第11話 お前は誰だ?
「薪10かあ、それなら20文ってところだぁね!」
商人に薪を見せたら、そんな言葉が返ってきた。
その金額じゃ話にならない。
俺は断り、商人の前から立ち去った。
「やはり、相場通りに売ったら儲けはないな。どうする、弥五郎?」
「さあ……どうしたもんだろう……」
俺と伊与はグチグチ言いつつ、加納の町をうろつき回る。
町の外れまで来ても、人の気配はまるで絶えない。
ゴザの上に扇子を並べて売る人もいれば、路上で布に色を塗っている人もいる。
またある人は土壁に、生乾きの布のようなものを貼り付けていた。
なんだと思ってよく見てみると、それは布ではなくて、紙だった。
「紙を乾燥させているんだな。面白いなぁ、加納市」
実際に見る戦国時代の楽市。
未来人の俺にはとって、その景色はとても新鮮だった。
「あっちは呉服屋で、向こうは……干物を売ってるのかな? お、あそこには餅もあるぞ!」
出店の前で、ぺったんぺったん。
美味しそうなお餅がつかれている。
店では、つきたてのお餅と餅米が、揃って売られていた。
餅米は枡一杯につき20文、餅はひとつ3文、あんこ餅は6文だった。
「うわー、美味そうだな。……くそ、餅が食べたいぞ。あの餅米でいいから欲しいな。伊与、村に餅米を持って帰って一緒につこうぜ。きっと美味いぞ」
「食欲の権化め。……しかしそう言われると私も腹が減ってきた」
「そうだろ? やわらか~いつきたてのお餅。アンコが入った、あつあつのお餅。お腹いっぱい食べたいだろ? な、な、な?」
「……生々しく言うなあ。本当に食べたくなってきたぞ」
「ところが俺たちゃ一文なし。あるのは薪がわずかだけ」
「分かっているなら、ひとの食欲をそそるんじゃない! ……しかしあの餅米で、どれだけの餅がつけるのだろうな?」
「さあね。20個か、30個か。もとは20文の米なのに、餅を作ればずいぶん儲け――」
そこでふと気がつく。
餅米を、餅したら高く売れる。当たり前の発想だ。
だったらこの薪も、手間を加えて商品としてレベルアップさせれば、高く売れるんじゃないか?
「――と思ったんだけど、伊与はどう思う?」
「ふむ。……まあ、根本的な案としては、悪くないんじゃないか?」
「だろ? いけるだろ、このアイデア!」
「……あいであ?」
「あ、いや」
しまった、うっかり未来語を使ってしまった。
「あ。案だよ、案。この案、と言いたかった」
「…………」
伊与は、片眉を怪訝そうにあげた。
やべ、やべ。変なやつだと思われてる。やべべ。
「……ところで、薪を具体的にどうする?」
「それは――ええと……そうだな……」
薪になにか手を加える。
といっても、どうしたもんだろうか。
火をつける? 水をかける? 土をかける?
……火をつけたら普通に使うだけだよな。
最後は燃え尽きてそれこそ炭のように――
いや、待て。
……炭?
「そうだ! 薪を炭にしてみたらどうかな? ほら、父ちゃん言ってたろ。炭ひとつにつき60文で売れるって。薪を焼いて炭にすればきっと高く売れ――」
「炭焼きをするというのか?」
「そうそう」
「だが弥五郎、それは無茶だろう」
「えっ、なんで?」
「以前、村の大人から教わったことだが」
伊与は、人差し指を立てて言った。
「薪を炭にするのには、早くても10日はかかるのだ。窯に薪を入れて火をかけて、何日もかけて熱し、そのあと窯口に泥土をかけて窯を密閉し、また何日もかけて熱を冷ます。その時間が10日だ。だから弥五郎の策は無理だ」
「……そ、そっか……」
10日もかかるんじゃ無理だ。
うーん、悪くないと思ったんだけど。
と、思ったそのときだ。
……待てよ。昔、剣次叔父さんから教わったことがあったぞ。
もうずいぶん前の話だけど、家族でキャンプにいったときに、叔父さんも来たんだ。
で、焼肉をするための炭を用意するってことになって――
そのとき叔父さんが『炭ならおれが用意するよ』って言って――
『俊明、教えてやろうか。簡単な炭の作り方があるんだよ』
昔の記憶が、みるみるよみがえっていく。
そうだ。……あのやり方なら、いけるはずだ!
