第56話 銭巫女最終決戦
「オラアアアアアアアアァァァァッ!」
前田利家が、槍を振るいながら、柴田勝家の軍勢を蹴散らしていく。
「しぶとすぎるんだよ、オッサン! もう少し可愛げがあるほうが女にゃモテるぜ!?」
「犬千代(前田利家の幼名)が、
柴田勝家は、眉をひそめた。
利家を不愉快に思ったのではない。
彼に追い回された兵の一部が、恐怖のあまりに逃亡を開始。
勝家はその兵に揉まれ、足に軽い怪我を負ったのだ。ゆえに、渋面を作った。
利家の猛攻については、むしろ愉快でさえあった。勝家は、彼のような威勢のいい若武者が嫌いではない。
「あの
勝家は内心、ニヤッと笑いつつ、しかし傷の手当てをするために一度、退いた。
そのために柴田軍は、わずかに乱れた。
とはいえ、
「くそ、倒しても倒しても、キリがねえ」
利家が吐き捨てたように、それでもなお、根本的には柴田軍は健在であり、崩壊まではしていない。
「山田はまだかよ! あの野郎、どこで道草を食ってやがる!?」
利家は、槍をふるいながら吼えた。目立つ。
柴田軍が、銃刀槍を利家に向けた。利家を、撃とうというのだ。
「又左っ!」
「くっ――」
木下藤吉郎の雄叫びが、どこからか聞こえたが、戦況に変化は起きない。
利家は、その場からいったん退こうとして――しかし時すでに遅し。
……銃口が光った。
「いったん退け! とにかく敵から距離を取れ!」
「とにかく動き続けろ! 敵の的になるんじゃねえぞ!」
俺と滝川さんが叫びまくる。そのため、神砲衆は逃げ出した。
だがそんな俺たちに向けて、銭巫女軍団の連装銃が、次から次へと火を噴いてくる。
「くっそ……!」
「弥五郎、反撃だ。こちらも銃で撃ち返さないとやられるだけだぞ!」
「敵が森の中にいる以上、同じ戦い方をすればこちらのほうが不利だ! とにかくいったん退くしかない!」
伊与の提言を却下し、俺たちはなお、逃げ続ける。
一定の距離を取った。敵の銃弾が届かなくなる。ここでいったん踏みとどまる。
「あはははっ、どうした、どうした。さすがの神砲衆も、手も足も出ないってかい!?」
銭巫女の高笑いが聞こえた。
言いたい放題をしてくれるぜ、まったく。
しかし確かに、このままでは負ける。まさか、敵が俺の作った武器を逆に使ってくるとは思いもしなかった。
当然といえば当然か。リボルバーなど、製造に圧倒的な技術が必要なものなら知らず、この時代の人間でも、仕組みさえ分かれば作れるレベルの武器は、いずれは作成されるのだ。
「次からは、仕組みの部分を容易に分析できないように、なにか考えておかないと……」
だだだだだだだだだだん!
だだだだだだだだだだっ!
