第64話 遭遇、シガル衆
1552(天文21)年の末に、神砲衆は結成された。
それからしばらく俺たちは、戦闘集団として、また商業集団としての訓練を繰り返していた。
平時は商売を行い、イザというときは戦闘を行う。俺は神砲衆をそういう集団にしたいと思っている……。
年が明けてから、俺たちは、まず武装をした。
装備は、リボルバー30、連装銃20。さらに鉄砲のための火薬20と鉛弾1000を用意した。それぞれ〔リボルバー 28貫26文〕〔連装銃 48貫450文〕〔黒色火薬 980文〕〔鉛弾 40文〕という相場だ(今回は火薬を自作する間もなかったので購入した)。合計、1869貫380文。
さらに、その後の経費だが――50人全員分の食費や雑費が月に100貫。50人全員の給金も、これは全員平等で、ひとりつき月に2貫と定めてあるので、1か月で100貫がかかる。つまり神砲衆は、なにもしなくても、1か月に最低200貫はかかるってことだ。今後は、交易や道具の販売で、最低でもこれだけの金をみんなに稼いでもらわないといけない。もちろん、俺自身も働くけどね。
……まあそんなわけで。
神砲衆結成から3か月後。
現状はこうなっていた。
《山田弥五郎俊明 銭 1609貫676文》
商品 ・火縄銃 1
・炭 4
時は、 1553(天文22)年の4月である。
やさしい春風が吹いている。そんな季節だ。
神砲衆結成から約3か月。
俺は武器や道具の作り方や手入れの仕方、扱い方を。
さらに伊与が武芸を、カンナが商売のことを神砲衆の面々に教えた結果、神砲衆全体は商売集団として、また戦闘集団としてそれなりにまとまり始めていた。
人間が50人もいれば、得意不得意も出てくる。戦闘は得意だが商売はイマイチな者、逆に商売のほうの飲み込みは早いが戦闘技術はあとひとつ伸びない者。モノ作りはうまいが、他はあと一歩な者。なんでもオールマイティーにこなせてしまう者。いろいろだ。
そのあたりを把握しつつ、50人がひとつの組織として、曲がりなりにも動き出せそうになったころ。
すなわち、そろそろ本格的に商売に動き出そうかと思っていたそのときだ。
「山田どの。いよいよ三郎さま(信長)と山城守さま(斎藤道三)の会見が始まるぞ」
と、大橋さんがわざわざ俺の屋敷まで来て、伝えてくれた。
そうか、いよいよ正徳寺会見の日が。
すなわち織田信長と斎藤道三が出会う日が来たのか。
「三郎さまは、そなたが作った銃刀槍を持って、山城守さまの待つ正徳寺へと向かうそうじゃ」
「ついに、ですか。……見たいですね、銃刀槍を携えた織田家の軍団を」
「見にいってみてはどうじゃ。遠くから見物する分には、なんの問題もなかろう」
「そうですね。行ってみますか」
俺はうなずいた。
那古野城から、一団が出発していく。
織田信長の軍団だ。数は、ざっと見て、7、800人といったところか。
織田軍は、朱色に染め抜いた、物干し竿のような棒を500。
さらに剣つき拳銃を、500。保有している。
あれは俺たちが作った銃刀槍だ。
500本の銃刀槍を持った集団が、北へ北へと進んでいくのだ。
あの中には、藤吉郎さんと前田さんもいるはずだ。
そんな織田家の軍団を、道ゆく旅人や尾張の民衆たちが見送っている。
当然だ。織田家と斎藤家の会見は、民にとっても他人事の話じゃない。
美濃国の斎藤家と尾張国の織田家。この両家の同盟にヒビが入れば、尾張と美濃はまたいくさになり、濃尾平野はよりいっそう、戦乱で荒れ狂うことになるだろうから。
――そして、俺たち神砲衆50人も、北へ向かう織田軍を、少し離れたところからじっと見つめていた。
「あたしたちの作った銃刀槍を見て、斎藤の殿様はどう思うやろうね?」
「ここまできたら、あとは成り行きを見守るしかあるまい」
「……だな」
伊与とカンナ、そして俺。
3人で、それぞれの感想を伝え合う。
史実通りにいけば、この会見はひとまず成功に終わる。
