第63話 神砲衆結成
金が集まった俺は、そろそろ居候の身分から脱しようと思った。
5000貫も金を持っていて、人様の家に住まわせてもらうのもどうかと思ったし。
それになによりも、初志を果たさねばならない。
5000貫を使って私兵団を作り、自分たちを守り、シガル衆を打ち倒すという最初の志を。
悪いやつらは許しちゃおけない。……特にシガル衆。
俺と伊与を孤児にしたあの連中。
村のみんなの仇。やつらは必ずブチのめしてやる。
――さて、そのためにはどうするか。
まず、本拠地が欲しい。津島のどこかに屋敷をもち、そこに仲間たちと居住する。
そして、日々の生活を商売で成立させる。交易を行い、あるいは武器や道具を作って販売するのだ。
と同時に、織田家や、藤吉郎さんや、津島衆から援軍の要請があったらそれに戦闘集団して参加する。
もちろん、俺たち自身の判断で戦うこともあるだろう。シガル衆や、それと同様の野盗集団など悪党どもがいたら、そいつらは叩き潰す。
商売をやりつつ、戦いもする。
それがこれからの俺たちの生き方だ。
それにしても、自分だけの戦力か。
まるで夢物語のような目標が、いまや果たされようとしているんだな……。
そういうわけで俺は、大橋さんに向かって「この屋敷をそろそろ出たい」と伝えた。
大橋さんは、うなずいた。
「ついに来たか、そういう日が。……分かってはおったが、しかし寂しくなるなあ」
「また遊びに来ますよ。……ところで、ひとつお願いがあるのですが」
「ほう、なにかな。わたくしにできることならよいが」
「実は、本拠地が欲しいのです。自分と、仲間たちが住む家を。もちろん、お金は出しますから」
「ほう。仲間と共に住む家か。……となると、大きな屋敷でなければなるまいな?」
大橋さんは、ニヤリと笑った。
「では、良い屋敷を紹介しよう。期待していたまえ、弥五郎少年」
さて、数日後。
「……想像以上だ」
俺は、思わず、独りごちていた。
俺は大橋さんと共に、津島の外れにある屋敷におもむいていた。
そこは、確かにすごかったのだ。
部屋の数は十数部屋もあり、庭もあり、蒸し風呂までついている豪邸だ。
さらに気に入ったのは、屋敷の隅に土倉があることだ。
この中ならお金や道具を入れられるぞ。
「この屋敷は昔、借上(金貸し)が使っていたものでな。亭主が病で死んだので空き家になっていたものを、わたくしが買い上げ、物置として使っていたものだ」
「これほどの家が物置ですか……」
「他に使い方がなかった。大きすぎる屋敷ゆえ、買い手もつかず、借りる者もいなかったのだ」
「この屋敷は、いくらなんです?」
「1000貫ぽっきりだ」
「これだけの家ならば、その金額でも惜しくないですよ!」
俺は心からそう言った。
いい屋敷を、買わせてもらった。最高の気分だ。
「ふむふむ。気に入ってもらえたなら、なによりだ。……っと、屋敷の外がなにやら騒がしいの」
「ああ、実は俺が、仲間たちを呼んでいたのですよ」
「ほう、もうそんなにたくさん仲間がいるのか? 5人か? 10人か?」
「見れば分かりますよ。いきましょう」
俺と大橋さんは、屋敷の門前に移動した。
すると、そこには。
「お、おお……!」
大橋さんが仰天するほど、たくさんの仲間たちが待っていたのだ。
伊与、カンナ、あかりちゃん、おさとさん、甲賀の次郎兵衛、鍛冶屋清兵衛さん、自称・聖徳太子たち5人衆、田吾作軍団、がんまく、一若、市兵衛さん、などなど。さらに銃刀槍を作るのに手伝ってくれた人たちがみんな、大集合していたのだ。
「弥五郎。……ついにお前は屋敷まで持ったのだな」
「大したもんたい。ここまで来られるとは正直思うとらんかった」
伊与とカンナが、俺に言葉をかけてくれる。
少し、胸が熱くなった。大樹村が壊滅したあの日。カンナをならず者から救ったあのとき。当時のことを思えば、本当によく自分が、こんな場所にまで来られたと思う。
「ふたりの――いや、みんなのおかげさ」
俺は実感を込めて言った。
仲間たちがいなければ、自分はぜったいにこんな屋敷を持つ身には、なれなかっただろうから。
ところで、俺はここにいるメンバーを全員、仲間にすることにした。
伊与とカンナはもちろんだが、がんまく、一若、市兵衛さん、さらに自称・聖徳太子たち5人に田吾作たち。さらに、銃刀槍を作るときに手伝ってくれた彼らの友人知人の中でいま仕事がない者。いずれも今後は仲間になってくれる。あかりちゃんとおさとさんは宿屋をやりながら、こちらの屋敷のみんなの食事を作ってくれるし、次郎兵衛は和田さんの許可を得て、甲賀から出向という形で屋敷の一員となった。これまでと同様、甲賀の仕事をやりつつも、可能な範囲で俺たちを手伝ってくれるのだ。
