが。
「さっそくだが、五右衛門討伐に参ろう。善は急げじゃ。気取られぬうちに五右衛門の根城を急襲する」
「承ってござる」
嘉兵衛さんは、うやうやしく頭を下げた。
飯尾豊前守を大将とした一軍が、浜松から北へと進んでいく。
その数は380。飯尾豊前守の軍勢300に、松下嘉兵衛さんの軍勢50が加わっている。
そして俺、藤吉郎さん、伊与、カンナ、さらに神砲衆の人数30人も、嘉兵衛さんに客分として付き従った。五右衛門に盗まれた大金を取り返さねばならないし、盗人集団なんて許しておけないからな。
嘉兵衛さんは、戦力が増えるのは心強い、よろしく頼むと快く許してくれた。
藤吉郎さんは、そのセリフに喜んだ。
「なにせ松下さまときたら、腕っぷしは立ちそうだが、どことのう頼りないからの。わしらがしっかり支えてやらねば」
藤吉郎さんは、やはり嘉兵衛さんが好きらしい。
ニコニコ顔で、しかし小声でそんなことを言った。
「どことなく頼りないといえば、飯尾豊前守の軍勢もそうですよ」
俺は周囲に聞こえないよう、ひそひそ声で言った。
「武具防具こそ一流ですが、なんとなく覇気のようなものを感じません」
「ふむ。……あまり実戦の経験がないようには見えるが」
「それだけ、ここ最近の浜松が泰平だったという証でしょうか」
「かもしれぬ。乱がないのは良いことじゃが。――」
藤吉郎さんは、鼻をヒクヒク鳴らした。
飯尾家の兵は、いささか覇気に欠ける……。
その情報も、のちに織田信長に届けようというのだろう。
松下嘉兵衛さんを気に入っているらしい藤吉郎さんだが、しかし本来の役割を忘れてはいないようだ。
――さて、その後丸1日かけて、俺たちは目的地にたどり着いた。
五右衛門の根城である。
遠江北方の森。
草深い、外から見たらちょっと奥が見えない林の奥。
その場所に、空堀を掘り、掘った土で塀を築いた小さな砦が存在していた。
しかし門扉は贅沢にも鉄製金具を打ちつけて、しっかりと襲撃に備えてある。
「森の奥に、これほどの砦があったとは……」
嘉兵衛さんは、驚きを隠せないようだった。
「しかし小城よ。300を超える我らの手勢ならば、容易に踏みつぶせよう」
飯尾豊前守は、尊大に言った。
そして彼は数歩、前に出ると、砦に向かって叫んだ。
「我こそは今川家被官、飯尾豊前守である。駿河にいます今川屋形のゆるしもなく、かようなところに砦を築くとは言語道断。さらに申せば、この砦、かの悪名高き盗人、石川五右衛門の根城とも聞く。まことか否か。砦の主は、申し分あらば出てきて答えよ!」
まず警告、といったところか。
飯尾豊前守の怒鳴り声は、森の奥地によく響いた。
砦の中にいる人間も、聞こえていないはずはない。
しかし、砦からはなんの返事もない。しいん、としている。
「されば、攻めたてるのみ」
飯尾豊前守は、うなずいて言った。
「嘉兵衛よ。そなたは手勢を率いて城門に近づいていけ。おそらくきやつら、塀の上から顔を出して飛び道具で攻撃してくるであろう。そのときは、わしの軍勢が城に火矢を打ちかけて戦う。松下勢はなんとしても門を破れ」
「合点」
飯尾豊前守と嘉兵衛さんが、いよいよ砦を攻めようとする。
俺も、嘉兵衛さんの客分として動こうとしたのだが――
なにかがおかしい。
と、直感的に気づいていた。
どうも、くさい。砦からなんの反応もないのは変だ。
うまく言えないが、これはもしかして五右衛門の策なのでは……?
