第22話 北近江名物を商おう!
「やあ、やあ、やあ。竹中どの。お久しゅうござる」
「宮部どの、お元気そうですな。――こちら、神砲衆の山田弥五郎どのでござる」
「ん、ん、ん。山田どの。はじめましてですな。
小谷城に入ってすぐのところにあった邸宅にて、半兵衛と共に
笑顔がいい男は、信用できる。そう思った。
まあ自分がお世辞にも明朗な性根の人間でないだけに、よけい明るい人間に惹かれるのかもしれないが。
「こちらこそ、お初にお目にかかります」
頭を下げながら、俺は即座に商いのことを切り出した。
「北近江の物産を、より手広く商いたいと存じまする。利益は9割を浅井家に、1割を神砲衆にという取り決めでいきとうございます」
「む、む、む。それは竹中どのからの
と、言葉ではこちらに配慮しているように聞こえるが、内心はまた別だろう。
あまりにうますぎる話だから、警戒している、というのが浅井長政と
「なに、浅井家が儲かることは、義兄弟たる我が主、織田弾正忠が儲かることに繋がります。そして織田家と浅井家が豊かになれば、両家の家臣や民も豊かになる。そして両家の民に我が神砲衆がものを売れば、けっきょくは我が神砲衆も儲かるのです」
これはまるきりの嘘でもない。
商いとはけっきょく、消費者層がいなければ成立しない。消費者層が豊かでなければ儲けも出ない。
織田家と浅井家の領民が平和で豊かな状態にあれば、嫌でも物は売れていく。その物を商うのだから、俺たち神砲衆も儲かっていくのだ。
「ほう、ほう、ほう。家の儲けが、臣民の儲けに繋がり、ひいては商人の儲けにも繋がると、そういうことですかな。……面白い考えですな。ふむ、ふむ、ふむ。そういう発想もあるのか」
宮部さんは、本気で感心したようにうなずいた。
俺の言い分を理解してもらえるとは、この人もやはりなかなかの男だ。
「や、や、や。ではそういうことならこちらも安心して、神砲衆と商いの話ができるというもの。……北近江の名物を、いろんな市に持ち込んで商うということでござったが……」
「はい。北近江の名物とは、どのようなものがありますか?」
「いろいろござるが」
そう言って宮部さんは、ふところから巻物を取り出した。
そして巻物をくるりと広げる。中には、名物の名前がずらりと並んでいた。いわば名産品リストだ。
「国友村では、山田殿もご存知の通り鍛冶が盛んでござる。この村からは鉄砲や刃物を売りに出せましょう。他には
「
半兵衛が、ちょっとつまらそうに言った。
そういう顔をするなってのに。――しかし言い分は正しい。麹は高くは売れまい。
「
「越後、というと上杉家の?」
「そうです。上杉謙信は、武辺いっぺんの人間にあらず、なかなかの商い上手ですよ」
この青苧がよく採れる越後では、越後商人が活躍し、畿内まで
「ふむ、ふむ、ふむ。では
「いや、やり方次第です。例えば上杉家の影響が弱い濃尾平野や、三河、伊勢に持っていけばじゅうぶんに売れます。あのあたりは織田家と徳川家の勢力下なので邪魔者も入りません。……さらに津島の港から、はるか遠方の九州や関東などにも売り出していけば、より大きな利益を得ることができるでしょう」
「なんと、なんと、なんと。そのようなことが可能でござるか」
「この山田どのはもともと津島が本拠地でござる。津島には知己の商人も多いゆえ、できましょう」
半兵衛が援護射撃をくれた。
宮部さんは、いっそう目を光らせて俺を見つめ、
「いや、いや、いや。さすがは名高き神砲衆の頭目でござるな。感服つかまつった」
「いえ、大したことは……。それより、他に名物はありませんか?」
ちょっと恥ずかしくなったので、商いの話題に戻す。
「ん、ん、ん。そうですな。他はといえば――そう、近江といえば琵琶湖でござるが」
「はい、琵琶湖」
「琵琶湖から採れるフナを用いた、フナズシなど、いかがでござろうか。珍味でござる。これを商えばいっそう利益になるのでは」
「「フナズシ!」」
俺と半兵衛は目を見合わせた。
発酵食品として、21世紀にも伝わっているスシの一種だ。
ニゴロブナ、という品種のフナを使ったそのスシは、保存食品だけに日持ちするし、遠方に持っていけば確かに高く売れるだろう。
「それですよ、宮部さん。近江のフナズシは有名です。これを商わせてもらえるのなら、きっと大きな利益になります」
