第13話 戦国関所事情

 さらに10日ほど経った。

 俺たちは三河西方の村に滞在し、近隣の住民に針や鋏を売っている。

 俺たちのほうからよそに出向いたこともあるし、別の村の人間が買い求めに来たこともある。


 針はさらに100本売れ、鋏も20本がさばけた。

 相場は、針が米4、鋏が米100である。

 というわけで、現状はこうなった。



《山田弥五郎俊明 銭 1624貫550文》

<最終目標  30000貫を貯めて、銭巫女を倒す>

<直近目標  今川領に潜入し、情勢を探る>

商品  ・火縄銃     1

    ・木綿針   300

    ・米    6600

    ・和鋏     50

    ・木綿   1000

    ・味噌   1000

    ・油    1000

    ・酢    1000



 さらに、そこに。


「うおーい、梅五郎ゥ」


 俺が村で商いをやっていると、遠くから声が聞こえてきた。

 藤吉郎さんだ。藤吉郎さんが、片手に持ったカゴを掲げて陽気な顔を見せている。


「どじょう、獲ってきたで。矢作川の清流の中にゃア、おるわおるわ。見よ、この量!」


 藤吉郎さんが俺にカゴを見せた。

 その中には、どじょうが何十匹もピチピチと跳ねている。

 俺の周囲にいた三河の村人たちも「おお」と声をあげた。


「与助さんは、ようどじょうを獲ってくるねえ」


「そうじゃろう、わしゃどじょう獲りは昔から得意なんじゃ。ほれ、村衆。どじょうを買わんか? 米1袋と引き換えじゃ。どうじゃどうじゃ?」


 藤吉郎さんは、ニコニコ顔でどじょうを村人に売ろうとする。

 村にやってきてしばらく経つが、藤吉郎さんはすっかり『どじょう売りの与助』として村人に認知されていた。

 この10日で、藤吉郎さんが獲ってきたどじょうのおかげで、米はさらに200増えたのだ。

 大した勢いだ。このままどじょう売りで食っていけるんじゃなかろうか。

 実際、豊臣秀吉は若いころ、木綿針商人とか、どじょう売りをやったとか、いろんな説があるんだけどさ。



《山田弥五郎俊明 銭 1624貫550文》

<最終目標  30000貫を貯めて、銭巫女を倒す>

<直近目標  今川領に潜入し、情勢を探る>

商品  ・火縄銃     1

    ・木綿針   300

    ・米    6800

    ・和鋏     50

    ・木綿   1000

    ・味噌   1000

    ・油    1000

    ・酢    1000



 さてそうこうしていると、自称・聖徳太子、と自称・平将門が馬を引き、さらに神砲衆のメンバー数人を連れてやってきた。


「「御大将、頼まれた売買は全部こなしてきましたぜ」」


 と、彼らは言った。

 そう、10日前の俺は、自称・源義経らに、米4200と、木綿1000、味噌1000、油1000、酢1000を託して、尾張に戻って売ってくるように頼んだのだ。

 その結果、


「加納で全部さばいてきました。米は1につき13文。木綿は1枚で221文、味噌は110文、油は140文。酢は98文。それぞれ売ってきましたよ」


「ご苦労さん! これでまたけっこう儲けたな!」



