第24話 松下家納戸役・藤吉郎
「納戸役……!?」
俺は思わず、すっとんきょうな声をあげた。
納戸役とは、物品係といっていい仕事だ。
家中の品々――例えば食糧や衣服、消耗品等々――を管理し、出し入れし、あるいは調達に奔走する役目である。
「五右衛門退治をはじめ、陶器や硯売りの手配をした手柄が認められてのう。松下嘉兵衛さま直々に、今後も松下家のことを手伝ってほしいとのことじゃった。むろん商人も続けるぞ。むしろ、商人の仕事をしながら松下家の納戸役を務めることで、物品の調達に励んでほしい、とのことなのじゃ」
「そういうことですか。――では三郎さま(信長)の命令である情報収集も……」
「無論、続ける。……というより、松下家のこの役目に就けば、情報集めもよりたやすくなる。そう思うて、引き受けたのじゃ」
藤吉郎さんは、ニヤリと笑いながら言った。
なるほど、この人はさすがに抜け目がない。
「それでな、弥五郎。汝もいっしょに納戸役をやらんか。松下さまもそれをお望みじゃ。五右衛門討伐の手柄は、なんといっても汝が第一じゃったからの」
「それは、やらせていただけるならありがたいですよ。松下家の納戸役になれば、商いもよりはかどります。遠江を自在に動き回れますからね」
「よし、それなら決まりじゃ。めでたし!」
藤吉郎さんは、ニッコリと笑った。
俺はつられて笑いつつ――続けて、まったく別のことを問うた。
「そういえば、石川五右衛門の件はどうなったのですか?」
「ああ、それか。……五右衛門そのものは、汝も知っているようにあの場で討ち死に。やつの手下も、生き残ったものは皆、捕縛された。あとは飯尾豊前守さまがよきようにやってくださるとのことじゃ」
「なるほど。では一件落着、ということですか?」
「そうなるの。五右衛門一派に盗まれたもので、持ち主が分かるものは持ち主のところへ返ったし、あの砦も破却されることになった」
「……なるほど」
……ふむ?
俺は藤吉郎さんの答えにうなずきつつも、やはりなんとなく違和感を感じていた。
あの石川五右衛門がこんなにもあっさりと死ぬなんて。……あっけなさすぎる。
この件はまだ終わりじゃない。そんな気がした。
――しかしとりあえずいまは、松下家の納戸役の話に集中しよう。
「弥五郎、松下さまは汝と会いたがっておる。わしと一緒に頭陀寺城に来い」
「分かりました、行きましょう! ……あ」
俺はふいに思い出した。
考えるべきは、納戸役のことだけじゃない。
集中するべき話題は、もうひとつ……。
俺は、昨晩のことを思い出した。
「藤吉郎さん」
「なんじゃ?」
「伊与とカンナとは、今日、会いました?」
「伊与とカンナ? さっき台所の隣の部屋で飯を食っておったが」
「どんな感じでした?」
「どんなって……いつも通りに見えたがの。なんじゃ、ふたりとケンカでもしたのか?」
「あ、いえ……。……すみません、藤吉郎さん、先に頭陀寺城まで行っていてもらえませんか? すぐに後を追いますので」
「ふむ? ……分かった。では先に頭陀寺に行っておる。だが、なるべく早う参れよ」
「承知」
俺はそう言って、藤吉郎さんといったん別れると、伊与たちがいるという部屋におもむく。
その部屋に行くと、伊与とカンナとあかりちゃん、それに神砲衆のメンバーが10人ほど揃って、朝食を摂っていた。
「あ……」
「……」
俺が部屋に登場した瞬間、伊与が狼狽しているような顔を見せる。
逆にカンナは、なんだか落ち着いた様子で、
「おはよう、弥五郎」
と、澄ました声を送ってきた。
「あ、ああ。おはよう」
「今日のお味噌汁、すごく美味しいばい。冷めんうちに食べときんしゃい」
「……そうだな」
俺はうなずいて……すぐに首を振り、
「いや、それは無理だ。頭陀寺城に行かないといけない」
「藤吉郎さんとお仕事なん?」
「ああ、そうだ。ちょっと急ぎなんで、ここには顔を見せただけさ」
「そうなんですか! だったら、おにぎりをすぐ作りますね。これなら歩きながら食べられるでしょう!」
あかりちゃんが明るく言った。
その明朗な声音がなんだかありがたかった。俺は「頼むよ」と言う。
あかりちゃんがおにぎりを作っている間、伊与は食事を続けていたが――俺には分かる。なんとなく上の空だ。
明らかに目の前のことに集中できていない。顔も少し赤いし。昨日のことを意識しているのがはっきりと見てとれた。
いっぽうカンナは、言いたいことはすべて済んだとばかりに、なんとなく落ち着いた仕草で朝食を続けている。
