第20話 弥五郎、容赦なし

 そのときだ。


「待てえ、娘!」

「こらあっ! てめえ!!」

「見つけたぞ、おい!!」


 ――などと。

 刀を持った3人の男たちが、こちらに向かって駆けてきた。

 そして一気に女の子を取り囲む。


「ついに捕まえたぞ、このアマぁ!」


 お、おい。なにもこんな女の子を、数人がかりで囲まなくても。

 どんな事情なんだ?


「ま、待てよ。あんたたち。この子がどうかしたのか?」


「なんだ、おめえは。関係ねえなら、すっこんでろ」


「といっても、なんだか見ちゃいられなくてさ。どうしたんだよ?」


「…………。……この娘むすめはな、うちの村にあった干飯を食い逃げしたんだ」


 はあ、食い逃げ。

 ちなみに干飯とは、炊いたお米を乾燥させたもので、この時代の保存食だ。

 そのまま食ってもよし、お湯をかけておかゆ風に食べてもよしの食べ物なのだ。


「軒先で干しといたモンを、ガツガツむさぼり食いやがって。それでオレたちが見つけたら逃げやがった!」


「違う!」


 突如、少女が叫んだ。

 って、この子、日本語をしゃべれるのか?


「あ、あたし、ちゃんとこのひとたちに声をかけたよ。お金はあるから干飯をくださいって。お金も渡したよ。だ、だけどこの人たち、そのうち、変なものを見るような目で、あたしを見て。……し、しまいには、あたしを捕まえて、押し倒そうとして!」


「ああ、なるほど。そういう――」


 分かりやすい話ね、と思いながら俺は少女の肢体を眺める。

 顔を見る限り、やはり幼い。子供なのは間違いない。


 だが、この時代は12、3歳くらいになれば立派に大人の女として扱われることもある。

 おまけに少女は、年齢のわりに、その、身体もけっこういい感じだし――

 って、俺はなにを言ってるんだ。いかんいかん。


「う、うるせえ! てめえのような妖怪女、犯してやるだけありがたいと思え!」


「妙な髪の色をしやがって。どうせ男には相手にされねえだろ?」


「オレたちが相手をしてやるんだ。感謝こそされ、逃げられる覚えなんかねえ!」


「……いや、大ありだろ」


 俺はボソッとツッコンだ。

 どう見てもこの男たちが悪い。

 だが男たちは、そのツッコミを受けて俺のほうをギロリと睨み、刀まで俺に向けてきた。


「うるせえぞ、てめえ!」


「関係ねえだろうが、すっこんでやがれ!」


「本気でブッ殺すぞ、ああん!?」


 かなりの剣幕。

 図星を突かれたからなのか、それともこれがこいつらの素なのか。

 ……まあ、いい。これほど無礼で、かつ悪党ならば。

 俺もなんら、ためらいはない。



 すっ。

 ――と。



 俺は火縄銃の、発射の用意をしながら。

 男たちと少女の間に、割り込んだのだ。


「なに? ……なんだあ、てめえ?」


「もう、そのへんにしておこうぜ。この子を解放してやれ」


「なんだと!?」


「ハ。ガキだと思って優しくしてりゃ、つけあがりやがって」


「鉄砲なんざ構えやがって。脅しのつもりか?」


 男たちは、声を荒らげてくる。

 怒りの対象は、少女から俺に代わったようだ。

 かと思うと。……ふいに男のひとりはニヤリと笑った。


「おう、小童。知らねえのなら教えてやろうか。鉄砲は1発撃ったら、また次を撃つのに火薬を詰めたり弾を詰めたりでまた時間がかかる。つまりこういう状況じゃ、なんの役にも立たねえんだぞ?」


 さらに他のふたりも、笑う。


「そういうこった。オレたちのうち、だれかひとりを倒しても、残りのふたりがてめえを殺す」


「ひゃひゃひゃひゃひゃ! だからよう、てめえがいまやっていることは、ただの大馬鹿野郎ってわけだ!!」


 げらげらげら!

 3人は、さらに笑った。

 そんな彼らを見て、俺もまた――


「あくまでも、退かないんだな?」


「は? 調子に乗るなよ、ガキが。当たり前だろ」


「そうか」


 ――ニヤリと、笑った。


「警告はしたからな」


 次の瞬間。……パァァァァン!!

