第12話 織田家の血筋

 この時点(1584年)までの佐々成政の行動を、簡潔に記すと――


 明智光秀の反乱が起きたとき、佐々成政は柴田勝家傘下の武将として越中国に在陣していた。


 その後、変報が届くと、柴田軍は京の都に戻ろうとするが、佐々軍は敵対していた上杉家への押さえとして越中に残る。そして明智光秀を打倒され、清洲会議が開かれると、佐々成政は、それまでずっと柴田軍の一角だった経歴もあって、常に柴田勝家を支持。秀吉とは敵対した。


 だが、柴田勝家は敗北。

 この流れを受けて、佐々成政も秀吉に降伏。

 娘を人質として秀吉のもとへ出すと、自身は越中国に留まっていたのだが――


「この度、ついに上洛することと相成った」


 佐々成政は、相変わらずの淡々口調でそう言った。

 俺の部屋である。俺と、成政と、滝川一益の3人が揃っていた。

 伊与は部屋から去っていった。いても構わんが、と佐々成政は言ったが、伊与自身が遠慮したのである。


 というわけで。

 話は続く。


「羽柴――様から、正月の茶会に誘われたのだ。断る理由はもはやない。それに」


「それに?」


「先日、おれは陸奥守むつのかみに任官された。そのお礼として主上のもとにも参内せねばならない。上洛の理由にはそれもある」


「さらりと出世しやがるな、この野郎。めでたいことだ、はっは」


「めでたい。……まことにそう思うか、滝川」


 佐々成政は、じろりと滝川一益を睨んだ。

 ふざけた口調だった滝川一益も、真顔に戻る。そして、


「……お前さんも、思うところがあるクチか。……筑前に対して」


「大いにある。元織田の家臣で、いま筑前に含むところがない人間などいるものか。喜んでいるのは又左(前田利家)くらいだろう」


 前田利家と不仲の佐々成政は、吐き捨てるように言った。


 前田利家は、佐々成政同様、柴田勝家傘下の武将として北陸で常に戦闘していた。

 そして明智光秀の乱以降、割れた織田家中においては、やはり柴田勝家の派閥に与していたのだが、先日の賤ヶ岳の戦いで、利家は柴田さんから離反。秀吉の側についた。


 秀吉はこれを大いに喜び、前田利家こそが羽柴家の柱石だと騒いでいるのだが、


「やつは裏切り者よ。もっとも裏切ってはならないときに裏切り、柴田どのを敗死に追い込んだ。……柴田権六どのは、ああいう死に方をするべき人ではなかった」


「佐々よ。お前さんの気持ちはよく分かる。オレだってさんざん筑前には楯突いたクチだからな。……だがな、お前さんはもう、筑前に降参した身だろう。いまとなっては又左やオレと変わらんぜ。そうじゃないのか?」


「……おれは、羽柴の傘下になったのはいまだけだと思っている」


「なに? ……なんだと? どういうこった」


「おれは、羽柴筑前守の家来になったわけではない。丹波守さまの家来になったと考えているのだ」


「……於次丸様か」


 俺はその名前を出した。


 織田信長の四男、羽柴秀勝。

 秀吉の養子であり、いまでは丹波国を保有している大名でもある。


「筑前も、もはや五十路だ。そう長くはない。その筑前が世を去れば、次は丹波様の時代となる。そう思って、いまは忍耐しているのだ」


「……そういう理屈のヤツも、いまの羽柴家中には多そうだな。……なあ、山田。実際のところ、どう思う。筑前は、自分が亡くなったあとのことをどう考えているんだ。やつには実子がいない……」


「……さて、そこまでは……俺でもそこはなにも聞いていない」


 未来のことを知っている俺だが、この時点で、秀吉の跡継ぎはこの数年後に生まれる豊臣秀頼です、とは言い出せずにお茶を濁した。


 しかし半分は本音だった。

 いまこの時点で、秀吉が誰を跡継ぎとして考えていたのかはまったく不明なのだ。

 羽柴秀勝だったかもしれない。……もっとも、羽柴秀勝はいまからわずか2年後に病死してしまうのだが。


 ……病死。

 秀吉にとって都合が良すぎる時期の病死だが。

 いやいや、さすがに、暗殺などはするまい。秀吉はそういう男じゃない。その点では俺はあいつをどこまでも信じている。


「内蔵助」


 と、俺は友の名を呼び、


「お前の魂胆は分かった。藤吉郎ではなく、あくまでも於次丸様に忠義を尽くす、と。その腹づもりを明かしてくれたこと、俺は嬉しく思う」


「オレもだ。オレたちを信じてくれたから、語ってくれたんだろう?」


「……(こくこく)」


 佐々成政は、若い頃のように、無言でうなずいた。

 俺は、佐々成政との友情がまだ続いていると分かって、嬉しかった。


「お前の心の内、決して藤吉郎には明かさないさ。……内蔵助がそういう気持ちならば、構わない。於次丸様のために働くといい」


「なあ、ところで山田。その於次丸様はどういう腹づもりなんだ?」


「腹づもり、というと?」


「あの方も、もう15だか16だかの年齢としだろう。自分なりの了見があって然るべきだ。それなのに、筑前が織田家を専横していることになにも言わねえ。……まあ、なにか言うと危うい立場なのは分かるが、それにしても。……そもそもオレたちは、あの方がどういうお方なのかもまるで知らねえんだ」


