第二部 相克東征編
第1話 甲賀転戦
1554(天文23)年、1月。
近江国(滋賀県)に、嵐が吹き荒れている。
一時は三好長慶と和睦した室町幕府13代将軍・足利義輝は、ふたたび三好家と覇権を争い、しかし敗北。近江国の朽木谷というところにかくまわれた。
それだけに、近江国は。
政争の影響をもろに受けた。
近江国の土豪たちは、将軍派か三好派かでおおいに割れ、日々、争いを繰り広げている。
近江国甲賀も、むろん例外ではなかった。
ひゅん、ひゅん――
甲賀の山々に、火矢が飛び交う。石つぶてが舞う。
三好長慶派の豪族が、足利義輝派を表明している豪族の城を、攻めたてているのだ。
その数は、おおよそ200人。
「放て、つぎつぎと放てッ!」
豪族の大将は、叫ぶ。
彼には計算があった。
いま攻めている城は、城と呼ぶのもおこがましいほど小さい。兵もさほどにいないという噂だ。籠城している兵の数は、50人かそこらだろう。1日で踏みつぶせるはずだ。
「おのおの、手柄を立てい。立身せよ。三好の殿様に認められる機会だぞ!」
大将は、ほくそ笑んだ。
彼自身も、自分が世に出る機会だと思った。
いま目の前にある城郭を落とし、物を分捕り人をさらい、売り飛ばして金や米にする。これを繰り返して力を蓄え、最後は三好家に認められ、ひとかどの大将となってやる。
「そら、もうひと踏ん張り。……ようし、いいぞ! 者ども、功名せい。出世すれば、金も女も思うがままぞ! はっはっは――」
と、彼がばか笑いした、そのときだ。
「た、大将」
兵のひとりが、震え声を出した。
「うん? なんだ?」
「あ、あそこ。あそこ」
「は?」
兵が指さしたほうに、目を向ける。
森があった。うっそうとした森林。
その森から、出たばかりのところに、20人ばかりの兵が、鉄砲を構えている。
そして次の瞬間だった。
「神砲衆ッ! 撃ち放てッ!!」
――俺が。
山田弥五郎俊明が、仲間たちに号令をくだす。
だだだだだん! だだだだだ……!!
何十発もの銃弾が連装銃からぶっ放され、豪族の兵たちを倒しまくっていく。
「な、なんだ、ありゃあ!?」
豪族の大将は、突然出現した俺たちにビビりまくり、唖然とした顔で叫んだ。
そんな大将に向けて、部下らしき兵は大声で叫ぶ。
「大将、ご存知ねえんですかい? ありゃ神砲衆ですよ。ここ数か月、ずっと甲賀の近場に出現している連中です。和田伝右衛門惟政の仲間で、めっぽう腕が立つって評判ですぜ!」
「腕が立つ、だと? ……馬鹿野郎、そんな噂にビビってどうする!? 見ろ、あいつらの数はせいぜい20人ちょっとだ。鉄砲を多少持ってるからどうした! いっぺんに踏みつぶせ――」
だだだだだん!
だだだだだだだだだ……!!
神砲衆は、さらに接近してリボルバーで砲撃する。
豪族側の兵は、ばたばたと倒れていった。
「な、なんでだ。なんでこんなに短い間隔で弾を撃ってきやがる!?」
「知りやせんよ! とにかくやつら、めちゃくちゃ強いって評判なんです! 逃げやしょう、大将!」
「く、くそったれ。……者ども! 仕方ねえ、いったん退くぞ!!」
大将は部下を素早くまとめあげ、その場から一気に退却しようとした。
被害がまだしも少ないうちに撤退する。悪くない判断だと思う。
だが。
逃げ出そうとした豪族たちの前に、横にある別の森の中からまた一団が、さっそうと登場した。
その数、おおよそ30人。いずれも、拳銃から刀身が伸びている、奇妙な武器を構えている。
「なっ……」
伏兵の登場に、豪族の大将はぎょっとする。
その大将に対して、一団の先頭に佇立している少女が告げた。
「悪いな。こちらにもいたんだ」
彼女は――堤伊与は、冷酷な声音でそう言った。
続けて、持っていた刀を、さっと上下に振るう。
それが合図だった。
――ぱぱぱぱ、ぱぱぱぱぱ……!
伊与が指揮する神砲衆別動隊が弾丸を撃ち放つ。
豪族たちは次々と倒れる。……かと思うと伊与の隊はただちに剣つき拳銃を、持っていた長棒に装着し、銃刀槍にする。
即座に、敵へと襲いかかった。
「ち、畜生!」
豪族の大将は、どうすることもできなかった。
前には、伊与隊。後ろからは、俺が指揮する本隊が迫る。挟み撃ちだ。
「とどめだ。神砲衆、いくぞ!」
伊与の動きに合わせて、俺は、再び指示をくだした。
本隊は刀を抜き、いっせいに敵へと襲いかかる。
伊与隊も、こちらの動きに合わせる。
挟み撃ちだ!