「弥五郎……」
伊与も同感らしい。
そっと、俺の名を呼んでくる。
「分かっている。――神砲衆、なにが起きても動けるように備えておけ――」
そう言っているうちに、嘉兵衛さんが頭陀寺城の兵を率いて五右衛門の砦に近づいていく。俺たちもそれに従おうとする。
飯尾豊前守の軍勢も、砦に向かって弓を構え――その瞬間だ。
俺は、殺気を感じた。
と同時に叫んだ。
「違う! 砦はおとりだ! 敵は外から来るぞ!」
その雄叫びは、正しかった。
わああ――と、砦の外部の森の奥から、槍を持った男たちが、こちらに襲いかかってきたのである。
「しまった、伏兵か!」
飯尾豊前守が叫んだ。
そう、伏兵だったのだ。――砦に立てこもったと思わせておいて、外に兵を配置しておく。そして攻めてきた飯尾軍の意識が、完全に砦に向いたところで外の兵が奇襲をしかける。
まったく、いいタイミングだった。いままさに、砦を総攻撃、という瞬間に、敵は飛びかかってきたのである。
飯尾軍は、対応できなかった。外から襲いかかってきた男たちに度肝を抜かれ、すっかり混乱し、やられまくっていったのだ。
「わははははっ、今川家も大したことないゾのう! そうら、てめえら、暴れろやい!」
奇襲をしかけてきた連中の中で、ひときわ背の高い男が大声をあげていた。
やつが石川五右衛門だ。間違いない。俺は直感的にそう思った。
「おのれ、油断しておったわ!」
飯尾豊前守は慌てて叫ぶ。
しかし、もう遅い。飯尾軍は早くも崩れ始めた。
それだけではない。
そこに――わあぁ、と、砦のほうからも、石に弓矢に鉛弾が、飛び出してきたのだ。
砦を攻めようとしていた嘉兵衛さんの軍勢は、たまったものじゃなかった。砦からの攻撃を受け、浮足立つ松下軍。
石川五右衛門。たかが盗人、されど盗人。伊達に東海に名をはせていない。油断していたとはいえ、今川軍350を手玉に取るとは大したものだった。敵ながら見事だ。
「わはははっ、そら、お前ら。敵は天下の今川軍ゾ。武器も鎧も一級品ばかりじゃ。それ、分捕れ、分捕れい!」
楽しげに笑う石川五右衛門。
してやったりだろう。自分を攻めてきた今川軍を撃退し、その道具を奪い去るのは。きっと楽しいことだろう。
――だが。
石川五右衛門はたったひとつ、計算違いをしていた。
「みんな、予想通りだ。敵が来たぞ! ここで退くなよ、弾き返せ!」
俺は、高らかに叫んだ。
石川五右衛門の計算違い。
それは今川軍の中に、この俺が――
いや、この俺たちが。そう、神砲衆がいたということだ!!
「五右衛門の手勢を破る! いくぞ、みんな!」
混乱する飯尾軍の中で、まともに動けるのは俺たちだけだった。
俺たち神砲衆は、きびすを返し一丸となって、襲いかかってきた五右衛門勢に戦いを挑む!
「落ち着いて対処しろ。五右衛門の軍はそう多くない。俺たちならば充分倒せる!」
「そら、矢を放て! この程度の連中、前に比べればてんで大したことはなかろうが!」
「槍を使う者は私に続け! 戦力を一点に集中させて、敵を弾き返すっ!」
俺が叫び、藤吉郎さんが雄叫び、伊与の咆哮が戦場に響く。
わずか30人の、俺たち神砲衆。しかし準備は万端だった。五右衛門勢を、薙ぎ払っていく!
「な、なんじゃ、こいつらは。今川家の連中じゃねえゾ!?」
五右衛門の慌てた声が、耳に届いた。
「えらく戦いなれてやがる。なんなんだ、こいつら……!」
五右衛門の、絶望したような声音。
その叫びを聞いて、俺はニヤリと笑った。
「悪いな、五右衛門。お前のやり方、こっちは経験済みなんだ!」
敵が攻めてくる。そこで、城砦をあえてオトリにして引き寄せ、外部に潜ませていた伏兵をもって攻めてきた兵を奇襲する。
そのやり方は、まさに俺たち自身が、甲賀で使っていた戦法なんだ!(第二部第一話「甲賀転戦」)
「おのれっ、こんなことが、こんなことが……!」
五右衛門は一気に狼狽する。
そこを、俺たちはさらに攻撃し、突き崩していく。
リボルバーを使うまでもない。通常の武器で撃退できる。
俺自身も、火縄銃に火薬と弾を装填し、そしていままさに眼前に見えている石川五右衛門へと銃口を向けた。
「石川五右衛門、引導を渡してやるぜ!」
俺は、引き金を引いた!
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