第33話 木下藤吉郎と石川数正

「パームピストルとやらを、注文したい」


 と、家康が言ったのは、孕石主水とのイザコザがあった3日後のことである。


「あの銃は、隠し武器として面白い。持っていればいろいろと使えそうだ」


「孕石さまをコッソリ殺す……とかそういうことですかの?」


「馬鹿を申すな、与助。……そうじゃない。護身のために、使えると思ったのだ」


「護身……」


 俺がおうむ返しにそう言うと、家康はコクリとうなずいた。


「大将とはいえ、身を守ることは必要だ。特にこんな時世じゃな」


 ――時世。


 と、家康は言ったが、それだけではないだろうと俺は思った。

 なにせ家康は――松平元信は、父(松平広忠)と祖父(松平清康)を、揃って家臣に殺されている(広忠については異説あり)。

 こんな状態では、そりゃ身を守るための意識も育つだろう。――のちに家康は、剣術や鉄砲の扱いについても達人の域に達するのだが、しかし本人は「大将に兵法は必要なし」と断言している。

 足軽・雑兵の類なら知らず、数百数千、あるいは数万の兵を采配する大名にとって、槍や刀の扱いのうまさなど、どうでもいい。大事なことは兵を率いる統率力というわけだ。

 それでも、家康本人が各種兵法の達人になったのは、やはり自分の身を守らねばという意識が強かったからだろう。

 だから、家康がパームピストルを注文するのもうなずけるってもんだ。


「パームピストルは、1丁で、値はいかほどだ?」


 家康が尋ねてきた。

 もともと売るために作ったわけじゃない武器だから、値段は考えたことがなかったが……。

 しかし作るとなるとリボルバーと同じだけの素材と手間が必要になる。ならばリボルバーと同価格で売りたい。


「225貫になります」


 俺は、正直に言った。

 すると、石川さんがわずかに眉を上げる。


「いささか、高うございますね」


「払えない金額ではなかろう、与七郎」


「……爪に火を点すようにして、倹約を重ねておりますし。三河の鳥居どのから送金もされておりますから、それは払えますが」


「なら、買うべきだな」


 家康は言った。


「100貫だろうが1000貫だろうが、我が命を守るためならば安いものだ」


「左様でございますな……」


「孕石がまた攻めてきても、パームピストルがあれば心丈夫というものだしな!」


「……殿様。パームピストル云々よりも、大きな声で人をののしることをおやめにやったほうが」


「だから、それはあの野郎がしばしばオレや松平のことをだなぁ!」


「ほら、またそうやって怒鳴りだす。また孕石様が攻めてきますぞ」


「む。ぐぐぐ……。分かっておる。こらえるわ!」


 家康は、頬を膨らまして、プイッとそっぽを向いてしまった。

 なんていうか、頭は悪くないし、道理も弁えているが……。しかし本質的には短気で、激情の人。

 それが、この山田弥五郎が若き日の徳川家康に対して抱いた第一印象だった。


「ともあれ」


 黙ってしまった家康の横で、石川さんが口を開く。


「パームピストルは、確かに護身用として、あるいは他の用途として使えそうな銃。ぜひとも注文したいですな」


「ありがとうございまする。して、いかほどご発注いただけるので?」


「まず、10丁。それだけ、戴きたい」


 石川さんがそう言うと、俺ではなく藤吉郎さんが、ニコニコ顔で「石川さま、ありがとうござりまする!」と叫んだ。


「さすが松平家中にその人ありとうたわれた、石川与七郎さまですな! 10丁もご注文とは、この与助、嬉しくて涙がちょちょぎれそうにございまする!」


「おだてるものではありません。……わたくしは、おだては嫌いです」


 藤吉郎さんの声に、石川さんは冷静に答えた。

 ――かと思うと、石川さんはニヤッと笑って、


「しかしだ。……不思議ですね。与助どの、あなたのおだては不思議と悪い気分にならぬ」


「わっはっは、そう言っていただけると重畳。この与助、どじょう取りと口先にしか取り柄がございませぬゆえ、そう褒めていただけると幸せでございますなあ!」


 藤吉郎さんと石川さんは、ニコニコ顔を向け合った。

 その横で家康は、やや呆れ気味に「……なにをイチャついているんだか……」と、声変わりの済んでいないソプラノボイスで感想を漏らした。

 俺は場の空気に合わせて、笑顔を作っていたが――内心は少しだけ、複雑だった。


 石川与七郎数正。

 徳川家の重鎮にして、しかしのちに秀吉と徳川家が対立したとき、秀吉側に寝返った男。

 その寝返りは、はるか数十年後の事件ではあるが。……今日この日、もしかして、事件の伏線は張られたのかもしれない。誰でもない、この山田弥五郎俊明のパームピストルのせいで……。




