第22話 炸裂、パームピストル

 だああん――と、俺の火縄銃が火を噴いた。

 弾丸が発射され、いままさに飛びかかってきていた石川五右衛門の胸元に命中する。


「やった!」


 伊与が叫んだ。

 俺も、そう思った。手応えありだ。……だが、




「グ、おおおおおおおおおっ!!」




 五右衛門は、一瞬のけ反りはした。

 しかし変わらずにこちらへと向かってきやがる。ノーダメージなのか?

 ……いや、違う。着込みだ。五右衛門め、服の下に鎖かたびらを着ているな!?


「この、グソ野郎が……ッ!!」


 五右衛門は刀を思い切り振りかざして、俺を襲ってきた。

 実にまずい。火縄銃に弾丸を装填している時間はない。

 しかしこの状況でリボルバーを使えば、今川家に俺の正体がバレるかもしれない――


「やむを得ないな」


「なにブツブツ言ってやがるッ!」


 五右衛門の刀が迫る。その瞬間だ。


 ――タンッ。


 奇妙に乾いた音が、その場に響いた。

 と同時に五右衛門が「……え?」と疑問の声をあげる。


 ノドに。

 石川五右衛門のノドに、穴が開いていた。


「……ぅ……」


 五右衛門は、声にならない声をあげ――

 ドバッと、赤黒い血液を一度噴き上げてから、その場にぶっ倒れた。

 その瞬間、戦場に静寂がおとずれる。


「……やれやれ」


 まさかこの場所で、この武器が役に立つとはな。

 俺は手のひらの中にある、超小型の鉄砲をチラリと見つめた。


 パームピストル。


 と、いう。

 いま、俺が使った超小型の銃だ。

 握り鉄砲とも呼称される。巻き尺のような形をした、丸っこい鉄の塊から、小さく砲身が飛び出ているように見えるその武器は、その塊を手のひらで握り込むことで銃弾が発射される。リボルバーのときのように、鉄と弾丸と雷汞を用いて、俺が自作したものだ。


 浜松は敵領であり、ここでリボルバーを使うのは目立ちすぎると思った俺は、先日、火縄銃を手入れしたときに、この銃も作っておいた。神砲衆のメンバー30人を呼び寄せたときに、道具と材料を持ってこさせ、作っておいたのだ。

 手のひらの中におさまるサイズのパームピストルならば、戦場で使っても、おそらく周囲の人間はなにが起こったか分からないだろう。もともとパームピストルは隠し武器だ。こういう用途にはもってこいなのだ。


 事実――


「な、なんだ。なにもしてないのに倒れたぞ」


「小さな音はしたが、なんだったんだ、あれは」


「梅五郎の火縄銃が、実は喉に当たっていたのか?」


「盗人の五右衛門に天罰が当たったんじゃ」


 周囲の人々は、完全に混乱しきっているようだ。

 とりあえず、俺が五右衛門の喉を銃撃したとは気づいていないらしい。

 どうやら目立たずに済んだ、かな? ……俺は拳を握り締めると、そっと倒れている五右衛門に近付いていく。


「て……な……も、ん、だ……?」


 てめえ何者だ、と言ったのだろう。五右衛門は顔をくしゃくしゃにさせて、苦悶の表情だ。

 近付いて、よく観察して分かったが、年齢は35歳くらいだろう。

 総髪の頭を縄で結った、いかにもな盗賊顔。


 ……ふむ?

 それにしても、なんだかあっけないな。これじゃただの野盗と変わらない。

 仮にも後世に名を知られた大盗賊、石川五右衛門ともあろう男がこの程度で……。

 前にも思ったが、石川五右衛門といえば、いまから40年後に豊臣政権によって釜茹でにされるものだと思っていたが。

 この五右衛門は、その五右衛門とは別人なのか? それとも俺は、いよいよ歴史を変えてしまったのか?


 それは分からないが、とにかくいま俺の目の前にいる五右衛門は、死を迎えようとしている。

 俺はそっと、彼の耳元に近付き――五右衛門にだけ聞こえるように言った。


「神砲衆頭目、山田弥五郎だ」


 本名を名乗る。

 悪党とはいえ、死にゆく者への礼儀だと思ったのだ。

 すると石川五右衛門は、薄い笑みを浮かべ、


「……った。……よ」


 ――やめときゃよかった。まさか神砲衆の山田がこんなところにいるなんてよ。

 俺は五右衛門の表情から、そのセリフを読み取った。

 五右衛門は、死んだ。


「よおし、石川五右衛門は倒れたぞ」


 飯尾豊前守が叫んだ。


「者ども、石川党の残りを討ち取れ。石川党も、いま降伏すれば命までは取らぬぞ。おとなしく降参せい!」


 ――いくさは終わった。

 石川党は、頭目の五右衛門がやられたことで士気を喪失させ、次々と討ち取られ、または捕縛されたのだ。


「弥五郎!」


「大丈夫やった?」


 伊与とカンナがやってきた。

 俺はニヤリと笑い、小さな声で、


「あの、作っておいた握り鉄砲が役に立ったよ」


 と、ふたりにだけは事実を教えた。伊与たちは、それで安堵の顔を見せる。


「もう! やけん、戦いの場には出てこんほうがいいって言ったやん! なにかあったらどうするとよ!」


「カンナの言う通りだ。弥五郎は無茶をし過ぎる。もうお前は、お前だけの身体じゃないことを忘れるな」


「な、なんだよ、ふたりとも」


 お説教か?