「決まりですな。麹、青苧、そしてフナズシ。これらを中心に商いましょう。外の小一郎どのにもよく相談しなければ」
「ふ、ふ、ふ。……どうやら話が見えてきましたな。きっと我が殿もお喜びになりますぞ」
俺と半兵衛、そして宮部さんはお互いに笑い合った。
浅井家によって用意された北近江の名産品は、神砲衆によって各地域へと運ばれていった。
連れてきた15人の部下のうち、まず次郎兵衛と5人の部下は西に向かって旅立たせた。
彼らには京の都や大津、堺を中心に商ってもらうつもりだ。
これらの地域はどれも織田家の勢力下だから、治安はいいし関所はないし、商いも自由にできる。
そしてさらに、残り5人の部下は半兵衛と共に岐阜へ向かわせ、さらに残り5人の部下は五右衛門と共に津島へと向かわせた。
畿内、岐阜、津島。どれもこの辺りでは大きな商業地域だ。どこに持っていっても、商品は高く売れるはずだ。――そして堺や津島では、九州や四国、中国地方、あるいは関東や東北の商人たちに名産品を売ることで、より大きな利益とするのだ。
「計算上では、今回の商いだけで500貫は儲かるはずです」
俺といっしょに北近江に残った小一郎が、大福帳を見ながら言った。
昔は頼りなかった彼も、カンナの教えを受けただけあって、いまや万事、丁寧な仕事やってくれている。
さすが、のちの豊臣秀長。豊臣秀吉の片腕となっただけはあるな。
その秀吉こと藤吉郎は、信長の下にいるので今回の旅ではずっと不在である。
思えば俺の隣に、藤吉郎も伊与もカンナもいないというのは、結構珍しい気がするな。
「藤吉郎はいまごろ、弾正忠さまの下でなにをやっているんだろうな」
「さあ、分かりませんが……兄のことですから、きっと活躍していますよ」
小一郎は、ちょっと自虐気味に笑った。
「ああいう気性の方ですから。この小一郎より、ずっと華々しく手柄を立てていらっしゃるでしょう」
「…………」
小一郎……。
藤吉郎に、どうもコンプレックスがあるようだな。
すべてにおいて派手に活躍する兄と、地味な性分の弟。
気持ちは、よく分かる。
俺も似たようなところがあるからな。……だが、
「藤吉郎は藤吉郎、小一郎は小一郎だ。比べることはない。人にはそれぞれみんな、良いところがあるんだ」
我ながら月並みな言葉だと、言ってからすぐに気付いた。
小一郎の心にも、さほど響かなかったらしい。彼は「そうですね」とだけつぶやいて、あとはなにも言わなかった。
人それぞれ。
そんな言葉で心の淀みが消えたら、人生はどれだけ気が楽だろう。
小一郎こと豊臣秀長が、藤吉郎とはまた別の個性を持って活躍する人物なのだと、うまく伝えられたらいいのだが。
さて、商いは実にうまくいった。
各所に運搬した浅井家の名産品はどれもよくさばけた。
そして得られた利益によって、浅井家はさらに人を雇い、名物を生産し、あるいは採取する。
それから作り出した名物を、また俺たち神砲衆に販売委託する。俺たちは名物を続けて商う。
これを続けているうちに、北近江の名物の評判は上がっていったし、物品もより高値で取引されるようになった。
さらに俺は、歴史の知識も活かした。
この時期、徳川家康が遠江の曳馬城を改築し、浜松城に移ろうとしている。
じっさいに浜松に移転するのは6月だが、その移転作業はすでに始まっているのだ。
なので俺は、部下に命じて、北近江の産物を浜松に届けた。
フナズシは美味いので、ぜひこれを買って食べて、移転作業に励んでほしい、という意味だ。
「山田か。彼の者も、なかなか気が利くというか、なんというか」
フナズシを届けられた家康は、苦笑いを浮かべながら、
「北近江の産物なれば、浅井家の利潤に繋がるものであろう。仕方ない、買うてやれ」
そう言って、フナズシを大量に買ってくれた。
俺のためというより、浅井家、すなわち信長への義理のためのお買い上げだろうが……。
こちらとしては銭になればなんでもいい。フナズシの質は確かなのだから、問題はないだろう。
このように、フナズシを中心に北近江の産物を各地に売ることで、北近江の名は上がり、その結果、別地方から北近江に直接ものを買いつけにやってくる商人や、旅人も増えた。
すると浅井家の領土は好景気に湧きだした。
領内の宿場が、賑わいだしたのだ。
そこから上がってくる税金が、また浅井家の財政を潤した。
すべてが俺たちの計算通り!
