第45話 豊臣秀吉と滝川一益

「滝川さん、三郎さまを探す方法とはなんです?」


「知れたこと。甲賀衆に仕事を依頼するのさ。『織田三郎信長を探してほしい』とな」


「甲賀衆に……!?」


「そうだ。いま、甲賀はようやく少し落ち着いた。いまなら、里の者の一部を尾張に連れてきて、仕事をさせることができる」


「…………」


 俺は少し考える。

 忍びの集団である甲賀衆に、信長捜索を依頼する。

 これは確かに名案だ。俺たちがチョコマカと尾張や美濃を探すより、ずっと確実に、そして素早く信長を見つけてくれるだろう。


「せ、せやけど滝川さん。いくらあたしたちと滝川さんが親しいって言っても、甲賀衆がそう簡単に動いてくれるん?」


 カンナが、当然の疑問を口にする。

 その質問を予期していたかのように、滝川さんはニヤッと笑って、


「無論、タダでは動いてくれない。金が要る。いくらオレたちとお前の間柄といってもな。――なに、ずいぶんと恰好をつけて言っているが、甲賀衆も実のところ、物入りなのよ。長い間、戦が続き、銭や物が不足している。雇われでもなんでもいいから金が欲しいというのが本音さ。オレが津島に戻ってきたのもそれが理由のひとつでね。濃尾が荒れているようだから、ひとつ儲け話がないかやってきたのさ。もちろん、お前らやあかりちゃんに会いたかったのも嘘じゃないけどな」


「なるほど。甲賀者は銭で動く、か。……そりゃ分かりやすくていいのお」


 藤吉郎さんが、ニヤッと笑う。

 そんな藤吉郎さんを、滝川さんはジロッと睨んで、


「おい、木下とやら。別に銭でばかり動いているわけじゃねえぞ。忍びの世界にも義理はある。あまりに無理難題を押し付けるやつらにゃ、いかに銭を積まれようともオレたちは動かん。そこんところ、ちゃんと心得ているだろうな?」


「ほ。……そりゃ、もちろん。……いやいや無論! 甲賀者は義理でも動く。よう心得ておるわいな。いや、いまのは失言であった。すまぬ、すまぬ。そう目くじらを立てなさるなよ、滝川どの。のう! はっはっは!」


「……そうでかい声で謝るなよ。分かりゃいいんだ……」


 藤吉郎さんと滝川さんの間に、微妙な空気が流れる。

 そう、実はこのふたり、今回が初対面なのだ。

 俺を通じてお互いのことを認識してはいたが、顔を合わせるのは今日が初めて。

 そして、どうも――なんだかウマが合うような合わぬような、やや険悪な雰囲気をお互いに醸し出している。


 木下藤吉郎秀吉と、滝川一益か……。

 のちの史実を知っている俺としては、ややヒヤリとする名前の連なりだ。

 ふたりはのちに、共に信長に仕え、台頭し――織田信長の死後、対立する。

 そして最終的に、滝川一益は秀吉に敗北する。しまいには、織田信長の葬儀を仕切った秀吉に「この葬儀には滝川殿の席はなし」とまで言い切られてしまう。敗者の運命は実にみじめだ。


 と、この通り……。

 この世界が俺の知っている史実通りになれば、ふたりの関係は実に悲劇的な結末を迎える。

 そうならないよう、努力したいところだが――とりあえずいまの段階では、藤吉郎さんと滝川さん。ふたりはひとまず、手を組むことができるだろう。この俺、山田弥五郎を通じて……。


「というわけで、山田。それに大橋どの。どうだ。神砲衆と津島衆は、三郎信長捜索を、我ら甲賀衆に依頼するかい? 礼金は――さしあたって2000貫。成功報酬、つまり後払いでいい。三郎の行方なり、あるいは生死なり、必ず突き止めてみせる。……どうだい?」


「「…………」」


 俺と大橋さんは目を見合わせた。

 大橋さんは、悩みどころだろう。金を費やしても信長は見つからないかもしれない。あるいは見つけたとしても、信長は敗北するかもしれない。織田家は、織田信勝のものになるかもしれないからだ。


 いっぽう俺はというと――俺の心はもちろん決まっている。

 藤吉郎さんと、お互いに深々とうなずき合い、告げた。


「三郎さまの捜索を、甲賀衆に依頼します」


「……わたくしも、依頼しよう」


 大橋さんも、口を開けた。


「いいんですか? 大橋さん」


「構わぬ。津島衆は、すでに三郎さまに賭けている。あの赤塚の戦いのときからずっと」


「……なるほど」


 その答えで、俺は納得した。

 そして滝川さんも、うなずいた。


「承知した。では甲賀衆は正式に仕事を引き受けたぜ。……まず一か月。待ってくれ。それだけあれば三郎信長の行く末、必ず見つけてみせる」


「期待しとるでよ。滝川どの!」


「――……」


 藤吉郎さんが、明るく声をかけた。

 滝川さんは、チラッと藤吉郎さんのほうを見て、なにか言いかけたが――すぐにやめて、


「じゃあ、行くぜ」


 それだけ言うと、俺たちと、それからあかりちゃんに向けて片目をつぶり、屋敷を出ていった。

 甲賀に戻り、仲間を連れてくるつもりなのだろう。


「……わしゃ、どうも嫌われたかのう?」


 藤吉郎さんが、苦笑いを浮かべる。

 するとあかりちゃんが、ちょっと困ったような顔をした。


「あの、ごめんなさい。滝川さまは、悪いお人じゃないんですよ。ちょっと不器用なだけで」


「わーかっとる、わかっとる。あかりが悩む必要はないわいな。なに、不愛想な男にゃ慣れておる。三郎さまも、機嫌が悪いときはそりゃもう、背筋が凍るほどに不愛想じゃからのう!」


「そ、そうですか。……それなら、いいんですけど」


 あかりちゃんは、ホッとした顔を見せる。

 だが、俺は気付いていた。藤吉郎さんの明るさが、作りものだということに。


 ――木下秀吉と滝川一益。


 この関係。

 注意深く見守っていかないと、おそらく大変なことになるぞ……。

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