第23話 謎の少女、お鈴の策略

 というわけで、北近江の小さな寺にて。


「では山田さん、はざま屋のおすずさんをここに呼んでよろしいですか?」


 小一郎から頼まれた俺は、断る理由もなくとりあえずうなずいた。

 すると小一郎は、いったん席を立ち、そして数分後、また部屋にやってくる。


「お鈴さんを呼んでまいりました。……お鈴さん、どうぞ!」


 その言葉と共に、ガララと戸が開き――


「お師匠さまぁっ! お会いしとうございましたっ!!」


「わっ!」


「おっ!?」


「はい?」


 開くと同時に、赤い着物を着たうら若き美少女が、明朗な声と共に室内に飛び込んできたのである。

 年のころは17歳くらいか? ロングの黒髪にぱっちりとした瞳、左右のまなこの目尻には、チャームポイントのような泣きボクロがついている。――そんな彼女は、キラキラしたまなざしを俺に向けてきながら、その場でぺこぺこと平伏を始める。


「ああ、あなた様が神砲衆の山田弥五郎さまですね!? やっとお会いできました。わたくし、はざま屋のお鈴と申します!」


「は、はあ……」


「越前で商いをやっている、けちな女商人です。……ああ……わたくし、幼いころより神砲衆の山田さまをお慕い申し上げておりました!」


「お、俺を……? お慕い……?」


「はいっ!」


 お鈴とやらは、こくこくうなずく。

 その両頬は、紅潮しきっていた。


「貧しい身分から、織田家の御用商にまで成り上がった津島の大商人、山田弥五郎さま。その存在はわたくしにとってまさしく生き神様でございました。山田さまの出世譚をうかがうたびに、わたくしも山田さまみたいになりたいと思ったものです。わたくしにとって山田さまは、そういう意味でお師匠様なのでございますっ!」


「そういうの、師匠って呼ぶのかね……」


 隣で五右衛門がさらりと毒を吐く。

 が、お鈴はまるで聞いていない。

 俺に向かって、ぐい、ぐい、と近付いてくる。


「お師匠様とこうして出会えるのはまさにわたくしにとって夢でございました。どうか、どうか、はざま屋と交易をしていただけませんか? 越前の小さな商人といえど、決してお師匠様の邪魔にはなりませんのでっ!」


「む、むう……」


「山田さん、そういうわけです」


 小一郎が、微笑を浮かべて言った。


「お鈴さんは山田さんをこうして慕っています。だからってわけじゃありませんが、神砲衆と交易の縁を繋げてはどうですかね? きっと儲かると思うのですが……」


「まあ、交易自体に反対はしないが……」


 越前とより交流が深まるのなら、織田家と浅井家の間に起こる悲劇を回避するにはもってこいだろう。

 だいたい越前とは、すでに何度か交易しているしな。日本海に面している越前国の商人とより深く関わるのも悪くはない。

 ただ――


「はざま屋のお鈴といったかい? あんたの本拠はどこにあるんだい?」


 五右衛門が、鋭い視線を送りながら尋ねる。


「あんたの素性をまず詳しく教えなよ。どこに拠点を構えて、どれくらいの人間を使って、どれほどの商いをしているのか。……そのへんがはっきり分からない商人と取引はできないよ?」


「石川さん、失礼ですよ!」


「ウチは当たり前のこと言ってると思うけどね」


 小一郎は非難したが、五右衛門の言い分はこれでもまだオブラートに包んでいる。

 はっきり言えば、このお鈴って子が敵の可能性もあるのだ。越前商人ではなく、別の組織の人間かもしれない。

 織田家や神砲衆の動向を探るための敵のスパイって可能性もあるからな……。


「木下さん、いいんですのよ。そちらの方の御懸念も、ごもっとも……。わたくし、越前一乗谷に店を構え、海産物や陶磁器、反物などを扱っております。雇っている者の人数はまだ7人。小さな商人でございますが、父の遺した財産を元手にして、堅実に商ってきているつもりです」