 唐突に。――俺は引き金を引き、3人のうちのひとり、その頭を撃った。


「が……ッ!?」


「こ、このガキ――」


「本当に、撃ちやがっ――」


 どこまでも、俺を子供だと思ってナメていたらしい男たち。

 まさか本気で撃つまいと思って小馬鹿にしていたようだが、その油断が命取りだ。


 さらに俺は次弾の装填を開始する。

 淀みなく、迷いなく、どこまでも素早く。


 男たちは呆然とし、かつ、ひとりめの死体に意識を奪われていた。

 が、残されたふたりは、そこではっと我に返る。


「く、クソガキがっ! 鉄砲なんざ多人数じゃ意味がねえって言ったろ!!」


 ふたりは、こちらに襲いかかってきた。

 だが、俺はふたりの間を潜り抜け、さらに駆け抜け、距離を取る。


「クソガキ、チョコマカと……!」


 後ろから、声が聞こえた。

 そこで、次弾の装填が完了する。


 振り返る。

 振り返りざま、射撃する。


 パァァァン!!


「あ…………ふッ!?」


 男のひとりは、声にならない声をあげると同時にその場に倒れた。

 いうまでもなく、やはり俺に、頭を撃たれたからだ。

 遅い。行動のなにもかもが、遅すぎる。


「な、なに……?」


 最後に残った男は、絶望と驚愕の顔でこちらを見る。


「ど、どういうことだ……。なんでそんなに早く、鉄砲を撃てる……?」


 その表情を見ながら、俺は告げた。


「早合、という」


「は、はやごう?」


「知らないか。この時代にもいちおうあるんだけどな。ん? もうちょいあとか。……ま、とにかく。早合ってのは、鉄砲をすばやく撃てる特別な弾さ。漆を塗った紙の薬きょうの中に、弾と火薬を入れて作ったやつだよ。こいつを使えば、一発撃つのに数十秒はかかる鉄砲を、なんと十数秒で撃つことができる」


「な、なに――」


「つまりだ。こうしてくっちゃべっている間にも、俺はもう、次の弾を装填している」


 そう言いながら、銃口を相手に向けた。


「残念だったな。全力で逃げていれば、もしかしたら助かったかもしれないのに」


「ひ、ひい! ひいいいい! お、お助け、お助け――」


 男は、背中を向けて逃げ出した。

 が。


「もう遅い。……言っただろう、警告はしたと」


「うわああああああああああ!!」



「くたばれ」



 俺は、引き金を引いた。

 パァァァン!! ――乾いたような破裂音と共に、男は路上でぶっ倒れた。


 昔の俺なら、逃げる相手は見逃しただろう。

 だがシガル衆のときは、それで村を滅ぼしてしまった。

 もう、甘えはない。敵だと認めた相手は、滅ぼす。


「俺の能力でな」


 ――この間、少女はなお呆然とし。

 俺は火縄銃を下げた。


 少女を救うことができた。俺は安堵した。

 ……よかったぜ。鉄砲の手入れをしたとき。『いつでも使えるように、火薬と弾も準備して』おいたのが功を奏したようだ。

 つまり、あのとき作っておいた早合がさっそく役立ったってことだ。

 早合7を作るのに、紙1と漆1と弾7と火薬1は、それぞれ消費したけどな。



《山田弥五郎俊明 銭 5貫300文》

<目標  5000貫を貯める>

 商品  ・火縄銃   1

     ・陶器    3

     ・炭    20

     ・早合    4

     ・小型土鍋  1



 さっそく道具は使ったが、これで少女が助かるなら安いもんだ。

 俺の目的は、5000貫を貯めることでもあるが、それ以上に。

 ……俺が思う悪党をブチのめし、世に泰平をもたらすってことでもあるんだからな。


 少女ひとりを救うのは、ささいなことかもしれない。

 だからって、見過ごすことなどできないさ。


「…………」


 殺した男たちを、見つめる。

 シガル衆に向けて散弾を撃ったことはある。

 だが、明確に殺意をもって人を撃ったのはこれが初めてだ。

 しかも、逃げている人間に向けて。


 ……気分は、決してよくない。

 だが、後悔はしない。するものか。

 心を強くもて。……強くな。

 俺は自分に、そう言い聞かせた。


 ――そして。


「終わったよ」


 俺は、ちらり。

 銃の始末をしながら、かたわらにいる金髪少女に目をやった。


「う、うん……」


 少女は、事態をようやく飲み込めたのか、小さくうなずく。

 俺は、努めて優しく――セリフを選びながら、声をかけた。


「君は、その。……どうしてこんなところにいるんだ?」

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