第23話 蜂楽屋カンナの告白

「弥五郎はあたしと、子作りしたいって思う?」


「…………はあッ!? な、なにを言い出すんだ!?」


 俺はさすがにキョドりまくった声を出し、カンナの大きな瞳を凝視した。


「だ、だって。……だって!」


 カンナは、その白い頬を朱色に染め、真っ青な双眸そうぼうを一直線に俺へと向ける。

 かと思うと、今度は正座をしたまま床に目を落として、チラチラと上目遣いにこちらを見ながら問うてきた。


「……どうなん? はっきり言いないよ。あたしに、子供。……産んでほしいち思う?」


「ど、どうって……」


 思わず、カンナの肢体を眺めてしまう。

 ふっくらとした胸元に、肉付きのいいお尻。かと思うとアンバランスな、細い腰回り。抜群のスタイルをこの目で確認しながら俺は――


 って、いやいやいやいや。

 な、なにを考えているんだ、この俺は。

 カンナは俺にとって、妹のような存在だ。そうだろう? 俺。


「い、伊与。なんとか言ってくれよ!」


 俺はかたわらの幼馴染に助けを求めたが、


「…………そう、だな……」


 これまた、彼女にしては珍しく歯切れの悪い言葉で、しかしやっぱり顔を真っ赤にしながら、こちらから目を背けている。

 本当になにがあったんだ、ふたりとも。


「……実はつまり、その。……私たちはな、津島から出るときに、大橋様から言われたんだ」


「言われた? なんて?」


「……山田弥五郎の血統を絶やしてはならないと」


 伊与は、ゆっくりと語り始めた。


 ――つまり、こういうことらしい。

 すでに50人の人間が集っている、神砲衆。

 しかしその実態は組織でもなんでもなく、頭目たる山田弥五郎の能力と人格のみによって統率されている。山田弥五郎に万が一のことがあれば、神砲衆は必ず崩壊する。

 しかし弥五郎に万が一があっても、子供さえいれば、その子を中心に神砲衆は結束し、まだしも組織として成り立っていくだろう。

 大橋さんは、そう言ったのだ。

 ……そして。


「その子供は、私かカンナか。あるいは両方が産めと大橋様は言ったのだ」




 ――そなたたち、今年で何歳になる? 17歳(数え年)か。もう嫁にいってもいい年頃じゃの。


 ――それだというのに婚姻もせず、ただ仲間たちと一緒にいるというのはいかがなものか。


 ――わたくしとて、若者の時代はあったゆえ、同世代の者同士で一緒にいる楽しさを否定はしない。気持ちは分かる。しかしそんな関係はいつまでも続かない。人間は大人にならなければならない。山田弥五郎はひとつの集団の頭目として、子供を作ってその集団を保っていかなければならない。


 ――幸い、そなたたちは弥五郎と気心も知れている。そなたたちが、弥五郎の妻としておさまれば、すべてがうまくいくのではないか? いまさら他の女が出てきて、弥五郎の妻になったりしたら、それこそ、そなたたちは複雑な気持ちになるのではないか?


 ――弥五郎が別の娘と婚姻しても、仲間として一緒にいられる、などとは思わぬほうがよい。そんなものは若者の妄想にすぎぬ。必ず男女の揉め事に発展する。疑うべくもない。人間は老いる。いつまでも純朴な少年少女のままではいられない。……ゆえにだ。


 ――伊与、カンナ。そなたたちのどちらか、もしくは両方が弥五郎と男女の結びつきを行ったほうがよい。あくまでわたくしの意見だが、しかし人生の先輩として忠告させてもらった。


 ――弥五郎本人に言ったところで、の者はまるで女性にょしょうに興味を見せぬ。おおかた「俺にはまだ早いし、伊与たちは仲間です」などと返してくるに決まっておる。ゆえにそなたたちに直接話をした……。




 鋭い……。

 俺は大橋さんの眼力に驚愕した。

 確かに俺に結婚の話などをしても、ましてその相手が伊与たちだと言われても、俺はウンとは言わなかっただろう。

 かつて藤吉郎さんに「伊与たちとはなにもなかったのか」とからかわれたときだって、俺は「あのふたりとは仲間だ」と返したのだから……(第二部第二話「村木砦の物見」)。


「…………」


 俺は思わず黙り込んでしまった。

 大橋さんの言い分は正しいと思う。

 仮にも数十人の集団のリーダーとなった以上、その集団を保つために努力するのはリーダーとして当然の役目だ。

 そして妻を持ち子供を作っていくことこそ、その集団を保つ努力のひとつであることは間違いない。

 その妻の立場に、俺と最も身近な女性である伊与とカンナを置くべきだという大橋さんの主張も、もっともだと思う。


 しかし――

 頭では分かるが、感情的には、なんというか……。

 伊与と、カンナと、あるいはその両方と結婚して子作りしろって言われても……。そりゃ一夫多妻制のこの時代だし、ふたり揃って妻にすることは、道義的にはなんの問題もないのだけれど……。


 思わず、目の前にいる美少女ふたりを凝視してしまった。

 幼馴染で気心が知れ、クールな口ぶりではあるけれども、いざというときはいつも俺に対して優しい伊与。

 明るくて賢くて、商売を始めた時からずっと俺のことを支えてくれ、さらに青山聖之介さんとの事件のときには、俺を気遣ってくれたカンナ。


 ふたり揃って魅力的だ。

 容姿も端麗。申し分ない。

 そんなふたりと結婚……子作り……?


