第21話 蜂楽屋カンナ
「君は、その。……どうしてこんなところにいるんだ?」
俺としては、なるべく優しく声をかけたつもりだった。
だが彼女は。
そう、金髪の少女は、小刻みに震えながら、思い切り俺を睨んできたのだ。
「あ、あなた、なんであたしを助けたの!? あたしをどうする気なの!?」
「どうって。……どうもしないよ」
「嘘だ! 見世物にする気!? それとも奴隷として売り飛ばす気!?」
「だからそんなこと、しないって」
と、言ってから思った。
この子、見世物や奴隷にされかけたことがあるのか?
確かにこの時期の日本は、悲しいことだが人身売買がけっこう盛んなのだ。
戦のたびに、勝った側が負けた側の女性や子供を誘拐して、そして奴隷としてこき使ったり、あるいは売り飛ばしたり、そういうことをするやつらがゴロゴロいるのだ。武士ですら、それをやるんだ。当然、シガル衆のような野盗集団も行う……。
恐らく彼女もこれまで、危機を何度も経験したに違いない。
だから、俺を警戒しているんだ。……かわいそうに。
俺はさらに、落ち着いた声でゆっくりと言った。
「俺は山田弥五郎俊明。誓ってもいいが、君に対してはなにもしない。見ちゃいられなかったから助けただけだ。……ほら、いきたかったらどこにでもいきな。俺は絶対に君を止めない」
「………………。……あなた、本当に助けてくれたの……?」
「…………まあ、ね」
「…………信じて、いいの?」
「………………うん…………」
流れがなんだか照れ臭くて、俺はそっぽを向いてから――
しかし彼女の心配を消すためにハッキリとうなずいた。
信じていいよ、と。
その思いをこめて。
すると少女は、ふいに。
ひっく、ひっくと、嗚咽を漏らし始め――
「……あ、あ、ありがとう。疑って、ごめん。あたし、あたし……。……うああぁぁぁん!」
ついには、号泣を始めた。
よほど感情が爆発したのか、何度もうわずりながら涙を流す。
そして――
「う、嬉しいよ。嬉しか。……嬉しかあっ!!」
…………え?
…………嬉し、かあ?
……………………えっと。…………博多弁?
金髪美少女が、博多弁全開なその光景。
ますます違和感。
……え、ここ、戦国時代の尾張だよね?
どうもこの子、かなりの訳ありのようだが……。
「……な、なあ。よかったら、身の上を教えてくれよ。知り合ったのもなにかの縁だ。俺ができることなら、なんとか力になるからさ」
その上で「話したくないなら、無理にとは言わないけど」とも付け足したのだが、
「カンナ」
「え?」
「……
少女――カンナは、涙をぬぐいながら名乗った。
「あたし、あたしはね」
小声で、ゆっくりと語り始める。
「あたしはね、おじいちゃんがイングランド北部出身の商人だったんよ」
「イングランド……」
イギリスを構成している国のひとつだな。
「うん。……アンタは知らんと思うけど、イングランドっていうのは――」
「いや、知ってるぜ。ヨーロッパのグレートブリテン島にある国だろ」
「……あ、アンタよう知っとうね。いままで会うた日本人は、誰もイングランドのことなんか知らんかったとに。ヨーロッパに詳しいん?」
「いや……まあ、いろいろあってな」
まさか未来からの転生者とは言えずに口ごもる。
「で? 君はそのイングランド人の血を引いているのか」
「……うん」
カンナは、語った。
それによると。
昔、あるイングランド人が東南アジアにやってきて、現地の女の子との間に娘を作った。
その後、イングランド人はアジアを去ったが、娘は現地に残った。
そしてその娘は、同じく東南アジアに進出した博多商人の男、蜂楽屋と恋に落ちて結婚した。
そうして、いまから12年前に産まれた子供が――
「……カンナってわけか」
言ってから、初対面の子を呼び捨てはマズかったなと思ったが、彼女は気にしたふうでもなく、小さくこくりとうなずいた。
なるほどな、事情はだいたい分かった。
しかし、この時期のアジアにイングランド人とは珍しいな。
ポルトガル人が日本に鉄砲を伝えたり、あるいはスペイン人のザビエルがキリスト教を日本に伝来させたりしていることからも分かる通り、16世紀のアジアを駆け回っているのはなんといってもポルトガルとスペインだ。イギリスがアジア諸国に大々的に登場するのはもう少しあとの時代である。
