第3話 竹中半兵衛の天命

「弥五郎、ゆくぞ! 右手の明智勢に遅れを取らせんよお、家来どもにようと言い聞かせておけよ!」


「任せておけ。神砲衆印の改造連装銃、鉄砲上手に明智衆にも決して退けはとらせん! ……準備はいいな、撃てぇっ!!」


 どん、どん、どどどん、どん、どぉん……!!


 越前府中、夜の荒野に、豪雨のごとき弾丸たまが飛ぶ。

 羽柴秀吉指揮下の軍勢、その一部に位置する俺の神砲衆二百人が、一気に連装銃をぶっ放したのだ。


 天正3年(1575年)8月15日。


 織田軍は越前を攻めていた。総大将は信長がみずから務めている。先鋒は明智光秀と、羽柴秀吉だ。明智軍と羽柴軍は競い合うように、夜の闇の中、鉄砲を撃ち放ち、敵陣に情け容赦のない攻撃を仕掛ける。


 いまから2年前、越前国を支配していた戦国大名、朝倉家は信長によって滅ぼされた。その後は、朝倉家の旧臣の中でも信長に従った者たちが、越前の支配を任されていたのだが、この旧臣たちは内輪もめを始めてしまった。


 そのスキを突いて、一向一揆いっこういっきが越前に進出してきた。越前は一揆持ちの国となった。


「越前を朝倉の旧臣に任せた余の過ちである。越前は余がみずから平定する」


 信長はそう言うと、近江を支配する配下の大名たち――すなわち羽柴秀吉と明智光秀を従えて越前に攻め込んだ、というわけだ。俺自身も、橋の工事をカンナに任せ、神砲衆を率い、羽柴軍として出陣したのであった。


 長篠の大勝もまだ記憶に新しい。

 羽柴軍は俺の家来も含めて士気旺盛で、真夜中だというのに、これでもかというほど鉄砲弾を一揆勢に浴びせまくった。「ぎゃあ!」「うわぁっ!」「敵だ、織田軍だ!」悲鳴が次々とあがっていく。


「あそこだ、あの明かり目がけて、弾丸を撃て。遠慮はするな。どんどん撃て!」


 俺が指さしたその先には、小さなたいまつが点いている。

 あの明かりのおかげで、鉄砲の狙いがつけられるのだ。

 たいまつをこっそりと仕掛けたのは、五右衛門と次郎兵衛である。


「このまま弾丸を浴びせれば、恐らく敵はこちらから見て左手に逃げるでしょうね。脇道が見えますので」


 涼しい声で、竹中半兵衛が言った。

 夜の闇の中、彼の顔は妙に青白く見える。


 秀吉は大きくうなずき、


「心得ておるわ。あの道には蜂須賀勢を潜めておる。なぁに、小六兄ィならうまいこと挟撃してくれるわの!」


「はあ、どうやらこれでお味方大勝、ということですね。それではわしは、どれほどの褒美が必要になるか計算を始めませんと」


 と、難しい顔で帳簿をつけはじめたのは羽柴小一郎である。

 カンナ譲りの計算法で、手柄を立てた者に与える金銀、銭、その他もろもろを計算し始めている。


 ……ふう。

 今回も、特に問題なく終わりそうだな。

 俺は大きく息を吐いた。


 歴史上、信長や秀吉が苦戦する場面ではないことを知ってはいたが、それでも、うっかり油断をすると桶狭間第1ラウンドのときみたいに、信長敗北となりかねない。そうはならないように、準備は手抜かりなくしていたが。


