第23話 神砲衆、マカオへ

「銭だ、銭を稼ぐぞ」


 越中から畿内に戻ってきた俺は、秀吉と話し合った上で、とにかく銭儲けをすることを最大の目標とした。


 なんだ、いつも通りじゃないか、なんて伊与は言っていたが――


「これまでとはわけが違う。とにかく藤吉郎が物入りだ」


 まず第一に、四国征伐や佐々成政討伐のために銭が必要だったこと。


 第二に、間もなく秀吉は関白として、時の主上である正親町天皇おおぎまちと茶会を行うこと。これを禁中献茶と呼ぶが、そのために銭が必要だということ。


 第三に、東海の徳川家康がなお秀吉に敵対的であり、この家康をなんとかするために銭が必要だということ。


 第四に、……これは秀吉も知らない事実だが、いまから三ヶ月ほどあとに、日本の中部地方は大地震に襲われること。この地震から羽柴家や人々を救うためには、やはり銭であり、また米や生活必需品が必要になるということ。


 これらの事情のために、羽柴家も俺も銭が要る。

 そのためには、どうするか。


「日本の物を海外に向けて売ることやろうね」


 と、カンナは言った。


 大坂城内にある山田屋敷である。

 伊与、カンナ、五右衛門、あかり、次郎兵衛といったいつもの仲間たちと話し合っているのだ。


「この前、堺や京の商人たちと集まったことがあったろう?」


 あの事業者向けパーティーのことである。


「あのとき、いろいろ話したんやけどね。日本産の銀、鉄、胴、それに硫黄なんかは、マカオでようさばけるらしいんよ。あとは美術品や刀剣、槍、火縄銃なんかやね。このへんを、直接マカオまで運んで売りさばくのはどげんね?」


「簡単に言うけどさあ、どうやってそれをマカオまで運ぶのさ。うちら誰も、マカオになんか行ったことないんだぜ?」


 と、五右衛門が言った。

 するとカンナは瞳を光らせて、


「堺にはマカオと交易しとる商人がおるけん、その商人といっしょに船に乗って行ったらええと思う。あとは九州の商人よね。神屋さんや島井さんと連絡を取って、九州や博多の商人を通せば、マカオにだって販路を築くことはできるばい。……どうね? みんなはどう思う?」


「はあ、話が大きすぎて、あっしにはどうも理解できなくなってきたんスが」


「やっていることはいつもの交易と同じだろう。商売相手と、商う品物が違うだけだ」


「そう、その通りだ、伊与。……堺や九州の商人を抱き込んでマカオに向かい、鉱産物を売りさばく。だが、それだけじゃ面白くないな。逆にこちらも、マカオの品物を仕入れてきて、日本で売りさばくべきだ」


「そこも承知の上よ。マカオで手に入るのは、明国の生糸や織物、朝鮮の陶磁器、さらにシャム(タイ)や天竺(インド)から流れてくる鮫の皮、鹿の皮、象牙、胡椒、鉛、あとは蘇芳すおうやね。あ、蘇芳ってのは染め物に使う染料のことね」


 カンナは紙を取り出して、眺めながらペラペラと商品のことを流れるように解説していった。


 どうやら貿易のために色々とメモをしていたらしい。


「さすがだな、カンナ。よし、海外交易へ本格的に乗りだそう。明日にも堺へ出向いて、話をつけてきてくれ。五右衛門と次郎兵衛、カンナに護衛としてついていってくれるか」


「そりゃ構わねえが、弥五郎、あんたはどうするんだい?」


「俺は地震に備えて動く。相手が天災なだけに動き方が難しいが、とにかくなるべく死者を減らし、損害が出ないように立ち回ってみせる。……本来、未来の知識ってやつはこういうときに使うべきだからな。伊与とあかりは俺についてきてくれ。ここは二手に分かれるとしよう」


「心得た」


「わかりました」


 伊与とあかりは、揃ってうなずいた。




 その後、秀吉の禁中献茶は問題なくうまくいった。

 これについては、俺も銭を出したが、どちらかといえば千宗易のほうが活躍した。

 宗易はこのとき、宮中に参内するため居士号「利休」を勅賜される。


 このとき、千利休せんのりきゅうが誕生したわけだ。――利休は秀吉の献茶がうまくいくように、朝廷や公家衆、都の町衆を相手にうまく立ち回り、茶人秀吉、文化人秀吉のイメージを京の人々に植えつけた。じつに見事な動きであった。


