第65話 出陣のおたけび
シガル衆の男は、静かに語り出した。
「お、おれは。……おれたちは、シガル衆は、織田家と斎藤家の会見を襲い、めちゃくちゃにぶち壊すつもりなんだ。俺はその偵察のために、ここに来たんだ……」
「なに? ……なぜだ。どうして、そんなことをしようとする?」
伊与が険しい顔のまま、問う。
シガル衆の男は続けた。
「決まっている。我ら野盗にとっては、濃尾平野が平和になっては困るんだ。織田家と斎藤家が争って、世が乱れてくれたほうが、仕事がやりやすいんだ」
男は、へらへらっと、媚びるように笑いながら言う。
なにが面白いのか。それとも正直に答えていますよというアピールなのか。
……俺は顔をしかめながら、尋ねた。
「シガル衆がいくら強くても、織田家や斎藤家に敵うわけがないだろう。相手は仮にも大名だぞ」
「もちろんウチのお
「襲うだけ……」
「シガル衆が織田の旗を立てて、会見を襲撃する。したと思ったら、さっとひきあげる。……これだけでいい。これだけで織田の信用は台無しだ。織田と斎藤の関係は断絶し、いくさになる。美濃と尾張は荒れるだろう」
「そんなにあっさりと、両家の関係が崩れるわけないだろう!」
伊与が叫んだ。
だが、男はまたにやっと笑った。
「どうかな。織田家の当主は、あの三郎信長だ。うつけだと評判の男だ。織田の旗を掲げた集団が会見を襲えば、斎藤山城守(道三)も、斎藤家の家来も、あるいはあのバカ殿ならばやりかねないと思うだろう。……それだけでいい。人間と人間の関係など、ちょっとした疑惑の種を植えつけるだけで充分だ。――や、まあ、これはうちのお頭の言葉だがね」
お頭、か。
シガル衆の頭目、
やつの顔は、いまでも覚えている。忘れられるはずもない。
背が高く、彫りの深い顔立ちをしていたあの男……。野盗としてますます稼ぐために、尾張と美濃の平和をブチ壊しにしようってハラか。
「……そうはさせない」
俺は、独りごちるように言った。
「会見は必ず成立させる。シガル衆に邪魔はさせないさ」
決意を込めた声音で言うと、かたわらの伊与もうなずいた。
「その通りだ、弥五郎。シガル衆の思い通りになどさせない」
そう言うと彼女は、再び刀の刃を、シガル衆の男の首に当てた。
「ひっ……た、頼むよ。助けてくれ。いろいろ、しゃべったじゃねえか!」
「もう少し、聞きたい。シガル衆はいまどこにいる?」
「ど、どこって……」
「会見を襲うシガル衆だ。正徳寺を襲うために、その近くにいるんだろう? 居場所を教えろ。それと、シガル衆の数もな」
伊与は、低い声で言う。
男はいよいよ震えあがり、
「正徳寺の南……祖父江城の近くにある、川沿いの森だ。お頭たちは、そこにいる」
と、白状した。
「数は50人だ。いまのシガル衆はこれで全員だ。……な、しゃべっただろう。助けてくれよ。な、な、な?」
「……竹ヶ鼻。50人。なるほどな」
伊与は小さくうなずいた。
男の顔色と声から、嘘ではないと判断したようだ。
俺も、男は本当のことを言ったと思う。
そして――
「回答ご苦労」
伊与は冷徹なまなざしをして、その一言と共に、刀を降り下ろした。「や、約束がちが――」……シガル衆の男は、最後までしゃべることができなかった。一刀のもとに殺害されたからだ。
その淀みない動きに、俺もカンナも神砲衆も、一瞬、呆気に取られて――
「こんな外道に、約束を守る必要はない」
「……その通りだ」
伊与のセリフに、俺は大きくうなずいた。
そうだ。シガル衆のような連中に同情の余地などないんだ。
こいつも、村の仇のひとりだ。……村人たちの無念は、晴らさなければならない。
「弥五郎。伊与」
そのときカンナが口を開いた。
「どうすると? シガル衆のこと、織田家に知らせんでいいと?」
「もちろん知らせるさ」
俺は、北に目をやった。
織田家に使者を走らせよう。藤吉郎さんか前田さんに知らせればいい。シガル衆に気をつけるべし、と。
……だが、使者がもし間に合わなかったら、会見はぶち壊しになってしまう。そもそも、織田の旗を立てたシガル衆が正徳寺を襲撃するだけで、会見は台無しになってしまう可能性があるのだ。
だとしたら、俺たちがとるべき行動は――
そのとき、伊与が言った。
「弥五郎。シガル衆と戦おう」
その眼は真剣だった。
「……俺たちだけでか?」
「もちろんだ。織田家に使者を飛ばしつつ、私たちも祖父江の森におもむき、戦うのだ。シガル衆の居場所は分かっているのだからな。こちらから出向いて壊滅させてやる」
「…………」
「数は、敵が50。こっちも50。互角だ。それに武装なら、私たちのほうが絶対に上だ」
「確かに、ぐずぐずしている時間はなさそうだ。会見が襲撃されたら元も子もない」
「そうだろう。……やろう。織田家のために、濃尾平野の平和のために」
「……そして、村のみんなの仇討ちのために」
俺が言うと、伊与は大きくうなずいた。
そうだ、戦おう。……戦うために、俺はこれまで動いてきたんだ。
悩むことはない。これは最初から、俺たちの戦いだ。
両親の仇。村のみんなの仇。許せない悪党。……シガル衆を倒したい!
「分かった。行こう、伊与!」
「ああ。……やるぞ、弥五郎!」
俺と伊与は、首肯を交わし合った。
後ろを振り返り、「みんな、いいか?」と問う。
仲間たちは、うなずいた。
「大将。もとより我らは、お下知さえいただければどこまでもいきますぜ」
「手柄を立てたら、褒美をくだせえよ!」
「それと、堤さまのとびっきりの笑顔もね!」
自称・聖徳太子たちが明るい声を飛ばしてきた。
わっと、集団の空気が明るくなる。ありがたい。俺はいま一度、微笑を浮かべうなずいた。
うなずきつつ――
「織田家に使者も出す」
と、言った。
「使者は、カンナとあかりちゃん。それに次郎兵衛。……頼めるか?」
「え? あたしたち?」
「織田軍の中にいる藤吉郎さんたちと親しいのはカンナたちだ。頼むよ」
と、これは嘘ではないが、別の理由もある。
カンナとあかりちゃんは、戦闘員じゃない。
シガル衆との戦いに連れていくわけにはいかない。
次郎兵衛も、彼は甲賀からの出向だからな。……まあ、カンナたちの護衛って役目もあるんだけど。
「…………。……分かった。これも大事なお役目やもんね」
「……ですね。それにわたしがいても、足手まといですし」
「アニキ。ご武運をお祈りしていやす」
「ああ、ありがとう。頼んだぜ。カンナ、あかりちゃん、次郎兵衛」
俺は三人の名を呼ぶと――
ついに、吼えた。
「いくぞ!
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