「伊与、大丈夫だ。窯を使った方法とは別に、簡易的な炭の焼き方があるんだよ」
「……なに?」
伊与は、再び怪訝顔を見せた。
俺は、微笑と共に告げる。
「稲ワラを地べたに敷き詰め、その上に薪を置き、そこへ、覆うようにもみがらをふりかける。そして稲ワラに火をつけると、もみがらの中の薪が燻され、数時間で簡易的な炭ができるんだ」
「い、稲ワラ……? ど、どういうことだ、弥五郎?」
「まあ、とにかく見てろって。……そう、稲ワラともみがらだ。あと火打石だ。そうすれば、炭ができる。必要な道具を集めよう!」
それから俺と伊与は、町中を駆け巡った。
その結果、欲しいものの相場が分かる。
「稲ワラは1束4文、もみがらは1袋4文、火打石は1つにつき、4文で売られていたぞ」
「全部、4文か。となると……」
俺は少し考えてから、言った。
「まずは薪を6束売却しよう。薪の相場はひとつにつき2文だから、これで12文を得られる」
《弥五郎 銭 12文》
<目標 120文を稼ぐ>
商品 ・薪 4
次にその12文を用いて、稲ワラ、もみがら、火打石を1つずつ購入する。
と、なると。
《弥五郎 銭 0文》
<目標 120文を稼ぐ>
商品 ・薪 4
・稲ワラ 1
・もみがら 1
・火打石 1
こうなった。
「よし、準備はできた。あとはこの道具を使って、薪を炭にするだけだ」
なんか、素材を集めて錬金術でアイテムに加工するゲームみたいだな。
まあ、大まかなリクツは同じなんだが……。
さて、俺は揃えた道具を抱えて町の郊外へと向かう。
町中で火を起こすわけにはいかないからな。
「しかし弥五郎、お前はいつの間にこんなすごい知識を得たのだ?」
「いや、ずいぶん昔にちょっとな。それにすごいことはないさ。実は炭作りは10年以上ぶりだから、そんなに自信もないんだけど――」
俺は笑って言いながら、炭を作る準備を始めるのだった。
――俺は気がついていなかった。
うっかり、とんでもない発言をしたことに。
そして、伊与がそのセリフを聞いて、小首をかしげていたことに。
「………………10年以上ぶり……?」
で、数時間後。
「父ちゃん、できたよ。……約束以上の、240文だ」
俺と伊与は、240文分の銅銭を、父ちゃんに見せつけた。
あれから俺たちは、薪4を俺のやり方で熱して、炭4に化けさせた。
簡易的に作った炭は、できればさらにあと数時間、燻せたら完璧だったんだが……。
それでも、炭は炭だ。
そして炭4を商人に見せたところ、相場通り、炭はひとつ60文。
つまり合計240文で買い取ってもらえたのだ。目標は達成された!
「素晴らしいぞ、弥五郎! 稲ワラを使った炭焼きか。大樹村ではあまりやらない炭焼きの方法だが、弥五郎、お前はいつの間にそのやり方を学んだのだ?」
「いや、学んだというか閃いたというか……ははは」
俺は笑ってごまかした。
「いや、とにかくよくやったぞ、ふたりとも。頑張ったな!」
「本当ですねえ。……弥五郎たちは、いつのまにか成長していたんですねえ」
母ちゃんは、しみじみと言った。
父ちゃんはうんうんとうなずき、伊与も――
「…………」
って、伊与は、なぜか無言だ。
じっと俺を見つめてきている。
微妙に怖いんだが、ど、どうした。
俺、なんかしたっけ?
「いや、今日は気分がいい。弥五郎が一人前になっているのが分かった。めでたし! ……さ、今日はもう宿に泊まろう。弥五郎が稼いでくれたお金でな!」
父ちゃんは上機嫌に、俺の肩を叩いた。
分厚い手のひらが、なんだか心地よかった。
その日は、家族4人。
宿の布団部屋で横になった。
父ちゃんはいびきをかき、母ちゃんは静かに寝息を立てている。
俺はなんとなく眠れず、ただぼんやりと天井を眺めていたが。
ま、今日は商売がうまくいってよかったよなあ。
最後に伊与が見せたあの沈黙。あれだけはちょっと気になるけれど――
と、思いながら、ふと首を横に向けたとき。
……俺はぎょっとした。
伊与が、起きていたからだ。
大きな瞳を、はっきりとこちらに向けている。
「い、伊与。……起きてたのか」
俺は小声で話しかけた。
だがしかし、伊与はこちらの声には答えず。
ぽつりと。……低い声音で問うてきた。
「お前は誰だ?」
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