 その次に、秀吉に降参した四国の長宗我部元親と越中の佐々成政についてだが、まず長宗我部は羽柴秀長、黒田官兵衛、蜂須賀小六らを取り次ぎとして上洛。秀吉と面会し、正式に降伏した。


 その後、長宗我部は土佐一国だけの大名となり、四国は秀吉の家臣たちのものとなる。その中でも阿波国は蜂須賀小六の息子、蜂須賀家政のものとなった。


 秀吉自身は、蜂須賀小六に阿波国を与えるつもりだった。


「小六よ、長年の骨折り、まったくご苦労。阿波一国を汝には与えよう」


 しかし蜂須賀小六はかぶりを振って、


「息子にあげてくださいませ。オラはいつまでも、関白殿下のおそばにお仕えしたく」


 かつて兄貴分だった小六のこの言葉には、秀吉も感激したらしく、では阿波国は蜂須賀家政に、ということになった。


 次に佐々成政は、所領のほとんどが前田利家の息子、前田利長に与えられることとなった。佐々家は一気に衰退した。


 だが、ここで俺が秀吉に主張した。


「越中の海産物や農産物が、都でよく売れる。だから越中のことで佐々内蔵助に助言が欲しい。神砲衆の助言役として内蔵助をくれないか」


 これは嘘ではなく、越中を羽柴経済網に取り込むために本当に必要だった話なのだが、秀吉はちょっと苦笑いを浮かべて、


「まあ、そうすることが弥五郎にも内蔵助にもよかろうな」


 とだけ言って、この話を許してくれた。

 そういうわけで佐々成政は、俺の助言役となった。

 成政は、俺の前に現れて「かたじけない」とだけ言った。


「気の向いたときにだけ、神砲衆に顔を出してくれ。マカオに輸出する火縄銃や硫黄の検品作業を手伝ってくれたら本当に助かるし、新しく入った家来に、鉄砲の使い方を教えてくれると、なお助かる」


