第25話 滝川一益の謎

 翌日。

 俺、カンナ、滝川一益、あかりちゃんの4人(と馬1頭)は、海老原村へと向かった。


『もちづきや』は確かに破格の宿だった。

 素泊まりで、ひとり1泊20文。俺とカンナで40文しかかからなかった。

 板張りの部屋に、雑魚寝という環境だったがこの値段なら充分だろう。

 いちおう、部屋の中についたてはあったし、なによりも夜露が凌げれば充分だ。



《山田弥五郎俊明 銭 5貫260文》

<最終目標  5000貫を貯める>

<直近目標  海老原村のイノシシを退治する>

 商品  ・火縄銃   1

     ・陶器    3

     ・炭    20

     ・早合    4

     ・小型土鍋  1



 ちなみに昨晩と今朝の食事は、小型土鍋で炊いたヒエである。

 あかりちゃんが、サービスで少し分けてくれた漬物も食べたけど。

 あれはうまかった。


「昨日はいろいろと悪かったな」


 津島に向かう途中、滝川さんは俺とカンナに謝ってきた。


「なんていうか、酔ってたんだ。特に手裏剣を投げつけたのは悪かった」


 今日の滝川さんは、しらふだ。

 昨日、彼はけっきょく、あれからいったん家に帰った。

 そして今朝、背中に火縄銃を背負って、再びもちづきやに現れたのだ。

 俺が使っている銃よりは、綺麗で上質の火縄銃だった。


「――まったくオレの悪い癖だ。この酒癖のせいで、どこに仕官しても長続きしねえ」


「滝川さま、もうお酒はやめたほうがいいですよ」


「いつも翌朝にはそう思ってる。……うぷ」


 ――しらふだが、二日酔いではある。

 さっきから、決して顔色はよくない。

 吐き気がするらしい。「すまん」と言って道端に向かってうずくまってしまう。


「……でも、よかったです。今日はもう、お酒を飲んでいないみたいだから。ふだんの滝川さまなら、10日は飲み続けちゃうから」


 あかりちゃんが笑顔で言った。

 えくぼが、とても可愛い。


「お兄さんの、早合ですか。あれのおかげですね」


「滝川さん、よっぽど衝撃受けたんだな、あれに」


「もともと好奇心と向上心の強いお方ですし。……若いころは、天下一の侍大将になってみせる、っていうのが口癖でしたよ」


「へえ。それがどうして、あんなに酒飲みになっちゃったんだろう?」


「それは分かりません。実家のほうでいろいろあったみたいですが」


「ふうん……」


 俺は、道端にうずくまっている滝川さんの背中を見た。

 あそこまで酒飲みになるのは、褒められたことじゃない。

 だけど、気持ちがまるで分からないわけでもない。

 前世で、飲んだくれたいと思ったことは何度もあったしな。

 酒がダメな体質だったせいで、そうはならなかったけど。


 やがて滝川さんは、戻ってきた。


「……ようやく少し落ち着いたぜ。すまんな、山田、あかりちゃん」


「滝川さま、お水飲みます?」


「ああ、頼む。……ごくごくごく」


 あかりちゃんが竹筒を差し出す。滝川さんが水を飲む。

 その様子を、カンナは無言で観察していた。

 金髪と、赤いマントが、風に揺れている……。


 ……さっき、滝川さんはカンナに話しかけなかった。

 あかりちゃんも、あまりカンナと関わろうとはしない。

 金髪に抵抗があるのか。どう話したらいいのか分からないのか。

 どうにかしたい気もするが、こればっかりは俺にも名案が浮かばない。

 カンナと、滝川さん&あかりちゃんは、口を利かないままだった。




 ――さてその後。

 津島から1時間ほど歩くと、そこには確かに小さな集落があった。

 家屋が数軒と、田畑が少々。小さな村である。人の気配も少ない。


「ここが海老原村だよな? あかりちゃん」


「そうです。あそこに見えている家に、わたしの親戚が住んでいるんですが」


 と、彼女が遠くを指さした。

 そこには確かに家がある。


「とりあえず、行ってみるか」


 そう言って、俺が歩き出そうとした瞬間だ。


「ッ! や、弥五郎!!」


 カンナが悲鳴をあげ、あかりちゃんとはまったく別の方向を指さす。

 なんだと思って、見てみると――うわっ!!

 なんとそこには、問題のヤツが。


 そう、畑の中にイノシシがいたのだ。

 イノシシは、じろりと、こちらを見てくる。


 ……だ、大丈夫。

 前世で剣次叔父さんから聞いたことがある。

 イノシシは本来、臆病な性質で、人を襲うことはめったにないって――


 だが、そのときだ。

 イノシシは、突然、俺たちのほうへと突っ走ってきたのだ!

 な、なんだって!? なんでいきなり!!


 イノシシは、文字通りの猪突猛進。

 俺たちは思わず左右に避けたが、しかしただひとり、


「カンナ!」


 ――そう、カンナだけは怯えてしまったのか、その場にぺたんと座り込んでしまった。


「やべえ!」「カンナさん!」「カンナッ!」


 滝川さんが、あかりちゃんが、俺が、それぞれ彼女のことを呼ぶ。


「ッ……!」


 カンナは、声にならない声をあげた。 

 イノシシは、やはり、彼女のほうへと突っ込んで――


 や、やばいっ!!

 カンナがやられる!?

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