第22話 津島到着、そして

 津島への道を、テクテク歩く俺とカンナ(と馬一頭)。


「ふふっ、うふふっ」


「嬉しそうだね、カンナ」


「そりゃそうよ~。だって久しぶりに誰かと旅をしとるんやもん!」


 マントをヒラヒラさせながら、白い歯を見せる金髪少女。

 マントの内側には、小さな袋がいくつかくっついている。

 変わったマントだな。おじいちゃんかお母さんが使っていたものかな?


「あたし、ひとりでおることのほうが少なかったけんね。誰かと一緒のほうが落ち着くとよ」


「そうか。お父さんと旅をしていたんだっけ」


「うん。おっきな船に乗ってねえ、お父さんと……。あとは、お父さんの部下の人とも――」


 と、そこまで言ってカンナはちょっとだけ目を伏せた。


「まあ、みんなおらんくなったけどね」


「みんなって、部下のひとが?」


「うん。お父さんが病気になったって話はしたやん? 部下のひとたちも最初は看病しよったんやけどね。……病気はちっともよくならなくて。全身にブツブツがどんどんできて、お腹がぷくっと膨らんで」


「ブツブツに、膨らみ……」


「変な病気やろ? いまだになんの病気やったかよく分からん。そんでね、そのうち誰かが『これはうつる病気じゃないか』って言い出して。――そこからは、もうだめやった。部下のひとたちは、ひとり、またひとりってどんどんいなくなっていって。……しまいには一番信用しとったひとまで、蜂楽屋の船を奪って逃げちゃったし」


「逃げた? 船まで奪って?」


 それはまた派手な――

 と思って、俺はふと思い出した。

 こういう逸話があるのだ。



 ある廻船商人かいせんしょうにん(船で各地を回る商人)が旅の途中、尾張で病にかかった。

 その商人に仕えていた奉公人たちは、最初こそ商人の面倒を見た。

 しかし、やがてひとりの奉公人が欲にかられた。

 そして彼は他の奉公人や、金で雇った船乗りと示し合わせて、商人の船を分捕ってどこかへと逃げてしまったのだ。

 残された商人は、奉公人への怒りのあまり、病状をさらに悪化させ、最後はついに死んでしまった。

 奉公人たちは、九州のほうまで逃れたが、その後の行方は知れないという。



 この話は、戦国時代のいつごろの話か時期が不明瞭で、史実かどうかも定かでないと言われている。

 だが、カンナの話と奇妙な整合性がある。

 もしかして、この逸話の商人はカンナの父親なんだろうか?


 ……分からない。

 分からないといえば、カンナのお父さんの病気もよく分からない。

 全身のブツブツにお腹の膨らみ? 想像もつかない。


 ――ただ、ひとつだけ言えることがある。

 彼女はきっと、大変だったということだ。


「カンナ、大変だったな」


「ん。……あはっ。そんな目でみらんでよ。あたしはさ、その。……これからやって思っとるけんさ! 弥五郎と出会って、これからまた頑張っていこうって、そう決めたんやけん!」


「…………そうだよな。これからだよな」


「そうそう、これからよ!」


 誰かと話をしていると、不思議だ。

 まだなにも始まっていない、先の展望さえ見えない自分の人生にも、なぜだか勇気が湧いてくる。


 そうだ、これからだ。

 なにもかも、これからなんだ。

 ……せめて気持ちは前向きにいこう。


「あっ、弥五郎。あれ――」


 と、カンナが指さした。

 はるか彼方に、街並みが見えてきている。


「津島だ」


 俺は、そう言った。




「ひゃあ、賑やかだな……!」


 到着した津島の町は、加納市場以上の活気に満ち溢れていた。

 港町でもある。海のほうには、大きな船が何十艘と停泊していた。

 町中は大量の人が行き来している。数多くの店が立ち並び、呼び込みの人が通行人に呼び込みの声をかけている。

 かと思うと、


「わっせ、わっせ」


 などと、やたらガタイのいい男たちが、米俵を担いで、どこかに向かって走っていった。


「あの米、どこに持っていくんだろうなあ」


「さあねえ。もしかしたら織田家かもしれんね」


「ああ、ありえるな。織田と津島は縁が深いから」


 織田家は、信長の祖父、織田信定の代から津島とパイプを作っている。

 昔から津島は尾張随一の商業港だったが、その経済力に目を付けた織田信定は津島を攻め、これを支配下に置いたのだ。

 そして船が出入りするたびに関税(通行税)を徴収し、また裕福な商家からは冥加金(売上税)を取った。その結果、織田家は莫大な収益を得ることになったのだ。織田家が戦国時代になって大きく躍進した理由のひとつはそれだ。