「……うむ」


 佐々成政は、微笑を浮かべてうなずいたものだった。




 こうして、俺と羽柴家は禁中と結びつき、有力大名を従え、また海外交易にまで手を出し始めた。


 カンナは堺で、マカオ行きの船を一隻、借り入れることに成功。


「来月にもマカオに行くそうばい。この船に商品を載せてマカオで売れたら大もうけよ、弥五郎」


「よくやったぜ、カンナ!」


「うふふん。やろ? やろ? もっと褒めて! ……ねえ、それでさ。あたしは五右衛門と次郎兵衛を連れて、マカオに行くつもりなんよ」


「カンナが? じきじきにか!?」


「そら、これから商いをやろうってときに人任せにはできんやろうもん。現地に乗り込んで、うちの扱う品物をマカオの人たちに売りこまな!」


「もっともな話だが、カンナが直接、マカオに……」


 いくら五右衛門と次郎兵衛がいるとはいえ、怖い気もする。

 そこで俺は言った。


「俺も行こうか」


「え、弥五郎も!? ……そら嬉しか。けど、無理よ。もしあんたになにかあったら、藤吉郎さんが困ろうもん」


「そうッスよ、アニキ。ここはいったんあっしらに任せて、マカオが大丈夫そうならアニキが行くのがスジっす」


「それに、大地震がこれから起きるんだろう? だったら藤吉郎さんについててやれよ」


 次郎兵衛と五右衛門まで。


「心配せんで。無事に帰ってくるけん。あんたは日本のほうをお願いするけんね」


 カンナはニコニコ顔であった。

 俺としてはまだ不安だったが、確かにこの商務はカンナでないと務まらない。

 五右衛門たちも一緒なら……。


「よし、じゃあ任せた。けれど無理はするなよ、いいな!」


「かしこまり! ……うふふ、楽しみっ。マカオばい。マカオにいけるっ!」


 カンナはどこか浮かれ気味であった。

 博多商人だった父親の血だろうか。海外に行きたいのかな。


「……そういえば、博多商人のほうはどうした? 神屋さんたちと、連絡がついたかな?」


「ああ、それやけどね。文を送ったんやけど返事がこんのよね」


「まだ揉めているのかもしれないぞ。九州はいま、薩摩の島津氏が北上して、大友氏と抗争中だからな。博多のほうも返事どころではないのかも……」


 伊与が落ち着いた声で言った。


 これだから、いくさは困る。交易をしよう、商売をしようというときに、手紙ひとつ、まともに届かなくなる。


 そこで俺はふと思い出した。

 あの、飯尾家の未来みく

 俺を深く恨んでいたあの女性がいま博多にいるらしいと、松下嘉兵衛さんが言っていた。


 いまも博多にいるのだろうか。

 いるとしたら、なぜ博多にいるのだろうか。

 分からない。分からないが……。


「……俺はいまから大坂城に向かう。マカオ交易の件で藤吉郎に報告してくるからな。そのとき、博多のことも少し話題にしてみるよ……」




「カンナがマカオに行きよるか。話の大きいことよ。我が国の産物がどれほど売れるか、結果が楽しみよのう」


 大坂城で俺を前にした秀吉は、カンナの行動力を讃えた上で、


「そして博多のことじゃがな」


 と、話題を変えて、


「薩摩の島津が、どんどん九州の北に向かってきておる。それで島津と敵対している大友氏がわしに助けを求めてきおった。……わしとしても、九州が慌ただしいのはあまり嬉しくない。そこで島津に惣無事令(停戦命令)を出すことにした」


「島津が従うだろうか……」


 従うはずがない。

 というか、従わない。

 のちの歴史を知っている俺だけに、それは分かっているが。


「従わねば、討つ。……と言いたいところじゃが、徳川の動きも気がかりじゃ。徳川め、次男坊(結城秀康)をわしの養子にしておきながら、わしに刃向かう動きを見せよる。血も涙もないことよ。……さて、徳川を叩きのめすかどうか、わしとしては悩んでおるが……のう、弥五郎」


「なんだ」


「駿河に娘のいつきがおったろうが。あそこにふみを出さんか?」


「なぜ、いきなり。なんのために……」


「父親が娘に文を出すのに、理由なんぞいるかよ。近況の報告でもしたらいいんじゃ。カンナがマカオに商いにいく、わしが主上と茶を飲んだ、わしが九州に惣無事令を出す、佐々内蔵助が神砲衆の手伝いをする――などなど」


「全部じゃないか。……使いは出せるが、腕のいい忍びを使わないと、徳川に捕まって文を取られるぞ――いや、まさか!?」


「はは、そのまさかよ。文は樹に届かずともよい。わざと徳川に渡せ。徳川に、こちらの動きを教えてやるのよ」


「脅し、というわけか。マカオとの交易、みかどとの茶会、惣無事令に、佐々内蔵助はもはや完全に羽柴の配下という情報を徳川にあえて漏らすのか」


「徳川は焦るじゃろうよ。……それで戦にならず、完全に降伏してくれるならば、わしとしては言うことなし。うふっ」


 さすがの秀吉だった。

 智謀においては、俺の敵うところじゃない。


「見事だな、藤吉郎……」


「わしはただ、現状を徳川どのにお伝えするだけよ。はっはっは……」




 俺は使者を使って、樹に手紙を出した。

 だが数日後、使者が俺のところへやってきて、


「申し訳ございません。文は確かに樹さまにお届けしましたが、その前に、徳川の兵に一度、文を奪われ、中身を見られてしまいました」


 すべて秀吉の考え通りだ……。

 これで俺の手紙の情報は、家康と、徳川家の上層部に知られたことだろう。


「構わない。むしろこの時期によく駿河まで行ってくれた。礼を言う」


 俺は使者に、褒美として小粒の銀を手渡した。


 さて……。

 このあと、どういう展開になるか。

 俺の知っている歴史通りになるのか、それとも。


 カンナは昨日、五右衛門と次郎兵衛を連れてマカオに旅だった。

 そちらのほうも気がかりだが……。




 それから半月後。


 徳川家康の重臣である石川数正が、徳川家を見限って出奔。秀吉の前に現れた――

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