「どういう、と言われてもな。俺も何度か顔を合わせはしたが」


 羽柴秀勝の印象は極めて薄い。

 信長にも秀吉にも似ていない。

 なにを考えているのか分からない、人形のような方だと思ったことがある。


「どういうお方か、といえば、他の織田家の方々もそうだ」


 佐々成政が、歯がゆそうに言った。


「信長公の弟御であられる三十郎様(織田信包)や源五様(織田有楽斎)も、なにも言わずに羽柴の命に従っている。立派な織田家の一員でありながら、なぜこうも筑前の言うがままなのか……」


「……俺には分かる気がする」


「ほう。どういうことだ、山田」


「三十郎様も源五様も、……あるいは於次丸様も、そうかもしれないが……みんな、自分の器量を自覚しているんだ。自分たちの実力や器量では、天下の采配もできない、羽柴筑前に勝つこともできない。それが分かっているからこそ、なにも言わずに羽柴の家臣となったんだろう」


「そうだとしたら、情けないことだ。信長公の一族ともあろう方々が――」


「それが言えるのは内蔵助。お前が強いからだ。久助、お前もだ」


「なにを言いやがる、山田――」


「久助も内蔵助も、自分の実力で這い上がってきた実力者だ。自分の才覚と努力で道を切り開いてきたふたりだ。だからこそ、……器量に欠ける人間の苦しみ、いわば弱者の絶望が、最後のところで見えていない。……俺はそう思う。


 楽なんだよ。強い者に従い、言うことを聞いているほうが。それが例え誤っている道だと分かっていても。……誰もが藤吉郎や、久助や内蔵助のようにはなれない。……そうだな、話していて思ったが、他の織田家臣たちも――例えば丹羽さんや池田さんもそうかもしれない。藤吉郎に対して思うところがあっても、それでも、従っているほうが楽なんだ、きっと」


 俺には分かるのだ。

 前世で、常に弱者の立場であった俺には。


「……そういう気持ちなら、分からんわけじゃねえさ」


 滝川一益は、沈んだ声で、


「津島で飲んだくれていたときのオレだって、まさにそういう気持ちだった。誰でも良いから強いやつに従って、いくらかでも俸禄や禄米をいただきたいと……。そう言われたら、オレにだって分かるんだ。だがな……」


「なお、割り切れぬところが残る」


 佐々成政は、強い口調でそう言うと、立ち上がり、


「……山田。おれはやはり、あくまでも織田家に忠義を尽くす。羽柴に対する忠義は仮のものだと思っておいてくれ。おれの忠誠はどこまでも、……織田家にある」


 そう言って、部屋から出ていった。

 佐々成政が出ていった直後に、カンナがお盆を持ってやってきた。


「あら、佐々さん、もうお帰りなんね? せっかくかすてーらを持ってきたゆうんに」


「ありがとう。だったらそのかすてーら、3人で食べようぜ」


「ほんと? えへへ、うれしかっ。あたし、かすてーら大好き。いただきまーす」


「…………」


 滝川一益は、かすてーらを頬張るカンナに目もくれず、去っていった佐々成政のほうを、いつまでもいつまでも、見送るように見つめていて、やがてうめくようにつぶやいた。


「もう一波乱、あるな」


「……あってほしくはないが」


 俺はくちびるを噛みしめながら、言った。




 その波乱を食い止めるのが、俺の役目だ。

 俺は大坂の山田屋敷内において、伊与、カンナ、五右衛門、あかり、次郎兵衛という仲間たちを集めて、


「前にも話したが、このままいけば織田信雄と徳川家康が連合軍となって羽柴家へ襲いかかる。それは避けたい。これ以上の戦は無用だ」


「流れとしては理解できる。藤吉郎さんは急激に強くなりすぎた。これに織田徳川の二勢力が反発するのは当然だろう」


「その通りだ、伊与。そこで俺たちは織田徳川を懐柔するほうへ動く」


 俺は宣言した。


「織田と徳川の二大勢力に多大な貢ぎ物をして懐柔、と同時に羽柴経済圏に入る方が明らかに得だというふうに持っていく。徳川家に対しては樹が嫁いだ商家や松下嘉兵衛さんの人脈も用いる。


 というアメと同時にムチも用いる。津島、熱田といった尾張の拠点に向かい、兵糧や武具、馬具、諸道具を高値で買収する。かつて藤吉郎が鳥取城攻めで用いた策と同じだが、兵糧さえこちらが買い占めてしまえば、織田信雄は戦うこともできなくなる。