……なんだろうな。なんというか、強さを感じる。どうもこう、大人の女みたいな雰囲気というか。……うむ……。
「はい、お兄さん。おにぎりみっつ、できましたよ」
やがてあかりちゃんがおにぎりを完成させたので、俺は「ありがとう」と言ってそれを受け取ると、藤吉郎さんのあとを追い、頭陀寺城へと向かったものである。
「やあ、梅五郎! 五右衛門退治のときは助かった!」
頭陀寺城に入るなり、出くわした嘉兵衛さんはニコニコ顔でそう言った。
「与助から聞いたよ。松下家の納戸役を務めてくれるそうだね。頼んだ。これからも商人として、また松下家の納戸役として働いてほしいな!」
嘉兵衛さんは、無邪気な瞳を見せている。
悪い気がするな。俺と藤吉郎さんの役目は今川領の偵察だ。この人を騙している形になるのはどうも気の毒だ……。
せめて商人として納戸役として、松下家に富をもたらそうと思った。せめてもの罪滅ぼしだ。よし、頑張ろう。
「お任せください。松下家に必要なものはなんでも取り揃えますし、松下領の物産はなんでも売りさばいてみますとも」
俺は、胸を張ってそう言った。
そういうわけで、俺と藤吉郎さんは松下家の納戸役となり働くことになった。
松下家に必要なものがあれば浜松の市場にいって調達し、または岡崎や尾張から取り寄せる。
例えば、
「三河の味噌1000が欲しい」
と、嘉兵衛さんが言えば、俺は岡崎に使者を飛ばす。
そして味噌を調達して松下家の納戸に入れるのだ。
もちろんボランティアではない。輸送の手間がかかるのだから、そこは銭をいただく。
俺たちが運んだ品は、仕入れた値の1.5倍で松下家に渡すことになった。
味噌は、岡崎で、ひとつ64文で仕入れられる。
これを松下家には、1.5倍の96文で入れることになる。
だから味噌1000だと、運ぶだけで32貫の儲けになるのだ。
これはなかなかおいしい。
《山田弥五郎俊明 銭 2867貫0文》
<最終目標 30000貫を貯めて、銭巫女を倒す>
<直近目標 今川領に潜入し、情勢を探る>
商品 ・火縄銃 1
・パームピストル 1
1.5倍は高値だという意見も、頭陀寺城内では出たらしいが、必要な品をキッチリ調達し、運んでくれるのはありがたいという嘉兵衛さんの意見のほうが勝ったらしい。そういうわけで俺たちの仕事は順調だった。
むろん、物品を運んで荒稼ぎしているだけではない。松下家のこまごまとした仕事を、俺と藤吉郎さんはふたりで頑張って勤めた。
頭陀寺城内にある無駄な部分を指摘してほしい、と嘉兵衛さんから依頼されたときは、俺たちは城内をくまなく探索し、夜間、意味もないのに灯っている火を消してまわったり、あるいは薪炭の費えを節約できないかと相談されたときは、これこそ藤吉郎さんの
まあ要するに俺たちのやっていることは、納戸役とはいうが、つまりは経営コンサルタントであり、相談係であり、なおかつ御用商人といったところだった。ただこの時代には、そういうものを総合して表現する言葉が存在しないし、よそ者の俺たちを突然大きな肩書きに就かせるのも変だから、納戸役ということにしたのである。
――そうこうしているうちに、あっというまに1か月が過ぎ、俺たちは遠江に馴染んでいった。
遠江の地理や政情についても明るくなった。藤吉郎さんはそのたびに駒かな情報を織田家に知らせる。これが織田信長の役に立つと信じて……。
いろいろあった伊与とカンナも、少なくとも仕事の間はいつも通りに接してくれる。
彼女たちの真面目さがありがたかったがが――甘えちゃいけない。
この問題はカンナの言った通り、早く決着をちゃんとつけないといけない。……俺はそう考えていた。
……結婚、か。
そんな生活を送っていたある日、嘉兵衛さんは俺と藤吉郎さんを呼び、そして言ったのだ。
「梅五郎、与助。えらいことだよ。大仕事が舞い込んできた」
「大仕事? そりゃ、なんですかの?」
藤吉郎さんがひょうきんな口調で言った。
嘉兵衛さんとだいぶん馴染んできた藤吉郎さんは、最近では、仮にも主従の関係でありながら、よく嘉兵衛さんに向けて冗談を言う。
そのたびに嘉兵衛さんはニコニコ笑うのだが――しかし今日はぴくりとも笑わずに、言ったのだ。
「
俺は、わずかに息を呑んだ。――武田太郎晴信。
それは、戦国時代を代表する名将、
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2巻の確約がまったくない作品です。
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