いま、この屋敷に揃った仲間の数。
俺も含めて、実に50人――
「これからも、アニキに助太刀できるのが嬉しいッスよ!」
「わたし、ごはんを作るくらいしかできませんけど。これからもよろしくお願いしますね」
「「「「「ういっす!!」」」」」
「みんな。……ありがとう」
わずかに涙ぐみながら、礼を言う。
するとそのとき「おう、やっとるのう!」と明朗な声が聞こえてきた。
振り返ると、藤吉郎さんがやってきている。いや、藤吉郎さんだけじゃない。前田さん、小六さん、服部さん、さらに佐々さんも少し離れたところに立っている。みんな、屋敷を持った俺を祝うために、わざわざやってきてくれたのだ。
「自分の屋敷かあ。いいじゃねえか。大したもんだぜ、山田弥五郎」
「鶏口牛後、という言葉があるが……。これならばもはや牛口だな。てえしたもんだ」
「(……こくり)」
前田さん、小六さん、佐々さんが口々に言う。
「わっはっは、いや、まったくじゃ!」
藤吉郎さんは、大笑して叫んだ。
「大樹村の誓いから1年か。……本当に頑張ったんじゃな、弥五郎!」
「俺だけの力じゃありませんよ。みなさんが力を貸してくれたからです」
「それでも汝は大したもんじゃ。……うふ、たまには謙遜せずに堂々と誇れ。汝が必死に努力したからこそ、これだけのひとびとが汝のために集まり、喝采しておるのじゃぞ?」
「……これだけの、ひとびとが……」
俺は、ぐるりと周囲を見回した。
藤吉郎さんの言う通り。大勢が、俺に熱っぽい視線を向けてくれている。
――異様な感慨が、俺の胸を襲った。
だれに看取られることもなく死んだ叔父、山田剣次。
それに続き、カミナリに打たれ、21世紀での人生を終わらせたこの俺、山田俊明。
ひとりぼっちで死亡した。孤独死という結末を迎えたふたりの男。強くありさえすれば、俺だって――そう願い続け、ついにそれが叶わずに人生の終焉を迎えた俺と叔父。
そんなふたりが持っていた技術が、魂が、戦国時代という遠い過去の世界で実を結び、花を咲かせ。……いまこうして、祝福されている。
ひとが、俺の前にいる。
何十人も、いてくれる。
ぬくもりをもって、いてくれる。
その事実が、どれほど嬉しく、ありがたいことか。
俺は今日、屋敷を手に入れた。
だが、本当にありがたいものは、家じゃない。
仲間たちだ。俺の前に揃ってくれた、かけがえのないひとびとだ。
勇気が湧いてきた。もはや恐れるものはなにもない。例えシガル衆がやってきても、今度こそ必ず勝利してみせる。この絆こそが、俺たちの牙城だ。……そう思った。
「見事だ。弥五郎少年」
大橋さんは、本当に感心した顔を見せた。
「これほどまでの仲間を揃えるとは。いよいよそなたは、ひとつの集団の頭なのだな」
「……そうなります」
「ではどうせなら、この集団に名前をつけたらどうかね。例えば山田屋とか、山田衆とか」
「えー、どうせならもうちょっと締まった名前がよかよ。蜂楽衆、とか!」
「それじゃカンナの家来になるだろう。……弥五郎、なにか考えはないのか?」
伊与に言われて、俺は少し考えた。
そうだなあ、なんて名前をつけよう。
山田屋、じゃなんかサマにならないな。
そのとき俺はふと、昔のことを思い出した。
――お前はもしかして神の子かもしれんな。
父ちゃんは俺に、そんなことを言っていたっけ。
こそばゆかったし、自分を神だなんて思ったことはないけれど。
それでも、あの一言が父ちゃんの遺言のように、いまさらながら思えてくるんだ。
だから、俺は。
父ちゃんの遺言と、あの鉄砲を継いだ者として――
「
「じんぽう、しゅう……」
「神の鉄砲を持つ集団。……ってところかな?」
「神砲衆。神砲衆、 神砲衆……」
伊与は、何度もその名を繰り返している。
するとその横から、カンナがニュッと顔を出して叫んだ。
「なかなかええんやない、その名前! あたしは好きやね!」
「そうだな。……勇ましい響きでもある。神砲衆か!」
伊与も、大きくうなずいた。
これで決まりだ。俺たちは今日から、神砲衆だ!
「神砲衆。……よい響きだ。これからますます活躍しそうだのう」
大橋さんは、大きくうなずきながら言ってくれた。
「いい顔だ。今日のそなたの輝く面構え。わたくしは生涯忘れぬぞ」
「俺も今日のことは、一生忘れません。きっと一度死んで生まれ変わっても、ずっと憶えていると思います」
「いいことだ。……長い人生の中で、そういう1日があるというのはたまらなく幸せなことだと思うよ」
大橋さんは、何度も首肯し。
――そして言った。
「これからも、よろしく頼むぞよ。……神砲衆頭目! 山田弥五郎殿!!」
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