《山田弥五郎俊明 銭 2248貫150文》

<最終目標  30000貫を貯めて、銭巫女を倒す>

<直近目標  今川領に潜入し、情勢を探る>

商品  ・火縄銃     1

    ・木綿針   300

    ・米    2600

    ・和鋏     50



「……それともうひとつ。『例のヤツ』は鍛冶屋清兵衛さんに作ってもらったか?」


「はい、手抜かりなく。……『これ』でしょう?」


 自称・聖徳太子は布に包まれた『それ』を見せた。

 おお、まさしくこれだ。鳥居さんに見せようとしている新商品だ。

 俺は10日前、鳥居さんに見せるアイデアを思いついた。

 そこで、その作り方を紙に記し、津島に届け、鍛冶屋清兵衛さんに製作するように伝えたのだ。

 その現物が、いまここにある。


「よし、こいつをさっそく鳥居さんに見せにいくか」


「ついに参るか、梅五郎」


 藤吉郎さんが、隣でニヤリと笑う。

 俺も、笑ってうなずいた。


「行きますよ。……鳥居さんのいる岡崎城へ」


 こうして、俺、藤吉郎さん、伊与、カンナ、あかりちゃん、次郎兵衛、自称・聖徳太子と自称・平将門。この8人に神砲衆7人を加えた15人は、岡崎へと向かった。




 三河国、松平家の主城――岡崎城。

 かつて松平家初代・親氏から数えて3代目の松平信光がこの城を手に入れ、さらにその後、松平家の7代目である松平清康が城郭を整備したこの城。

 実際におもむいてみると、なるほど、小高い丘の上に建立された城の規模はなかなか大きく、さらに西側には川が流れて天然の要害となっている。だが櫓や門の屋根は茅葺で、壁も土塁、堀も浅い。田舎領主の屋敷といった印象はぬぐえなかった(まあこれについてはこの時代の城が全体的にこうなのだが)


「米を、えっらく取られたし……」


 城に入る直前、カンナはぶつぶつ言っていた。

 そう、村から岡崎城に至る間、街道には関所が点在し、通行料として米か銭を取られる仕組みとなっていた。おかげで俺たちは米100を失ってしまった。



《山田弥五郎俊明 銭 2248貫150文》

<最終目標  30000貫を貯めて、銭巫女を倒す>

<直近目標  今川領に潜入し、情勢を探る>

商品  ・火縄銃     1

    ・木綿針   300

    ・米    2500

    ・和鋏     50



 関所というと、なんとなく、治安維持のためにあるようなイメージがある。

 怪しい人間を通してはいけないとか、武器を通さないためにあるとか、そういう印象だ。

 それも決して間違いじゃない。古代日本で、播磨国と備前国の間にあった和気関わけのせきは治安維持のために設けられたものだったし、鎌倉時代にも、当時、源頼朝と敵対し、日本国中をさまよい歩いていた源義経を探索するために、関所がいくつも作られたほどだ。

 しかしこの時代の関所の多くは、そうじゃない。その土地や街道を所有する領主が「オレの土地を通っていくなら、通行税を払っていけ」と主張して、金や米を、取っていくようになったのだ。取られた金は、道路整備に使われたりすることもあったようだから、なにもかもが私利私欲ってわけじゃないんだけど。

