第18話 黄金色の誓い

 俺と藤吉郎さんは、村人の墓を立てはじめた。

 穴を掘り、遺体を埋め、その上に石を載せただけの簡易なものだ。

 それくらいしかできなかった。


 ……ややあって、藤吉郎さんは、


「弱いってなあ、嫌なもんだよなあ」


 墓作りを手伝いながら、ほとんど独りごちるようにそう言った。


「わしもよ、この面構えと小さな身体じゃろうが。さんざん人からいじめられてきた。小さいころから、殴られ蹴られ罵倒され。挙句の果てには、母親の再婚相手にまで、朝から晩まで張り倒されて……」


 藤吉郎さんは、かぶりを振った。


「まあ、その程度はどうでもいい、可愛い話じゃ。家に居場所がなくなって、飛び出したわしはのう、美濃やら三河やら駿河やら、あっちこっちの国を歩いて回ったが――どこでも同じじゃった」


「…………」


「弱いということはもはや、この世の中では罪らしい」


「…………」


「何度、人から虐げられたか。何度、弱者への殺戮を目の当たりにしたことか。……何回も思ったよ。……いまもまた、思ったよ。わしに力があれば。強くありさえすれば。……せめてわしが侍大将ならば、村をこんな風には決してせんのに」


「俺も、そう思います。強くありさえすれば」


 ――強くありさえすれば、自分を守れる。家族も仲間も守れる。

 ――このクソみたいな現実を、すべて吹っ飛ばしてやれるのに!!


 以前、シガル衆に襲われたとき、こう思った。

 そして、前回は守り抜いた。


 だが、今回は。

 ……目の前でシガル衆が暴れ回るのを、一晩中ただ見ていただけだ。

 悔やんでも悔やみきれない。けっきょく自分はなにもできなかった。


 なにが神の子だ。

 馬鹿々々しい。

 知識と能力を使って活躍して、ちょっといい気になって。


 その挙句がこの体たらくだ。

 なんてざまだ。誰も守れなかった。ただひとりも守れなかった!

 ……父ちゃん、母ちゃん。ごめん。……俺、なにもできなかったよ……!


「弥五郎」


 そのとき、ふいに藤吉郎さんが怪訝声を出した。


「伊与はどこじゃ?」


「……え?」


「伊与の死体が、見つからんぞ」


「な、なんですって!?」


 藤吉郎さんにそう言われて、俺は村中を駆け回った。

 藤吉郎さんとふたりで、村の近くまで含めて、さんざんに探し回ったのだ。


 しかし――


 いない。確かに伊与がいない。

 生存者はいないが、伊与の死体もまた見つからない。


 と、いうことは。


「伊与は……生きている……?」


「生きておる。……そうじゃ、きっと生きておるぞ、弥五郎!」


「生きてる。……生きてる! い、生きている! 伊与が……伊与が生きているっ!?」


 それは闇の中に灯を見い出したかのような興奮だった。

 生きている。とにもかくにも彼女は生きている!!


「だ、だけど、だったらどうしてここにいないんだ。もしかして敵にさらわれて――」


「いや、わしはずっと見ておった。奴らが娘をさらっていくような様子はなかった!」


「じゃあ、じゃあ伊与は、死んでいなくて、敵にも捕まっていなくて」


「きっと逃げたんじゃ。逃げのびたんじゃよう、弥五郎!」


 藤吉郎さんは、喜色を満面に浮かべて叫んだ。

 つられて俺も、涙をわずかに浮かべつつ笑った。


「は……はは……ははは、そうか、逃げたんだ! 逃げたに違いない。ですよね、藤吉郎さん!」


「そうとも、逃げたんじゃ! わはははは、やった、やったぞ! 伊与は生きておるぞぉっ! やったーっ!! やったぞおーっ!!」


 藤吉郎さんは、両手を高々と上に挙げた。

 俺も、叫び出したい気分だった。……伊与がどこかで生きてくれている!

 その可能性があるだけで、どうしてこんなに涙が流れるんだ! どうしてこんなに嬉しいんだ!!


「……見つけだす。伊与を絶対に見つけだす。見つけ出して、今度こそ必ず守るぞ……!」


「守る。守るか。……そうじゃの。今度こそ守らねば。今度こそのう……!」


 藤吉郎さんは、何度も何度もうなずいた。


「弥五郎よ、わしにもやらせてくれ。弱い者が殺されるのは、もう見たくない。わしゃ、今度こそ心から思ったんじゃ。力が欲しい。強くありたい。……のう、弥五郎。わしゃ、出世するぞ。出世して出世して出世しまくって、侍大将となり、こんなことは二度と起こさんようにしてみせるわい。天下に静謐をもたらすために出世し、力をつけるんじゃ! わしはやるぞ、弥五郎!」


