第24話 千里の道も一歩から

「イノシシ退治はオレが引き受けた仕事だ。てめえ、なにオレの仕事を横取りしようとしてやがる。……ヒック。……金1貫と米1俵は、譲れねえよ!!」


 凄まじい剣幕で、俺を睨みつけてくる滝川一益。

 し、しかし。……は、迫力がすげえ!

 酔っぱらっているのに、とんでもない眼力だ。


「ヒック。……ちくしょう、酒のせいで外れちまった。だが次は外さねえ。ウイッ。……オレの仕事を分捕るんじゃねえ!」


「や、やめてください、滝川さま。この人はうちのお客様で――」


「あかりちゃんは黙ってろ!!」


 滝川一益はさらに、フトコロから棒手裏剣を取り出した。

 かと思うと、いきなり俺のふところまで飛び込んできて、手裏剣の先端を俺の喉元に突きつけてきたのだ。


 ……早い!

 なにもできなかった。

 シガル衆の下っ端や、カンナに絡んでいた連中とは段違いの力量だ。

 俺は、反射的に、革袋の中の早合に手を伸ばしていたのだが、しかしそれを銃に装填する暇もない。


「仕事を横取りするやつは、ブッ殺す。ひっく」


「う……」


 俺はどうにもできず、押し黙った。

 だが、そのときだ。


「やめてっ!!」


 突然カンナが叫び、いきなり滝川一益の背中にしがみついたのだ。


「うおっ!?」


「弥五郎を殺さんとって!」


「ど、どけっ、小娘!!」


「どかんし! その武器、捨ててっ! お願いやけん――」


 一秒か、二秒か。

 短い時間、ふたりはもみ合った。

 そして、その結果――ふぁさり。


 カンナのかぶっていた布がほどけ、地面に落ちた。


「「……!!」」


 滝川一益と、あかりちゃん。

 ふたりは息を呑む。


 夕焼けで満ちた、紅一色の世界の中。

 美しい金髪が、サラサラと風に揺れていた。


「お、お前……」


「き、綺麗な髪。――きらきらしてる」


 滝川一益もあかりちゃんも、おそらくはじめて見る金髪。

 その髪の色に、ふたりは呆然としている。

 カンナは無言のまま、焦ったようにみずからの長い髪をつかんだ。


 場の空気が、静まる。


 滝川一益からそっと逃れた俺は、静かに言った。


「この子は外国の血を引いているんです。だからこういう髪の色なんですが」


「「…………」」


「……あの。仕事を横取りしようとして、すみませんでした。酔っぱらっておられるから、無理なんじゃないかと思って名乗り出たんですが、失礼なことをしました」


「「…………」」


「カンナ、ありがとう。助かったよ。……行こう。ちょっと縁がなかったみたいだ」


「あ。……うん」


 俺とカンナは、その場を立ち去ろうとする。

 そのとき「おい」と滝川一益が言った。


「布を忘れてるぞ」


「え」


 振り返ると、確かに彼の足下に布が落ちている。

 カンナがまとっていた布だ。


「…………忘れるんじゃねえよ」


 滝川一益は、ぶっきらぼうな口調で。

 しかし何気ないしぐさで、落ちている布を拾おうとした。

 すると。――彼は突然、目の色を変えた。


「こ、こいつは……?」


 どうやら、なにかを見つけたらしい。な、なんだ?

 彼は、カンナの布と一緒にその『なにか』を拾い上げて、見つめている。

 滝川一益が持っているそれは――


「早合……」


 もちろん俺のものだ。

 そうか。さっき、滝川一益に迫られて、革袋に思わず手を突っ込んだときだ。

 ひとつ、袋からこぼれ落ちてしまっていたらしい。


 滝川一益は、早合を見て、驚いた表情である。

 かと思うと、指先で触り、クンクンと匂いをかぎ、さらに眉間にしわを寄せる。


「これは、ハヤゴウ、っていうのか。お前、これをどこで手に入れた?」


「手に入れたというか。……作ったんです」


「作った!? お前が!? 本当か!?」


「はい」


「……火薬と弾を、紙で包んでいるのか? こんな変なもん、見たことがねえ。……おい、これはもしかして、火縄銃で使うやつか? 使ったらどうなる!?」


「……短い時間で、撃つことができます」


 俺は早合の仕組みや特徴、性能を、滝川一益に話した。

 すると彼は驚き、何度も何度もうなずいた。


「オレも鉄砲には詳しいつもりだったが、こんな発想はしたことがなかったぜ。お前――やりやがるな。大したもんだ。見事だ……!」


 滝川一益は、ひたすら驚いている。

 まあ、そうだろう。紙製の薬莢は西欧にはすでに登場しているが、まだこの時期の日本には登場していない。出てくるのはもう少しあとの時代のはずだ。


「……久しぶりだぜ」


「え」


「……何年ぶりだろう。こんなに興奮するのは――」


 そして滝川一益は、叫んだ。


「頼む。早合の作り方や使い方を教えてくれ。もっと知りたいんだ、鉄砲のことを!」


「え――」


「お願いだ! 謝礼ならなんでもしよう! いまは金も米もないが、必ず払うから――」


「え、え、えっと。……いや、でも――」


「や、やっぱりだめか!? 一生のお願いなんだが、それでもだめかっ!?」


 滝川一益は、やたらガッついてくる。

 ……一生のお願いってフレーズ、あんまり信用できないんだが……。


「頼む、なんでもするから! ど、どうだ、オレの裸踊りとか? これでも酒の席での余興には、ちょっとした自信が――」


「やめてください、滝川さま!」


 あかりちゃんが全力で止める。


「じ、じゃあやっぱり金だな。あかりちゃん、ちょっくら金を貸してくれ。ちんちろりんで増やしてくる!」


「だからそれもやめてください、滝川さま!」


 あかりちゃんが、やっぱり全力で止めた。

 俺とカンナは、妙な流れに声を失っていたが――

 やがて俺は、言った。


「別に謝礼とかはいいですけど。俺が気にしているのは、さっきのイノシシ退治の話です」


「あ。……ああ、あれか」


「ええ、あれです。……実は俺たち、いま、金を稼ぎたいんです。だからイノシシ狩りをして、少しでもお金や米が手に入るのならそれをやりたいんです」


 俺は、滝川一益の目を一直線に見据えて言った。


「どうでしょう、これはあくまで提案なんですが。……イノシシ退治を一緒にやりませんか? 報酬は折半」


「む」


「その代わり、早合の仕組みもお教えします」


「む。……む、む、む!」


 滝川一益は、俺の提案を受けて、考える顔を見せたが――

 やがて、大きくうなずいた。


「……それで本当に、早合とやらのことを教えてもらえるなら、そうしよう!」


「いいんですね!?」


「滝川に二言はねえ!」


 滝川一益は、大きくうなずいた。

 ……よし、やったぜ。イノシシ退治の仕事を手に入れた!

 報酬はわずかに、銭1貫と米1俵。しかもその半分だ。

 しかしそれでも、千里の道も一歩からだ!

 カンナの言う通り、この仕事をきっかけに、商売のきっかけがつかめるかもしれないしな。


 俺とカンナは、思わず顔を見合わせ、目を細めたものである。

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