「明智殿も、さすがの武辺を見せておるで。こりゃ先鋒の手柄は引き分けっちゅうところかのう」


 秀吉が苦笑しながら、右手に顔を向ける。

 荒野のはるか彼方に、チカチカと小さな明かりが明滅している。

 やがて勝ちどきの声が聞こえてきた。秀吉の言うとおり、明智軍も活躍したようだな。


「さすがの戦上手だな、あっちも」


「大殿みずから総大将を務めておるんじゃ。そりゃ手は抜けん。しかし明智殿は近ごろ、采配が神がかりになってきたのう」


 まったくだ。

 未来知識と、チート武器まで揃えているこの俺がいる羽柴軍と、まったく互角の攻勢とは。……いや、こういう思考は危ないな。思い上がりも甚だしい――


 とはいえ。

 やはり思うのだ。

 明智光秀。まったくその武、天晴れなり、と。


 やがて前線の蜂須賀正勝から使いがやってきて、夜襲に成功、一揆勢はさんざんに討ち取られ、残った敵も逃げた、と報告が来た。羽柴軍の本陣は、わっと湧いた。


「よし……」


 俺も目を細めた。

 ふと隣を見ると、竹中半兵衛と目が合った。

 沈着な彼でもやはり戦勝は嬉しいのか、微笑を浮かべていた。俺も笑顔を返した。


 竹中半兵衛の顔は、やはり少し青かった。




 朝を迎えた。

 信長の本陣から眺める荒野は、死屍累々。

 思わず目を背けたくなる景色が広がっていた。

 もう相当の場数を踏んできたというのに、相変わらず、遺体の山は見慣れない俺であった。


「残った敵は」


 信長が問うた。

 すると、昨晩は織田本陣に残っていた柴田勝家が、


「府中の町に逃げ込みましてござる」


「よし、権六。次はそちの番じゃ。柴田衆を府中に突っ込ませて、一揆の残党を残らず討ち取れ」


「心得て候」


 柴田勝家は、隣に控えていた家臣に何事か伝える。すると家臣はすぐに織田本陣から飛び出していった。残党狩りに出陣したのだろう。


 信長は、その様子を満足そうに眺めていたが、やがてかたわらの秀吉と明智光秀のほうを振り返って、


「羽柴、明智。共に先鋒をよう勤めた。褒美は後日、必ず渡す。楽しみに待っておれ」


「「ははっ」」


「次に、権六」


「はっ」


「一揆衆をこの国から叩き出したあとは、権六、そちに越前を与える」


「は。……ははっ!?」


 柴田勝家は、顔を上げた。


「朝倉の旧臣に越前を預けたのは余の誤りであった。この国を治めるのは、織田の重臣でなければなるまい。となれば権六、そちが適任よ。そちならば、一揆が再び立ち上がろうとも、骨になってもこの国からどくまいが。……うん?」


 信長は嬉しそうに、柴田勝家をからかうような声を出す。

 柴田勝家はしばらく驚愕していたが、やがて、ははっと平伏し、


「この権六めに一国をお任せくださいましたこと、身に余る光栄、必ずや大殿のご期待にそうことを、お約束致しまする」


「よい返事じゃ。今後、そちの与力として、……前田と佐々をつけよう」


 前田利家と佐々成政か。

 揃って、俺の若いころからの友だ。

 いまこの場に彼らはいない。敵の襲撃に備えて、織田本陣の周囲に手勢と共にいるはずだ。


 前田利家と佐々成政が柴田勝家の与力となるのは、史実通り。知ってはいたが、実際に目の前でその光景を見ると、友人の出世が嬉しくて、思わず笑みをこぼしてしまう。


「山田、なにを笑っておるか」


「は。……はは」


 信長から突然声をかけられて、俺は平伏した。


「ふん、どうせ又左や内蔵助の出世が嬉しくて笑っていたのであろう」


「は。お見通しで……」


「山田はそういう男よ。友思いの愛いやつじゃ。はっはっ……。……山田、権六は国を持って、采配するには知らぬことも多い。そちがしばらく越前に残り、いろいろと教えてやれ。そちならば越前で商いを行ったことがある。助言もできよう」


「は、はい。……柴田さん、越前はまだ座の支配が強うございます。ここで突如として楽座にすれば、民の生活にも影響を与えます。朝倉家も一向一揆もいなくなったいま、突如として織田の流儀を通すのは、混乱を生みます。


 まずは座の特権を認めましょう。特に薬を商う唐人座は、楽座にして対立するよりもまずは活かす方向として、座の特権を認めてやり――」


「山田。陣中で商法を教えるのはやめい。権六も目を白黒させておる」


「は、ははっ、すみません」


 信長に笑みをつっこまれたことで、ドギマギとしていた俺は、思わず商売について語ってしまい――またも、信長につっこまれた。織田の本陣は大笑いになった。ちくしょう! 俺は一瞬、赤くなったが、――まあ、それでみんなが明るくなるなら、それでいいとも思った。