「……次があれば、の話だけどな」
敵は容赦なく、銃撃を続けてくる。
これじゃ近付くこともできない。
「どうにかして、反撃の糸口を掴まないと……」
と、考えたときだ。
「御大将」
声をかけられた。
見ると、それは加藤さんだった。
「敵も、こちらの武器を使ってきましたね」
「その通りです。計算外でした。まさかここで敵が連装銃を使ってくるなんて」
「大将、それではこちらも、例の新しい武器を使ってはいかがでしょう」
「例の、新しい武器……?」
俺はちょっと首をかしげ、しかし、すぐに手を叩いた。
「――そうか、あの新しい武器か!」
「神砲衆がずいぶん逃げたね。……よし、いったん砲撃をやめな!」
熱田の銭巫女は、いったん銃撃をやめさせた。
神砲衆がこちらの射程距離外に逃亡したからだ。
「ふふっ、さすがの山田弥五郎も逃げ出すしかないようだね。……いいねえ、ゾクゾクするね。……うふっ、智恵者を暴力で粉砕するって本当に心地いいね。あたくし、こういう瞬間が一番好き……」
銭巫女は、両腕を胸の前でクロスさせてから両肩の上に手のひらを置いた。
自分を抱きしめるように。自分を愛撫するように。それから、ブルブルと身震いを繰り返す。
恍惚の感情を覚えていた。あの小賢しく、かつ自分を正義と信じて疑わない目の光を持っている少年、山田弥五郎。
彼がいま、絶望し、苦しみ、苦悶しているのかと思うと、たまらなくいい気分だった。
「
銭巫女は、小さく言った。
「ああいう、偽善野郎はさ」
初めて会ったときから、山田弥五郎のことは大嫌いだった。
澄んだ瞳、落ち着いた佇まい、自信をみなぎらせた立ち振る舞い、未来を信じている凛とした声音。
なにもかもがうっとうしかった。部下の報告を聞くたびに、歯ぎしりもした。あの小僧は10代半ばの若さで、津島の外れに屋敷を構え、裕福に暮らし――そして仲間と共に、日々を幸せに暮らしているという。
まったく胸糞が悪い。
いや、金があることは問題ではない。金など、自分も若いうちから手に入れた。
ありとあらゆる手段を用いて。人を裏切り、人を傷つけ、人を無間地獄に叩き落とし、そのたびに銭を手に入れた。
問題なのは、彼が裕福なことではない。腹が立つのは――
(あの男は正道を歩み、銭を手に入れている……)
それが許せなかった。
力を持っている。銭を稼いでいる。人に囲まれている。
それなのにやつは、山田は、自分と違って闇に堕ちていない。
綺麗なのだ。美しいのだ。自分を正義だと確信して道を歩んでいる力強さが、山田弥五郎には確かにある。――少なくとも銭巫女には、山田弥五郎はそういう人間に見えた。
(だから、大嫌いなんだよ)
力とは、汚いもののはずだ。
銭を得るとは、ずるいことの繰り返しのはずだ。
銭巫女はそうだった。そうしてきたからいまがある。おのれはもはや人間ではない、畜生である。鬼である。そうでなければ生きていけない、そうしなければ上にはいけない。それが世間だ、それがこの世だとそう信じていた。
それなのに、あの山田は。
正々堂々と、信頼できる仲間と共に、王道を歩みきっているではないか。
それがなによりも!
けったくそ悪い!!
「綺麗な成り上がりなんて、あるはずがないんだ……!」
そんなものがあるのなら。自分の人生は。
身体と心をすり減らし、売り飛ばし、地べたを舐めまわしてでも富を得てきたおのれは、いったいなんなのだ。
あの男を見ていると、自分の人生が馬鹿々々しく思えてくる。悪に染まったお前は間違いだと怒鳴りつけられているようだ。気に食わない、まったくもって気にくわない!!
「…………」
まあ、いい。
山田弥五郎は、間もなく死ぬ。
正義漢ぶった成り上がりの末路など、やはりこのようなもの。最後に勝つのはやはり自分だ。
なぜなら自分は、相手より汚らしいのだから。
なぜなら自分は、相手よりも卑怯なのだから。
だから。
勝つのは自分なのだ。
「…………」
ふと。
なぜだか。
初めて、人を殺したときのことを思い出した。
「あれは……
銭巫女が、小さくつぶやいたときのことだ。
「銭巫女さま! なにか、飛んできますっ!」
「――え?」
銭巫女が小首をかしげた、そのときだった。
どおおおおおおんっ!!
音が響き、木々が倒れた。
「う、うわあああっ!?」
「な、なんだ!?」
「空からなんか落ちてきたぞ! お、おおお……」
銭巫女軍団は、混乱する。
銭巫女自身も「な――」と、呆気にとられ、
「な、なんだ、いまの音は――」
と、つぶやいた瞬間だ。
またも――どおおおおおおんっ!!