 さらに、羽柴家の軍事力を強化する。連装銃を大量生産し、大坂城に届けるつもりだ。……これまでいろんな武器を作ってきたが、鉄砲足軽たちが容易に仕組みを理解し、使いこなせるのは、とにかく連装銃だった」


 それだけ凄い武器を作っても、足軽、雑兵が使えなければ意味がないのだ。


「連装銃を作るっていうけれど、そんなにたくさん作れるのかい?」


「それなんだが、明智家や柴田家、織田信孝家が滅亡したため、畿内には浪人が溢れている。この浪人たちを雇いたい」


「浪人たちっていっても、たいていは百姓や武士だった連中じゃないッスか。連装銃作りなんて、できるんスかね?」


「それなんだがな。ホイットニーの生産方法を参考にしてみるつもりだ」


「ほいっと、に?」


 五右衛門が怪訝顔を見せる。

 伊与たちも(また弥五郎がわけの分からん知識を出し始めた)みたいな顔をした。俺はちょっと苦笑いをして、


「ホイットニーは18世紀のアメリカ人だ。銃器を作るのにある生産方法を確立させた人物として後世に知られる。……つまり、銃を作るのに鍛冶屋の力を必要とせず、むしろ素人ばかりを集めて大量に作ったんだ」


「ほう。それはどうやって?」


「銃をひとつひとつ生産するのではなく、銃の部品だけを素人たちに作らせたのさ。銃身や引き金など、必要な部品、その部分だけを素人に製造してもらい、最後にその部品を組みたてて銃を製造する。


 もちろん指導係としての熟練工は必要になるだろうがね。引き金の部分だけを作る。鉄を用いて銃身だけを作る。ただその部分を作る方法だけならば、浪人たちでも覚えやすい」


「……なるほど、分業していくわけですね。お弁当箱にごはんを入れるだけ、梅干しを載せるだけ、魚を焼くだけ、焼き魚を載せるだけ、のようにそれぞれの役目を持った者を大人数用意すれば、たくさんのお弁当が素早くできます」


「あかり、賢い。その通りだ」


 俺は手を叩いて喜び、さらに続けた。


「この策は銃の大量生産ができるだけじゃないぞ。浪人衆を水準より高い俸禄で雇用しようと思っている。そうすれば、織田や徳川の領内からも浪人や雑兵、人足が集まる。織田徳川は戦をする人間を集めることもできない、ってわけさ」


「さ、さすがッスね、アニキ。そこまで二重、三重に策を絡めておくんスか」


「おおともさ。……ここで五右衛門と次郎兵衛に働いてほしい。尾張、三河、遠江などの織田徳川領内におもむき、銃作りの仕事を山田様が募集しているという噂を流してほしいんだ。これで尾張や三河、遠江から人を手に入れることができる。


 銃作りや、貢ぎ物の金の計算はカンナに任せる。銃作りのために集まった人々に、用意する食事はあかりに任せる。もちろん、人を使っても構わないぜ。


 連装銃ができあがったら、使い方は、伊与、知ってるな? 伊与が足軽たちに使い方を教えてやってくれ。


 みんな、頼むぜ。

 俺はこのことを藤吉郎に知らせにいく」


 俺が言うと、伊与たちは揃ってうなずいた。




 俺は大坂城に登城し、秀吉に作戦のことを話した。

 秀吉は手を叩いて喜び、


「弥五郎の策を用いる。どんどんやれ。戦もせずに織田三介どのと徳川どのを羽柴の傘下とできるならば、これより楽なことはない。金銀が必要ならばわしも力を貸そう。とことんやるんじゃ!」


「ありがたし。じゃあどんどんやらせてもらう。……ところで」


 と、俺はここで、伊与たちにさえ話していなかった考えを秀吉に話した。


「織田と徳川の懐柔には、三法師様、そして於次丸様の力も必要かもしれんぞ」


「……於次丸の?」


 秀吉の顔色が曇った。

 俺は構わずにうなずいて、


「織田の於次丸の名前はまだ強い。於次丸様の名前で、織田信雄やその家臣団を懐柔すれば、より大きな効果が期待できると思うが、どうかな?」


「……まあ、それも道理か。……よかろう、於次丸に命じて文を書かせよう。しかし……」


「どうした、藤吉郎」


「徳川どのはともかく、織田三介といい於次丸といい、信長公のお子というだけで、さほどの実績もないのに、天下をこうも左右する力を得るとは。血筋とはまこと、厄介なものよな。なあ、弥五郎?」


 そう言った秀吉の瞳は、暗さを帯びていた。

 俺は、秀吉の気持ちを理解しつつも、そうだな、とだけ返した。







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X(ツイッター)のほうで触れましたが、マイコプラズマ肺炎、ほぼ治りました。

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