第14話 岡崎城の一幕

 岡崎城内である。

 鳥居さんが使っているらしい一室に通された俺と藤吉郎さんだったが。

 さてアイロンは、すぐに試された。城内にある、洗濯したてのシワシワな着物を、アイロンですっと撫でてみると。――そりゃ、未来の電気製アイロンほどにはいかないが、それでも。シワは伸び、また綺麗な着物になったのだ。


「なるほど、これはいいものじゃな」


 鳥居さんは、大きくうなずいた。

 すると藤吉郎さんが俺の隣で「でっしょお!?」と大声で叫ぶ。


「いや、このアイロンは大したもんなんですわ。こいつのおかげで、わしのヨレヨレ着物もビッとなって。そのおかげで女子おなごにも、もうモテてモテて。アイロンのおかげでこの猿面がモテるんだで、鳥居さま!?」


「それは、嘘であろう」


 その明るい弁舌に、鳥居さんもくすくす笑った。


「着物が多少ましになっても、その猿面では女子にはもてまい」


「ありゃ! 鳥居さまにはお見通しで」


 藤吉郎さんは、そこでみずから拳を作り、おのれの頭をコツンと叩いた。

 そのタイミングが実にうまい。だから鳥居さんは、ますます笑って、


「与助と申したか。そちは奇妙な男じゃな。どじょう獲りが得意だと聞いておったが、よう舌が回るものじゃ」


 と、そう言って目を細めた。

 そして、鳥居さんはアイロンを手に取って告げたのだ。


「それでは買ってみよう。これと木綿を抱き合わせで商えば、儲けが出そうじゃ」


「「ありがとうございます!」」


 俺と藤吉郎さんは、揃って頭を下げた。

 かくして陶器製アイロンは売れた。やったぜ!


 さて陶器は、安物だと30文程度で買える(第一部第二十二話「津島到着、そして」より)のだが、この陶器製アイロンは特注で作ったものだ。その製作費は5倍。150文はする。

 販売は、基本的に仕入れ値の3倍が基本だという。そして俺は鳥居さんと話した結果、450文でアイロンを取引することに成功した。


「まあ、まず500個、注文しよう。それでよいかの?」


 と、鳥居さんは言った。

 500個は、少ない数じゃない。

 だが俺としてはもう少し売りたいので、


「鳥居さん、ところで木綿や味噌の在庫はございますか。あれは手前どもとしても、もっと仕入れたいのですが」


「ほう、また買うてくれるか。それはありがたいが――」


「その代わりに、アイロンをもう少し、お付き合い願えませんか?」


「なるほど、そうきたか」


 鳥居さんは、しわくちゃの顔を歪めて笑った。


「よろしい。すでにそちにはずいぶん儲けさせてもらったからの。儂も度量を見せよう。アイロン800個――」


「そこでもう一声、鳥居さま!」


 藤吉郎さんが叫んだ。


「この与助が、どじょうをまたまた獲ってきて、鳥居さまに献上しますゆえ!」


「どじょうなど、飽きるほど食うておるわ。……しかし参った。その熱意を買おう。アイロン1000個じゃ」


「「ありがとうございます!!」」


 俺と藤吉郎さんは、再び声を揃えて頭を下げた。

 よし、これでいい。また味噌や木綿を仕入れて尾張に送ろう。

 代わりに尾張からはアイロンを届けてもらうように手配するのだ。



《山田弥五郎俊明 銭 1839貫150文》

<最終目標  30000貫を貯めて、銭巫女を倒す>

<直近目標  今川領に潜入し、情勢を探る>

商品  ・火縄銃     1

    ・木綿針   300

    ・米    2500

    ・和鋏     50

    ・木綿   2500

    ・味噌   1000

    ・油    1000

    ・酢    1000



 というわけで、木綿2500と、味噌、油、酢を再び1000、仕入れた。

 前回の商いでは木綿が一番儲かったので、木綿は大量に仕入れた。

 正直に言うと、木綿を一番仕入れたかったのだが、鳥居さんが「味噌や油も買うてくれ」というので、そちらも続けて取引をしたのだ。

 木綿はもっと仕入れてもよかったが、運ぶ量にも限界があるので2500にした。

 馬や神砲衆のメンバーはヒイヒイ言っているが、前は米が4200だったのに対して今回は米が2500なので勘弁してほしい。


「――そういうわけで、仲間を津島に送りました」


 岡崎城の外。

 津島へと向かっていく自称・聖徳太子たちを見送りながら、俺は鳥居さんに向かっていった。


「彼らはアイロンを作って、こちらに戻ってきます。そのとき、商品をお渡ししますね」


「うむ、そうしてくれ」


 鳥居さんはニコニコ顔で言った。

 木綿や味噌がまた売れて、嬉しいのだろう。

 その人のよさそうな笑みに、俺も心が温かくなった。


 ――だが、だからこそ少し心が痛む。


 取引そのものは正当だが……。俺と藤吉郎さんが岡崎城にやってきた理由は、この城の内部を調査する意味もあったのだ。つまり俺たちは、鳥居さんを騙していることにもなる。

 それが戦国の世だ、と言われたらそれまでだが……。やはりいい気持ちではなかった。鳥居さんに本当のことを言うわけにはいかないが、もう少し、なんとかならないものだろうか?


 と、考えていたそのときだ。


「よう、鳥居殿。こんなところでなにをやっておる?」


 やや、横柄そうな声が聞こえた。

 振り向くと、痩せぎすの男が立っている。


「これは石原様。ご機嫌麗しゅうございます」


 鳥居さんは、その場で土下座をした。

 俺たちも、慌ててその場に平伏する。

 鳥居さんよりも目上の人のようだが……。

 誰なんだ、この人は?

 と、思っていると、俺の疑問を見抜いたかのように鳥居さんが小声で言った。


「今川家の代官である、石原甚兵衛いしはらじんべえ様だ。岡崎城代をつとめておられる」


 岡崎城代か……。

 本来、岡崎城の主である松平家当主・松平竹千代(徳川家康)は、いま不在だ。駿河にいる。

 幼年ということで、人質として今川家の手で育てられているのだ。

 そのため、今川家から代官が岡崎城にやってきて、城主の代わりを務めているのだが……。


 この時期の岡崎城代といえば、朝比奈泰能あさひなやすよしとか山田景隆やまだかげたかなら知っている。

 だが、石原甚兵衛。この人は知らないな。

 青山聖之助さんのときのように、歴史に名を残さなかった人か?


「石原様。これなるは尾張の針商人、梅五郎にございます。いま、木綿や味噌の商いをやっていたところで」


 鳥居さんは、石原甚兵衛に俺のことを説明する。

 すると石原甚兵衛は、うろんげに俺の顔を覗き込み、


「針商人? んん……?」


 わずかに首をかしげ、もじゃもじゃの髭をかきむしった。


「梅五郎、と申したか?」


「は、はい」


「……お前は本当に針商人か?」


「えっ」


「お前のこと、どこかで見た気がするぞ……確かどこかの戦場で……んん?」


 石原甚兵衛は、じっと俺を見つめてくる。

 ヤバい。まさかこの男、俺が出ていたどこかの戦場に敵としていたのか!?

 だとしたら――正体がバレる! マズいぞ!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る