第19話 いざ、立志伝
墓をすべて立て終えた俺は、それから村中を歩き回った。
商人となるにあたって、なにか使えそうなものはないかと思ったのだ。
すると――
「これは……父ちゃんの火縄銃?」
家の焼け跡。
焼け焦げた木材の下に、父ちゃんが使っていた火縄銃が残っていた。
「シガル衆。……この銃には気がつかなかったのか? それとも、焼けた木の下だったから取るのをあきらめたのか」
まあ、どっちでもいい。
俺は、焦げた木を注意してどかしたり、運んだりして、落ちていた火縄銃を拾った。
これは父ちゃんの形見だ。……大切に使おう。
さらに、その後。
家の焼け跡からは、やたら汚い入れ物……小さい土鍋? のようなものが見つかり、その中には鉄砲用の鉛玉が7発と、袋に入ったごくわずかな火薬が入っていた。
父ちゃんが使っていたものだろうが、これで少しは鉄砲が撃てる。
もっとも焼け跡から見つけた鉄砲だから、あとで手入れをしないといけないが。
さらに、高台の上にある小屋の焼け跡には、小さな陶器のツボが3つ。
少し焼けた厚手の紙が1枚。革袋が3つ。漆が少々。
その上、村のあちこちに落ちていた炭をかき集めると、20束の炭になった。
残っているもんだな。……まあ、ほとんどが汚れていてゴミのようにも見えるんだけど。
あと、俺が持っているお金は村の金でもあったのだが、これはもう、自分の商売と生活のためのお金にしていこう。
村の生き残りは、もう俺(と伊与)しかいないのだから。
かくして、現状はこうなった。
《山田弥五郎俊明 銭 5貫300文》
<目標 5000貫を貯める>
商品 ・火縄銃 1
・陶器 3
・炭 20
・紙 1
・黒色火薬 1
・漆 1
・鉛弾 7
・小型土鍋 1
ちなみに、革袋3つは腰に縛りつけて装備したのでリストには書いていない。
とりあえずいまはなにも入れていないが、そのうちなにかに使うこともあるだろう。
「おーい、弥五郎。馬を連れてきたで」
藤吉郎さんが、荷駄を載せるための馬を連れてきてくれた。
「あら、1頭だけですね」
「しげみに飛び込んだとき、そのまま放っておいたからのう。逃げてしまったようじゃ」
「こいつは逃げなかったんですね」
「アワとヒエが重かったんじゃろ」
藤吉郎さんの言った通り、こっちの馬には荷駄をくくりつけっぱなしだった。
中身はアワとヒエだ。
これらは商品ではなく、食糧として消費することにしよう。
「1頭だけでも残ってくれて助かったよ。……よしよし、これからもよろしくな」
ぶるるる、と馬はいなないた。
俺はまだ、馬には乗れない。だけど荷駄を載せた馬を引っ張るくらいはできる。
父ちゃんたちと加納市に行ったときに、引っ張る練習もしたからな。
そのうち馬の乗り方も覚えたいけどね。馬屋でアルバイトでもするか。小遣い稼ぎも兼ねて。
「さて、そろそろいきましょうか」
「うむ。今後はもちつもたれつでいこう。わしは織田家で立身する。汝は商人で出世せい」
「はい。お互いに助け合っていきましょう。天下を泰平に導くために」
俺と藤吉郎さんは、お互いに大きくうなずき合ったものである。
「……さて、わしはいったん那古野城に戻るが、弥五郎、汝はどうする?」
「もちろん商売をやるつもりです。それともうひとつ。仲間が欲しいと思っています」
「ふむ、仲間」
「一緒に商売をやり、あるいはシガル衆を倒す仲間を」
歴史上、有名だが、しかしこの時点ではまだ無名の人だっているはずだ。
藤吉郎さんだって、その類だしな。……そういう人たちとうまく知り合って、仲良くなれたらいいんだが。
「そういうことなら、まずは津島の町にいってはどうじゃ。南に向かえばいずれ着く。あそこは尾張一の商都じゃからのう、なにはともあれ一度は見ておいて損はない。わしもよく足を運んでおる」
