第39話 津島の大橋氏

「山田弥五郎。……てめえは何者だ?」


「え……」


金色髪こんじきがみの娘っ子引き連れて、硫黄やら硝石やら、火薬やら鉄砲やらさんざん買いあさりやがって。なにもたくらんでねえとは言わせねえぞ、コラァ!」


「そ、そう言われても。別に俺は、たくらんでなんか――」


 と、弁解するように言ったが……。

 しかし確かに、金髪の少女を引き連れて、武器やら火薬やらを何度も買い集める少年ってのは、はたから見るとうさんくさいこと、この上ないだろうな。


「じゃあ、なんのために鉄砲や火薬を買いまくっているんだよ? 答えろ!」


 蜂須賀小六は、殴りかかってくるような気配だ。

 ――そのとき、


「ほ、ほ、ほ。小六よ、相手はまだ童ではないか。そう脅かすものではないぞよ」


 男たちの中から、壮年の、やや穏やかそうな人物が出てきたのだ。

 かっぷくがよく、しわの多い。

 いかにも好々爺といった雰囲気のそのひとは、温和に微笑み、


「弥五郎少年よ。お初にお目にかかる。わたくしはこの町を預かる大橋清兵衛と申す者だが」


 大橋清兵衛?

 どこかで聞いたことが――って、そうだ!

 俺はここにきて、ようやくいろいろと思い出した。

 この時期の津島は、複数の商家が支配しているが、その支配している家のひとつが大橋家で、いま目の前にいる人物、大橋清兵衛重長はその当主なのだ。

 津島の町は、戦国初期から高い経済力を誇っていた。そこに目をつけた織田信定(織田信長の祖父)は、津島を支配下におこうと考え、大橋氏と争った。争いの結果、織田氏と大橋氏はお互いに、戦うよりは提携したほうが得策だと判断した。そして織田氏の娘が大橋清兵衛重長に嫁いだのだ。


 つまり。

 大橋清兵衛は、織田家とも縁続きの実力者ってことだ。

 おまけに、もうひとつ。大橋氏は尾張の土豪、蜂須賀氏とも提携している。

 蜂須賀小六の父親、蜂須賀正利の側室が、大橋氏の娘なのだ。

 だから大橋清兵衛と蜂須賀小六もまた、縁続きってことだ。


 ここまで思い出して、俺はさすがに冷や汗をかいた。

 お、俺は、こんなお偉いさんにまで目をつけられているのか!?


「ことを荒立てるのは、わたくしとしても好まぬ。ただ、物騒な動きをしている者がいると、町の者も不安がるのでな。……なんのために鉄砲や火薬を買い集めているのか。それだけでも答えてくれんかなあ?」


 大橋清兵衛は、温和な笑みを崩さず(逆にそれが怖いのだが)、問うてくる。

 なんのために、と言われても。……一番新しい理由だと青山さんのためなんだが。

 長い目で見れば、とにかくいろんな理由で火薬とか道具を買い集めていたからな。

 どう説明したらいいのやら。

 俺は次のセリフをどうするべきか、困った。

 それはせいぜい数秒間の沈黙だったが――


「なんか言えや、コラァ!」


「言えんのなら、身体に聞くまでやぞ!」


「そっちの娘っこが、どうなってもええんかあ!?」


 黙りこくった俺に、強面の男たちはいっそう声を荒立てる。

 怒号をあげる男たちに、かたわらのカンナがビクッと震えたのが分かった。


「これ、お前たち。女性にょしょうを怯えさせてはいかぬぞ」


 大橋清兵衛は、さすがに冷静さを保って男たちをたしなめるが、


「大橋さま、お甘いですぜ。こんな異人娘なんざ、やっちまえばいいんです!」


 男たちには通じなかった。

 そのうちのひとりが、さらにカンナへと近付こうとする――


「や、やめろ。カンナに触るな……!」


 俺は、その男とカンナの間に入った。

 とにかく彼女だけでも守らなければ。

 しかし。――俺のその行動は、男たちをますますカッとさせたらしい。


「おう、やる気か、てめえ!」


「ナメてんじゃねえぞ、コラァ!」


「ブッ殺す! 殺すぞ、この野郎!!」


 威嚇しまくってくる、男たち。

 町の通行人たちも、チラチラとこちらを見てくるのだが――

 しかし大橋清兵衛がいるためだろうか?

 厄介ごとに巻き込まれたくないのか?

 おそらくその両方だろう。

 助けようとしてくれる人は、いなかった。


 どんどん空気が悪くなる。

 事情を説明しようとしても、話を聞いてくれそうな気配じゃない。

 逃げようとしても、すでに俺たちは囲まれてしまっている。

 くそっ、どうする? どうすればいい?


 俺は焦りに焦った。

 ――そのときだった。


「おぉい、そこの連中ぅ!」


 やたら陽気な大声が、どこからか聞こえてきた。

 声のほうへと顔を向ける。

 すると、そこには確かに見知った顔の人物がひとり。


「おう、やっぱり! 大橋つぁんに小六兄ィ、それに弥五郎でねえか! なにをしとるんだ!?」


 それは、藤吉郎さんだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る