第32話 もののふ一生の業

 津島の町中である。


「焙烙玉を作るのは、そう難しくない。陶器の中に黒色火薬と、縄を入れる。そして陶器の口から、縄をニュッと出せば完成だ。――縄に火を点ければ、陶器の中の火薬に火がついて、ドッカーン! ……火の勢いと、破裂した陶器の破片が、敵を攻撃するってわけさ」


「陶器はどういうのがいいの?」


「火薬を詰められるなら、まあなんでもいいっちゃいいんだけどな。本来は食器の焙烙を使うんだ。だから焙烙玉っていうんだけどな」


 カンナとふたりで、テクテク歩きながら話す。


「で、さしあたって試作品の焙烙玉1を作るのに、陶器1、黒色火薬1、縄1が必要だと思う。そして黒色火薬は店のものを買うよりも、また素材を集めて自作したほうが安いだろうな」


「なら陶器はもうあるけん、必要なんは火薬1と縄1やね。縄はあたしが買うてくるけん、弥五郎はまた材料を集めて、火薬を作りんしゃい」


「そうだな。役割を分担しよう」


 こうして、俺はカンナと別れ、火薬を作るために動きだす。


 火薬を作るのに必要なのは、炭と硝石と硫黄だ。

 炭はあるから、硝石と硫黄を買いにいこう!

 俺は、津島の町を駆けだした。




「え、硝石がない!?」


 商家の前で、俺は思わず叫んでいた。

 前回、硝石を買ったお店におもむくと、なんと品切れしていたのだ。


「ひ、ひ、ひ。ごめんねえ。やっぱりあれは貴重品だからねえ、なかなか、ねえ。ひ、ひ、ひ」


 ……参ったな。

 これじゃ火薬が作れないぞ。

 装備している革袋の中に、わずかな火薬はあるんだけど、これだけじゃ焙烙玉は作れないし、うーん。

 ふつうに火薬を買うか? でも、あっちだと高いんだよなあ。

 悩みながら歩いていると――どんっ。


「おっと!」「わっ、すみません」


 誰かにぶつかった。

 反射的に謝りつつ、顔を上げると、


「山田!」「滝川さん!」


 なんと相手は、立ち去ったはずの滝川さんだったのだ。




 それから俺は、和田さんから引き受けた仕事のことを話した。


「そうか、伝右衛門のための焙烙玉か。で、硝石がない、と。……なるほどなあ」


 滝川さんは、何度もうなずき、


「それなら、オレが持っている火薬を少し分けてやろうか? 大した量じゃないが、いまお前が持っている分と合わせりゃ、焙烙玉1発分の量になるだろ」


「え? い、いいんですか!?」


「ああ。しばらく鉄砲を使うこともなさそうだしな」


「あ、ありがとうございます。おいくらですか?」


「いらねえよ、金なんて」


「そういうわけにはいきませんよ」


「……じゃあ、そこの酒屋で売っているどぶろくをおごってくれ。それでいい」


「お酒ですか。あかりちゃんが泣きますよ」


「泣かせとけ」


 滝川さんは、ニヤニヤ笑った。



《山田弥五郎俊明 銭 18貫442文》

<最終目標  5000貫を貯める>

<直近目標  和田惟政に焙烙玉の試作品を見せる>

 商品  ・火縄銃   1

     ・陶器    3

     ・炭    17

     ・早合    2

     ・小型土鍋  1

     ・米    15

     ・黒色火薬  1



 300文を使って、どぶろくを3本購入し、滝川さんにプレゼントした。

 その代わりに、滝川さんから黒色火薬を貰い、俺が持っていた分と合わせた。

 これで焙烙玉1回分の火薬になった。これでよし。


 というわけで、滝川さんの家である。

 小さな家に、滝川さんはひとりで住んでいた。

 広さは4畳半くらいだろうか。床は畳じゃなくて板張りだけど。


「しかし山田、おめえも頑張るよな。イノシシを倒して、佐々と商売やって、すぐにもう伝右衛門と取引か。よく動くもんだ。オレには真似できねえよ。大したもんだ」


 滝川さんは、どぶろくをグイグイ飲みながら言った。

 肴は、滝川さんが持っていた魚の干物である。

 干物は俺の分もある。もっとも俺は酒ではなく、白湯を飲んでいたが。


「滝川さんだって。侍の家を出て、甲賀の里で忍びの修行を積んだのでしょう? すごいじゃないですか。それこそ真似できませんよ」


「伝右衛門のやつ、しゃべりやがったな。……仕方ねえやつだ」


 滝川さんは、ちょっと渋面を作ったあと、言った。


「オレはすごくなんかねえ。まったく、すごくなんかねえ。こうして飲んだくれていることからも分かるだろ。……オレはな、侍も鉄砲撃ちも忍びも、全部務まらなかった半端者なんだよ」