 明智光秀だけは、笑っていなかったが。


「いや、この権六は武骨者ゆえ、座について教えてくれると大変助かる。頼むぞ、山田」


「はい。お任せください」


 柴田勝家からも頼まれた俺は、大きくうなずいた。

 信長は満足そうに微笑み、


「よし、ではこのまま一揆勢を完全に踏み潰す。その後、我々はそれぞれの領国に戻るが、柴田勢のみは越前に残り、後始末をせよ。山田も残れ。……筑前、よいな?」


「はっ、それはもう。大殿のご命令ならば、弥五郎を唐天竺に残せと言われても、この筑前はぺこぺこでございます」


「たわけ。誰が冗談を言えと言った」


 それで本陣はまた、大笑いになった。


 その後、一揆が越前から駆逐されると、信長の指示通り、俺はこの国に残って、柴田勝家に商売のことをいろいろと伝授したのである。


 さしあたって、すぐにできそうなのは関所の廃止であった。流通を良くして、商いを活性化させるのは基本中の基本だ。俺は柴田勝家と話し合い、また場合によっては岐阜に使者を飛ばして信長の許しを得ながら、柴田勝家の越前支配の手助けをしていった。




 ――時はさかのぼり。


 柴田勝家が越前国を与えられたその日の夕方。

 織田本陣の近くに、小さな寺があった。今回の戦いで怪我をした者はその寺に集められ、手当を受けていたが、その中に竹中半兵衛の姿もあった。


 半兵衛は何度か、咳き込んだ。

 やがて立ち上がり、負傷者の横を通り抜けて、寺の裏庭にやってくる。


 明智光秀がいた。


「久しゅうござるな」


「これは明智殿。お互いに忙しくなりまして」


 美濃人として、年は離れているが友人同士であったふたりである。こうして顔を合わせるのはいつ以来か。


「明智殿。こたびの戦、実に見事な活躍ぶりでございましたな。半兵衛、目を丸くしてござる」


「まったく。我ながら鬼神のごとき采配ぶりと思っております」


 自画自賛である。

 光秀はまったく謙遜しなかった。

 実際、今回の明智光秀の采配は素晴らしかった。


「いやいや、こたびだけではなく、近ごろの明智殿はまったく、古今無双の戦ぶりです。義経や尊氏、楠木正成、あるいは唐土もろこしの項羽や関羽でも及びますまい」


「自分でもそう思っています」


 けろりと明智光秀は言った。

 半兵衛はニタリと笑った。

 そういうあなただから大好きだ、と言わんばかりである。


「その上で」


 と竹中半兵衛は前置きすると、


「申し上げますが、さてこたびの戦の羽柴勢。妙なものです。確かに筑前殿は戦上手。与力の蜂須賀殿も、弟御の小一郎どのも、なかなかの人物。半兵衛、そこは認めます。……とはいえ」


 竹中半兵衛は、ちょっと首を振って、


「奇妙なことですよ。いまの羽柴勢では、どう頑張っても明智殿には勝てないのです。この半兵衛がいても、です。残念ながら、そうです。羽柴秀吉、見事な武将ですが、それでもいまの明智殿には、この半兵衛の見たところ、勝てない。いまの明智殿はそれほど戦上手。大殿様(信長)でも勝てますまいな」


「……なにをおっしゃりたいので」


 さすがの光秀も、半兵衛の言わんとすることが読めず、戸惑い気味の声を返す。


「本来、こたびの戦いの一番手柄は明智殿になるのが当然ということです。ですが実際には、羽柴と明智が両雄並び立った。なぜか? ……あの男がいるからです」


「山田弥五郎」


「そう」


 竹中半兵衛はうなずいた。


「ずっと、あの男を見ております。どんなときでも。長篠でもそうでした。……やはりあの男、器量としては並の上出来程度。手先が器用なのは間違いありませんが、本来、武将としてはそれほどの人物ではないのです。それなのに、あの男と神砲衆がいれば、羽柴勢は明智殿に敵うほどの手柄を立ててしまう。どうにも解せない。分からない。この半兵衛の智恵をもってしても」


「…………」


 明智光秀は、じっと竹中半兵衛を見ていたが、やがて半兵衛は激しく咳き込んだ。


「竹中殿、薬師を呼びましょう」


「いえ、結構。……嫌な咳でしょう? ……天命は、残りわずかと考えています」


「まさか」


「自分の身体です。わかります。恐らく、あと2、3年の命。で、あるならば」


 竹中半兵衛は、目を見開いて、


「この半兵衛、残りの生命すべてをかけて、あの山田弥五郎の正体を突き止めまする。なにかあるのです、あの男には。そのなにかを突き止めて、ふふ、……明智殿にお教えしましょう。この半兵衛が、必ずや、あの不気味な商人の力の源を突き止めます!」




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長らくお待たせして、申し訳ありませんでした。

これからまた更新をしていきますので、どうぞ今後ともよろしくお願いします。



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