「うわっ!?」
なにかが空から降ってきて、銭巫女軍団を襲撃した。
今度は人間に直撃した。銭巫女の家来が3人、その場に突っ伏す。即死だった。
「なんだ、これは。なにが降ってきている!?」
「い、石です」
「石?」
家来の報告に、銭巫女は眉をひそめた。
彼は、続けて叫んだ。
「大きな石、いや、岩です。丸い岩が空から降ってきたんです!」
「撃て! このままあの森に向けてどんどん撃ち放て!!」
俺は、大声で指示を下していた。
その命令に従って、加藤さんと鍛冶屋清兵衛さんが『それ』を動かす。
『それ』とは――大砲だった。
鉄砲の先端部分を巨大化させたかのようなそれは、もちろん鉄の大砲だ。
自重は、計ったわけではないが、おそらく500キロはあるだろう。大きなものだ。
こいつは、石の弾丸を撃ちだす大砲。
読んで字のごとく、石の弾丸を撃ちだす大砲だ。
基本的な仕組みは鉄砲と変わらない。火薬によって、弾丸を発射する。その弾は、石だ。
いかにも未来の武器みたいに思われがちだが、ヨーロッパにおいては15世紀に登場している武器なので、むしろ過去の道具といっていい。鉄砲を製造できる戦国時代の日本ならば充分に再現できるものだ。
もっとも、戦国日本で本格的に大砲が運用されたのはこの時期(1557年)よりずいぶん後のことだ。それまでは、いわゆる投石機ならば応仁の乱のときにわずかに登場したらしいが、大砲についてはまだ出てきていない。1576年(天正4)年に、九州の戦国大名、
また、1592(天正20)年の『文禄の役』においても、日本軍が朝鮮水軍に向けて陸上から鉄や石の弾丸を飛ばしたといわれているし、徳川家康が大坂城を攻めた、いわゆる『大坂冬の陣』でも、大坂方と徳川方、双方が大砲を使用したという話もある。
なんにせよ。
石を飛ばすという原始的な大砲は、現時点での戦国日本においては、強烈な武器のひとつになるということだ。
飛ばしているのが石なので、敵に大ダメージは与えられないが、驚かすには充分だった。……事実、森のほうからは銭巫女軍団の悲鳴が聞こえてきている。
「御大将、やりましたね。熱田のやつらめ、驚いていますよ」
「加藤さんの提案のおかげですよ。……まあ突き詰めていけば」
俺は、小声で言った。
「松下嘉兵衛さんのおかげかも、ですが」
そう。
俺が石の弾丸を飛ばす大砲を思いついたのは、松下嘉兵衛さんとの交流のだった。
織田信長に矢銭30000貫を届けるため、交易をしていたときのことだった。
俺は加藤さんから、声をかけられた。
――ところで山田さま。屋敷の蔵に入っているアレは、どうされるおつもりですかな?
――アレ? なんだい、アレって。
――アレでござるよ、アレ。
――おお、コレか! ……そうか、コレもあったんだ……!
そのとき俺が見たもの。
それは
松下さんから、売りさばく約束で預かった硯。
それがまだ、神砲衆の屋敷に、大量に残っていたのである。
それから俺は、鍛冶屋清兵衛さんを呼び、硯の使い道をあれこれと考えた。
硯については、売るのは難しいかもしれない。ならば俺たちで、使ってみてはどうだろうと思ったのだ。
そのまま使ってもいいが、加工して武器か道具にできないか。そうも思ったのだ。
もちろん使った硯の分は、その代金を松下さんに向けて送るつもりだが。
「しかしこの硯、勘十郎信勝との戦いでなにかに使えないかな?」
「硯を、戦の役にか……?」
「さて、どうしたもんでしょうなあ」
伊与も、鍛冶屋清兵衛さんも首をひねった。
やっぱり硯を戦いに使うって、無理があるかなあ。
せっかくあるんだから、なにか使えたら面白いと思ったんだが。
「いっそ思い切りブン投げたらどうだ。当たると痛いぞ。角が尖っているしな」
伊与は、そんなことを言った。
そんな乱暴な、それなら石をそのまま投げたほうが――
と言いかけたところで、ふと気づいたのだ。石を強く投げるのもいいが、威力を膨らませる武器はどうだろう。
そう、そのとき俺の中に、
それから俺は、鍛冶屋清兵衛さんに
大砲は必ず、来るべき銭巫女との戦いで役に立つ。そう信じて。
石の弾丸をひとつ作るのに10貫。
弾丸射出用の火薬が1発分で1貫かかったが、しかしその甲斐はあったと思う。
こうしていま、戦場で役に立っているんだから! 完成した瞬間に稲生に向けて移動を始めたから、テストさえしていなかったけれど、どうやらちゃんと動いたようだ!
