第4話 洛外奇襲戦

 京の都へは、なお遠い。

 しかし街道沿いには、さすがに京へ向かう道筋というだけあって、旅人用の商店や宿がいくつか立ち並んでいた。

 その宿の近くに、俺たちが待機していると、石川五右衛門がやってきて、


「あの連中は『花屋』って宿に泊まっているよ。斎藤家の者なのは間違いないね。主だった連中の名前は、小池吉内、平美作、近松頼母、宮川八右衛門、野木次左衛門――」


「よくそこまで、調べたものだ」


 兵蔵さんは、目を見開かせて驚いた。

 ほかの織田家の家来たちも、仰天している。

 だが、五右衛門の力を知っている俺と伊与とカンナ、それに次郎兵衛は驚かなかった。


「なに、やつらの中で一番若い男に、ちょっと尋ねてみただけのことさ。まだ剃り跡も青い若侍――年は12、3歳くらいかね。ほとんど童だったからね。甘いお菓子を手渡せば、なんでもペラペラしゃべりやがるよ。『湯治にでも来たのかい?』って尋ねたら、『自分たちは美濃から、織田上総介さまを討ちにきたのです』なんてばらしちゃってさ」


「そこまで分かったのか! ううむ、見事だ、石川殿」


 兵蔵さんは目を丸くした。

 五右衛門はその様子を見て、照れたように笑う。

 それにしても、これで斎藤家の人間が信長を殺しに来たことは分かった。それもおそらく、鉄砲を用いた方法で……。


 しかし五右衛門。若い侍をお菓子で釣って情報を得たっていうけれど――

 たぶんその侍、お菓子に釣られたんじゃないと思うぞ、と、俺は五右衛門の肢体を眺めながら考える。

 日に焼けてはいるが、むっちりとした艶めかしい彼女の肉体は、なんというか、思春期を迎えたばかりの少年にとってはずいぶん刺激的だっただろう、と思うのだ。もっとも五右衛門はそんなこと、考えてもいないと思うが……。


 伊与やカンナに負けないほどの美女だというのに、五右衛門は自分の魅力にかなり無自覚だ。すでに二十歳も超えていて、この時代の感覚で言えば十二分にいい大人なのに、浮いた話ひとつない。「うちは一生、ひとりで生きる」なんてうそぶいている。


 まあこのへんは、本人の性格にもよるだろうが、父親がアレだったので、家庭とか夫婦ってものに対して憧れをもっていないのかもしれない。……なんにせよ、俺がどうこう言うことじゃないしな。


 ともあれその五右衛門が得た情報で、いよいよハッキリした。

 斎藤家の人間が信長を狙っている。俺たちはそれを阻止しなければならない。


「どうする、弥五郎。ここで一戦交えるか?」


「……そうだな」


 俺は、少し考えた。

 俺たちは10人。敵は30人。まともにぶつかれば分が悪い。

 寝込みを襲うことも考えたが、宿の人や他の宿泊客に迷惑をかけることも避けたい。


「――だから、やるんだったら、明日だ。やつらが街道を進んでいるときに襲う」


「奇襲ってことですかい? しかしアニキ、やつらだって歩くときは警戒しているッスよ。襲ってうまくいきますかい?」


 次郎兵衛の言葉はもっともだ。

 俺はうなずいた。うなずきつつ、


「まあ、いい道具があるんだ。ここはひとつ、山田印の武器を信じろ」


 そう言った。


「多勢を片付けるのに、いい武器があるんだよ」


「……なるほど」


 すると隣にいた伊与が、ニヤッと笑った。


「そういうことか、弥五郎」


「そういうことさ」


 俺も、ニヤリと笑った。



 翌日は、雲が低かった。

 風は乾いている。雨は降らないだろうが、あたりはやや、薄暗い。

 斎藤家の一行は、京へ向かって、西へ、西へ。整然と進行している。


 その一行を狙うのは、俺たちだ。

 田園地帯の中にある、小さな森の中に、伏せている。


 俺が。

 伊与が。

 カンナが。

 次郎兵衛が。

 五右衛門が。


 火縄銃を、構えていた。

 このころになると、伊与も次郎兵衛も五右衛門も、俺の指導によって、それなりに銃が使えるようになっている。


 狙いを、定める。

 目標はむろん、斎藤家の一行だ。


「――よし、撃て」


 俺は、低い声で命じた。

 いっせいに、銃口が火を噴く。


 どっ、どっ、どっ、どっ、しゃああああん……!! ぱああっ!!