 なにせ中央政府たる室町幕府が実力を失っているこの時代だ。私道や私有地の通行に、金を取るも取らないも、所有者の自由というわけだ。


「カンナ、汝と弥五郎は、美濃だの伊勢だのにさんざん旅をしとるだろう。そんときは、どうしとったんじゃ?」


「あのときはふたりやったし、荷物も少なかったしねえ」


「間道とか山の中とか、とにかく金のかからない道を進んだんですよ」


「わあ、それ、ちょっと楽しそうですね。……でも、こんなに人がいて、お馬さんもいる状態じゃ、無理ですね」


「弥五郎とカンナはそんなことをしていたのか。私はひとりのときも、堤さまと一緒にいるときも、さんざん金を払っていたが。近江は特に関所が多くてな……」


「面倒なことじゃのう。こんなもん、なくしちまえばいいのにのう」


 藤吉郎さんは、ぼやくように言ったが……。

 まさに、のちのち関所の数を減らしていくのは、この人の仕事でもあるんだよな。

 今日の経験が、のちの豊臣秀吉の政策に繋がった――なんてのは、考えすぎかな。


「おお、針商人梅五郎。参ったか」


 岡崎城に到着し、門番に取り次いでもらうと、鳥居さんが従者を引き連れてやってきた。


「なにか、面白い品物を持ってきたそうじゃな」


「へい。その通りで」


「ふふ、楽しみじゃな。……ああそうじゃ、そちに譲った木綿や味噌。あれはどうした?」


「おかげさまで、美濃の加納まで運んで儲けさせてもらいましたよ」


「そうか、そうか。ふふふ、儲かったか。いいことじゃ。これからも仲良う、儲けていこう。のう、梅五郎」


 鳥居さんは、ホクホク顔だ。

 対応がいい。やはり先日、一気に木綿や味噌を買ったためだろう。

 上客に対して、態度が優しくなるのはこの時代も未来も同じだな。

 だが、もう一押しだ。鳥居さんから決定的な信頼を手に入れ、今後も付き合うべき相手だと認識させたい。三河の政情を探るためにも。

 そのためには――


「で、梅五郎。新しい品物とはなにかな?」


「はい。こちらでございます」


 俺はそう言って、包みを開いた。

 その中にあったのは、炭。――そして妙な形をした陶器。

 陶器で作られたミニチュアの船をひっくり返して、船底部分には穴が開き、さらにその上に取っ手をつけたような、珍妙なものだ。


「陶器? 確かに尾張は瀬戸の陶器は有名じゃが……」


「さすが鳥居さん、よくご存じで。実は、その陶器を用いて作った新製品がこちらです」


 俺は、告げた。


「アイロン、と申します」


「あい、ろん?」


「そう。この穴から熱湯を注ぎ入れ、熱を持たせる。そしてその熱で服のシワを伸ばすのが、このアイロンなのです!」


 俺は陶器製アイロンを手に持ち、鳥居さんに手渡した。

 鳥居さんは、興味深げにアイロンを観察しながら、


「シワを伸ばす、というと……火熨斗ひのしのようなものかの?」


「原理はそうです」


 火熨斗。それはこの時代のアイロンだ。

 一言で言えば鉄のヒシャクで、その先端に炭を入れ、鉄に熱をもたせる。その熱で、服のシワを伸ばしていくのだ。

 平安時代にはすでに貴族の間で使われていたもので、シワを伸ばしたり布団を温めたりするのに使った。


「ですが、火熨斗ひのしは鉄です。ゆえに、高値です」


 日本列島は基本的に鉄資源が少ない。だから高い。

 シガル衆との戦いに備えていたころ、鉄は何度も購入したが、例えば鉄の塊は5貫(第一部第五十二話「リボルバーと雷汞」より)、鉄の棒は3貫400文、鉄板は2貫750文もした(第一部第五十九話「銃刀槍誕生」より)。

 人足仕事の手当が1日で20文(第一部第九話「5000貫の価値」より) という時代に、これはそうとう高い。


 そんなことだから、火熨斗ひのしも高い。

 庶民の間で普及し始めたのは、江戸時代の中期からだ(そしてなんとそこから、昭和の初期まで現役で使われていたという)。

 だからこの時代の民衆に、火熨斗ひのしはなかなか届かない。


「そこで、陶器製の火熨斗ひのしを作ったのです」


 太平洋戦争中、日本では鉄が不足した。

 そこで代用品として、陶器が生活のあちこちに登場した。

 陶器製のアイロンも、このとき登場したものだ。俺はそれを思い出し、作ってみたのだ。


「陶器ならば、鉄よりも安いですからね。庶民でも手に入れることができるでしょう。それにアイロンは、底が平らで、三角形になっていまして、この形のおかげで服のシワはいっそう取れます。火熨斗よりも効果は抜群ですよ」


 だからこそ、のちの日本では火熨斗よりもアイロンが普及していったのだから。


「木綿の産地たる三河では、これはきっと需要があります。木綿の衣類のシワを伸ばすのに使えますし、また木綿を他国に売るときに、アイロンと一緒に抱き合わせて売ることで、木綿の売上もまた期待できるでしょう」


「む。……」


 鳥居さんは、片眉を動かした。

 木綿の売上も上がるかも、というセールストークに、心を動かされたらしい。

 自分の服のシワが伸びるだけじゃない。三河の木綿を売るのに使える道具にもなるかもしれない。その部分が鳥居さんにはなにより重要のようだった。


「……ま、なんじゃ。立ち話もなんじゃし」


 鳥居さんは、相好を崩すと、


「儂の部屋で、詳しい話をしてみようかの。どうじゃ?」


 来た!

 この流れを待っていた。岡崎城に入ることができるチャンスだ。

 城内の様子を、より詳しく探れるぞ。それにアイロンだって売れるかもしれない。


「それでは、お邪魔させていただきます。……ええと、馬はどこに繋げばいいでしょうか?」


「そちら全員で来ることもあるまい。何人かが外で馬の面倒を見ておればいい」


 鳥居さんは、さすがに渋い顔をして言った。

 さすがに無関係の人間が15人も城内に入るのは、警戒しているのだろう。


「分かりました。それじゃ、俺と――」


 俺は、ちらりと横を見た。

 藤吉郎さんが、うなずいた。


「与助さんのふたりで行きます。……ふたりでね」

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