「…………」


「山田よ。オレがなんで伊勢の実家を出たか、知りたいだろ?」


「……まあ……」


「へへ。だが言っておくがつまらん話だぜ? ……数年前の話だがな」


 滝川さんは、せせら笑いを浮かべながら語った。


「そのころオレは、伊勢の実家で侍大将を務めていた。いずれは天下に名をとどろかす侍になろうと夢見ていたよ。――だがある日、オレは親父から命令を受けたんだ。『河内国(大阪府東部)に住む高安四郎たかやすしろうという男を殺せ』と」


「高安……四郎」


「名前は覚えなくていいぜ、すぐに終わる話だ。……つまりだ、オレは親父の命令でそいつを殺したんだな」


 ごくあっさりと、滝川さんは言った。

 あまりにもあっけらかんと言ったものだから、思わずむせた。

 口中の干物が、やけに辛い。


「あっさりと殺やれたぜ。そいつがよく参拝している神社の中に忍び込んでだな、で、柱に穴を開けて、その穴に鉄砲をぶちこむんだ。――そして高安が参拝に来たところを、バーン。……一発死。暗殺完了。それで終わりだ。高安はなぜ殺されたのか、それさえもオレは知らない。知らなくていいと思っていた。滝川家の頭領たる親父の命令には絶対服従。オレ個人の意思などいらない。それでいい。そう思っていたんだ」


「…………」


「だが、な」


 滝川さんは、そこでどぶろくをぐいっと飲み干した。

 かと思うと、また次のどぶろくに手を伸ばし、さらにグイグイやり始める。


「高安の野郎、その日はたまたま、娘といっしょに参拝に来てたんだな。3歳か4歳かそこらだったか。……その娘がよ、ワンワン泣くんだわ。……父上、父上、父上、ってさあ。……繰り返すんだよ。父上、父上、父上、父上、父上、父上……。それだけを、繰り返すんだ。……繰り返すんだ」


 グイ、グイ。

 どぶろくが、ますます進んでいる。


「こりゃ、もののふの家に生まれた者の一生の業ごうだなと、オレは思っていた。いや、いまでも思っている。……だけどよ」


 グイ、グイ、グイ。

 ……グイッ。


「理性と気持ちは別なんだわ。頭では分かっていてもさ、お前。……子供の前で親を殺す。泣きわめく子供。……ありゃいけねえよ。 父上、父上、父上、父上……。いまでも耳に焼きついて、離れねえよ。たまんねえんだ……」


 滝川さんは、泣いてはいない。

 ただ、わずかに目が赤くなっていた。


「けっきょくそれ以降、親父となんだかうまくいかなくなってな。オレは家を飛び出した。それから鉄砲撃ちになろうとしたり、忍びでメシを食おうとしたが、どれも長続きしねえ。……人間を殺そうとすると、あのときの――父上、父上、父上――あれが耳によみがえってくるんだ」


 グイッ、と飲もうとして、滝川さんはまばたきした。

 とっくりの中はもうカラッポだったらしい。

 ちっ、と舌打ちする。

 干物を、かじる。


「ま、こういう話だ。どうだ、つまんねえだろ。こうしてどこにも居場所がなくなったオレは、津島で飲んだくれ、博打を打って過ごしてるってわけだ。へ、へへへ」


「……滝川さん。――それで和田さんに、滝川久助は死んだと思え、と……」


「へ、へへへ。……そんな顔をするなよ、山田。けっきょく、オレの心の弱さなんだよ。こんな時代に甘っちょろ~いことを言って、酒でも食らうしかできない男。心が死んだ男。それがオレなんだよ」


「滝川さん」


 風が吹き、建物がガタガタと強く震えた。

 12月の冬は、身に染みるほどの寒さである。

 干物は、ますます塩辛い。

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