 藤吉郎さんの眼は光っていた。

 その顔、その双眸。まさに偉人と呼ぶにふさわしい。

 彼ならば、やり遂げるだろう。いや、実際にできるのだ。

 なぜなら彼は、戦国乱世を統一した英雄。――豊臣秀吉なのだから。


 だが。……天下に静謐をもたらす。

 その事業。人任せにはしない。藤吉郎さんだけにはやらせない。

 俺の中に、確かな決意と志と、勇気が湧きあがっていた。


「俺もやります。……一緒にやりますよ」


 次の瞬間、俺は。

 自分とは思えないほど、強い声音で言い放っていた。


「俺も強くなります、藤吉郎さん! 力を手に入れます! 伊与を守り、シガル衆のような連中をブチのめし、天下を泰平にするために!」


「ほほう!? 汝も侍大将を目指すか!?」


「……いいえっ!」


 俺は、かぶりを振った。

 武士じゃない。俺が泰平のために目指すべき道は、それじゃない。

 俺の中に、光り輝く記憶が蘇っていた。だから次の瞬間、俺は吼えた。


「俺の歩むべき道は、金です! ……前に父ちゃんと話したことがあるんです。シガル衆を倒すとしたらどうすればいいか。それには金です。金を稼ぎ、侍を集め、武器を揃える。父ちゃんは、それしかないと言っていました」


「なるほど。だがそれにはきっと、莫大な金がかかるぞ」


「父ちゃんは、5000貫は必要だろうと言っていましたよ」


「5000貫! そりゃ……馬鹿みたいな金額じゃのう! どうやってそんなに稼ぐんじゃ?」


「商売をやります! 俺は父ちゃんのあとを継ぎ、商人になって金を稼いで成り上がる! それが俺の考える強さ、そして俺にだけ歩める道だと思うんです!!」


 ささやかな幸せを得られたらそれでいい。そう思っていた。

 だがこんな乱世じゃ、そのささやかな幸せさえ、力がなければ守れないんだ。

 いや、その本質は未来においても同じかもしれない。強くなければ幸せは守れない。

 だから俺は強さを得る。大切なひとを守るため、弱者を虐げる連中を打ち倒すために。


 5000貫を集めてシガル衆を倒す。

 そして藤吉郎さんと一緒に天下を平和にしてみせる。

 もしその過程で、歴史が変わる危険性があったとしても。

 ……もはや、ためらわない。


 俺は自分の思う平和のために邁進する!

 それがこの俺の、戦国乱世における新しい人生だ!!


「……弥五郎。汝ァ、急に大人になったようじゃ。一人前の男に見えるぞ」


「母ちゃんも、12歳にもなれば、もう元服が近いと言っていました」


「ならば弥五郎。今日を汝の元服の日とせよ!」


 元服。……前世で29年も生きた自分が、元服と言われるのも妙な気がした。

 だけど、それもいいかもしれない。今度こそ、今回の人生こそ、必ず強く生きてみせる。

 その誓いとして、今日を境に元服してもいいと思う。


「分かりました。俺は元服します。名乗りも改めます」


「ほほう、なんと名乗る?」


「話すと長くなりますが、俺には実は、別に両親がいるのです」


「ほう? それは……汝ァ、存外、複雑な人生を歩んでおったのだな」


「はあ、まあ。……そして、その両親がつけてくれた名前があるんです。その名も」


 俺は、前世の両親の顔も思い浮かべながら言った。


「山田俊明! ……俺は今日から、山田弥五郎俊明です!」


「苗字まで名乗りくさるか、いい度胸じゃ!」


 藤吉郎さんは、嬉しそうに手を叩いた。


「よし、わしも名乗ろう。苗字などわしの家にはなかったゆえ、今日から勝手に名乗らせてもらう。この日の誓いを忘れぬように――」


 大樹村のシンボルである、大木を見上げながら、彼は叫んだ。


「木下藤吉郎! それがわしの新しい名前じゃ!」


 …………木下藤吉郎……。

 俺はその名を聞いて、一瞬、呆然とした。

 木下藤吉郎は間違いなく、豊臣秀吉の初名だ。


 まさか木下の苗字の由来は、大樹村だとでもいうのか?

 だったら俺の転生は、歴史に影響を与えたのか?

 それともまさか、俺の転生さえも歴史の筋の中だったというのか?


 ……分からない。


 ――ただ、ひとつだけ。確実に言えることがある。

 天下に泰平をもたらすために、俺たちふたりは成り上がる。

 その気持ちは、間違いなく本物ということだ。


「共に出世しよう。わしは武士、汝は商人。道は違えど、共に王道を歩もうぞ!!」


「はい!」


 やってやるぞ。俺の命の続く限り!


 はるか東の空から太陽が昇る。

 黄金のような日輪の輝きが、たまらなくまばゆかった。











《山田弥五郎俊明 銭 5貫300文》

<目標    >

商品











 立志伝は、いま始まった。

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