《山田弥五郎俊明 銭 303貫740文》
<最終目標 銭巫女を倒す>
商品 ・火縄銃 1
・籠 1
・アワ 135
・ヒエ 135
・蕎麦 150
・アノラック 9
・射石砲 1
・石弾丸 8
・弾丸用火薬 8
「よし、もっと大砲をぶっ放せ! 銭巫女たちを驚かせろ! ……敵が慌てふためいたら、そのとき、再び突撃だ!」
俺は、指示を下す。
「神砲衆、いくぞ! 勝負はこれからが本番だ。ここからは――」
そこで大きく、息を吸い込む。
そして、ひときわ大きな声を、俺は思い切り吐き出した。
「ここからは、俺たちの反撃する番だッ!!」
「「「「「応っ!」」」」」
神砲衆は、右手を挙げた。
大砲は、さらに一発、石弾丸を発射した。
どおおん、と音を立て、森の奥に大石が落ちる。――銭巫女軍団の悲鳴が聞こえた!
いっぽう、織田信長も、また――
「又左ああっ!」
前田利家が窮地に陥ったその瞬間だ。信長は、裂くような大声を出したのだ。
戦場全体に轟くような、馬鹿でかい声音だった。信長は、狂った。――周囲にいる誰もがそう思った。
むろん信長は正気である。
正気で、利家を救おうとしていた。
信長は馬にまたがり、槍を持ち、突進した。
おおおおお、おおおおお、と、怪物のようなうめき声をあげながら――
柴田軍は、恐怖した。
もともとが、織田弾正忠家の兵たちだ。
「殿様だ、殿様が来られた」
「こりゃいかん、逃げろ」
「柴田さまより、殿様が怖い!」
信長がみずから槍を持ってやってきたと知り、恐怖を覚えた彼らは潰走を始めた。
利家は、呆然としていたが、やがて信長が来てくれたと知り、笑顔になった。
「三郎さま! あ、ありがてえっ……!!」
「…………」
信長は、またいつもの無口になった。
しかし心なしか、嬉しそうな顔にも見えた。
まったく無茶である。大将みずから、家来のひとりを救うために突撃するなど。これだから織田信長は、うつけだと言われるのだ。
(だけどよ)
利家の近くにいた木下藤吉郎は、涙ぐみながら思った。
(これだからわしは、三郎さまのことが大好きなんじゃ!)
「又左、藤吉郎」
信長は、短く言った。「はっ」「はっ!」――利家と藤吉郎は、同時に答えた。
「南から、林美作の軍が来る。迎え撃つぞ」
「ははあっ!!」
藤吉郎は叫び、槍を構え直して、また叫んだ。
このひとだ。やはり尾張は、いや天下は、このお方のもとに統一されるべきなのだ。家来ひとりのために命を賭けるような男のために!
(木下藤吉郎は、生涯、織田三郎信長以外には仕えぬッ!)
藤吉郎は、心の底からそう決めた。
(三郎さまの敵になるやつァ、わしが決して許しておけん! 誰であろうとひとり残らず、叩き殺してやるでよおッ!)
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