といっても、まったくいなかったわけじゃないだろうけど……。
現に、イングランド人の血を引くカンナが目の前にいるしな。
「お母さんは、あたしを産んですぐに病気で死んじゃったけど、お父さんはあたしを可愛がってくれて……。商売で日本中を駆け巡る旅に、あたしを連れていってくれた。楽しかった。……やけどお父さんは、この尾張に来たとき、急に病気になって――」
「――死んだのか」
「…………うん」
カンナは、再び小さく首肯した。
「あたし、ひとりぼっちになっちゃって。だけど、なんとか生きていかなと思ったけんさ。お父さんが遺したお金や道具を使って、商売で食っていこうと思ったんよ」
「し、商売で?」
「そうよ!」
カンナは、ぱっと瞳を明るくさせると、えっへんと大きな胸を張った。
「これでも博多商人、蜂楽屋の娘たい。商売のイロハは勉強しとるっちゃけん!」
にこにこと笑いながら、快活な声で叫ぶ。最初に会ったときの静けさが嘘のようだ。
たぶん、これが彼女の素なんだろうが――しかし彼女は、すぐにがっくりとうなだれた。
「せやけどさ、商売をしようち思うても、あたしはこの髪と目の色やけん、誰も相手にしてくれん。ごはんを買うのさえ一苦労たい。どこに行っても鬼娘とか妖怪とか言われて、それどころか、あたしをさらって奴隷として売ろうとするやつらとか、さ、さっきみたいに襲おうとするやつらまで来て。あたし、あたし、もう悲しくて……」
カンナは、静かに打ち震えている。
頭を垂らして、再び涙を双眸に浮かべて……。
「……大変、だったんだな」
「……………………うん」
消え入りそうな声で、小さくうなずいてから――
やがて彼女は、気持ち高めの声音で言った。
「その――弥五郎だっけ? ありがとね」
「え、なにが?」
「助けてくれたこと。……あたし、ばり嬉しかったけん……」
ばり嬉しかった……。
とても嬉しかった、って意味だよな、確か。
喜んでくれたなら、なによりだけど……でもこの子、このままじゃいつか死んじゃうよな。
食べ物も、まともに買えない様子だし。
……うん。だったら――
「なあ、カンナ。もしよかったら、俺と一緒に商売をしないか?」
「え。弥五郎と!?」
「うん」
俺は本気で提案していた。
カンナは商売のイロハを勉強していると言った。そのスキルが欲しい。
だって、俺は未来の技術や知識ならあるけれど、この時代の商売の実務については、まだはっきり言って経験不足だ。
そこをカンナにサポートしてもらえれば、こんなに助かることはない。
「それに俺といれば、カンナだって安心だろ?」
「そ、そりゃそうやけど。……でも弥五郎、本当によかと? あたし、こんな髪ばい? こんな目の色ばい? それに、その、あたしとずっと一緒におったら、嫌なことをされるかもしれんよ? さっきみたいに、変なやつらに絡まれるかもしれんとよ!?」
「構わないよ。変なやつが来たら、俺がこいつで――」
と、言いながら、火縄銃を見せる。
「落とし前つけさせてやるさ。うちの相方に、なにをイチャモンつけてやがる、ってな」
「……弥五郎……本当に、本当に、よかとね?」
「ああ。一緒にいこうぜ」
そう言うと、カンナの瞳が再び潤み、頬に綺麗な朱がさした。
「あ、ありがとう。……ばり嬉しか。……うん。あたしでよかったら、一緒におらせて……?」
「おう! こっちこそありがとう、カンナ。商売をやって大儲けしような!」
「……うん。……うんっ! ……えへへっ。弥五郎、あたし頑張るばい!」
白い歯を見せたカンナは、とても愛らしかった。
最初のツンツンぶりはどこへやらだ。
……でも、こうして彼女が少しずつでも笑顔を見せるようになってくれたら、それはいいことだよな。
かくして俺は蜂楽屋カンナを仲間に加え、いよいよ津島へ向かうのだった。
……そして。
そこでは、ある戦国武将との、意外な出会いが待っていた――
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