「くそがああああああああああああ!」
敵の大将は、おたけびをあげ、白目を剥いて暴れていたが、やがて神砲衆の兵のひとりの刀にその身を貫かれ……
地べたに、突っ伏した。
「た、大将がやられた」
「に、逃げろ。退け、退け」
「おい、待ってくれ! おれを置いていくなぁ!」
豪族の兵たちは、大将の死を見ていよいよ慌てふためき、その場からいっせいに逃亡を開始した。
神砲衆は追撃戦に入る。俺は自称・聖徳太子たちに采配を任せ、敵を追わせた。
俺と伊与はその場に残り、笑みを交わし合った。
「登場の仕方、絶妙だったぜ、伊与。……お疲れさん」
「弥五郎こそ。……どうやら今回も勝ったな」
「ああ。大勝利だ」
と、俺たちは満面の笑みなのだが。
俺の隣で、浮かない顔をしている少女がひとり。
「やけどふたりとも。弾を撃ちすぎやん! 鉛弾1発、40文。そのへん、ちゃんと忘れんといてよ!?」
カンナである。
神砲衆の会計係を務める彼女は、忙しそうに帳簿を眺めて筆を走らせつつ、その場に残った神砲衆たちに、
「地面に落ちてる弾はちゃんと拾いーよ。溶かしたりなんだりでまた使えるんやけん。敵が落としていった刀とかもきちっと回収せんね。なまくらでもよかけんね。鉄そのものが貴重なんやけん!」
と、テキパキ指示を下している。
そんなカンナの口ぶりに、俺と伊与は苦笑いを交わした。
――そこへ、城の中からふたりの侍が登場した。
「山田うじ。援軍に感謝する」
「まったくだ。あと一歩遅かったら、危なかったぜ」
和田さんと、滝川さんであった。
さて、なぜ俺たちが甲賀で戦っているのか。
話はさかのぼるが――それはシガル衆と戦った直後のことだ。
和田さんと滝川さんから、手紙が届いた。
いろいろと書かれてあったが、意訳すると、
『次郎兵衛から知らせを聞いたが、ついに私兵団を結成したそうで、大変めでたい。そこで相談だが、いま甲賀が大変危ういので、助っ人代を出すから加勢に来てくれないか』
とのことだった。
和田さんと滝川さんを見捨てるわけにはいかない。
俺は神砲衆を率いて甲賀に駆けつけた。
それから数か月。
俺たちはずっと和田さんたちを助けていた、というわけだ。
城の中である。
六畳ほどの広さの一室。
ただしタタミはなく板張りのその部屋で俺は、和田さんと滝川さん。おふたりと向かい合っている。
「山田うじ。数か月に渡る手助け、たいへん感謝する。おかげで助かった」
「ああ。今回の戦いで、どうにか甲賀は一段落だろうぜ。山は乗り切った」
「それならよかった。甲賀衆のお役に立ててなによりです」
「助っ人代を出すと言っておきながら、さほどの謝礼も出せなくて申し訳ないが……」
和田さんの言う通り、この数か月の戦いで甲賀の里から得られた礼金は決して多額ではなかった。
銃を撃つための弾や火薬、さらには仲間たちの生活費を考えると、ほとんど儲けにもならなかった。
いまの状況は、以下の通りだ。
《山田弥五郎俊明 銭 2000貫》
商品 ・火縄銃 1
シガル衆を倒したときから考えると、資金が微増した程度である。
すなわち甲賀の援軍は、形としては得るものはなかったわけだが――
ただし。この数か月、戦いを続けたことで、俺も伊与もカンナもいくさの経験を積むことができた。レベルアップというやつだ。いまの俺たちなら、藤吉郎さんがいなくてもシガル衆を倒せるだろう。それくらいには、実力を身に着けたという自負がある。
「ところで山田うじ。尾張の木下藤吉郎どのから文が来ておるぞ」
「藤吉郎さんから。……いつもありがとうございます」
和田さんが差し出した手紙を受け取り、さっそく中を見る。
この数か月、藤吉郎さんとは会っていない。しかしお互いに連絡は取り合っていた。
津島に残したあかりちゃんを通じて、常に手紙のやりとりを行い、尾張と甲賀の現状を報告しあっていたのだ。
今回も、その現状報告だと思っていた。
……しかし。
「滝川さん」
「ん? どうした」
「今回の戦いで、山は乗り切ったと言っていましたね」
「ああ、とりあえずはな。近隣で、オレたちと敵対していた連中はほとんど力を失った」
「それなら、いったん尾張に戻っていいですか」
「帰ってこいって書いてあったのか?」
「ええ」
俺は、微笑を浮かべた。
「いくさの手伝いをしてくれ、だそうですよ」
1554(天文23)年、1月。
立志伝は、再び動き出す。
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