「…………」


 ふたりをまじまじと見つめる。

 伊与たちも、もう満年齢換算で16歳だ。転生を認識したときや、出会った時のような子供じゃない。見目麗しい女性として、俺の目の前にいる。この女性ふたりが、俺の妻に? なんだかクラクラとした、めまいのようななにかを俺は感じた。


 結婚。

 ふたりと、結婚。ふたりと……。


「……ははは……」


 その時ふと伊与が、乾いた笑いを浮かべた。


「気にするな、弥五郎。大橋様が勝手にそう言っただけだ。どうかしているな。私と弥五郎が夫婦になるなんて……。……それこそ、幼いころからいっしょにいる私たちが、子供を作るなんてそんなこと。……ばかばかしい。……おかしいよな、まったく」


 笑みを浮かべつつ――

 しかし伊与は顔を真っ赤にし、眼をこちらから背けている。声もかすかに震えていた。


「忘れてくれ、弥五郎! 私もこの話は忘れる。カンナも忘れろ。そうだろう? 私たち3人、いままで通りでいいじゃないか。なあ?」


 静かな室内に、伊与の甲高い声が響く。

 風が吹いた。カタカタと、屋敷の中のなにかが揺れた。


「私はもう寝る。明日もきっと早いぞ。弥五郎とカンナも早く寝ろ。な、そうしろ――」


 伊与がそう言って、おもむろに立ち上がった。

 その瞬間だ。


「あたしは忘れてくれなんて言わんけん」


「「え?」」


 カンナのはっきりとした声に、俺も伊与も思わずぽかんと口を開けた。


「忘れるなんて無理やろ、こんな話。……真剣に……大橋さんは真剣に話をしたんやし、あたしだって、あれからずっと真剣に考えとった。そりゃ、いままでみたいにみんなで仲良く、仲間同士でやっていけたら、それでいいんやろうけど。……そういうわけにもいかんやろ」


「おい、カンナ――」


 伊与は、咎めようとする。

 だが、カンナは止まらず。


「弥五郎。あたしはアンタの子供、産んでもいいって思いよるよ」


「「……ッ……!!」」


 カンナのストレートな物言いに。

 俺と伊与は、揃って絶句した。

 目が思い切り開く。伊与は顔を赤くさせ、一筋、冷や汗をこめかみから垂らした。

 カンナは。――カンナ自身は、それこそ顔を朱色に染め、耳まで真っ赤になりながら。

 やがて、いたたまれなくなったのか。


「……それだけ、言いたかった、けん。……その、…………おやすみっ」


 それだけ言うと、すっくと立ちあがって。

 そしてそのまま、逃げるように部屋から出ていった。


「…………」


「……ま、待て。……カンナっ」


 伊与は、一瞬だけ俺のほうを見たが、しかしすぐに部屋を出た。

 カンナを追いかけたのだろう。俺も追いかけるべきだろうか。しかし身体がうまく動かなかった。


 部屋には、俺ひとりだけが残される。

 いや、残ったのは俺だけじゃない。

 先ほどまで部屋の中にいた、二人の少女の甘い残り香。

 先ほどのカンナの告白が、夢でもなんでもない事実だったと伝えてくる。


「…………伊与……カンナ……」


 やがて俺は、その場にあぐらをかいて目をつぶった。

 まぶたの裏に、幼かったころ、一緒に川遊びをした時の伊与が。

 あるいは出会ったときの、美しい金髪と笑顔を見せた時のカンナが浮かんだ。

 やがて、昼間の戦闘の疲れもあったのか、俺は眠ってしまったが。


 ――幼いころからいっしょにいる私たちが、子供を作るなんてそんなこと。……ばかばかしい。……おかしいよな、まったく。


 ――弥五郎。あたしはアンタの子供、産んでもいいって思いよるよ。


 ふたりの、妙に艶めかしい声が聞こえる。

 その晩、夢の中では何度も何度も、ふたりの声音が繰り返された。




 翌日。


「……よく眠れなかった」


 何度もまばたきをして、ため息をつく。

 なぜだか、あくびは出ない。肩がこっている。腰もずいぶんと痛い。


「……どう、しよう。……今日は俺……どういう顔でふたりと会えばいいんだよ……」


 ぶつぶつと、独りごちる。

 はたから見たら、ずいぶん不気味な姿に見えているだろうな、俺。

 ……そのときだ。部屋の外から女の子の声が聞こえた。ぎょっとしたが、それはあかりちゃんの声だった。


「お兄さん、もうお目覚めですか? 藤吉郎さんがいらっしゃっていますよ。お通ししてよろしいですか?」


「藤吉郎さんが? ああ、大丈夫だよ。通してくれ」


 藤吉郎さんが来たと聞いて、俺はむしろホッとした。

 いまはむしろ仕事がしたい気分なのだ。


「いよう、弥五郎」


 その藤吉郎さんが、どかどかと部屋に入ってきた。

 瞬間、おやっと思った。藤吉郎さんの着ている服が、ずいぶんといい衣服になっている。


「気付いたか、弥五郎。松下さまに戴いたのじゃ」


「松下さまに?」


「うむ。……実はのう、弥五郎。わしは松下家に、納戸役なんどやくとして奉公することになったのじゃ!」


「納戸役……!?」


 俺は思わず、すっとんきょうな声をあげた。

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