「うおっ! て、敵か!?」


「な、なんだ!? ぐあっ!!」


「げほっ、げほっ……うう、おおっ!?」


 斎藤家たちは、次々と倒れこみ、せき込み始める。

 さらに、砲撃を続ける。敵は、30人は、その場に突っ伏し始めた。


「よし、いまだ! いっせいに生け捕りにしてしまえ!」


 俺たちの横に伏せていた、兵蔵さん以下、織田家の5人がいっせいに網をもって飛びかかった。

 地べたに転げまわっていた斎藤家の面々は、次々に縛られ、捕らわれていく。じたばたと暴れているが、反撃はできない。


「やったな、弥五郎」


 伊与が笑みを浮かべて言った。


「新しい弾の効果は、てきめんだな」


「まあね」


 俺は、ニタリと口角を上げた。


 俺たちが今回使った武器は、散弾だ。

 そう、かつてシガル衆が大樹村を襲ったときに、俺が即興で作り上げたもの。

 基本的には、あれと同じ仕組みである。――ただあのときは、砂や小石を詰めた散弾で、敵を驚かす程度の効果しかなかった。散弾が広がる範囲だって、たかがしれたものだった。


 今回は違う。

 砂や小石の代わりに、灰と山椒と、そしてヒハツを詰め込んでいる。

 砂や小石が広がるのでは、敵を驚かす程度の効果しかないが、灰が広がることで敵の目をくらまし、さらに山椒やヒハツが広がることで、敵の呼吸器系にダメージを与えることができる。


 すなわち、今回使ったのは、俺流の催涙弾ってところだ。

 唐辛子やコショウでも入っていれば効果はなお抜群だったのだが、この時期の日本には、まだそれらはほとんど伝来していない。九州の一部や、堺などの先進地帯に行けば多少は手に入るかもしれないが、どっちにしろ高すぎて武器に使うには適さない。


 いっぽう山椒は縄文時代から日本に存在するし、ヒハツも奈良時代に日本に伝来したものだ。当然、戦国時代でも手に入る。

 そこで俺は、いずれこんなこともあろうかと、催涙弾を武器として作り上げ、準備していたというわけだ。


 斎藤家の30人は、全員捕縛できた。


「斬るがいい!」


 斎藤家の侍のひとりは、涙目になって(山椒のせいであって、悲しくて泣いているのではない、と思う)叫んだ。

 しかしそうはいかない。ここまできたら、彼らの処分は信長が決めることだ。


「ここまで来たら、京の都はもうすぐそこだ。ひとまず、そこまで一緒に行こう。お前たちの処分は、それから決める」


 俺はそう言った。

 敵の侍たちは、憎悪のまなざしを俺へと向けてくる……。




 京に着いた。

 応仁以来、何度も焼けてきた日本の中心――

 しかしさすがに、都の中心部は再建が進み、人々も多く行き交っている。


「ついに来たな、京の都」


「さすがに賑やかやねえ。こういうところは大好きばい」


「カンナは、京に来たことはねえの?」


「なかよー。堺みたいに沿岸部の町なら、行ったことあるんやけどねー」


「……ノンキに感想言い合ってるなあ、お前ら」


 俺はジト目を彼女たちに送った。

 俺たちはいま、観光どころじゃない。斎藤家の面々を連行しているのだ。

 縄で縛った人間たちをズラズラ連れているのだから、目立って仕方がない。通行人がこちらを見てくる。


「分かっとうよー。油断はしとらんけん、安心しんしゃい」


 確かにカンナは、リボルバーの銃口を敵に向けたままだ。

 伊与も刀から手を離していないし、五右衛門も着物の懐に手を突っ込みっぱなしである。短刀でも持っているのだろう。なんだかんだで伊与たちも修羅場慣れしているのだ。


 俺たちは、京の人々の中をかいくぐり、斎藤家の面々を連行して、二条の蛸薬師というところまで移動した。

 このあたりに、宿があると言う。織田家の人間が上洛したときに使う定宿のひとつなので、使うべし、という通達をいただいていた。――やがて「ここだ」と兵蔵さんが言った。左右の門扉に、刀で削ったようなあとがある、大きめの宿屋だった。


「この削ったあとが、目印なのだ」


 と、兵蔵さんは続けて言った。――そして兵蔵さんは、


「上総介さまも、近日中に京に参られる。斎藤家の者どもは、それまで、この宿に捕らえておくとしましょう」


「分かりました。――上総介さまはいつごろ参られましょう」


「2、3日の間に来られるはずです。……しかし山田どの、お見事ですな。さすが上総介さまや大橋さまより信任厚きお方だけはある。お手並み、誠に感心いたしました」


「いや、俺などは……」


 兵蔵さんの賞賛に、俺は照れて頭をかいた。

 それで気を良くしたわけじゃないだろうが、隣にいたカンナが「ねえねえ」と声をかけてくる。


「せっかく京まで来たんやから、商いもやっていきたかね。津島に持って帰って売れそうなものがないか、調査をしてみらん?」


「ああ、そうだな。そうしよう」


 俺は、笑顔でうなずいた。






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第2部の最終話をちょっとだけ加筆しました。

話の流れそのものは変わっておりませんが。少しだけ……。

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