浅井家はわずかな期間で多大な利益を手に入れたのだ!
「や、や、や。うまくいきましたな」
この結果に、宮部さんは、ホクホク顔であった。
「我が殿もお喜びでござるぞ。なぜもっと早く、神砲衆といっしょに商いをやらなかったか、と言っておられました」
「それは良かった」
浅井長政が喜んでいるのなら、俺にとってはなによりだ。
「いや、いや、いや。まさか織田家の神砲衆が、ここまで我が浅井家にしてくださるとは」
「なに、浅井様と織田様は義理の兄弟ではありませんか。お堅いことは言いっこなし! これからも両家、仲睦まじくやっていきたいものですね」
「おう、おう、おう。ごもっとも、ごもっとも!」
俺たちは大いに笑った。
事実、今回の商いは誰もが儲かった。誰もが喜んだ。
浅井家と俺たちだけが儲からないよう、名物の生産やその指導は、北近江の座や商人、職人も任せたから、彼らの利益にもつながった。
みんな利益を得る結果になった。
これは最高だ、ハッピーエンドだ。
これだけやれば織田家と浅井家はまず喧嘩別れするまい。そう思った。
――そして1570年(元亀元年)、3月末のことだった。
「山田さん、ちょっといいですか」
五右衛門と半兵衛、それに治郎兵衛と一緒に北近江の寺にいると、小一郎がやってきた。
「どうしたッスか、小一郎。改まって」
「藤吉郎さんの弟とは思えねえ、辛気臭い顔だねえ。まるで弥五郎じゃないか」
「おい、五右衛門、俺を不意打ちで襲うな」
俺たちは笑いながら小一郎を迎えたが、彼は微笑を浮かべつつも、ちょっと真面目な顔をしてから言った。
「じつはさっき、小谷城でひとと会いまして」
「小谷城で? だれと?」
「越前の商人で、はざま屋のお鈴という女なのですが。……その者が、神砲衆と交易がしたいと申し出てきたのです」
「越前の……?」
俺は眉宇を険しくさせる。
半兵衛たちも、同様だった。
越前といえば、朝倉義景の領国だが……。
その越前の商人が、俺たちと交易を望んでいるだと?
ふむ?
はざま屋のお鈴、ねえ……?
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たいへん長らくお待たせしました。
「戦国商人立志伝」第2巻、カバーイラスト到着です(ブログにアップしています)。
http://blog.livedoor.jp/suzaki_syoutarou/archives/80161424.html
ちょっと変わった流れになると思いますが(また後日、説明します)……第2巻、発売します!
第2巻は基本的にWEB版第2部を書籍化したものになりますが、エンディングがWEB版と異なります。
書籍版ならではの第2部、第2巻の結末になると思います。なのでWEB連載を追っていた方もまた改めて楽しめるかと。
また書籍版ならではのオマケをいくつか収録しますが、その中でも特に大きなオマケは外伝として「山田俊明 17歳」を加えます。戦国時代に転生する前の主人公、山田俊明の物語を外伝として書き下ろしました。こちらも楽しみに待っていてほしいですわ!
まぁそんなこんなで発売します。「戦国」2巻。
ずいぶんお待たせして申し訳ございませんでした。
何を言っても言い訳になるので多くは語りませんが、とにかく出ますので。
ちょっと変わった売り出し方になりますが。
とにかく続報をお待ちくださいませ!
今後ともよろしくお願いいたします!!
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