織田信長の器量を見抜いた斎藤道三は「自分の子供はいずれ信長の家来になるだろうな」と予言するのだ。
そして、しばらくは織田家と斎藤家の間にいくさは起きない。同盟関係は維持される。……そう、史実通りにいけば、だが……。
やがて、織田家の一行は見えなくなった。
「見送りはこれでいいだろう。津島へ帰ろう」
と、俺が言ったそのときだった。
「……弥五郎」
伊与が突然、険しい声を出した。
「どうした、伊与」
「あそこを見ろ。……あの群衆の中にいる、ほっかむりをかぶった男だ」
彼女に言われて、俺は、織田家を見送る民衆の中へと目をやった。
確かに、ほっかむりをかぶった男がいる。……なんだか、狐のような目つきをした人物だった。
第一印象は、あまり良くない。なんとなく、くさい、と言うべきか。直感だが、なにか嫌な空気をまとった人間だった。
いや、印象だけじゃない。
見覚えがあるぞ。あの男。どこかで見た。
どこだ? どこで見たんだったか――どこで……どこかであいつ……。
次の瞬間、はっと俺は気がついた。
「……シガル衆!?」
「そうだ、あの男はシガル衆のひとりだ。間違いない。村を襲ったやつだ!」
伊与は、ガチガチと歯を何度か震わせて――
そして次の瞬間、ばっと地を蹴って駆け出していた。
早い。無駄のない動きだった。シガル衆の男が振り向いたときには、伊与はすでに抜刀し、みね打ちで相手をブン殴り、地べたに男を叩き伏せていたのである。
「伊与!」
俺は、伊与に続いた。カンナや次郎兵衛たち、神砲衆もあとから追いかけてくる。
シガル衆の男は、伊与だけではなく、次郎兵衛や田吾作たちにまで抑え込まれ、やがて縄でグルグルに縛りあげられた。
「な……あ、う……な、なんだ……?」
突然の事態に、シガル衆の男は叫ぶことさえできないようだ。
その男の襟首を、伊与がグイッと締めあげる。
「貴様、ここで会ったが百年目だ!」
「な、なにがだ……?」
「なにが、ではない! ……そうか、お前は私のことなんか覚えていないだろうな。だが私は覚えているぞ。私は、貴様らが襲った大樹村の娘だ!!」
「大樹……村……」
「そうだ。お前たちに滅ぼされた村の人間だ! ――貴様、シガル衆の者だろう!?」
「ッ……!」
シガル衆、という単語を出した瞬間、明らかに男の顔色が変わった。
その表情を見て、伊与はますます激しく、男の襟を締めつける。
「シガル衆の人間が、こんなところでなにをしていた? ただの見物ではあるまい」
「…………」
「またどこかの村を襲うつもりだったのか? それとも他に目的があったのか? 答えろ!」
「…………」
「……あくまでもだんまりか?」
そこまで言うと、伊与は持っていた刀を構え直した。
さっと、男の顔が青くなる。だが伊与は口調ひとつ変えず、
「どっちみち私には、貴様を殺す理由がある。……そうだな、弥五郎?」
「……ああ」
俺は、うなずいた。
村が襲われたあの日の悔しさと絶望が、心の中を満たしていく。
シガル衆の人間に対して、同情も憐れみもない。こいつらにかける情けなど、ない。
「では、そういうことだ」
伊与は、その刃を相手の首筋に当てた。
「ま、待て……」
「待たない。村のみんなの仇だ。……死ね」
伊与は、相手の首を断つべく、刀を大きく振り上げて――
その瞬間だ。
「ま、待てっ、待ってくれ! おれがここにいる理由を話す! だから待てっ!!」
その叫びに、伊与はぴたりと動きを止め。
俺も、わずかに片眉を上げて、シガル衆の男を見つめた。
「どういう理由だ? 話してみろよ」
俺は、ぎろりと相手を睨みながら問う。
シガル衆の男は、次郎兵衛たちに抑えられ、汗をダラダラと流しつつ、静かに語り出していく。
「お、おれが……。……シガル衆のおれがここにいる理由は――」
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