 いや、ふたりにあれこれ言われるのはいつものことだが――

 やっぱり伊与たちの様子は、旅立ちからずっと変なんだよなあ。

 本当になにがあったんだろう。と思いながら、俺はまばたきしていると、


「……あいて」


 右手のヒジに軽い痛みを覚えた。

 見ると、血が少し出ている。どこかで知らないうちにスリむいたか……。


「弥五郎、大丈夫か!?」


「ち、血が出とるやん!? いかんって、それ!」


「え? い、いや、こんなのただのカスり傷で……」


「いや、大怪我かもしれない! いったん頭陀寺に戻れ、弥五郎!」


「そうよ。あとのことはあたしたちと藤吉郎さんでやるけん! ね、ね、ね。そうしんしゃい!」


 な、なんだ、ふたりとも。

 まるで俺が死ぬかのような剣幕だ。

 ほんと、なんなんだ、いったい。……俺は目を白黒させていたが――

 やがて伊与たちの手配によって、到着した駕籠かごに乗せられ、頭陀寺城に護送されてしまったのである。




 その日の夜である。

 空き屋敷の一室にて、ヒマを持て余している俺がいる。

 怪我はほんとうに大したことはなかった。水でざっと傷口の汚れを落として、それでもう充分だった。


「伊与もカンナも、いったいどうしたっていうんだ……」


 ブツブツ言いながら、とりあえず、油に火を灯し、昼間に使った火縄銃とパームピストルの手入れをしていると、がたんと音がした。


「弥五郎、いるか?」


「怪我の様子はどうね~」


 伊与とカンナが部屋の外から声をかけてくる。

 俺は「いるよ、入ってきな」と返す。するとふたりはおずおずと入ってきた。


「藤吉郎さんは?」


「頭陀寺城のほう。松下嘉兵衛さんといろいろ話をしよる。石川砦の後始末のこと」


「そうか……。藤吉郎さんに任せておけば、手抜かりなくやってくれるだろうな」


「五右衛門が盗んだものも、いくらか砦にまだ残っとったよ。やっぱりあたしたちのお金を盗んだのはあいつやった」


「そうか。……それにしても五右衛門が盗んだお金、よく使われずに残っていたな?」


「銭は使われていた。しかし私たちは割符で取引をしていただろう。あれはそのままだった」


「そうか、割符は使ったり金にするのが分かりにくいからな。ただの紙に見えたのかもしれない」


 というわけで、五右衛門に盗まれた金と商品のうち、木綿針と和鋏は完全に叩き売られ、89貫650文は使われてしまっていたが、割符の分のお金2700貫は無事だった。



《山田弥五郎俊明 銭 2835貫0文》

<最終目標  30000貫を貯めて、銭巫女を倒す>

<直近目標  今川領に潜入し、情勢を探る>

商品  ・火縄銃       1

    ・パームピストル   1



「とりあえず、大金が無事でよかった」


「うん、これだけあったらまた交易や道具作りで儲けられるばい!」


 伊与とカンナは笑みを見せるのだが――

 そんなふたりに、俺はコホンと咳払いをして。

 そして、ついに切り出した。


「ところでふたりとも」


「「え?」」


「……今日のことを、というか旅立ってからすべてのことを聞きたいんだが」


 俺は、尋ねた。


「伊与もカンナも、なんだか旅立ちの日から変だぞ。やけに無口になったり、俺のことを変に気遣ったり。いったいなにがあったんだ? そういえば旅立つとき、大橋さんと話をしていたようだけど、あれはなんの話だったんだ?」


「「…………」」


 伊与とカンナは、顔を見合わせた。

 ――それから五秒ほど、黙って。


「いや、それはその」


「大したことはないとよ」


「そう、大した話じゃなかった」


「やけんくさ、オス猫とメス猫がニャンニャンするとかしないとか、そういう感じのどうでもいい話――」


「にゃんにゃん?」


 俺は思わず怪訝声を出す。

 するとカンナは「あ」と顔を赤くして、伊与が「こらカンナ!」と叫び声をあげる。

 それからふたりの少女は、揃って顔を赤くする。……いよいよ意味不明な状況だ。


「……言ってくれ。大橋さんから、なにを言われたのか。なんの話だったのか」


「だって、弥五郎。そりゃアンタ」


「言うんだ」


 気持ち強めに、告げる。

 すると伊与とカンナは、じっと押し黙り。

 耳まで赤くして、俺から目をそらしつつ――

 先に口を開いたのは、カンナだった。


「弥五郎。あのね」


「うん」


「まず聞きたいんやけど」


「どうぞ」


「弥五郎はあたしと、子作りしたいって思う?」


 ……………………。

 …………………………。


「……………………はあッ!?」

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