「で、弥五郎。津島に来たはいいけれど、これからどうするつもりなん?」


「そうだな。とにかくいまある持ち金と商品を使って、金儲けをするのが一番の課題だ。そうしなきゃ飢え死にしちまう」


「そら、そうやろうけど。そもそもアンタ、いまどれくらいお金と商品があるん?」


「これくらいだ」



《山田弥五郎俊明 銭 5貫300文》

<目標  5000貫を貯める>

 商品  ・火縄銃   1

     ・陶器    3

     ・炭    20

     ・早合    4

     ・小型土鍋  1



「わー、この銃、ずいぶん使いこんどるね?」


「父ちゃんの形見なんだよ。……しかしこれ、どこで手に入れたんだろうな」


 道中で手入れしたときも思ったが、お世辞にも上質な鉄砲ではない。

 火縄砲といってもピンキリあるけれど、この銃はハッキリ言ってキリのほうだな。父ちゃんには悪いけど。


「この陶器のツボは、瀬戸で作られているやつかね?」


「瀬戸? ……ああ、そうか」


 尾張の東部に瀬戸という土地がある。

 陶器作りで有名で、瀬戸物、なんて言葉は21世紀まで残ったほどだ。


「俺の村は瀬戸から近いからな。そりゃ瀬戸のツボくらいあるか」


「やけど、これもあんまり上物やないね。ひとつ30文ってところかいな」


「いいものは、シガル衆が奪っただろうしな。たぶんこいつは、瀬戸から貰ってきた安物か失敗作あたりだろうな……」


 ツボを見ながら、俺は言った。


 故郷の大樹村がシガル衆に襲われたことは、道中でカンナに教えてある。

 彼女はシガル衆の蛮行に怒り、嘆き、俺の境遇に同情もしてくれた。


 ――そんなやつら、絶対に許せんよね!


 目を剥いて、怒りの感情を見せてくれたのだ。

 自分だって大変だっただろうに、それでも人の境遇に悲しみを感じられる彼女に、俺は好感をもった。

 カンナには、幸せになってほしい。


 俺は気付いていた。

 町に入ってから、人々がうろんげにカンナの顔をじろじろ見ていることを。

 いちおう金髪は、カンナが持っていた布をかぶって、隠しているし、マントも折りたたんで手に持っているのだが。

 しかし顔立ちが白人だ。どうしたって彼女は、目立ってしまっていた。

 クォーターでここまでハッキリと白人の顔立ちなのも珍しい気がする。

 隔世遺伝、ってやつかもな。


「……カンナ、危険を感じたら言えよ」


「……うん、ありがと。あたしは大丈夫だから」


 強がるカンナだったが、その笑顔とは裏腹に、やはりどこか傷付き、かつ怖がっているのがハッキリと分かる。

 なんとかしてあげたい。いまの自分に力がないのが恨めしかった。


 ――ところで、そろそろ太陽が西に沈みかけている。


「とりあえず、今日はもう、宿にでも泊まるか?」


「そうやね。お馬さんも疲れとるやろうし」


 カンナが、馬の首をそっと撫でてやる。

 馬は、ぶるるる、と懐くようにいなないた。


 俺たちは宿を探すため、津島の町をうろつき始める。

 そして――あった。

 町の外れに、『おやど もちづきや』と書かれた宿があった。

 古い宿だ。スキマ風が冷たそうだが、


「だけど、いかにも安そうだな。……安すぎるってのも不安なんだが」


「やけど節約はせんといかんしね。……ね、とりあえず、宿賃がいくらか聞いてみらん? あそこに人がおるよ。たぶん宿の人やろ」


 カンナが言った通り、『もちづきや』の前にはふたり、人がいる。

 ひとりは俺たちよりちょっと年下くらいの、おかっぱみたいな短い髪の女の子。

 もうひとりは20代半ばと思われる、やせぎすの侍だった。


 侍は、顔を赤くして、女の子に絡んでいる。


「いいじゃねえかよお、あかりちゃん。ヒック。金ならあるんだ、泊めてくれよお、ヒック」


「そんなに酔っぱらっていちゃ、ダメですよ。お母さんも、家に帰ってもらえって言っています」


「そんなつれねえこと言うなよお、あかりちゃん。ヒック。これだけ酔ってちゃ帰れねえよお。泊めてくれ、よお。ウイッ」


「お、お酒くさっ……!」


 ……なるほど。


 なるほどとしか言いようがないくらい、分かりやすいシーンだった。

 要するに酔っ払いの侍は宿に泊まりたい。

 しかし宿屋はお断り。娘さんを通じて、帰れと言っているようだ。


「うわー、あの女の子、かわいそうやねえ。どうする、弥五郎?」


「どうって……。どうしよう。あんまり酔っ払いと関わりあいになりたくないけど」


 そう思いながら、次の行動に悩んでいたそのときだ。

 あかりちゃん、と呼ばれた宿の娘は、侍に向かって告げたのだ。


「もう、滝川様。もとは立派な侍だったのに、どうしてこうなっちゃったんですか!」


 ……滝川?

 その名前に、俺は思わず反応した。滝川って――


「ウイッ! ちくしょう! それを言うなよ! オレだって、オレだって、ヒック。……ああそうさ、オレはどうせダメな男さ! この滝川久助一益はよう、酒と博打に溺れて、伊勢の実家も追い出されちまった情けねえ侍なんだよう!! オーイ、オーイ、オーイ!! ――ウイーッ、ヒック!!」


「お酒くさっ!!」


 あかりちゃんが顔をそむける。

 そりゃそんな至近距離で酔漢の息を吹きかけられちゃ臭かろうな――


 って、そうじゃなくて!


 滝川一益……?

 織田信長の家来で、めちゃくちゃ活躍する有能な武将。

『退くも滝川、進むも滝川』と称され、信長の天下統一事業におおいに貢献した人物――

 あの滝川一益なのか!?

 この酔っぱらいが!?


 う、嘘だぁ……。

 い、いや確かに、滝川一益って若いころ、博打が好きすぎて家を追い出されたって話はあるんだけど。

 そ、それにしたって……。


「ウイーッ、ヒーック!」


「お酒くさっ!!」


 なにやってんだよ、このひと。こんなところで!

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