「ふうん、売り出し中の商人ってところか」


「お疑いならば、一乗谷までお師匠様たちを案内しても構いません。わたくしたちが信用できるかどうか、よくその目でお確かめになってくださいませ」


「……どうする? 弥五郎」


「…………」


 俺は、じっとお鈴を眺めた。

 見れば見るほど美しい顔をしている。

 これほどの器量なら、どこぞの侍や金持ちの側室にでも収まれそうなものだが、商いか……。


「……なるほど」


 俺はその後、まだ1分ほど彼女を観察していたが、やがて笑って、


「分かった。そういうことなら取引をしようじゃないか」


「弥五郎」


「さっすが、山田さん!」


「お師匠様っ! いいのですか!? ああ、夢じゃないかしら……!」


「なに、俺だって売り出し中のときはあった。なんとか商売の規模を上げたいと必死になるお鈴さんの気持ちは分かるよ。……いいよ、商いをしよう」


「よかったぁ! お師匠様! 嬉しい! やったやったー!」


 お鈴さんは、ニコニコ顔である。

 その場で飛び上がらんばかりの様子に、俺は苦笑を浮かべた。


「で、具体的にどうする? いまここで商いの話をやるかい?」


「はいっ。……実はこの寺の裏手にある小屋に、陶磁器の見本をいくつか持ってきているのです。お師匠様、見ていただけますか?」


「裏手の小屋に……?」


 ずっと黙っていた半兵衛が、ぽつりと言った。

 俺はそれを目で制すると、お鈴さんに笑いかけて、


「いいよ。じゃ、さっそく行こうか。……五右衛門、次郎兵衛、それに小一郎に半兵衛。ついてきてくれるかい?」


「ああ。……まあ、そりゃいいよ」


「五右衛門のアネゴに同じッス」


「じゃ、行くか」


 俺たちは立ち上がった。




 寺の裏手にある小さな小屋に入ると、木箱がいくつか置かれてあった。


「これか」


「はいっ、お師匠様のお目にかなうといいのですがっ」


 カンナ以上に明るい声音を放つお鈴。

 そんな彼女といっしょに、木箱の前まで移動し、そのフタを開ける。

 中には、確かに、陶磁器の皿や器が雑然と積み重ねられていた。俺は何気なくそれを手に取って、眺めながら――


「で、お鈴さん」


「はいっ」


「誰に頼まれた?」


「え――」


「誰に頼まれて、俺たちに接近したんだ?」


「…………」


「人目につかないところまで移動してやったんだ。……答えてくれよ」


 陶磁器を眺めながら、しかし俺は油断なく問うた。


「え、え、え。山田さん、なにを――」


 小一郎は状況が飲み込めないようで、戸惑い声を出していたが。

 他のメンバーはすべて見通しているようだった。五右衛門、次郎兵衛、半兵衛。

 全員、お鈴に厳しい視線を向けている。


「……みんな、もう少し優しい目で見てやれよ。お鈴さんが怯えてるじゃないか」


「そう言われてもねえ。敵だと分かっているのに優しくはなれないよ」


 五右衛門が鋭い声で言う。


「お師匠様。な、なんで……」


「理由はいくつかあるッスけど」


 次郎兵衛が、お鈴の疑問に答えるように続けた。


「まずおたく、越前の出のわりにゃ、まるで越前なまりがないンスよね。それと女商人がたったひとりで寺に乗り込んでくる……。いくらアニキを慕っているっていっても、普通は供のひとりくらいは連れてくるもんスよ」


「それと一乗谷に、はざま屋などという商人はいないですな。この竹中半兵衛、越前で商いをやっている者のことは調べております。どれほど小さな商人でもこの半兵衛はその名を記憶しておりますのでな」


 越前の商人の名前を全部調べたのか。

 本当かよ、と言いたくなるが、彼は竹中半兵衛だ。それくらいはできるかもな。


「……まあそういうわけだ、お鈴さん。あと俺個人的にはもうひとつ。……あなたの右手の人差し指。わずかに指先にタコができている。それは鉄砲撃ちによくあるタコだ」


「ッ!」


 お鈴さんは、慌てて右手に目をやる。

 俺はニヤッと笑った。


「嘘だよ。タコなんかない。綺麗な指だよ」


「え」


「これで決まりだね」


「アニキ、お見事ッス」


 五右衛門と次郎兵衛が褒めてくれる。

 そう、これまで俺たちが並べ立てた話はすべて状況証拠でしかない。

 トボけられたらそれでおしまいだったのだが、いまの俺のカマカケで決定した。

 お鈴さんが、敵であり、なんらかの目的をもってこちらに接近してきたことが。


「…………お師匠様……ばか……」


 お鈴さんは、顔を伏せた。


「まだ俺のことをお師匠様と呼ぶのかい? 芝居はもういいんだぜ?」


「いいえ。……お師匠様。わたくし、あなた様を慕っているのは本当でしたのよ」


 ……おっと?


「低い身分から成り上がった津島の商人、山田弥五郎。わたくしがあなたの話を聞いて、心からすごいと思ったのは事実。あなたを師匠と思っているのもまた真実です。……ただ……」


「ただ?」


「もうひとつ。あなた様が憎き敵であることもまた事実! そう、殺してしまいたいほどに!」


 そう叫ぶと、お鈴さんは右手をばっと掲げて――

 その瞬間だ。小屋の中に、緑の装束で身を包んだ者たちが次々と流れ込んできた!


「なに……!?」


「これは……」


「こ、こいつら、ウチに気配を隠してた!?」


「あっしも気が付かなったッス。……不覚!」


 俺、半兵衛、五右衛門、次郎兵衛がそれぞれ驚愕する。

 俺たち全員がまったく気付かないほどの手練れだと!? しかも――


「や、山田さん……」


「小一郎!」


 敵のひとりが、小一郎を組み伏せて、その喉元に短刀を向けていた。

 まったく無駄がない動きだ。これほどの敵がいまの北近江にいようとは!?


「……何者だ」


 冷静な半兵衛でさえ、さすがにわずかに汗をかいて、お鈴さんのことを睨みつけている。


「最初は朝倉家の手の者かと思っていたが、どうもそうではなさそうだ。朝倉に、これほどの人間がいようはずがない」


「三好……松永……北畠……。どれも違うッス……どれも……こいつらは……」


「お鈴さん、あなたはどこの手先なんだ?」


「答える理由はありませんわ、お師匠様。……さて皆様、少しばかりお付き合い願います」


 お鈴さんは、この場に似つかわしくない、清々しいほどの笑顔を見せてから告げた。


「これから皆様を、最高の舞台に案内してさしあげましょう。……お師匠様、どうぞこちらへ……!」



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