 ともあれ。

 そういうわけでパームピストルを作ることになった。

 パームピストルを作るために必要な素材は、リボルバーと基本的に同じだ。

 だから28貫26文で揃う。俺は神砲衆のメンバーに命じて、材料を買い揃えさせ、駿府まで届けさせ、パームピストルを作りあげた。

 作成そのものは、すでに経験済みなのでうまくいった。

 1か月後には、パームピストル10丁を作り上げた俺は、家康にそれを届けることにした。

 家康は喜び、俺に代金を支払いながら、こんなことを言った。


「鳥居も世話になったが、オレもそなたの世話になりそうだな。これほどの銃を作り上げるとは」


 家康は、目を細めた。

 まだ若いということもあるが、独特の愛嬌がある顔だった。


「これからも、そなたの世話になることがありそうだ。今後ともよろしくお願いするぞ、梅五郎」



《山田弥五郎俊明 銭 13421貫740文》

<最終目標  30000貫を貯めて、銭巫女を倒す>

<直近目標  今川領に潜入し、情勢を探る>

商品  ・火縄銃       1

    ・パームピストル   1

    ・甲州金      10



 というわけで、金を稼いで駿河の宿に戻った。

 家康と知り合い、金を稼いだ。流れは順調だな。

 俺は宿の中で休憩しながら、伊与、カンナ、おごうたちと会話する。


「嘉兵衛さんの、石川残党を雇用する話も無事に済んだらしいばい」


「そうか、駿府での仕事はなにもかも順調だな」


「親父の元手下を雇うなんて、松下様も難儀だね。お城勤めなんて、元泥棒にできるのかね~?」


「できようができまいが、雇うしかないんだろ。元泥棒だからって全部殺していくわけにもいかんし、放っておいたら、飢えてまた罪を犯すかもしれない。だったらお城で雇ってメシを食わしておこうって話さ」


「ひゃ~。だったら泥棒になったほうがトクじゃないか~。牢屋にブチこまれてメシが食える。牢屋を出たら雇ってもらえてまたメシが食える。最高じゃ~ん」


「言っておくが、雇われたのはお前の親父に無理やり手下にされたり、若くて罪が軽いとみなされた者だけだからな。普通に手下やってた悪党は全員、打ち首だ」


「あ、それもそっか。じゃあやっぱりまともに働いたほうがいいね~、あははっ」


「なにを他人事みたいにあっけらかんと……。松下さまはお前の父親の尻ぬぐいをしているのだぞ?」


 伊与が、おごうを睨みつける。

 しかし暖簾に腕押しだった。おごうはケラケラと笑って、


「だ~って、ウチのせいじゃないもん、そんなの。親父の罪をなんでウチが責任感じなきゃいけないのさ?」


「――そのお気楽ぶり、見習いたいくらいやね。……て言うか、アンタいつまであたしらとおる気ね?」


「えー、飽きるまでかな。アンタたちと一緒にいたら美味しいごはんも食べられるし」


 そう、おごうはいつの間にか俺たちとメシまで食うようになっている。

 昼間は俺たちと一緒にいたり、どこか町中をフラフラしているが、メシ時になるとどこからともなく登場してから、メシをたらふく食っているのだ。


「ま~ま~、細かいこと気にせんでよ。神砲衆の山田弥五郎が、娘ひとりのごはん代くらい、安いもんでしょ?」


「だからその名は呼ぶなって。梅五郎と呼べ、梅五郎と」


「は~い、ウメちゃん」


「ケンカを売ってんのか?」


「冗談冗談。怒らない怒らない。……そうだ、梅五郎。ごはん代を支払ってほしいなら、ウチの身体で支払ってあげるよ? ぴっちぴちの甘いお肌で夜の一人寝を慰めて――」


「「いい加減にし  ろっ!」んしゃいっ!」


 しなを作って、くねくねと俺にすり寄ってくるおごうに、伊与とカンナが雄叫びをあげる。

 なんでこんなにラブコメみたいになっているんだ。泥棒の娘と幼馴染と、博多娘が修羅場すぎる。俺は半眼になって腕を組み、どうしたものかと首をかしげた。


 ……と、そのときだった。


「うおーい、梅五郎。おるかぁ」


 藤吉郎さんがやってきた。

 そしてその後ろには、なんと嘉兵衛さんまでいた。


「やあ、梅五郎。邪魔するよ」


「嘉兵衛さん。お呼びだてくだされば、こちらから飯尾屋敷に参りましたものを」


「あはは、面倒だよ、そんなのは。某からこっちに来たほうが早い」


 嘉兵衛さんはカラカラと、人の好い笑みを浮かべた。

 身分が上の嘉兵衛さんから、俺の宿に来るなんて。若いってこともあるんだろうけど、やっぱり嘉兵衛さんは優しいんだと思う。


「ところで梅五郎。頼みたいことがあって来たんだ」


「はっ。いかなるご用向きで」


「うん、実はね。――具足を仕入れたいんだ」


「具足を、ご所望ですか」


「所望しているのは、某じゃないよ」


 嘉兵衛さんは、困り笑みを浮かべて言った。


「今川屋形(今川義元)だ。……お屋形様が、じきじきにご所望なんだよ」


 ……屋形?

 今川義元が、具足を!?

 ど、どういうことだ?




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