「津島。……分かりました。それじゃ俺は津島に向かいます」
「よし。わしはたいてい那古野城におるから、用があったら尋ねて参れ」
「頑張りましょうね」
「お互いにの」
俺たちは、再び大きくうなずき合った。
それから村跡に、板を立てる。
『伊与へ 弥五郎は生きている。津島の町へ向かう。戻ってきたら、津島か、あるいは那古野城の藤吉郎さんに連絡を』
……という意味のことを、ひらがなで、分かりやすく書いた。
いちおう伊与は、ごく簡単な読み書きはできるから、これでたぶん伝わるはずだ。
ふと、昔を思い出した。
伊与って名前、当て字なんだよな。
あいつは本来、いよ、って平仮名の名前だったんだ。
だけどそれじゃ武士らしくないからって、旅の坊さんに頼み込んで、伊与って漢字の名前を当ててもらったんだ。
まだ小さかった伊与は、よっぽど嬉しかったのか、村のあちこちに伊与、伊与、伊与って落書きして、大人たちに叱られていたっけ。
……伊与。
きっと、いや、必ず再会できる。そう信じよう。
こうしてやるべきことを終えた俺は、ひとまず藤吉郎さんと別れ、津島に向かうことにしたのである。
「よーし、いいぞ。ゆっくりでいいから、まっすぐ歩け……」
左右に揺れる馬を引っ張り、津島の町へと向かっていく。
荷物を背負って活動をする商人のことを連雀商人れんじゃくしょうにんと呼ぶが、俺はそれになったわけだ。
それにしても、津島か。
どんなところだろう。栄えているのは確かだけど。
俺の知識によれば、津島はこの時代の中部地方、最大の港町のはずだし。
全国津々浦々の商業港から船で運ばれてきたものが、この津島に荷上げされ、尾張、美濃、飛騨など、21世紀でいうところの愛知県岐阜県に運ばれていくんだ。いわば物流の拠点だ。
「それだけ物が集まるところなら、商売もうまくいくかもな」
商売で成り上がると決めたはいいが、どうやって儲けるか。まだその案は浮かんでいない。
俺の道具作りの能力を、うまく活かせたらいいんだけど……。
そんなことを考えながら、馬を引き連れ、道をゆく。
ときにはもちろん、休憩もする。
そのときに鉄砲の手入れは済ませた。
幸いというか、銃身の中が少し汚れていただけで、機能そのものには問題がなさそうだった。
この鉄砲にはのちのち頼ることがあるだろう。
いつでも使えるように、火薬と弾も準備して、腰の革袋に入れておく。
これでバッチリ戦闘態勢。
さらに旅は続いていく。
透き通るような空の蒼さ。
排気ガスなどがないせいかな。
この空だけは、21世紀よりも絶対に上だ。
などと、考えながら歩いていると――
どんっ!!
「うおっ!?」
後ろから、誰かが俺にぶつかってきた。
痛いな、おい――って……。
え?
「……外国、人?」
振り返った瞬間、俺は怪訝声を出した。
目の前でいま、俺と同世代の美少女が、尻もちをついているわけなのだが――
それが、なんとロングの金髪に碧眼という容貌なのだ。
「…………」
美少女は、じっと俺を睨んできている。
だがそんな表情でも、彼女の顔立ちは美麗そのものだった。
スタイルもいい。背丈は年齢のわりには気持ち高めで、腰回りもすらりと細く、長い脚も印象的だ。
それに幼いわりにはふっくらとした胸元が、服の上からでも分かってまぶしい。
ちなみにその服装もなんというか、奇抜だった。
和洋折衷というか。桃色の小袖の上に、南蛮風の赤マントを羽織っている。
彼女は無言のまま、敵意に満ちたまなざしを俺に向けてくるのだが――
いや、しかし……。
なんで?
俺の頭の中はその3文字でいっぱいになった。
だって、おかしいだろ。
白人の女の子が、どうして戦国時代の日本、それも尾張の片隅にいるんだ……?
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